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イツミの種明かし



●東京 皇居

「これは一体」

 苦い顔をした帝が、イツミに訊ねた。

「どういうこと?」


「どういうことだと言われたい?」

 イツミは、楽しげに訊ねた。

「冗談とか?」


「真面目に答えて欲しいんだけど」

 帝は、イツミの前に置かれたお菓子の入った皿を取り上げた。

 伸ばされた手を止め、イツミが怨めしそうな顔をする。


「人間界でいろいろ動いているでしょ?タマには気楽な相手とお茶って思ったのに」

 スネる顔を見ていると、まるで子供だと、帝は思った。

「これがお客に対する態度?」


「イツミさん」


「……ヴォルトモード卿の名前は知ってるわね?」


 帝は皿をテーブルに戻すと頷いた。


「あそこは、彼が封印されている場所にたどり着く第一関門」


「第一関門?」


「そう」

 イツミは、皿から和菓子をつまむと口に放り込んだ。

「もぐもぐ……さすがに和菓子はここに限るわ」


「どうも―――それで?」


「どこまで知ってるの?」


「……地下鍾乳洞から妖魔多数が出現した。その程度」


「あの地下鍾乳洞の最も奥に関門はある。関門の前にあるトラップにひっかかると、支門サブゲートに封じている妖魔達が一斉に動き出す仕組みだった」


 抹茶を口に含んだイツミは、どの和菓子を食べようかと迷っている。


「これがいいか……」

 桜の形を模した桃色の和菓子を口にする。

「ケーキもいいけど、お茶には和菓子よね。詩織は?」


「話題を逸らさない」


「情報料」


 帝は無言で皿を指さした。


「和菓子代」


「いくら?」


「情報料と同額」


「ぼったくりじゃないっ!」


「またそういうことを!」


「―――誰がやったかは明白だけど、流していた偽情報に上手くひっかかってくれたわね」


「偽情報?」


「トラップを第一関門だと、ワザとわかりやすく流布しておいたのよ」


「それでこの騒ぎ?」


「心配しなくていいわよ」

 イツミは言った。

「妖魔の数は多くない」


「ちなみにどの程度だったか覚えてる?」


「―――確か」

 うんっ。と視線を泳がせて、指を一本立てた。


「百……千?」


「多分、万ね」


「それで心配するな?」


「ええ。トラップは幾重にも仕掛けてある。だから、正義の味方だかアホな勇者気取りで封印を解こうとしても、ただトラップの中身がぶちまけられるだけ」


「どうしろと」


「それで全部が諦めてくれれば万々歳だし、私はそのつもりで作ったのよ」


「トラップ全部吹っ飛ばしてでもヴォルトモード卿を取り戻したいって、敵は考えているはずだよ?」


「―――そうね」

 頬杖をついたイツミは、わざとらしい顔で言った。

「でもまぁ、本物にたどり着けても、無意味なんだけどね」


「無意味?」


「“鍵”がなければ封印は解けない」


「封印を打ち壊す」


「それやったら」

 イツミは笑って言った。

「封印は絶対に解けなくなるわ」


「なら、どうしろと?」


「“鍵”をもって、封印へと近づく。それだけよ。それにしても、あなたはどうしたいの?信仁」


「決まっている」

 帝は固い表情で言った。

「復活させたくはない」


「本当に?」


「えっ?」


「殺したいの間違いでしょ?」


「殺せの間違いでしょ?イツミさん」

 帝は、急須からイツミの茶碗にお茶を注ぎながら言った。

「全ての元凶を、僕に始末させたい。そう思っている」


「まさか」

 イツミはジロリ。と帝を睨んだ。

「本気で思ってる?」


「封印の話をしたことは、つまり」

 和菓子を口に運びながら、帝は言った。

「僕に何とかしろ。そういうことのはず。イツミさんの話はいつだって遠回しでわかりづらいんだよね。昔から、理解出来なくて何度死にかけたか」


「人の話をちゃんと聞けって親御さんから教えてもらわなかったの?」


「あのエトやフィアンナですら理解を誤ったのは一度や二度じゃない。グロリアやイルに至っては鵜呑みにしていたし。僕達は何が何だか、最初は理解さえ出来なかった」


「―――今となっては、懐かしき思い出でしょう?」


「今でも悪夢に見ることがあるよ。ヴォルトモードへ近づく正しい方法と、トラップを見極める方法を教えて欲しい。部下を一人たりとも死なせることは出来ない」


「“鍵”ならすぐにわかる」


「だから、“鍵”って何?」


「生体鍵よ。説明したでしょう?あの娘のこと」


「……ああ」

 かなり頭をひねった後、帝は手を叩いた。

「あのか!」


「そう。あの子を洞窟まで送り込みなさい。あの娘が、本来の“鍵”の役割を果たせば、ヴォルトモードへの道が開く」


「投入戦力は、魔法騎士隊の方がいい……かな」


「あのバカ息子一人で十分なんだけどね」

 何故か、イツミは憮然とした顔になった。

「ヨミエル様がとにかく頑固で、アイツを投入することを認めるのに、私やフィアンナ達が、どれ程苦労したと思う?」


「えっ?アイツって、誰のこと?」


「アンタの息子。信仁がそろそろ初陣を飾らせる年頃だって、そう言ってるからって、それでやっと渋々認めたのよ―――って、信仁?何、派手にお茶噴き出しているのよ」


「い……いや」

 盛大にお茶を噴き出した帝は、激しく咳き込むしかない。

「な……息子?」


「やっぱり、そういうことなんじゃない?あの冒険の最後の夜。ヨミエル様と何があったかは聞かなくても分かるわ」


「……詩織には」


「わかってるわよ。あんたに対する最大のジョーカー。そうは手放すもんですか」

 イツミは笑って言った。

「しかも、私の可愛い教え子、シルフィーネの息子兼娘、そして私の弟子兼奴隷で扱うことが私の義務でもあるんだから」


「随分と……気の毒というか、複雑な扱いだね。鍾乳洞の探索をやらせたの?」


「命令に文句一つ許さない。それで育てたからね。ただし、結構な賭けだったのよ?あいつが髪の毛一本でもケガしたら、ヨミエル様が天界軍をどう動かすか。想像さえ出来ないというか、したくない」


「……カッ。となると」

 何故か帝は身震いした。

「あの人は―――恐ろしいからね」


「その結果を教えてあげる」

 イツミはため息と一緒に言葉を紡いだ。


「中世協会が実力行使に出た。メースと魔法騎士隊が大量投入されたわ。洞窟の中だったら、天界や魔界にわからないだろうって、そう考えたらしいわね」


「じゃあ、妖魔はこれ以上」


「それでも彼らは、ヴォルトモードへとたどり着けていない。わかる?トラップはまだ生きているわ。それこそ何重にもね」


「どうしろと?」


「考えなさい。信仁。中世協会は、メース部隊を大量に投入して鍾乳洞を掌握している。これはむしろ、あなたの部下が戦いやすい状況なんじゃない?」





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