教官達の対立
その日の夜。
美奈代は二宮に呼び出された。
他の面々はコクピットで潰れて医務室送り。
美奈代だけ、医務室で仮眠をとっただけでこの扱いだ。
“差別待遇だ”とぼやきつつ向かった場所は、候補生達にとっては地獄の閻魔堂―――教官室。
殺風景な部屋には、二宮の他にも別分隊の教官達、さらに校長や副校長までいた。
美奈代は、二宮から労いのコーヒーを渡されると、全員と向かい合う場所に座らされた。
「楽にしろ」
長野が絶対出来ないことを言った後、美奈代に訊ねた。
「今回のシミュレーションについてだが」
「―――なるほど?」
美奈代からヒアリングを終え、感心した声を上げたのは長野だ。
「つまりは」
ちょっと信じられない。といわんばかりに顔をしかめ、首を傾げる長野が訊ねた。
「貴様は、ライノサロスの欠点に気づいたというのか」
「は、はい」
美奈代は、手にしたコーヒーカップを弄びながら頷いた。
手のひらの中でコーヒーがぬるくなっていくが、飲んでいいのかさえわからない。
教官達に囲まれた美奈代は、どうしていいのかわからないまま、質問に答えるしかない。
「群れが突撃陣形を作っているのに、みんなキョロキョロしているんです。獲物が目の前にいるのに、どうしてだろうって……それで」
「それで?ライノサロスが獲物を音で探していると、どうして結びついた?」
「実は」美奈代は言った。
「……天儀に聞いた話を思い出したんです」
「天儀候補生に?」
「はい……あの、富士学校にコウモリが住んでいるの、ご存じですか?」
「ああ。裏の森の洞窟にいるぞ?」
そう答えたのは、指導教官の小山中尉だ。
「はい。天儀もそれを見つけて……いえ、そんなことはどうでもいいんです。自分は彼女に」
美奈代は小さく咳払いをして言葉を句切った。
「コウモリは反響定位―――つまり、音の反響を受け止め、それによって周囲の状況を知ることで獲物を見つけるんだと、教わりました」
「一種のソナーだな……それが?」
「シミュレーターで、ライノサロスに、何度か肉薄まで持ち込んだことがありましたが……ずっとひっかかっていたんです。そのたびに、何だかすごく違和感があって」
「ん?」
「自分もそれが何だかわかりませんでした。それで、何度も映像を再現して……陣形形成の時、キョロキョロしている姿で、やっとわかったんです。ほら、敵が間近にいたら、どんな生き物でもやることがあるじゃないですか」
「……何だ?」
二宮が本気で訊ねた。
「わかりませんか?」
「はっきり言え。候補生」
しびれを切らせたようにせっついたのは、西島教官だ。
「シミュレーターとはいえ、ライノサロス400体の大群をわずか5騎で―――大型妖魔相手にキルレシオ1体80は、世界新記録にして最高記録なんだぞ?」
「―――へ?」
美奈代は目を丸くしてぽかんとした顔になった。
「……普通じゃないんですか?私達が単に成績悪くて……」
「バカを言うな!」西川少佐は怒鳴った。
「謙遜も度が過ぎると嫌みでしかないぞ!」
「す、すみません!で、ですけど」
「……和泉」
二宮が言った。
「先を話せ。敵が間近にいたら、何をするんだ?」
「……あの」
美奈代は言った。
「敵を、見るんです」
「見る……?」
「そうです」
美奈代は頷きつつ答えた。
「必ず、敵を見ます。ところが、ライノサロスはそうじゃない。目線を感じないんです。まるで、見えていないような」
「それは……」
あきれ顔の長野が言った。
「単に、シミュレーターだからとか……」
「シミュレーターは目もしっかりと再現する。再現された映像から目線を感じる?なるほど……女のカンか?よく気づいたものだ」
とてもほめ言葉とは思えない口調で、池田大尉が言った。
「長野、その程度も知らずによく教官が務まるな」
「くっ!」
「100回殺されて、それに気づいたわけだ」
「……実戦的な功績でないことはわかっています」
美奈代は少しふてくされたような声になった。
「ですけど……」
「100回も死ぬほど間抜けで無様なマネをしたんだ。それくらいの発見はあって当たり前だ」と、池田大尉は平然と答えた。
「ヒト科のイキモノとしてな」
「……」
「で?和泉候補生は、ライノサロスの目は見えていないと?」
「……いえ」
美奈代は首を横に振った。
「シミュレーターの感覚では、おそらく100メートル見えていません。最後の広域火焔掃射装置射撃時の距離は、群れの外縁130メートルでしたが、その時でさえ、自分たちが見えているとは思えませんでした」
「……体長の2倍までは見ることが出来るが、それ以上は、むしろ音波に頼っていると?そこまで仮定した上で、攻撃を仕掛けたか」
「自信はありませんでした」
美奈代は言った。
「ただ、他に方法が思いつかなかったのです」
「……まぁいい」
二宮は言った。
「ご苦労だった。約束通り、明日明後日は特別休暇をくれてやる。ゆっくり休め」
美奈代の退室を見送った教官達は言った。
「シミュレーターの信頼性は?」
「本部とのオンラインである以上、プログラムの信頼性は高い。むしろ和泉は、学会で提唱されていた、ライノサロスの感覚器に関する学説を証明したことになる」
「視覚が弱く、音で補っている……か」
「人間界のサイもまた、目が小さい分、視力は弱いですが、鋭い嗅覚と聴覚をもつことで知られています」
「ほう?井上中尉は詳しいな」
「ついさっき、調べてみました」
「ふむ……それにしても」
西川少佐は感心した様子で言った。
「さすが二宮中佐の秘蔵っ娘ですな」
「まだまだ」
二宮はわざとらしく顔をしかめた。
「おだてるとつけあがる」
「しかし、ライノサロスの大群を全滅させたあの戦法は極めて有効です。自分はよくぞ考えついてくれたと」
「敵をやり過ごし、混乱させてから背後から叩くなんて、基本でしょう」
池田大尉は、バカにしたような口調で言った。
「二宮中佐のおっしゃる通り。この程度のことで、あのドンガメに参謀面されてはかないません……まぁ」
一体、ケンカを売っているのかと聞きたくなるほど、芝居がかった仕草で池田大尉は肩をすくめた。
「あのライノサロス部隊撃破シミュレーションは、世界中のメサイア乗りが血眼になって撃破を試みたものの」
池田大尉の視線が、周囲を見下しているのは確かだ。
「―――誰一人、クリアできなかった。名だたる騎士達がこぞってしくじった」
―――お前もそのウチの一人だろうが。
皆が内心、そう思った。
「大抵が10騎から20騎の大部隊で……それをまぁ、わずか5騎ですからね。公表すれば、近衛の名にハクがつくでしょう。富士学校の名前もですが」
「さてさて」
フォローするような井上中尉の言葉を遮ったのは池田大尉だ。
「本当に信じられますかね」
「何?」
「キルレシオ1対80?プログラムの信頼性が問われますな」
「大尉」
西川少佐が顔をしかめた。
「モノには言い方がある」
「おや?私は素直な見解を述べているだけです。プログラムのバグでもあって、ライノサロス共の動きにエラーがあった。あのドンガメ共はそれで勝てた―――そうでなければ、キルレシオ1対80は無理です。ありえない。皆がそう結論づけるでしょう。つまり」
その視線の先には、二宮がいた。
「連戦連敗の教え子の不甲斐なさを嘆いた教官が、手心を加えた―――と」
「貴様っ!」
顔を真っ赤にして席を立ったのは長野だ。
「もう我慢ならん!表に出ろっ!たたき殺してやるっ!」
袖をまくり上げる長野を周囲の教官達が止める。
「おやおや」
そんな長野を、池田大尉は鼻で笑った。
「我々の間での私闘は御法度ですぞ?」
「モノには限度というものがあるっ!」
「調べればわかることです」
「―――私の潔白が証明されたら?」
「その時はその時」
二宮に、池田大尉は答えた。
「私は二宮中佐を疑っているとは一言も申し上げていませんからな」
「……いいでしょう」
二宮は頷いた。
「ただし、第七分隊のシミュレーター結果は上層部に報告はします」
「―――ご随意に」




