カールズバッド攻略戦 第四話
「存外と」
飛行艦に収容されたダユーは、デッキに降り立った途端に言った。
「不甲斐ないですわね」
「金で集まる傭兵なんて、あんなものです」
対するユギオは平然とした顔だ。
「人類にスコアを稼がせる程度しかできない」
「随分と」
ダユー達の目の前。
収容されたメース達が、次の出撃に備えた補給作業に入っている。
各部に接続されたエネルギーチューブを見上げながら、ダユーは器用に走り回る整備兵達を避けていく。
対する整備兵達は、間近にダユーがいることに驚いて、慌てて道を開くと直立不動の姿勢で見送る。
何しろ、ダユーは開かれた通路を完全に無視して、勝手気ままに歩き回っているようにしか見えないのた。
ユギオは、その横を歩きながら、その美しい横顔を楽しむ余裕さえない。
オイル缶に背広の裾が触れて思わず顔をしかめた。
「―――いえ」
不意に、ダユーがそう、言葉を詰まらせたのはその時だ。
「言いかけて黙るのはマナー違反ですよ?」
こりゃだめだな。
ユギオは黒くなった裾を気にしながら訊ねた。
「何ですか?」
「怒りません?」
「黙っていれば気を悪くします」
「薄情―――そう思ったのですが、違うようですね」
「違う?」
「ええ」
ダユーは楽しげに笑った。
「あなたが、ご自身の母艦ではなく、この艦に乗り込んできた理由が、私、わかった気がします」
「どのように?」
「人類に門を開かせる」
ダユーは居住区に向かう廊下に入った。
既に衛兵がカートの運転席で待機していた。
ダユーとユギオがその後席に乗り込むと、カートは静かに走り出した。
「その後、あなたはどうなさいますの?」
「……」
「私はそれを考えただけです」
「結論は?」
ユギオは、ただ、無言で天井を見上げている。
「どう出たのです?」
「この艦は」
ダユーは答えた。
「世界中どこへでも、1時間とかからずに到達出来ます。隠密行動に特化したあなたの母艦より10倍は速く、しかも、人類側のいかなる検知にも引っかからない。現に」
ダユーは、前席シートの背もたれに設置されたモニターを、その細い指で突いた。
画面に映し出されたのは、周辺の状況を示す地図。
中央部で白く輝いているのが、この艦だと、ユギオにもわかる。
問題は、そのすぐ間近の反応だ。
「人類側の飛行艦が、すぐ2キロ先を航行している。
5キロ先の上空に停泊している飛行艦とランデブーするつもりなのでしょう。
人類側は、こんな間近にいる私達に全く気付いていない。
ほとんど同じ高度にいるというのに」
どうです?
ダユーの目は、悪戯っぽいメッセージをユギオに送っていた。
「艦の設計者に深い敬意を」
ユギオは肩をすくめた。
「あなた達のオーバーテクノロジーじみた発明に、魔界が追いつかないのは認めましょう」
「……人類が門を開いたところで、貴方は人類から“お宝”を横取りしたい。そう思っている。そのためには、門の開いた先が、この地球上のどこへだろうと、人類の監視を無視して行けるこの艦に、私や部下と共に乗っていた方が分がいいと踏んだ」
「失礼な」
苦笑して、ユギオは答えた。
「“あれ”は、元来が人類のモノではありませんし、あまつさえ“モノ”でさえない」
「……失礼」
ダユーは口先だけ詫びた。
「閣下には黙っていてくださいませね?私、あの御方は苦手なのです」
「忘れましょう」
「……どうも」
「どちらにしても、人類にそう易々と勝ってもらっても面白くない。
ついでに言えば」
キイッ
小さなブレーキ音を立てて、カートが止まった。
先に降りたユギオが、ダユーを手をとりながら言った。
「あの連中は、絶対にイツミの手の者です」
「イツミの?」
ピクリ。
ダユーの端正な眉が小さく動いた。
「人類が、イツミの犬になったと?」
「あのタイプのメースは、弓状列島で開発、配備されているタイプです。ヴォルトモード軍と共に煮え湯を飲まされた騎ですから、間違いようがありません」
「……へぇ?」
「弓状列島の王とその妻は、かつての“狭間の英雄”。イツミと昵懇の中と承知した方が正しいでしょう。弓状列島から来た部隊となれば、王を通じて、イツミが関与していると見て間違いないでしょう」
「彼等をここで捕獲して」
ダユーは、通路の角を曲がり、豪奢な飾りが施された木製ドアの前に立った。
その歩みは止まらない。
ドアの両脇に立つ衛兵が、会釈と共にドアを開き、ダユー達は話ながらその中へと入った。
「―――“イジ”ってみたら、面白い情報が手に入るのでは?」
「あなたの、その発想が恐ろしい」
ダユーに進められるままに、ユギオはソファーに腰を下ろした。
「狂科学者の面目躍如とは思いますがね」
「お世辞なら、もう少し上手く仰ってくださいな」
ダユーが席につくと、メイド達が音もなく二人の前に紅茶や茶菓子を並べ始める。
「でも、あなたも情報を軽くお考えでは?
末端からでも、それなりの情報が得られるのでは?」
「挽肉にした所で、イツミのことを聞いても、知らないと言いますよ?
本当に知らないんだから。
賭けてもいい」
ユギオはテーブルの上の茶菓子を目で追いながら言った。
「鍾乳洞にいる連中に、“万一”の場合があろうとも、イツミは痛くも痒くもないでしょうし、何より鍾乳洞の内情はすでにイツミは把握している」
「内実?」
「つまり」
ユギオはチョコレートの包みを解いた。
「すでに妖魔は存在しない。メースが何騎存在するか……我々が門を開いていないことまで含めて」
まさか。
そう笑おうとしたダユーの動きが止まった。
「―――思い出しましたか?」
してやったり。
そんな顔のユギオは、嬉しそうにチョコレートを口に放り込んだ。
「鍾乳洞で何が起きたか」
「天界の斥候が入ったと聞きましたが、あれは」
固い表情をしたダユーは、ティーカップに手を伸ばした。
「イツミの仕業だと、そうおっしゃるのですか?」
「天界の中でも相当、“特殊”な連中―――そう言いましたよね?」
「……」
「今の人間界で、そんな連中を、斥候なんて仕事でコキ仕えるのは、イツミ以外には考えられません」
「しかし、天界情報軍が動いたとなれば、重大な契約違反ですわ?それこそ、天界の自滅を招きかねないのでは?」
「人類側が我々の捕虜になって、尋問というか、拷問にかけられても、その口からイツミの名は出てこない。イツミは絶対に尻尾を出さない。人類は常にトカゲの尻尾です。なら、殺すより、こちらも利用した方がよいに決まっています」
「……」
「まだ心配ですか?
納得出来ませんか?
いいですか?
ここに来たのが、イツミの意志だとして、人類を動かしているのもイツミだと見て間違いなくても、公には、それは認められないのです」
「何故?」
「連中は、弓状列島の王の兵隊ですよ?
つまり、ここに来たのは、王の命令だと言えばそれまでの連中。
連中についての全ては、王の意志とみなされる。
イツミが直接指揮している訳ではない以上、魔界も私達も文句も言えない。
卑怯なほど絶対的な立場を危うくするほど、イツミはバカではないですよ」
「……成る程?」
カチャ
ダユーはティーカップをソーサーに戻した。
「だったら、とっとと門までご案内してさしあげたら?」
「そうは行きません」
ユギオは笑いながら紅茶に口を付けた。
「この状況で、タダで逃げたとあっては、逆に警戒されます」
「あきれた!」
ダユーは目を丸くした。
「イツミの目を誤魔化すため。それだけのために?」
「賞金は増やしてあげましたよ?」
「支払う気はないクセに―――ズルい」
「勝ってもらっちゃ困るんですけど、こっちも高いメースを貸し出しているんです。メンツが保てる程度には頑張ってもらわなくちゃ―――ああ、そうだ」
ユギオはポケットから携帯電話を取りだした。
「―――私だ。犬の動きは?
……鈍いか。
仕方ない、賞金を2倍に跳ね上げろ。
それと、勝利のためには全ての規律を無視して良いと伝達。
各個人の責任の元、好き勝手にやれと、そう付け加えろ」
パタンッ
携帯電話を閉じたユギオが、あきれ顔にダユーに首を傾げた。
「―――何か?」
「本当に、ズルい人ですわね。あなたって」
「はい?」
「各個人の責任の元だなんて、格好はいいとして、上層部としての全責任を部下に押しつけていることですわよ?
しかも、金に目のくらんだ連中に好き勝手やらせるなんて、規律を破壊するし……現場の指揮官がお気の毒ですわ?」
「連中が犬としての己をわきまえているなら」
ユギオは反論した。
「どうするべきかは、すぐにわかるはずです」
「わからなかったら?」
「犬にもなれずに死ぬだけです」
お気の毒。
ダユーの言葉を聞いたら、ユング少佐がどう思ったろうか。
余計なお世話だと怒鳴っていたかもしれない。
第二防衛線まで突破されたことを知った傭兵隊は、部隊の損害を知るなり、自分達が正規軍ではないことを、負の意味でさらけ出した。
仲間の死を悼むことはない。
仇を討つつもりは、さらさらない。
あるのは、自分達が分の悪い戦いをしているという、現実的な思考だけ。
彼等は金儲けのために戦場にいるのであって、仲間だの国だのという、大義名分のためにいるのではない。
彼等にあるのは、金だけ。
しかもそれは、命あっての物種だ。
死んでは元も子もない。
第四防衛線の傭兵達が勝手に第五防衛線に後退したのも、密集防御陣形をとっていた第五防衛線の守備隊が勝手に散開して、自らが適切と判断した場所に潜んだり、勝手に武装を変更したりしたのも、全てはそのためだ。
ユング少佐は、これに対して何も言わない。
元に戻れ。
持ち場に帰れ。
そんなことを言おうものなら、背後から忍び寄ってきた部下に殺される。
傭兵隊の指揮官とは、普段は肩書きで部下を束ねることが出来る。
だが、いざ。という時に、肩書きが通用するとは思ってはいけない。
特に、部隊が危機に陥っている時と、金が絡んでいる時は―――。
彼はベテランの傭兵指揮官として、それを知っているだけだ。
「賞金が2倍になったぞ!」
「俺がもらった!」
傭兵達は口々に叫ぶと、ウェポンラックから破壊力の高い武装を勝手に引き出していく。
対艦用ランチャーなんて、何に使うつもりなのか。
補助ユニットなしでそんなもの使ったら身動きがとれないじゃないか。
むしろ、ユングは苦笑しながら状況を楽しんでさえいた。
彼が部下に要求することは多くない。
勝利―――それだけだ。
勝てば全てが許される。
その分かり易さ故に、ユングは軍を捨て、傭兵隊に身を投じたのだ。
勝利という“結果”に責任を負えばいい。
つまり、勝てばいいのだ。
勝つために何をすべきか?
指揮官にとやかく言われずとも、自分の判断で動く。
それこそが傭兵というプロの仕事だと、ユングは信じている。
広いフロアに走る無数の鍾乳石。
そのあちこちに火砲を持ったサライマが潜んでいる。
一部は擬装布を準備しているし、入り口には対メース用の爆発物も仕掛けている。
数騎は、魔族軍が開けた物資搬入用の縦穴を使って敵の後方に回り込む準備を進めている。
指揮官からの指示が無くてもここまでやる。
それが傭兵だ。
―――やれる。
そう確信したユングは、戦斧をラックから引き抜いた。
「どうします?」
「……第四層まで到達したのですが」
美奈代は、うーん。と腕組みをしながら鍾乳洞の構造図を前に頭をひねるしかない。
「第四層は無傷で放棄した―――第五層に部隊を集結しているだろうことは、音でわかる……」
「何、面倒くさいことやってるのよ」
フィアがイライラした顔で言った。
「敵が待ち伏せしていることなんて、もうわかってるでしょ?だったら美奈代を楯にして突き進めばいいじゃない」
「……お前、代わりにやってくれ」
「い・や―――瞬が悲しむでしょ?私、あんたと違って、モてない女じゃないし♪」
「こ……殺す《怒》」
「宗像より和泉―――どうするんだ?手榴弾を放り込んで、潰していくか?」
「まて」
美奈代が頭をひねったのは、そこだ。
「第五層の奥、Dブロックは反応弾貯蔵庫がある。下手なことはしたくない。何より、第五層は構造的に脆いんだ」
「脆い?」
「ああ」
美奈代は、全騎の戦況モニターをリンクさせた。
宗像達の目の前に、鍾乳洞の構造図が浮かんだ。
「第一層から第四層までは、滑らかな階段状の作りだ。問題は、第四層から第五層。
それまでのように、坂の途中の家みたいな構造と違って、第五層は、ほとんどが、第四層の下に入っている。
ビルで言えば下の階。
螺旋階段状態の通路を通って下の階を制圧するのと同じ―――」
「それこそ」
言いかけて、宗像は黙った。
「脆いというのは、どういうことだ?」
「第五層の天井よ―――落盤の可能性が高いの」
「落盤?」
「ええ。手榴弾なんて、下手に使えば通路上で崩落して身動きが出来なくなる恐れがあるし―――何より、TACが巻き込まれたら終わりよ?」
「―――ククッ。それで?」
宗像は、喉で笑った。
「ふんぎりがつかないのか?」
「……使用禁止なのよねぇ」
「無視しろ」
宗像は言った。
「状況は刻々変化しているんだ。第一、今更始末書書いてもどうということはあるまい」
「……まぁ、ね」
美奈代は肩をすくめた。
「今度で中隊前線指揮官の資格が剥奪されれば、後方勤務にでも回してもらうことにする」
「後藤隊長が手放すものか―――とにかく、敵をお待たせしては失礼だぞ?」
「うん……」
美奈代は頷くと、言った。
「涼?芳」
「い、いいんですか!?」
TACのラック上に固定していたHMCを装備しながら、芳は驚いた声をあげた。
「ここでの使用は、禁止じゃないですか?」
「いい」
美奈代はそっけなく答えた。
「後藤隊長には、私が怒られればいいんだから」
「……お姉さま」
涼が涙目で言った。
「お察しします」
「……ありがと」
「今晩、私がたっぷりベッドで慰めて差し上げますからね?」
「遠慮する―――芳、HMCの筒先を私に向けるな」
「……で?何を撃つんですか?」
「TACは第三層へ後退。撃つのはここだ」
美奈代騎が、第四層の床を指さした。
「小清水、平野騎以外の全騎も、ビームライフルを準備しろ。第四層と第五層を隔てる天井は薄い。この天井をブチ抜いて、落盤の混乱と共に第五層へ降下。一気に敵を殲滅する」
「手榴弾は?」
「穴が開き次第、手当たり次第に放り込め」
美奈代は鼻でため息をついた。
「……随分派手な土方仕事だわ」
「隊長」
戦闘音が聞こえなくなったことを訝しいと思ったティアリュートが、ユング少佐に通信を開いた。
「状況を教えて下さい」
「敵は第四層で停止している」
ユング少佐は答えた。
「センサーの反応から、数カ所に集結している。戦況をリンクしてやろう」
転送されたデータを見たティアリュートは、眉をひそめた。
「教官?」
「ん?」
「これって、第四層の床を突き破ろうとしていませんか?」
「……何?」
「第四層の、メース進入禁止区域と集結地点が合致しています。メースの重量が長時間加わると崩落の恐れがある所でしたね」
「まさか……そこを爆破して?」
「私やユースティアなら、そうします」
「非戦闘員の脱出は終わっているな?」
「はい」
「よし……褒美はくれてやろう。部隊全騎へ!」
ユングは怒鳴った。
「敵は天井から来るぞ!ポイントを転送する!そこめがけて火砲をたたき込めっ!」
美奈代は、後々まで“偶然の悪戯”という言葉を聞くと、この時のことを思い出すことになる。
人類と魔族軍の指揮官同士。
互いが狙ったことは、石灰岩の塊を破壊すること。
しかも、その攻撃タイミングは、完璧に一緒だった。
ズンッ!
HMCが2カ所で発砲。
穴が開き次第、手榴弾を放り込んで、穴に飛び込む。
そういう手はずだった。
だが―――
ズズッ!
HMCの砲撃が着弾した途端、床が激しく揺れた。
砲撃の着弾だけで、こんな揺れはしないはず。
「なっ!?」
驚く美奈代に、牧野中尉が告げた。
「センサーが複数発砲音を確認!」
「発砲音?」
きょとん。とした後、美奈代は大声で叫んだ。
「全騎っ!床が崩れるぞ!天井まで飛べっ!」
「ど、どういうことですか!?」
発砲に失敗したのか?
それとも、場所を間違えたのか?
涼は、美奈代の答えを聞く前に理由を悟った。
ビシッ!
ビシッ!
“白雷改”の“耳”は、そんな耳障りな音を確実に拾っていた。
「……」
音の元を探した涼は、すぐに床に何が起きているのかを悟った。
亀裂。
床一面に、亀裂が走り始めている。
HMCで撃った場所以外でも、次々と亀裂が走っているのだ。
間違いない。
ビキッ
ビキキッ!
床は、氷のように割れて砕けようとしていた。
「じ、冗談っ!」
涼はとっさに“白雷改”のブースターを開いた。
“白雷改”の足下が崩れ落ちたのは、その時だった。
長い年月のうちに、水の浸食を受けずにいた場所が、太い格子状に残り、他の場所が薄くなっていた。というのが現実だ。
「……危なかったな」
落下してくる石灰岩を、柱の影でかわしたユングは、冷や汗を背筋に感じながら呟いた。
「敵が巻き込まれてくれれば、御の字なんだが……」
ちらと見たセンサーは、敵が上へ逃れたことを教えてくれている。
「……そこまで甘くはないか」
「全騎、大丈夫か!?」
崩落の影響で土煙が立ち上って視界の上では状況が把握できない。
美奈代は、とにかく部下の安否確認を優先しようとしたが、
「下、敵性反応っ!」
牧野中尉の警告と同時に、攻撃が飛んできた。
「宗像っ!」
美奈代はビームライフルを構えると鋭く怒鳴った。
「前衛全騎っ!」
美奈代が意図する所は、宗像も同じだったらしい。
宗像の声が、すぐに美奈代の耳に届いた。
「突撃っ!狙撃隊はマズルフラッシュを狙えっ!」
―――さすがだ。
美奈代はそう思いながら、祷子に声をかけた。
「天儀?いくぞ?」
「はい♪」
最も近くにいるサライマに美奈代は狙いをつけた。
ビームライフルをマシンガンモードで牽制射撃。
サライマを壁間近に追いつめたまま強行着陸。
突然の攻撃に驚くサライマの頭部めかげてシールドのエッジを叩き込んだ。
「―――ちっ!」
シールドを構えつつ、ビームライフルを空中に放り投げた美奈代は、頭部を潰されて壁にもたれかかった状態で擱座したサライマの胸ぐらを掴むと、騎体左側へと突き飛ばした。
ドガガガッ!
連続した爆発が、サライマの背中を貫通して襲ってくる。
シールドに数発が命中して小さな爆発が起きる。
サライマが爆発の度に、まるで神経があるようにビクビクと動く。
上空に放り投げていたビームライフルを右手でキャッチした美奈代は、躊躇いもなく、そのサライマの腹めがけてビームライフルのトリガーを引いた。
ドンッ!
サライマの腹に風穴を開いた一撃。
そのエネルギーの残りは、別な柱から飛び出すなり、美奈代騎に攻撃をしかけた別なサライマの股間に命中。
両足を股間部で破壊されたサライマが顔面から地面に落下。
ハッチが飛んだ。
「……」
一瞬、頭部に照準をつけた美奈代は、サライマの右腕の付け根に照準をずらして発砲した。
「コクピットを狙ってみたり、外してみたり」
牧野中尉は可笑しそうに笑った。
「甘いのか残酷なのか」
「自分でもわかりません」
「和泉大尉は複雑ですねぇ」
「そう思います」
「和泉」
サライマの残骸から斬艦刀を引き抜いた宗像から通信が入った。
「先程の影響で、第六層への通路がふさがった」
「いや……僥倖だ」
美奈代は頷いた。
「幸いにして、反応弾貯蔵庫へ通じるルートは確保されている」
美奈代は言った。
「第六層に潜んでいる敵を阻止出来るんだ。部隊を集結させてくれ。移動する」
一方で―――
「……なんてことだ」
目の前を塞ぐ巨大な岩盤を前に、ティアリュートは呆然となるしかなかった。
目の前には、先程の影響で崩壊して、通路を塞ぐ石灰岩の塊達。
どうひいき目に見ても、殴ってどうこうなるほど、ヤワには見えない。
これでは、第六層から第五層に増援に行きたくても出来ない。
いや……脱出さえ……。
「て、ティアリュート様」
ユースティアが通信モニター上で心配そうにこちらを見つめている。
いかん。
ティアリュートは軽く首を振った。
ここで動じては、ユースティアが不安がる。
それではダメだ。
「状況を調べに行く」
ハッチに手をかけながらティアリュートはユースティアに命じた。
「ユースティアはそこで待機してくれ」
「わ、私も行きますっ!」
ティアリュート騎のハッチが開くより先に、ユースティア騎のハッチが開いた。
「一人より、二人の方が」
一人でいると不安だ。
ユースティアは行動でそう言っていた。
縋り付くような目に気付いたティアリュートは、ため息一つ、ユースティアに言った。
「―――任せる」
カランッ
巨大な岩から時折聞こえるそんな音でさえ、ティアリュートの寿命を縮めさせてくれる。
下手なこと一つで崩落すれば、巻き添えになってしまう。
後ろをおずおずとついてくるユースティアの手前、毅然とした態度は崩せないものの、今の状況は、信管の生きている爆発物の上を歩いているのと、ティアリュートは心境的に変化はない。
サライマのサーチライトと、手にした懐中電灯の光に助けられ、岩石の山を見上げる。
どうしていいのかさっぱりわからない。
「……」
問題は―――。
ティアリュートは、振り返ってサライマの武装を見た。
手にしているのはレイピアと戦斧だけ。
戦斧でこの岩を破壊出来るのか?
メースの装甲さえ破壊出来る戦斧の力からすれば、不可能ではないだろう。
だが……。
「……無理、か」
ティアリュートがそう思ったのは無理もない。
第五層に通じる出入り口の真上の天井には、大きな亀裂がいくつも走っている。
下手な衝撃を与えれば、サライマの真上への落盤は避けられない。
天井をビームで破壊して、安全を確保してからやるか?
「ちまちまと……無駄な時間を」
部隊の状況がまるでわからない。
ユング騎とのデータリンクが途切れている。
他の騎との通信も通じない。
全滅した。
そんな言葉が、脳裏から離れない。
この障害を突破出来ても、敵の包囲網が待ちかまえているはずだ。
「……ユースティア」
「は、はいっ!?」
突然、声をかけられたユースティアが飛び上がって返事をした。
「な、なんですか!?」
「脱出ルートはあったか?」
「あったんですが……」
ユースティアは答えた。
「第五層の縦坑を使用して地上に出る必要が」
「他にあるとすれば……」
脱出ポッドか。
いや。
メース使いとして、戦わずにポッドを使ったなどあり得ない。
ティアリュートは、意識的に、その選択肢を除外した。
「……あの、ティアリュート様?」
おずおずとした声が耳に届いた。
「何だ?」
「……あれは?」
ユースティアが指さしたのは、岩と岩の間。
白い、いびつな何かが、そこには挟まっていた。
「……なんでしょうか、あれは」
「……人工物であることは間違いないな」
それをじっと見つめていたティアリュートは、ハッとなった途端、床を蹴っていた。
「て、ティアリュート様っ!?」
斬艦刀が、ドアをチーズの如く切断していく。
その光景を、美晴はあきれ顔でみつめていた。
「斬艦刀に、こんなトーチみたいな使い方があるなんて、思いつきませんでした」
「どこのバカよ。こんな金庫並の厚さの扉をこんな所に持ち込んだの!」
余計な手間だと怒る紅葉に、美奈代がぽつりと言った。
「それを、こんな壊し方してる私達は何なんですか?」
「余計なこと考えないでとっとと壊せ」
「知りませんよ?本当に」
「監視カメラは全部壊してあるから大丈夫!なにより、脚部の防震ゴムは、特別に中華帝国軍の帝刃と同じパターンにしてある。足跡から調べても、中華帝国軍と判断するから!」
「やってることがモロ犯罪者ですって!」
「うるさいって!アシがつく前に、さっさとやれ!」
ガンッ!
音を立てて、ドアが倒れたのは、その時だった。




