カールズバッド攻略戦 第三話
ユギオが部隊に防戦を命じたのは無理もない。
出口は一つ。
敵は、そこから来るのだ。
地の利はこちらにある以上、洞窟の中に誘い込んで戦った方が上策と言うものだ。
洞窟は深さ1500メートル。
巨大なフロアが6層にわたって存在。
それぞれが、洞窟によって接続している。
この構造が米軍をして、この洞窟を軍事施設化させた大きな要因だ。
今、この洞窟の主はメース達。
各層に部隊が配属されている。
合計45騎。
たった2騎で小隊を編成するティアリュートとユースティアは、最後衛、第6層の防衛に回された。
「そこまで行くことはないと思うが」
第5層に置かれたメース隊司令部。
その司令官、ユング少佐は、通信装置の向こうでティアリュートに言った。
「非戦闘員はすべて第六層に待避させている。待避ポッドの準備が完了次第」
ユング少佐騎とデータリンクしている戦況モニターで、カーソルが動いた。
「排気口に人類が設置した脱出孔で外へ打ち出す。いいか?ポッドの予備は1つ。負傷兵や擱座した各部隊の兵を収容する。お前達の任務は、前に出る事じゃない。そのポッドを無事に外へと押し出すことだ」
「……了解」
ティアリュートは思った。
たった2騎じゃ、誰にも戦力として期待されないのも無理はない―――と。
だが。
ティアリュートは、ユースティア騎のシールドに書かれた紋章を見た。
ユニコーンをあしらったその紋章は、ティアリュートとユースティア双方にとって、代々仕えてきた主家の紋章。
主家の再興こそが一族の使命。
ここで名を挙げ、主家の名を世界に轟かせる。
私達は、その先兵に過ぎない。
ティアリュートはそう考え、この戦いにはせ参じた。
傭兵という、落ちぶれた立場にも甘んじているのは、名を売るため。
主家の名を売るため。
ただ、そのためだけだ。
金目当ての俗物共と自分は違う。
私は、あの御方を支えたいだけだ。
その自負があった。
反面、その自負こそが、傭兵隊で孤立している理由だとも、十分に自覚していた。
金のために鎬を削る傭兵隊にとって、金こそ全て。
名誉。しかも、他人の名誉のために戦うなんて、酔狂か、さもなければ狂っているとしか思えない。
そんな傭兵隊をまとめるユング少佐は、かつてティアリュートが軍に属していた時の戦術教官だった。
その縁があって、ティアリュートは、周囲との決定的な事態を迎えずにいる。
無論、傭兵達にとって、ユングという“男”が、ティアリュートという“女”を庇うことが、二人の関係に決定的な“誤解”となっているが……。
それでも、ティアリュートは、ユング少佐に対して反論はしないし、命令には従っている。
彼女なりに彼に対して、恩義は感じている。
だからこそ、最後尾の防衛という、普通の傭兵なら“金にならない”と拒否するポジションにも文句は言わない。
「我々の“飼い主”達の脱出は別ルートで終了した。非戦闘員の脱出準備完了予定は0955。残り15分。
ティア?第一層から第五層までの緊急脱出ルートは目にしておけよ?
下手すれば、騎体を降りて担ぎに言ってもらうこともあり得る。そう言えばお前は例の懲罰は経験済みだったな?」
「過去の話です」
ティア。
候補生時代の懐かしい呼び名に、ティアリュートは苦笑混じりに頷いた。
「二人を同時に担がされた覚えがあります」
ズズゥゥン
遠雷のような響きが、小さく、ティアリュートの耳に入った。
爆発音。
まだ遠いが、胃が締め付けられるような感じがした。
それは―――敵の襲来を意味していた。
「第一層入り口にデミ・メース!数8……いや、10だ!」
第一層防衛隊からの怒鳴り声に似た声がノイズと共に耳を打つ。
「奴さん、かなり素早いぞ!」
「部隊全騎、戦闘開始っ!」
ユング少佐の楽しげな声が全てをまとめた。
「主賓のお出ましだ!」
「わっ!?」
陽動のため、第一層フロアに飛び込んだのは美奈代と祷子だ。
フロア左に侵入し、敵を引きつける。
そんな手はずになっていたが、少なくとも美奈代にとって想定外のことが起きた。
洞窟の側面が、連続してはじけ飛んだ。
“死乃天使”と“D-SEED”は、フロアを貫通する巨大な鍾乳石の背後に隠れた。
「実体弾っ!」
牧野中尉から警告が入る。
「敵メース4、大口径実体弾速射砲を装備っ!」
「な、何で!?」
「―――予想外ですね」
祷子が言った。
「レーザーで来る。その連射性の低さを生かして白兵戦へ。そんな美奈代さんの読みが外れるなんて」
「どこから手に入れたんだ?」
「中華帝国軍の使用する100ミリ速射砲との類似性95%。っていうか、それ以外はなさそうですね」
「どうします?」
「涼」
「はいっ!」
「私が囮になる。やれるか?」
「……こちらの指示通り動いてもらえますか?そのポイントから仰角67度で天井までブーストジャンプ」
「やろう」
「一二の三で―――芳?寧々ちゃん?」
「ターゲットロック」
「やれます」
どうやら、この作戦の主役は、狙撃部隊になりそうだと思いながら、美奈代は指示を待った。
「いち……にの……」
汗で湿る手に何度も軽く力を入れながら、軽く上唇を舐める。
壁に隠れるメースは4騎。
こちらが動かないことでしびれを切らして動くのを待つ。
左右の壁に2騎ずつ隠れている。
手前側の両壁の2騎が何か合図した。
―――動いた!
「さんっ!」
グウォォォォッ!
派手なエンジンが響き、“死乃天使”の翼が開き、金色の光と共に宙に舞った。
敵は、その音と光に引かれたように壁から離れた。
「―――そこっ!」
涼はトリガーを引いた。
ビームライフルから放たれた一撃が、サライマの胸に吸い込まれる。
ドンッ!
ビームの直撃を受けたサライマが、そのエネルギーに壁に叩き付けられた。
破壊にえぐり取られた胸部から黒煙が上がり、サライマはそのまま崩れ落ちた。
サライマは4騎。
こちらは3騎。
こういう時に備えて、もう1騎、仲間が欲しいな。
涼はふと、そんなことを思ったが―――
「全騎撃破」
高良中尉の声がレシーバーに入った。
「フロア内、敵性反応なし。状況グリーン」
「残りは?」
「鬼龍院中尉が連続で2騎撃破。実体弾はこういう時に便利ですね」
「……さっすが」
「狙撃隊へ。助かった。感謝する」
フロアへ舞い降りた美奈代から通信が入る。
「騎体を降りる。連中が、何を使ったか見てみたい」
「了解。狙撃隊前進。フロア出口に橋頭堡構築。急いで」
狙撃隊がフロアの出口から第二層へ通じる洞窟へ筒先を向け、殿役を務める美晴と山崎が入り口を固める中。
「警戒は怠らないでくれ―――こいつら、エンジンはまだ生きている」
「仕留めるか?」
美奈代騎の横に立つ宗像騎が、油断無くビームライフルをサライマへと向ける。
「……」
どうする?
内心で迷いながら、美奈代は、壁にもたれかかるように擱座したサライマの腕から砲を奪い取ろうと手を伸ばした。
その途端だ。
ガシッ!
「何っ!?」
サライマの左腕が突然、伸びたかと思うと、美奈代騎の腕を掴んだ。
「和泉っ!」
とっさにトリガーを引いた宗像騎から放たれた一撃が、サライマの腕を吹き飛ばした。
「こいつっ!」
ビームライフルの銃尻を頭部めがけて振り下ろした宗像は怒鳴った。
「こいつらまだ生きている!動力停止が確認出来るまで破壊しろっ!」
「了解」
月城が斬艦刀を手に、床に転がった騎に狙いを定めた。
熱源反応から、動力部が生きているのは確かだ。
「もったいないな」
月城はふとそんなことを思ったが、どうこうしているヒマはない。
何より、無抵抗の騎にトドメを刺すというのが、どうにも好きになれない。
命令だ。
そう自分に言い訳するのが精一杯だ。
「悪く思うなよ」
頭部から真っ二つにするために、斬艦刀を振り上げた時だ。
「―――ん?」
頭部の左側装甲板が吹き飛んだ。
装甲板が宙を舞い、頭部は盛大な白煙が立ち上った。
爆発?
違う。
“白雷改”の目は、そこから飛び出したものが、装甲板以外にも存在することを克明に捉えていた。
人だ。
「鵜来っ!」
月城はとっさに怒鳴った。
「頭部への攻撃は避けろっ!パイロットはまだ生存している!」
「え゛っ!?」
驚いた声と、ザンッ!という切断音がしたのはその直後だった。
「は、早く言ってくださぁい」
有珠の泣きそうな声がした。
「や……やっちゃいましたよぉ……」
「……南無三」
斬艦刀で滅多切りにされたサライマの残骸から奪った砲がフロアの床に置かれる。
長い筒にマガジンを突っ込んだその姿は、歩兵用の小銃をそのまま大きくしたような、そんな印象だ。
「中華帝国軍の81式100ミリ速射砲ね。性能的には平凡なものよ」
TACから降りた紅葉が一瞥しただけで断定した。
「まぁ、鹵獲品というより……」
「―――供与されたもの」
「そうね。飛鼠やビーム系の技術の見返りにと、メースでも運用できる兵器として、この手の武器を中華帝国から入手したと見るべきね」
「上手くできているものですね……世の中って」
「そういうものよ。持ちつ持たれつってヤツ?」
「……私達には、誰か技術とかくれないんですか?」
「向こうが魔界なら、こっちは天界なんだけど」
紅葉はなぜか、肩をすくめた。
「私達の言う魔法技術の面ではね?天界と魔界じゃ、500年近い開きがあるんだって」
「天界が―――」
言いかけて、美奈代は言葉を詰まらせた。
「遅れてるんですね?」
「平和な天界は、反乱ばっかりの魔界と違って、魔法科学なんて必要としなかったそうでね。気が付いた時には決定的な水を開けられていたそうよ?」
「つまり、中華帝国は最新鋭の技術が入手出来て、私達はカビの生えた技術しか入手できない?」
「ストレート過ぎるとは思うけど否定はしない」
紅葉は肩をすくめた。
「私達はいつだって、他人の助けは期待できないのよ」
「あなたの助けは?」
「それは信じていいわ」
紅葉は、ぽんっと美奈代の肩に手を置き、親しげに笑った。
「魔法科学の世界じゃ、紅葉様程、信じられる教祖はいないわよ?」
「第一層防衛部隊全滅!」
「絶対数が少ないとはいえ……」
ユング少佐は顔をしかめた。
「人類相手に、5分と持たせることも出来んとは……」
「少佐」
部下から通信が入る。
「敵、動きました。第二層への移動を開始」
「第三層の部隊を第二層へ移動させろ。第一層からの生存者は?」
「2名の生存を確認。例のルートで移動していますが、負傷している模様。動きが鈍いです」
「地表へルートを変えさせろ。地表の観測隊に衛生兵はいるだろう?」
「―――多分」
「悪魔に祈ろう。第二層。武器使用自由。選択を誤らぬように厳命しておけ」
「……はっ」
第二層には、シールド並べたサライマ達が速射砲を構えて待ちかまえていた。
第三層からも応援を受け、その数は20騎近い。
ここで敵を食い止める。
そのために集められた兵力だ。
彼等が正規軍なら、サライマの持つシールドと訓練された射撃技術で、襲い来る敵を撃破することは容易だろう。
しかし―――
彼等は金で動く傭兵だった。
「おい」
傭兵の一人が訊ねた。
「1騎あたり、いくらだ?」
「相場は下らんだろう?」
「いや―――偉いさんは金額改めた」
相場を通信で確認していた一人が声を上げた。
「いくらだ!?」
「すげぇ!250だ!」
「250!?」
「金星並じゃないか!」
「ああっ!しかも、1騎についてだ!特に、“翼付き”は600だぞ!」
「600!?ライデンでか!?」
「ガメルなワケねぇだろ?」
「よしっ!俺がもらった!」
「馬鹿野郎っ!俺様の獲物だ!」
傭兵
彼等に正規軍以上の戦闘能力を求めても、彼等に規律を求めることは出来ない。
規律無き集団である傭兵は、戦果を上げれば、何をしても許される。
そんな存在。
仲間同士の信頼なんてない。
金のためなら、平気で仲間を裏切ることさえ辞さない。
メサイア一騎で3ライデン。
魔界の基本通貨であるガメルの上の通貨で、1ライデンが1000ガメルを示す。
日本円に換算すれば、およそ30万円程。
それが、彼等の契約上のメース撃破時の基本報酬だ。
そんな、金欲しさに傭兵になった彼等の目の前に、600ライデン―――6億円がぶら下げられた。
たった1騎を仕留めることで、200騎を撃破した報酬が手に入る事が出来る。
上層部としては、彼等の戦意を高揚させるために、こんなことを、このタイミングで告げたのだろう。
だが、それは―――はっきり言えば、逆効果でしかなかった。
勝てば金になる。
その言葉は、金のためなら何でもする、彼等のただでさえ少ない規律を破壊しただけだった。
彼等のとる選択肢は、この時点で決まったようなものだ。
皆が、どのタイミングで身内を出し抜くか。
それだけに神経を傾ける中。
目の前の洞窟の中から飛び出したのは、数本の筒。
「?」
それを見たことのある者は、ここにはいなかった。
バッ!
閃光手榴弾なんて、そんなものの存在を知る者さえいなかった。
「なっ!?」
ずっと、洞窟の暗闇を睨み付けていたせいで、暗闇になれていた目に、その筒から放たれた閃光が襲いかかった。
静粛に慣れた耳に、その連続した爆発音は耐えられない。
「―――っっっ!?」
自分の口が、何を言っているのかさえ聞き取れない。
モニターは閃光にブラックアウトしたまま。
何だか激しい震動が騎体を揺さぶる。
「くそっ!」
メインカメラが使い物にならないと判断した彼は、手動でサブカメラに切り替えた。
そこまではよかった。
モニターに映し出される“モノ”を見るまでは、それでよかった。
サブカメラが映し出したモノ。
それは、自分めがけて襲いかかってくる白いメサイアの姿だった。
マラネリ軍母艦“エトランジュ”と“鈴谷”の艦砲射撃を受けたドイツ軍は、各方面で妖魔の群を押し返そうとしていた。
デュミナスと共にハルバードを振るうのは、マラネリ軍制式メサイア“シュツルム・グリプス”だ。
曲線を多用するメサイアのデザインには珍しく、直線を多用した装甲が与えられている。
その分、ズングリとした体型をしており、国民からファットマン《太っちょおじさん》の愛称で親しまれた騎。
「殿下」
国王専用機RS-4“マデリーン”に搭乗した殿下に、指揮官が報告した。
「戦域はほぼ制圧―――新たに侵攻する妖魔は確認されません」
「……僕も妖魔を侮っていたようだな」
死屍累々。
その言葉が、こうもしっくり来る光景はそうそうないだろう。
妖魔と兵士の死骸が折り重なり、戦車や装甲車が燃えている。
地獄だってここまで雑然としていないだろう光景が、殿下の目前に広がっていた。
外気と完全に遮断されたコクピットにいても尚、視覚から入る情報だけで吐き気がする。
胃液がこみ上げそうになるのを、必死に堪え、
「……スゴいな」
殿下はぽつりとそう呟いた。
「……この光景は」
「殿下にこのような光景を」
指揮官が言った。
「お見せするのは、軍人として心苦しい限りですが」
「いい」
殿下は言った。
「僕が望んで来たのだ。僕の方こそ、お前達を生命の危険に曝してすまないと思っている」
「恐縮です」
指揮官は軽く会釈した。
「次のご指示を」
「妖魔達に動きは?」
「洞窟方面からの新たな動きは確認されていません。妖魔本隊は依然、ヒューストン方面へ向け移動中」
「よし……洞窟へ向かおう。紅葉さん達が心配だ」
「ドイツ軍は?」
「ここは任せていいだろう」
「はっ。部隊を集結させます」
斬艦刀がサライマの残骸を叩き斬った。
「第二層制圧」
MCからの報告に、月城はホウッと小さくため息をついた。
「狩り放題でしたねぇ!大尉っ!」
興奮気味に叫ぶ有珠の神経が羨ましかった。
「最初の突撃で3騎ですよ!?3騎!」
「……私は4騎だがな」
「狙撃隊はなぎ倒しまくり!楽な戦いですねぇ!」
「―――そうかな?」
有珠騎の後ろで、美晴騎と山崎騎が同時に動いた。
ピーッ!
有珠の耳に警告が届いたのは、その後だ。
ザンッ!
ズンッ!
「―――えっ?」
後ろを振り向こうとした途端―――
「何をしているっ!」
宗像の厳しい叱責が飛んだ。
「遊んでいるんじゃないんだぞ!」
「えっ?えぇっ?」
見ると、宗像騎と月城騎はビームライフルを自分へ―――いや、自分の後ろへ向けて構えている。
自分の後ろ。
そこは、壁だったはずだ。
「……」
有珠は、そっと後ろを向いた。
「えっ?」
山崎騎の持つハルバードの槍と、柏騎の薙刀が、それぞれ壁に突き刺さっている。
しかも、すぐ間近にはビームライフルのものらしい着弾の痕跡がくっきりと残っている。
「……あの」
ズッ
音を立てて、柏騎と山崎騎が壁から武器を引き抜いた。
それだけだ。
だというのに―――
ズルッ
音を立てて、壁が動いた。
壁―――岸壁が、まるで何かに引っ張られたように、動いたのだ。
その動きは、全身を布に覆ったまま倒れた。
まさにそのままの動きだった。
そして、その後ろから、新しい壁が出てきた。
「魔族軍の使う擬装布だ」
あまりのことに言葉が出ない有珠に、月城が冷たく言った。
「レーダーに頼りきるな。何度も言っているだろう?」
「柏中尉、本気で教えて下さい。し、質問が」
鵜来は本気で訊ねた。
「何故、わかったんです?」
「魔法がどうだろうと」
美晴は楽しげに笑って答えた。
「殺気は隠せないものなのですよ?」
殺気。
そんな武芸者みたいなものを、中尉達は感じたというのか?
布が動いただけじゃないのか?
いや……。
有珠の心の中で、何かがそれを否定した。
そんな簡単な話じゃないし、この人達が生き残ってきたのは、確かにそんなことでも出来なければ無理な話だ。
だから、有珠は答えた。
「し、精進します……はい」




