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新型騎 精霊体付き


 マラネリ軍巡航母艦“エトランジュ”から発艦したデュミナス達は、それぞれの部隊ごとに訓練に入っている。

 訓練の様子は、偵察ポッド経由で“エトランジュ”の戦闘指揮所で把握することが出来る。

 マラネリ軍最新鋭艦にして、自らの母親の名を冠した艦―――国家にとっても旗艦となるこの艦の最重要区画で椅子に座った殿下は、偵察ポッドから送られてくる訓練の様子を、およそ満足げに眺めていた。

「悪くはないようだな」

「はい」

 エトランジュ艦長のキユヅキ大佐は軽く頷いた。

操縦補完装置コントロール・アシスト・システムがなければ、ああは出来ないでしょうな。さすがに、殿下は慧眼ですな」

「よしてくれ」

 殿下は従卒の持ってきた昆布茶を飲みながら言った。

「紅葉さんの手下共の苦労を知っただけだ」

「あの精鋭部隊のことですか?」

「そう。あの部隊でさえ、“白雷はくらい”、“白雷改”と更新する度に死にかけたという。ここでドイツ軍に不満を持たれると、後々のビジネスに響く」


 操縦補完装置

 操縦者の技量上の不備をコンピューターでサポートして、新兵をベテラン並に仕立て上げるメサイアの操縦補助機能だ。

 基本データは、フォイルナー少佐とブリュンヒルデの二人のデュミナス操縦データ。

 これを騎体操縦装置にフィードバックすることで、デュミナスに搭乗した騎士達は、この二人並の戦闘が“理屈の上”では、可能になっている。

 量産型デュミナスの目玉機能の一つだ。

 とはいえ、熟練の騎士や軍人からすれば、そんなものは余計な機能であり、頼ること自体が自らの未熟さの証明になる。

 この機能を知ったマラネリ軍ベテラン騎士達が、この装置を“ベビーウォーカー”と呼ぶのはそのためだ。


「―――装置がなければ?」

 そんな考えの一人、キユヅキ大佐は殿下に訊ねた。

 殿下は、それにあっさりと答えた。

「今頃、何人か死んでいるだろう」

「実戦前に?」

「当然」

「……今更ながら」

 ため息混じりに、キユヅキ大佐はぼやいた。

「我が軍騎士の精鋭ぶりがわかりますな」



 ドンッ!

 小隊を率いて狙撃訓練に入ったエレナが20回目の発砲を終えた所だった。

「外れ。右10メートル」

 観測を続けるヘルガが、女の子を膝の上であやしながら観測結果を告げた。

 黒い瞳に白い肌。黒髪のボブカット。クリーム色のワンピースを着た幼稚園児のような幼い娘が、ヘルガの膝の上で楽しげに微笑んでいる。

 デュミナスの精霊体“エリカ”だ。

 デュミナスを機動した途端に出現したエリカに歓喜して、エレナがどれほどコクピットに回せと言っても言うことを聞かない。

 エリカも、ヘルガが気に入ったらしく、MCRメサイア・コントローラー・ルームから出ようとしない。

「どうしたのよ。あんたらしくもない」

「うーん」

 口元をへの字に曲げたエレナが唸ると、首を傾げる。

「何よこれ」

「何って、何が?」

「……騎体がね?」

 エレナは、考えがまとまらない。という顔で言った。

「何か―――ヘンなクセ持ってるのよね」

「変な癖?」

「そう。発砲時に手首を少しひねるのよ。私はしっかり抑えているのに、どうしてか勝手にひねっちゃうの。それが誤差を産んでいる」

「……?」

 ヘルガは、ちらりとエリカの顔を見た。

「わかる?」

「うん」

 エリカは頷くと、幼い声で言った。

「お姉ちゃん」

「それ、私のこと?」

 エレナは思わず自分を指さした。

「他に誰かいるの?」

「……何?」

「それはね?操縦補完装置コントロール・アシスト・システムの補正が原因。お姉ちゃんの操縦特性と装置の基本設定が合ってないの。優先権は装置にあるから、お姉ちゃんの癖は悪い結果にしかならない」

「私が悪いの?」

 こんな小さい女の子が、小難しい言葉をバンバン使うことに面食らいながら、エレナはそう訊ねるのがやっとだ。

「ううん?お姉ちゃんも装置も悪くない」

「……装置を切ってから、第21射入るわよ?ヘルガ」

「了解―――エリカ?いいの?」

「うん」

 エリカは言った。

「私、これ、嫌いなの」



●鈴谷 ブリーフィングルーム

「ドイツ軍はマラネリ軍と共同の部隊を編成することになった」

 後藤が美奈代達の前で言う。

「目的はまぁ、精霊体搭載型メサイアを売り込みたい殿下の思惑と、欧州統一規格騎に懐疑的なカイザーの思惑が一致したってトコだろうね」

「つまる所、ドイツ軍に精霊体搭載型を売り込むための体験とでも?」

「そういうこと。精霊体搭載型が群を抜くような実績を示せば、それだけ売り込みやすくなるし、ドイツがダメでも、他国が感心をもってくれるかもしれないでしょ?」

「それなら」

 宗像は苦笑しながら言った。

「我々は殿下の売り込みの邪魔にならないよう、後ろで小さくなっているべきでは?」

「俺もそう思うけどね」

 後藤も苦笑いするしかない。

「主役が敵陣に乗り込む時にゃ、露払いってのがいるでしょ?」

「……黒子は辛いですね」

「そういうこった。作戦はかなり大規模だぞ」

 そう告げた後藤の顔は真顔だった。

「西海岸方面にも大型妖魔の侵出が確認されている。

 特にサラマンダーによる被害は甚大だ。

 アメリカ軍は、最新鋭のブラッティファントム部隊の壊滅と引き替えに、やっと都市部防衛に成功したものの」

「……」

「防衛だけでは不足と判断。ついに妖魔達の根絶に動くことになった」


「―――質問」

 挙手したのは美晴だった。

「まさかと思いますけど、反応弾の使用は」

「さすがに予定されていない」

 後藤の返事に、皆が安堵のため息をついた。

 反応弾が使用された後の戦場に出されるのは、肉体的にも心理的にも勘弁して欲しい。

「中華帝国軍もまた、妖魔達に追われてテキサスへ撤退中。この合間に勢力範囲を広げておきたいっていう下心も見え透いているけどね」

「可能なのですか?」

「中華帝国軍も現状では迂闊には手を出せない今がチャンスだ。妖魔達は米軍に任せる。我々の目的地は」

 後藤が指示棒で突いたのは、ニューメキシコの一角。

「カールズバッド洞窟群国立公園。ここにある84の洞窟のうち、最大規模の洞窟にして、米軍の秘密基地があった洞窟だ。確実な情報によれば、敵はここに潜んで何かをしている。詳細は伝わっていないが、司令部は、我々にこの洞窟の制圧を命じてきた」

「この頭数で?」

「この頭数で、だよ?山崎」

 思わず口に出た言葉を咎められた山崎は赤面しながら口を閉じた。

「大体、洞窟っていう狭い戦場では数ばっかりいても意味ないでしょ?」

「心理的な安心感ですよぉ」

 有珠ありすが口を尖らせた。

「連携がとれるかどうかわかんないドイツ軍なんて、どこまで頼っていいんですか?」

「元から頼るな」

「そんな!」

「お前達にゃ、洞窟の制圧も妖魔の掃討も仕事にしなくていいんだよ」

「はっ?」

 美奈代達は目を点にした。

「な、なんですか?それ」

「洞窟の制圧も妖魔の掃討も、仕事にしなくていい」

「お言葉ですが」

 月城が立ち上がった。

「司令部は、洞窟の制圧を命じてきたとおっしゃいましたよね?」

「んなこたぁ、ドイツ軍でもたきつけて、やらせりゃいいんだよ」

「命令違反ではありませんか?それは」

「そう?洞窟を制圧しろとは命じたとしても、俺達が単独で達成しろとは言ってない」

「屁理屈です」

「まぁ、俺達のお仕事はそんなことじゃない。もっと重要で、そしてちょっとワルいことだ」

「?」

「カールズバッドの鍾乳洞の地下。米軍がテキサス周辺から引き上げた反応弾の貯蔵庫がある。貯蔵庫にある反応弾を」

 後藤は、そこで言葉を句切った。

 皆、後藤が“妖魔達から護る”位のことは言うと思ったのだ。

 だが、後藤はそんな期待を見事に裏切った。

「ちょろまかす」

「……は?」

「だから」

「それって、ドロボウってことですか?」

「そうだよ?フィアちゃん。大人になっても、こんなことしちゃダメだよ?」

「言ってることとやろうとしていることが、合致していません!」

「盗むのはお前達で、俺じゃないもん」

「何という屁理屈ですか。それは」

「……まぁ、それぁ冗談でさ」

 ペシペシと、後藤は指示棒で肩を軽く叩いた。

「反応弾はウチが確保することで、後々の米国政府との協議の際の材料にしたいワケだ」

「協議?」

「日本への増派を頼み込む必要があるでしょうが。その時の脅迫材料に使いたいワケ」

「今、脅迫って言った!」

「和泉、うるさいよ。話が全然進まない間に、魔族軍との休戦協定の期限は迫ろうとしているんだ」

「うっ」

「連中も勢力を増やそうとしている。一度の攻勢で戦線が瓦解することが明白な所を数えたかったら、5本の指じゃたりないんだぜ?」

「……」

「使えるモノは鍋の蓋でも、戦力になるなら猫の手でも使わなきゃいけない状況だ。綺麗汚いなんて言ってる場合じゃない」

 後藤は真剣な口調で続けた。

「俺達ゃ戦争してるんだ。道理を争ってるんじゃない。きれい事はどっかに仕舞っておけ」

「……はい」

「よし。まず、洞窟の状況から伝える。現状、妖魔は洞窟内に確認されていない」

「え?」

「いるのはメースだ」

 遙ちゃん。映像。

 後藤に言われた涼宮中尉が画像をスクリーンに映し出す。

「これが3日程前に洞窟に忍び込んだ斥候兵が撮ってきた映像」

「忍び込んだ!?」

 目を見張ったのは宗像だ。

「妖魔の巣窟にですか!?」

「腕のいいのがいるんだよ―――驚くところはそこじゃないね」

 スクリーンに映し出されたのは、洞窟内部に立ち並ぶメース達だ。

「魔族軍呼称“サライマ”型。洞窟最深部までに45騎が確認されている」

「……」

「洞窟の強度はかなりだが、下手な爆発系兵器の使用は落盤等の甚大な影響をもたらす恐れがある。取り扱いには十分注意しろ」

 後藤は、ちらりと涼達を見た。

「狙撃隊はHMCを装備しない―――わかるだろう?」

「……」

 複雑そうな顔をした涼達が無言で頷いた。

「洞窟内部で求められるのは、メース達との肉弾戦だ。広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムの類も使用は最低限度に留めろ」

「妖魔の集団攻撃があったらどうするんです?」

 宗像が訊ねた。

「どこかに絶対に隠しているはずです」

「そん時ゃ、そん時だ。そうとしか言い様がない。妖魔はドイツ軍の手柄にくれてやればいいんだよ。俺達の目的は最深部に隠されている反応弾の確保だ」

「……最深部までメース達をなぎ払いながら進めと?」

「そうだ。手順もへったくれもない。

 洞窟入り口にとりつき次第、内部へ突入。

 最深部まで一気に突き進め。

 あくまで最深部に到達することだけに主眼をおけ。

 洞窟という特殊性故、通信を確保する必要がある。

 途中、指定するポイントに通信中継装置を設置することを忘れるな。

 また、この作戦において、技師を同行させる必要がある。

 このため、TACタクティカル・エア・カーゴに搭乗した津島中佐達も一緒に潜る。

 彼女達の護衛は言わずとも最優先。

 中佐達に何かあれば、反応弾を確保しても、俺達の未来が狂う。

 その辺を忘れるな?

 反応弾は、TACタクティカル・エア・カーゴに搭載した簡易テレポートシステムで、ある場所へ転送する。

 それから」


 後藤は、そこで言葉を句切った。


「転送が完了次第、次の命令はその場で伝える。すぐには撤退しないように」


「次の命令?」


「俺も知らんが、上層部から厳命されているんだ」

 後藤は言った。

「最深部到達の時点で開けとかいう、謎の添付ファイルが送られてきている。まぁ、どっちにしろ、ロクなもんじゃないだろうから、その辺は覚悟しておけ」






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