それぞれの出会い
面白くない。
それが、エレナの正直な感想だった。
フォイルナー少佐に冷たくされ、ヘルガからは怒られ、それで面白いはずがない。
TACに搭乗して、鈴谷に乗り込んだドイツ軍一行の中、小隊長の一人として参加を命じられても、嫌気しかなかった。
エレナにあるのは、ホテルのベッドでふて寝したい願望だけ。
布団を頭から被って眠ってしまいたい。
そう思う。
それに―――
エレナは、ハンガーデッキに並ぶ見慣れない騎体を、その巨大な足下から見上げた。
「……何よ」
フォイルナー少佐達は、出迎えた日本軍の中佐に連れられて少し前を移動している。
エレナは周りを見回した。
はっきり、艦内はボロくて汚い。
ドイツ軍最新鋭艦の“ベルリン”級となんて、比較すること自体が失礼だとさえ思う。
「エレナ」
一行から遅れていたエレナに気付いたヘルガが、そっとエレナに近づくと、その腕をとった。
「ふてくされてないで。これも仕事よ?」
「別に!」
「日本軍の騎士達と挨拶がある。こんなところにいたら」
「別に少佐達の面子なんて知らない」
「ドイツ軍人、下手すればドイツ人の名折れよ?」
ヘルガが一息でそう言った言葉に、エレナは少しだけ、意外な顔をした。
「……随分、大きく出たわね」
「ここでいい顔しておきなさい。それより、エレナ」
何故か、ヘルガがそっとエレナに訊ねた。
「お金、持ってない?」
「は?」
「ドルでもいいと思うんだけど……」
「どうしたの?」
「どこかにNEXがあると思うのよ」
艦内の売店、酒保のことだ。
「何?」
エレナが言いかけてハッとなった。
「始まっちゃった!?」
パカンッ!
「大声でとんでもないこと言うな!」
「―――何だ」
突然のことに、フォイルナー少佐達が一斉に立ち止まった。
「いえっ!」
頭を抱えてうずくまったエレナの前で、ヘルガが大声で答えた。
「シュヴァルツ中尉が、こんなメサイア、片手で潰してやると豪語したので!」
「言ってな―――っっっ!!」
ガンッ!
抗議しようとしたエレナの足を、ヘルガが力任せに踏んづけた。
顔面蒼白になったエレナの口からは言葉は出てこない。
「頼もしい限りだ。急げ。相手を待たせている」
「はっ」
敬礼しつつ、ヘルガは足を抱えて泣き出しているエレナに言った。
「足、ぶつけでもしたの?」
まだ子供。
ドイツ人のフォイルナー少佐でなくても、日本人、しかも、まだ未成年が中心の美奈代達は、そういう存在だった。
緊張気味に敬礼しているあたりは、訓練生がいいところだった。
しかも、ほぼ全員が女となれば尚更だ。
「まさか……ねぇ」
ブリュンヒルデも、端に整列して緊張気味にこっちを見ている美奈代達をチラリと見て、そっとフォイルナー少佐に言った。
「あんな子供達が」
「……年齢については言わないが」
フォイルナー少佐の視線は、目の前に立つ純白のメサイアに注がれている。
全く、美奈代達は眼中にない。
それは確かだ。
彼の中にあるのは、目の前のメサイアだけだ。
「これか……」
だめだ、こりゃ。
ハァッ。
すっかり、メサイアに心を奪われている幼なじみの態度に、失望のため息をついたブリュンヒルデは、肩をすくめた後、後藤に言った。
「少し、自由時間をいただけますか?部隊同士の交流というのもありますし」
「どうぞ?」
後藤は、なぜか視線を外して言った。
「もう既に、親睦深めている連中もいますし」
「えっ?」
「……驚いたな」
ハンガーのあちこちから、整備の手を休めた整備兵達が注目の視線を向けているのは、フォイルナー少佐と、そしてもう一人。イリスだ。
「“青の姫”のご来艦とは」
ハンガーのかなりが一望できる場所に立つ坂城もまた、その中の一人だったが、
「いやぁ」
感に堪えない。と言わんばかりの弟子の一人、加藤がカメラを構えながら滝のような涙を流していた。
ちなみに、口からはよだれが出ている。
どうでもいいことだが……事実だ。
「さっすがに、イリスたんはカワイイッ!」
モーターも壊れろとばかりにシャッターを切りまくるのは、何も加藤ばかりじゃない。
メサイアに張り付いている整備兵達も、作業をするフリをしつつ、こっそりと携帯電話やデジカメのシャッターチャンスを狙っている奴らばかりだ。
普段なら殴り倒している部下の振る舞いを看過してなお、坂城はじっと目の前の光景を見つめている。
「……見事としか言い様がないな」
メサイアの爪先に座ったイリスの周囲を、メサイアから出てきた“さくら”達精霊体が取り巻いている。
イリスは、そんな精霊体達を楽しげにあやし続けている。
「白雪姫と七人の小人―――ってトコか?」
「または、精霊体達が、格好の遊び相手を見つけたか」と、シゲは楽しげに笑ったが、
「バカ言え」と、坂城はニベもない。
「精霊体が、初対面の部外者相手にあそこまで親密な反応を示したことがあるか?」
「ああ……そう言えば」
シゲはそこで首を傾げた。
「コクピット公開すると、精霊体が外出てこないとか」
「あいつらはネコや犬と同じだ。顔の知れた相手以外に、吠えたり逃げることはあっても、親密な顔するこたぁねぇ。
ましてや、数分前に出会った相手なんて論外だ。
飼い主っていう、“絶対に安心できる存在”が近くにいてこそ、初めて見ず知らずの他人でも相手にしてやるって位、気位の高い連中だぞ?」
「……まさか、いくら“青の姫”なんて呼ばれる美少女だからって」
「見てくれで寄ってくるのは、そこらにいるバカ共だ。あの娘、精霊使いって噂、本当らしいな」
「つーことは」
シゲの視線が、ハンガーの奥に固定されている殲龍にむいた。
「あの子、殲龍使えるかもしれませんね」
「可能性だがな……精霊体調律師……の方じゃねぇか?なんとなく、立花に似てる気が」
「そいつぁ……」
シゲが苦々しいという顔で言った。
「周りで“イリスタンハァハァ”やってるバカどもの前じゃ、言わないことですぜ?親父っさん」
「そうか……」
「身のためです」
「……おい、シゲ」
「へい?」
「そこらでカメラ構えてるバカ含めて、今晩は全員、メシ抜きだ」
「そんなぁっ!」
「……失礼」
勝手に隊を離れたイリスを処罰することを忘れて尚、ブリュンヒルデが知りたいことは一つ。
目の前、つまり、イリスの周りの事だ。
「はい?」
ブリュンヒルデの横で、後藤がなんでもない。という顔で答えた。
「何か?」
「現在、鈴谷は難民を収容しているのですか?」
「いんや?」
後藤は首を横に振った。
「何です?難民って」
「いえ。ですから、そこにいる年端もいかない子供達。というか、こんな子供をハンガーデッキで遊ばせておくなんて!」
ブリュンヒルデが目を剥いたのも無理はない。
イリスの周囲では、《ブリュンヒルデの眼から見れば》、幼稚園児位の幼い女の子達が遊んでいる。
もし、ここがベルリンの公園というなら、これはブリュンヒルデは眼を細めた良い光景だろうが、ここは危険物に満ちあふれた軍艦のハンガーデッキだ。
メサイアという兵器が置かれ、工具や大小の機械がうなり声をあげている。
床には油染みがあり、高電圧のケーブルが無造作に這わされている。
とても、子供どころか、部外者がいて良い所ではない。
「日本軍の規律はどうなっているかって?」
「わかっていらっしゃるなら!」
その声で、精霊体達も、ようやくブリュンヒルデ達に気付いたらしい。
一斉にイリスの背後に隠れてしまった。
子供に逃げられたことに、ブリュンヒルデは心証を悪くした。
「でもね?中尉」
ほらほら。恐くないって。
後藤のおじさんだよ?
この前、おじさんからお菓子もらったろう?
そう、精霊体達をあやそうとしながら、後藤が楽しそうに笑った。
「こいつらは、特別なんですわ」
「子供に特別?何ですか?整備兵の子供だとでも?」
「いやいや」
後藤はわざとらしく首を左右に振った。
「こいつらは―――人間ですらありませんから」
キャーッ!
カワイイッッッ!!
ドイツ軍MCや女性騎士達の黄色い声がハンガーデッキ一杯に広がる中、ブリュンヒルデはようやく納得が出来た。
精霊体。
ほとんど名前しか知らなかった存在が、こんな女の子達だと知らされたブリュンヒルデはすっかり毒気を抜かれていた。
「精霊なんて言うから」
その膝の上に“十六夜”がちょこん。と乗ってブリュンヒルデにあやされている。
「もっとこう、妖怪じみたの想像していたわ」
「可愛いですよねぇ」
イリスが“さくら”と遊びながらうっとりした顔で、ポツリと呟いた。
「こういう子達なら」
「こういう子達なら?」
ほんのりと頬を赤くしながら、イリスはブリュンヒルデが想像さえ出来なかったことを口走った。
「―――産んでみたいなぁって」
「う!?」
ブリュンヒルデの眼が点になった。
「う……産む?」
「はい」
イリスは、何でもない。と言う顔で頷いた。
「やっぱり、赤ちゃんって欲しいじゃないですか。女として」
「……そ、そうね」
ブリュンヒルデは内心で愕然となった。
赤ん坊を産む。
女の幸せ。
一般の多くで、そう言われる行為。
それが―――
ブリュンヒルデは、今まで、自分が子供を産む事なんて考えもしなかった。
子供なんて、他人事だとばかりそう思っていた。
しかも、他人が子供を産めば、お祝いだなんだので出費がかさんで迷惑だとさえ感じたことがある。
それで普通だと思っていたのに。
ところが、イリスのような子供でさえ、子供を産むことを考えている。
それが、信じられない。
果たして、イリスと同い年の頃、自分は子供が欲しいなんて思っていただろうか?
自問すらしたくない。
とても自信がないから。
だから、
「クラッチマー中尉は、欲しくないんですか?」
そう聞かれると、とても困る。
「え?わ、私っ!?」
「はい。赤ちゃん。欲しくないんですか?」
「え、えっと……その……」
「バカね。イリス」
ブリュンヒルデ騎のMC、アーデルハイト少尉が精霊体の“紗々《しゃしゃ》”を抱っこしながら言った。
「産む気満々に決まってるでしょ?単に、中尉は少佐からの種つけを待ってるだけよ」
「種付けって?」
「もう……ネンネなんだからぁ。いい?赤ちゃん作る時は、男と」
「少尉っ!」
ブリュンヒルデの慌てた声がアーデルハイトの声を遮った。
「子供の前で!」
「はいはい……でも中尉?」
アーデルハイトは、ネコのように紗々《しゃしゃ》の喉を撫でながら言った。
「ホント、もうギリギリなんですから、そろそろ本気で考えた方がいいですよ?私みたいに遅くなってからの初産って、かなりキツいんですよ?」
「畏れ多くも戦友サマの御御足に何てことするのよっ!」
「悪かったわよ」
涙ながらに抗議するエレナに、ヘルガは鬱陶しいという顔で言った。
「それにしても、足が痛い程度で泣かないでよね」
「骨にヒビ入ったのよ!?」
「魔導師の先生からもう大丈夫って言われたでしょ?」
医務室からの帰り道。
ヘルガは、通路に張り付けられていた艦内案内をジッと眺めた後、言った。
「こっちか……エレナ。ちょっとつきあって」
「どこへ?」
「NEX。カードが使えればいいけど。何よ、貴族サマなんだから、現ナマくらい束で持ち歩きなさいよ」
「何、横暴過ぎること言ってるのよ!」
ギャアギャアわめくエレナを無視してヘルガが入ったのは、鈴谷艦内の売店。
突然、ドイツ人が入ってきたことに、皆の視線が集まる中、ヘルガは売店のおばちゃんの前にツカツカと近寄ると、どこからか一枚のカードを執りだした。
「それ、私のカード!」
そのエレナの悲鳴は無視して、カードをちらつかせながら訊ねた。
「カード、使えます?」
みんな薄情者だ。
本気で美奈代がそう思ったのも無理はない。
全員整列していたのに、紅葉から騎体の説明に“誰か”つきあいなさい。
そう言われた次の瞬間。
周りを振り向いてみたら、誰もいなくなっていた。
あの月城大尉でさえ、今どこにいるかわからない。
そんな状況で、仕方なしに紅葉につきあうハメになった美奈代の前には、フォイルナー少佐がいた。
ドイツ軍側の騎士達は、メサイアの間を散策したり、整備兵が用意した休憩スペースでコーヒーを飲んだりしている。
そういえば、砲兵陣地の方。
交代は、寧々と山崎達だったな。
でも、何でドイツ軍が来る前に、天儀を山崎達の所に向かわせたんだろう。
しかも、特別配給のどんぶり飯引換券なんていう、貴重品を惜しげもなく与えてまで。
大体、謎が多すぎるぞ。あの娘は。
そんなことをぼんやりと考える美奈代には、フォイルナー少佐と紅葉がどんな事を話し合っているのか、全く耳に入ってこない。
途中で、少年王やフェルミ博士まで加わったが、美奈代にとってはどうでもいいことだ。
一介のパイロットに、こんな世界の重鎮ドノの会話が理解出来るはずもないし、理解したところで意味はない。
聞かれたら、適当に答えればいい。
私より軍事やメサイアに詳しい連中に、何を言えと?
そう思う。
本音を言えば、世界の趨勢より、お昼ご飯の中身の方が、美奈代にとっては重要なのだ。
「―――成る程ね」
紅葉は苦笑いして頷いた。
「デュミナスではご不満ってことね。殿下?」
「今の申し出は納得出来ない」
少年王は、憮然とした顔で言った。
「デュミナスの交戦回数は、まだ数回だ。騎体に障害があったわけでもないのに、性能不足のような不満を表明されるのは困る」
その顔は、決してフォイルナー少佐に対して友好的ではない。
殿下の逆鱗に触れることは、フォイルナー少佐も覚悟の上だった。
曰く。
中華帝国軍の最新鋭メサイアに最初、性能的についていくことが出来なかった。
騎士としての力量がなければ、デュミナスでも圧倒されたはずだ。
性能不足を騎士の腕でフォローするにも限界がある。
「僕が正しく設計し、マラネリは完璧に騎体を組み上げた。そして君は満足したといって持っていったんだ。中華帝国軍の最新鋭メサイアは元来、仮想敵にさえなっていない」
それが、開発者である殿下には面白くさえない。
「つまり、こちらに問題があるとは思えない。それを、騎体に不満があるかの如き物言いをされるのは、不愉快どころじゃない。こちらはドイツ政府とビジネスでやらせてもらってるんだ。黒狼として、騎体の不備を指摘してくれる段階はすでに終わっている。一介の騎士として、国王でもある僕の設計にケチをつけているのか?」
「―――申し訳ありません」
フォイルナー少佐は、言葉を選びながら言った。
「しかし」
「殿下」
フェルミ博士が言った。
「少佐の言い分もわかる」
「はっ?」
ムッとした顔の少年王が、フェルミ博士を半ば睨むような顔になった。
「それは?」
「他人の芝は青く見えるものというではないか―――紅葉」
「はい?」
突然、師匠から声をかけられた紅葉はびっくりした声で答えた。
「私ですか?」
「少佐を“死乃天使”に乗せてやるといい」
「し、“死乃天使”に!?」
「それと、“白雷”にも。望むなら、数名、同じ経験をさせてもいいだろう。精霊体搭載型メサイア、その中でも私さえ認める極上騎がどれ程の代物かを味わってみるといい」
フェルミ博士は、意味ありげに微笑んだ。
「メサイアの力の意味を、正しく理解しているなら、自ずから答えが出るだろう」
「そんな!」
目を見張ったのは、紅葉達だ。
「何」
フェルミ博士はニヤリと笑った。
それだけで二人は黙る。
この笑い方が、紅葉と少年王をいつもいつも、心底震え上がらせる。
この笑顔の元出される指示は、二人にとっては絶対的な命令なのだ。
逆らうことは―――DNAレベルで出来ることではない。
二人は、“神”の命令を待った。
「紅葉は、コクピットの調整を急ぐように。殿下も手伝いなさい―――少佐?」
「はっ」
「選択肢は二つだ」
フェルミ博士は、指を二本、Vの字に突き出した。
「精霊体付きエンジンの凶暴ぶりを前に逃げ出すか。それとも使いこなすかだ」
「……勝つか。負けるか……ですか」
「死ぬか生きるか。それくらいの気概を持ちたまえ」
フェルミ博士は不愉快そうに言った。
「メサイアは子供の玩具ではない。訓練生の心構えの初歩の初歩を、私に言わせるつもりか?」
「……失礼いたしました」
「……まぁ、よい」
クックックッ。
喉で笑いながら、ポンッとフェルミ博士は、フォイルナー少佐の肩を叩いた。
「未知の世界を歩む今、君もまだ新兵とみなされるべきだろう。いいか、少佐。世界はいつだって広く、そして残酷だ。人はそれを忘れるだけだ」
「イヤですっ!」
「うるさいっ!」
“死乃天使”のコクピットが引き出され、美奈代が泣きそうになりながら紅葉に縋り付く。
「私のコクピットに他人、しかもオトコに入られるなんて!」
「あれは陛下のモノ!アンタの所有物じゃないって言ってるでしょ!?」
「使ってるのは私ですっ!」
「もう黙れっ!」
ガンッ!
スパナが振り下ろされ、美奈代はついに動かなくなった。
「ったく……私がお師匠様に怒られたらどうしてくれるのよ……」
あ。曲がっちゃった。
これお気に入りだったのに……この石頭。
ぶつくさイイながら、スパナをポケットに戻した紅葉は、目の前であきれ顔を浮かべるフォイルナー少佐と後藤に言った。
「もう少し待っていて?コクピット調整するから」
「……失礼ですが」
困惑を浮かべながらフォイルナー少佐は後藤に訊ねた。
「はい?」
「やはり、迷惑でしたか?」
「そりゃ」後藤は肩をすくめた。
「和泉も女ですからね。女騎士ってのは、異性にコクピットに入られることにゃ、存外と嫌悪感を持つそうで」
「……私は男性ですので」
「俺だってそうですよ。ま、壊さないでくださいね?修理代はベルリンの日本大使館経由ってことになりますから」
「……努力しましょう。ところで」
「はい?」
「あの和泉大尉というのは?」
「―――ああ」
後藤はポンッと手を叩いた。
「何。ウチのヘッポコの代表格で」
「……」
「そう……ですね」
ホント、冗談通じねぇオトコだな。
内心で舌打ちした後藤は、視線を泳がせてから言った。
「諜報機関からの情報では、“白い悪魔”と魔族軍からも恐れられる女」
「……」
フォイルナー少佐の眼が見開かれたのを、後藤は確かに見た。
「この“死乃天使”は、あいつ専用騎です。こいつぁね?あんたにゃ失礼ですけど」
後藤は、ポリポリと頭を掻いた。
「かなり、騎士とMCを選ぶんですよ。何しろ、精霊体積んでますから」
「……」
「乗りこなす自信が?」
「やってみせましょう」
フォイルナー少佐は固い顔のまま頷いた。
しかし、その眼は子供のように輝いているのを、後藤は確かに見た。
「私が―――新たな世界を見るために」
それより少し前。
「ったく、ふざけんじゃないわよ」
憮然として売店を出て来たのはエレナだ。
ヘルガが何を買うかと思えば、レーションだ。
日本軍のレーションが余程気に入ったらしく、カードで買いあさりたいというのがヘルガの狙いだったのだ。
目当ての“カンメシ”という、缶詰を前にしてヘルガは歓声を上げていた程だ。
売店のおばちゃんがドイツ軍のと交換してあげると言われ、ヘルガはどこかへ消えていったが、もう知った事じゃない。
缶詰の入った箱を運べなんて言われる前に逃げるに限る。
「あれ?」
無重力環境下を移動している間に、エレナは角を間違えたらしい。
何度も迷いながら、やっとハンガーデッキに出た。
「……あっ」
ハンガーデッキの一角。
そこに並ぶのは、2騎のメサイア。
“白雷改”。
共に、分厚い装甲に肩部には巨大な砲を抱えている。
「……」
エレナの目を奪ったのは、騎体ではない。
その砲の巨大さだ。
「何よ……これ」
こんな大型砲、見たことがない。
エレナは唖然として砲を見上げるしかない。
こんな大口径の砲なんて、メサイアに装備して撃ったら反動でとんでもないことになる。
一体、日本軍は何を考えて?
ううん?
エレナは首を左右に振った。
違う。
ここで問題とするべきは、この砲の構造だ。
どうやって反動を軽減しているの?
ダンパー?
それより前に、口径は?
タンッ
エレナは、無意識のうちに床を蹴っていた。
「あれ?」
それを見つけたのは、芳の方が早かった。
丁度、二人で照準調整をやることになっていた矢先のことだった。
「涼の騎に、ドイツ軍の人がいる」
「え?あ、本当だ……でも」
涼は首を傾げた。
ドイツ軍の女性騎士らしいが、気にしているのは騎体じゃない。
HMCの方だ。
「……何してるんだろう」
「行ってみる?」
「うん」
二人は床を蹴った。
「スゴい……口径何インチよ……これ」
エレナは巨大な砲を、熱心になで回した。
「砲弾は一発ごと……違う。ベルトリンクによる連装式ね?騎体背面にラックがあって……でも」
エレナは点検用ハッチを勝手に開いた。
「こんな大口径砲、ぶっ放したら肩吹っ飛ぶわ……無反動砲なの?でも、そんなバカな」
「あのぉ……」
「ひゃっ!?」
突然、背後から声をかけられて飛び上がったエレナが、したたかに後頭部をぶつけたのは、勝手に開けた点検ハッチの中に顔を突っ込んでいた時だ。
ゴンッ!
……清々しい程、いい音が響き渡った。
「だ、大丈夫ですか!?」
頭を抱えてハッチから顔を引き抜いたドイツ軍女性騎士に代わって、何故か涼がハッチに顔を突っ込んだ。
「涼……心配するのは騎士さんの方。HMCの方じゃないよ……」




