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対サラマンダー戦 第二話


 ギロッ!


 それまで、気持ちよさそうに空を舞っていた一匹のサラマンダーが、空中で一回転して静止。こちらに視線を向けた。


「やばっ!」

 ヘルガが己の犯したミスに気付いた時は遅かった。

「全騎っ!こちらシュヴァルツ騎ヘルガ!レーダーを使わないで!あいつ、電波をかなり敏感に感知している!」


 ブワッ!


 端から端まで、50メートルに達するだろう巨大な翼を広げ、サラマンダーが部隊の上空を通過したのは、その声が終わる前だった。


「―――バケモノめっ!」



「イリス」

 デュミナスのコクピットで、フォイルナー少佐が訊ねた。

「あいつのデータはとれたか?」


「はい」

 イリスは頷いた。

「あの中華帝国軍騎から発振されていた独特な敵味方識別信号に過敏に反応したものと断定できます。信号が停止した途端、あの有様です」


「皮膚は」


「電波吸収材料に近い特性があります。レーダー波の反射率はステルス戦闘機並。マジックレーダーでなければ感知すら不能。以上の点を含め、スキュラ・タイプの鱗と類似性は8割。つまり、当該妖魔の装甲はメサイアのそれと同等と判断可能」


「……アフリカ戦線で、アイツを仕留めるために配備されたのが」

 フォイルナー少佐は、ちらりとエレナ騎の持つ狙撃砲を見た。

「―――このタイプの狙撃砲だったな」


「はい。ただし、至近距離から、3発以上の直撃が必要です」


「命中可能性は?」


「シュヴァルツ騎なら可能でしょうが、1匹仕留める間に残りに襲われる危険性は」


 そう。

 問題はそこだ。

 相手は、まだ、こっちに気付いていない。

 仮に気付いていたら、もう、さっきの上空通過で終わっている。


 我々の―――全滅で。


 頭上を舞う“死”に頭を押さえつけられた状態が、恐ろしい。

 口元から、時折、こぼれる炎に、イリスは一瞬、言葉を詰まらせた。

「空中機動性は、デュミナスでようやく相手になるかどうかの瀬戸際です。相手の回避力が勝れば、死に急ぐだけです」


ML(マジックレーザー)は」


「スキュラ・タイプと同じなら、中和フィールドを持っているはずです。スキュラは、芋虫型クロウラータイプでしたから、陸戦で相手が出来ましたが」


「空を舞うスキュラ……それがあいつか」


「エルプスハルバードが有効ですが」

 イリスは真顔で言った。

「投げつけるわけにもいきませんし」


「……日本軍は?」


「あっ!」

 イリスは驚いた顔でモニターを見た。

「接触まで15秒!」




「……あれか」

 モニターの端に点となって現れたサラマンダーが、徐々に大きくなってくる。

「天儀」


「はい?」


「牽制のビーム攻撃はしない。隙を一気に突く。ターゲット選定同調しているな?」


「はいっ」


「よし―――斬艦刀抜刀。戦闘機動開始」

 “死乃天使”とD-SEEDのブースターに光が集まる。

 騎体に痺れるような震動が走る。

 脳天からあふれ出たアドレナリンが全身を走り回る錯覚さえ覚える、この突撃直前の興奮と心地よさは、味わった者でなければわからない。

 ブルッと身震いする程の快楽。

 いつしか美奈代は、自分が突撃の瞬間に恐怖ではなく、歓喜を覚えていることを、朧気ながら自覚していた。

 戦場を駆ける身として、それは危険なのか。

 騎士として、それは望ましいことなのか。

 もう、そんな疑問を考えることさえしない。


 投げられた棒。

 それが食べられるか否かを、事前に考えてから追いかけ始める犬はいない。


 それだけだ。



 獲物を目の前にした猟犬。

 あるいは―――戦狼。

 それが、戦いに接した騎士。


 ただ、この場にいる美奈代は、一人の騎士にすぎなかった。

 一人の騎士として、美奈代は斬艦刀を抜き放ち、大声で命じた。


「―――かかれっ!」



「日本軍、突撃っ!」

 イリスの声に弾かれたように、コクピットで身を乗り出したフォイルナー少佐は、スクリーンに全神経を注ぎ込んだ。

 すべてを、ほんの些細なことでも見逃すまいとするどん欲ささえ、少佐は惜しむことなく見せる。


 ブンッ!!


 その機動の鋭さに、空気が悲鳴をあげた。


 バキィッ!


 ギャッ!?


 サラマンダーの喉から叫びがあがった。

 フォイルナー少佐騎の目の前で、サラマンダーの翼が、その体から引きはがされ、空中を舞った。

 ギャァッ!

 サラマンダーが悲鳴をあげながら地面にまっすぐ墜落していく。

 落下するのは2匹。

 残された片翼を必死に羽ばたかせるが、残された翼には、サラマンダーを空に舞いあげる力は残されていない。

 虚しく空中を羽ばたくサラマンダーは、地面に落下を続ける。


 ギャォォォォォォッッッ!


 悲しささえ感じさせる叫び声をあげ、地面に叩き付けられたサラマンダーが、一度、大きくバウンドする。


 グボキッ!


 背中から落下したサラマンダーの残された翼が、気味の悪い音を立てて砕けて折れた。

 もはや、サラマンダーが空に帰ることが出来ないのは、その無惨な傷から明らかだ。


 その一部始終を見る前に、フォイルナー少佐は日本軍騎を探した。

「どこだ!?」

 その答えを知らせるように、もう2匹、翼を切断されたサラマンダーが落下を開始した。




 チャンスはほんの一瞬。

 下手をすれば、吐き出される炎が壁となって待っていることになる。

 高速で突破すればたいした損害にはならない。

 理屈ではそうなのだが、現実の魔法系の炎はそうはいかない。

 それは、粘着性の液体と同じだ。

 粘着性の液体の霧の中を、高速で突破しても液体に触れずにいられないのはわかるだろう。

 魔法の炎も一緒だ。

 高速で突破しようがなにしようが、バリアでも張らない限り、炎に触れることは避けられない。

 そうすれば、触れた場所は炎の被害を避けられない。

 つまり―――騎体が耐えられない。


 完全に、気付いていないうちに仕留める必要がある。

 少なくとも、真っ正面から挑んではならない。

 背中をとる必要がある。


 美奈代と祷子は、騎体の直線針路と、サラマンダーの予想飛行ルートが合致する所めがけて神速の突撃で襲いかかり、相手を叩き斬った。


 接触する時間は、コンマ数秒。

 絶無に等しい中で、敵の翼を切り落とす。

 それは、弾丸に乗って敵に襲いかかり、命中する瞬間に斬りつけるようなものだ。


 弾丸でさえ避けるという、騎士の動体視力と反射能力がなければ、とても出来る芸当ではない。


 一匹ずつを仕留め、速度をほとんど殺すことなく空中でターン。

 ブースターの推力に物を言わせた急制動で反転すると、再び新たな獲物に襲いかかった。


 サラマンダー達は、それに対抗することが出来なかった。

 仲間の身に何が起きたかを理解する前に、美奈代達が襲いかかったからだ。

 仲間が墜落する姿を眼で捉えながらも、それが何なのか。

 それさえ理解する前に、彼等のほとんどが、翼を失ったのだ。


 そんな中―――

 たった1匹だけが、わずかに残されていた。

 理由は簡単だ。


 飛鼠ひそ達に襲いかかった4匹と別行動をとっていた。


 答えはそんなものだ。


「あれっ?」

 上空から、その姿を確かめた美奈代は、そのサラマンダーが、地上めがけて炎を吹いたのを確かに見た。

 森の中に、何かが潜んでいたのか?

 執拗に炎で攻撃するサラマンダーの姿に、美奈代はポツリと言った。

「天儀?手柄、譲ってあげようか?」

「面倒くさいからいいです」

「ビームライフルで仕留める?」

「そうしましょうか」

 D-SEEDと“死乃天使”が、それまでとは違うタイプのビームライフルを腰のウェポンラックから引き抜いた。

 それは、美奈代達が使い慣れたビームライフルより、さらに長い銃身を持っていた。

「“97式改”って、本当に使えるんですか?撃ったことないんですけど」

 そう、祷子が心配そうに呟くと、

「……離れているいるから、代わりに撃って」

 美奈代はそっとD-SEEDから離れようとする。

「あっ!?薄情者っ!」

 ドンッ!

 横を向いた途端、ついトリガーを引いた祷子の目の前で、D-SEEDの持つビームライフルの銃口から光の矢が放たれた。

 光り輝く矢が、サラマンダーの背中に命中。

 サラマンダーの背中に展開されていたバリアと空中で衝突し、そしてバリアを叩き砕いた。

 バゴッ!

 そんな音を立て、サラマンダーの背中に巨大な孔が開くと、その胴体を貫通したビームライフルのエネルギーが地上で爆発。

 巨大な爆発煙を立ち上らせた。


「……」

「……」

 美奈代が声を挙げられたのは、時計の上では数秒だが、彼女の主観すらすればかなり後だった。

「撃てって命じておいて、なんだけど」

「……はぁ」

「こういうの―――反則って言わない?」

 祷子は頷いた。

「同感です……なんとなく」

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