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有情と非情の間で

「反応でました!」

 監視を担当していたオペレーターの興奮した声が室内に響いた。

「出たか!」

 興奮気味にソファーから立ち上がったユギオの目の前で、


 ひょいっ。


 将棋盤がダユーの手によって神速の速さで持ち上がった。


「―――そのようですわね」


「なら急いで」


「急いで、次の手をどうぞ」


 ダユーの細い指が盤を指す。

 盤上でのユギオ軍は壊滅状態。開戦まで対等の勢力を形成していた駒達の大半は今やダユーの掌の中で嬲られている。


「―――さっきの待ったは、駄目ですか?」


「だ・め」


 懇願するユギオに、ダユーは子供じみた返事をする。

 それだけで、並の男なら襲いかかりたくなって当然な程の興奮が沸き上がってくる。

 文句を言っていた自分が間違っていたようにさえ思えてくる。

 交渉の時、こういう美貌の持ち主は得だよな。と、ユギオはつくづくと思った。


「それにしても」

 ダユーは駒を弄びながら言った。

「人類の発想は面白いですね」


「はい?」

 これでどうですか?

 ユギオは渾身の思いで一手を指すが、


「倒した相手を」


 パチッ

 ダユーが新しい手を指す。途端にユギオの顔が青くなった。


「こうやって使うって発想が面白い。そう言ったのです」


「弓状列島独特の発想ですね」

 ユギオは天井を仰ぎ、ソファーの背もたれにひっくり返った。

「ここ、北米大陸や欧州大陸でさかんなチェスというボードゲームにはない発想です」


「弓状列島の人間は、消耗戦を嫌う発想が強いようですね」


「使えるなら死体でも使うという、さもしい発想にも見えますがね」


「貴男の番ですよ?」


「―――負けですよ」

 ひっくり返ったまま、ユギオは手をパタパタと左右に振った。

「これは勝てない」


「あら」

 ダユーはちょっとだけ残念。という顔で言った。

「あっさりと逃げるんですね」


「私は商人ですから」

 ユギオは起きあがってから答えた。

「参入のタイミングも大切ですが、引き際はそれ以上に大切なんです」


「すべてそうですわ?」

 ダユーは意外。といわんばかりに眉をピクリと動かした。

「戦争だって」


「同意します。ただ、引き際以上に大切なことを、私は忘れていましたよ」


「何です?」


「ケンカを売って良い相手かどうか。参入して元がとれる市場か。その見極めです」


「成る程?」

 ダユーは、嬉しそうに頷いた。

「確かにありますわね。戦争とビジネスは共通点が多いですから」


「でしょう?あなたにボードゲームを挑んだ時点で負けていたんです」


「戦争もビジネスも」

 ダユーはユギオの顔も見ずに、ユギオ側の駒を次々と動かしていく。

 その動きによどみはない。

 ダユー軍とユギオ軍は、ユギオの目の前で壮絶な戦いを繰り広げる。

 ただ、あっけにとられるユギオの前でそれまで圧倒的不利だったはずのユギオ軍があっさりと形成を逆転させるのに、10手を必要としなかった。

「ゲームであり、「スポーツ」でも「芸術」でも「科学」でもある点で同じです。ですから、勝つためには総合的なセンスが必要です」


「ほらね?」

 ユギオは言った。

「私の言ったとおりだ」


「?」


「相手を選ばないと勝てない―――そんなこと言いましたよね?」


「イヤなことをおっしゃいますわ」

 ダユーは盤に視線を落としたまま頷いた。

「何か、とても暗示的に聞こえました。私達の将来を」


「それほど見事にプレイされる貴女なら、心配さえしませんよ。良いパートナーが得られたと感謝こそすれ」


「―――“鍵”が仕事をした様子ですね」


「ですね」


「……浮かない顔ですね」


「また、身柄確保まではいかなかったもので」


「またワガママ言って」

 ダユーは、駒を動かす手を止めた。

「バチがあたりますよ?」


「年中当たってますよ」

 ユギオは苦笑した。

「文句が言いたくなる位」


「どうするんです?」


「自分のツメの甘さに反省しきりです」

 ユギオは将棋盤の横に置かれていた茶菓子の包みを解いた。

「イツミと交渉した時、第二の封印で最後か否か。その程度のことも確認していなかった」


「……バカ」


「同意します。ただ、“鍵”がここで動いたということは」

 ユギオは立ち上がった。

「次で最後でしょう」


「次?ここではないのですか?」


「あのへそ曲がりのイツミがこんな所に最後の封印を仕掛けるはずがない。そう、疑問には思っていたのです。イツミはイツミで弓状列島には思い入れが深いですから」


「意味が分かりません」

 ダユーは小首を傾げた。

「封印とあの列島と、どう?」


「あの弓状列島は、両軍最後の戦闘が行われた地。終戦協定が締結された地。魔族軍が封印された地。

 出来すぎだと思いませんか?

 あのちっぽけな土地にしては、肩書きが大きすぎると?」


「全てはイツミの仕業だと?」


「あの弓状列島。元はイツミの出身母体である高天原族の支配領でした。その領地が歴史に名を刻んでいるのは、先の戦で、常に重要な出来事が起きた土地だったから。そして、そうなるようにイツミは全てを仕組んだとしか思えないのです。

 ユーラシア大陸担当の第一軍と欧州担当の第三軍の全戦力。

 ヴォルトモード卿さえ本気だったら、情勢をひっくり返すことさえ出来た精鋭部隊です。それを現地で封印させず、あの僻地にわざわざ移動させた理由は?」


「アフリカや南米は?」


「アフリカ担当の第二軍や米大陸担当の第四軍は政治的に対立していたウォルス卿の発言力が強く、現地封印はイツミでさえ認めるしかなかったのは事実です」


「あのお爺様、まだお元気ですか?」


「戦後、しばらくした後、政治的失敗によって失脚ですよ」


「イツミは敵に容赦しない主義ですからねぇ」


「そのイツミからのメッセージですよ。あれは」

 ユギオが視線を送った先。

 そこには、偵察ポッドが送ってくる鍾乳洞周辺の映像が、立体画像となって映し出されている。

 オレンジ色の光を浮かべた文字列が空にぼんやりと並んで浮かぶ。

 その意味がユギオにはわかるような気がした。

「ただの暗号ではありません」


「周辺の時空が歪んでますわね」

 チラリと映像を見たダユーが言った。

「封印地点までリンクと見ますが、いかがです?」


「……」

 将棋盤の上に視線を戻し、しばらく考えていたダユーは言った。

「さっきの発言で、あなたは一つ、大切な要素を忘れていましたね」


「何です?資金?人脈?」


「金欠は持病。今や人脈も無しに落ちぶれた私達に言います?それ」


「失礼。それで?」


「最近、人間界のことわざを知りました。“虎穴に入らずんば 虎子を得ず”というのです」


「リスクを恐れない覚悟……そんな所ですか?」


「そうです」

 ダユーはその一手を指すと立ち上がった。

「メース隊はすぐに出しましょう。人間達を牽制する必要があります」


「……そうですね」

 本気で悔しそうな顔で将棋盤を一瞥したユギオは頷いた。

「“賽は投げられた”わけですね」


「神様はサイコロを振りません。運命と戦うからこそ、サイコロさえ振らない主よりも強いんですよ。私達は」


「上手いことを仰る」

 苦笑を漏らしたユギオは扉までダユーをエスコートする。

 そして、ドアを閉める直前。将棋盤を睨み付けた。


 将棋盤の上の戦いは、ユギオ軍がダユー軍に王手を指した所で止まっていた。





 洞窟の暗闇に慣れた目が、強い陽光に襲われた。

 だが、目が痛むのさえ、美奈代にはどうでもよかった。


「部隊の撤退を完了しました」

 牧野中尉は言った。

「無事―――とは言いませんけど」


「……部隊、集まれ。牧野中尉。後藤隊長と回線を開いてください。指示を仰ぎたい」


「了解」


「お姉さまっ!」

 涼が怒鳴った。

「今からでも、フィアちゃんを!」


「そうです」

 美晴が頷いた。

「あの子、放っておくのは危険ですよ!もし、自殺でもしたら」


「……隊長。部隊は鍾乳洞を出ました。指示を」


「お姉さま!」

「美奈代さんっ!」


「お、おい。和泉?」

 宗像が信じられない。という顔で訊ねた。

「お前、フィアを」


「現在、周辺に脅威は確認されていません。TACタクティカル・エア・カーゴも無事。任務は達成したと判断します」


「……はいよ」

 後藤は頷いた。

「部隊撤収。“鈴谷すずや”への帰還を許可する」


「了解。全騎、聞いての通りだ。撤収するぞ」


「イヤです!」

 かおるが噛み付いた。

「フィアちゃんはどうするんです!」


「撤収。そう命じた」


「命令を拒否します」

 有珠ありすが真顔で言った。

「フィアは仲間です。救出命令を要求します」


「……あいつは」

 美奈代は無表情のまま答えた。

「それを望んでいない。来るな。それがあいつの願いだ」


「友達が!」

 涼が激昂した。

「飛び降りる手前で、来るなと言ったら、はいそうですか―――そう言うんですか!?見殺しにするんですか!?」


「……涼」


「私、私は絶対に助けに行きます!助けて見せますっ!中尉っ!コントロールを返してくださいっ!フィアちゃんの命がかかっているんです!」


「命令を楯にするつもりはない」


「何冷たいこと言ってるんですか!お姉さまだって、本当は助けに行きたいんでしょう!?」


「巻き込みたくない。それが奴の願いだ。友達の誰一人だって傷一つつけたくない。そう思うからこそ、フィアは―――あんなマネをしたんだ」


「……っ」


「何が起きても、“鈴谷すずや”に戻る。そうでなければ、フィアの全てがフイになる。私は友達として、それだけは拒む」


「……撤収しましょう」

 突然、寧々が言った。

「私は和泉大尉の指示に従います」


「寧々ちゃんっ!?」

「こんな時にいい子ちゃんになってどうするのよ!」

 涼とかおるは、仲間の裏切りに猛然と噛み付いた。

「仲間が危険だってのに、見殺しにするんだよ!?恥ずかしくないの!?」

「良い子ぶって、自分がそんなに可愛いの!?出世が大切!?」


「―――フィアは」

 寧々は優しげな顔でそっと言った。

「皆にとって仲間であって友達……なのよ」


 だったという過去形だけは、寧々も使いたくない。

 まだ、そしてこれからもフィアは友達だ。

 その思いは、寧々も同じだ。

 だからこそ、友からの罵声に寧々は耐えた。


「ここで危険を顧みずにノコノコ地下に戻ってくることなんて、あの子は望んでいない。それをして欲しくないから、あんなマネをしたら、逆に怒られるはず―――小清水少尉?……あなたにとってもフィアは友達。

 だけど、わかりなさい。

 今、一番辛いのは誰か。和泉大尉でしょう?

 一番の親友だというのに、こんな時に助けさえに行けない立場の大尉が、どれ程辛いか、察してあげなさい。あなたは大尉の妻なんですから。それ位は出来るでしょう?」


「……くっ」

 涼は歯を食いしばって目を閉じた。

 来るな。

 そう言えば、どんな時にも受け入れるのか?

 それは否だ。

 その思いを改めるつもりはない。

 だけど、寧々の言い分もわかる。

 フィアにとって、美奈代がどれ程大切な存在だったか。


 ケンカ友達。


 それでも、いつもコンビを組むと生き生きしていた。

 ケンカをしながらも互いを認め合っていた。

 不器用な者同士、いがみ合いながらも助け合っていた。

 不可解にして不思議な連携がとれた仲。

 フィアと美奈代はそんな関係だったと、今更ながらに涼は思う。

 

 そんな美奈代を心底愛する涼は、心の中ではわかっているのだ。


 だれが一番辛い?


 私だ。


 そう、答える程、自分は思い上がっていない。

 美奈代が一番辛いのだ。

 それはわかっている。

 ただ、

 友達であり、部下であり―――その彼女が今、遠くなろうとしている。

 誰に言われるまでもなく、助けに行きたい。その考えは一緒のはずだ。

 涼はそう思って、そう信じて、美奈代に噛み付いた。


 あなただって、同じ考えなんでしょう?

 フィアを助けたいのでしょう?

 なら、どうして行くなというの?

 そんなのおかしいじゃない!

 間違ってるじゃない!


 でも、今、美奈代は一人の存在として動くことは出来ない。


 美奈代の受け手いる束縛がわからない程、涼は子供ではない。


 否。


 子供でもわかることだ。


 美奈代は、個人としてここにいない。


 彼女は指揮官だ。

 部下全員の安否に責任を持つ義務がある。

 たった一人のために、部下全員を危険にさらすことは許されていない。

 涼達は、美奈代や寧々を個人として薄情だと思ったからこそ、人としてどうこうと、文句を言った。

 対する美奈代達は、個人として動くことを拒んだ。

 否、動けないことを知っているし、動かないだけだ。。


 指揮官。


 その立場が、見えない鎖となって美奈代の“個人的感情”を縛り上げ、その翼を広げることさえ許さない。


 辛いのは、和泉大尉だ。

 寧々の言葉は正しい。

 涼にも、それがわかる。


 諭されて、それは認めるからこそ、謝罪が辛い。

 間違っていない。

 間違っていないからこそ、ここで上官に頭を下げるのがイヤだ。

 謝らなくちゃ。

 その思いとのせめぎ合いが涼の心をかき乱す。


「……狙撃隊」

 涼は絞り出すような声で言った。

「“鈴谷すずや”へ撤収」


「涼っ!?」


「時間の勝負とは限らない」

 涼は言った。

「何が起きているかわかんない。情報が欲しい。“鈴谷すずや”やマラネリやドイツもいる。六本線ハイパースタンドの“見通者シーカー”が三人もいる。みんなで力を合わせれば、何かが出来るはずよ」


「だけどっ!」


「闇雲に突っ込むのは狙撃手スナイパー銃手ガンナーの仕事じゃない。待ったり、耐えたりするのは、私達スナイパーにとっては、いつものことでしょう?」


「お祈りしてれば、フィアちゃんが生きていてくれるっていうの!?」


「……そうね」

 涼は頷いた。

「私に出来るのは、それ位でしょうね……津島中佐」


「……何?」


「フィアちゃん救出に協力は?」


「私にとっても、あいつは友達なのよ」

 紅葉は胸元の飾りを指で軽く弾くと言った。

「こいつ―――六本線ハイパースタンドにかけて」


「紅葉ちゃんっ!」

 白石大尉が血相を変えたのはその時だ。

「地下で大規模エネルギー反応っ!」


「紅葉様と呼べっ!―――って、何ですって!?」

 その時、紅葉は、データ中継システムがまだ生きていることに初めて気付いた。

 撤退前に、せめて第六層に設置しておけば―――

 紅葉は、自分のうかつさを心底呪った。


 その紅葉に、白石大尉が怒鳴る。


「これは―――魔力反応弾と同じ反応っ!?」





 

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