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対サラマンダー戦 第一話

 すぐ目前に突如立ちふさがった炎の壁。


「―――逃げろっ!」

 唐は声の限り叫んだ。

「逃げるんだ!あんなの相手にしてられるかっ!」

「阻止戦闘の許可を!」

「逃げろっ!」

 狙撃砲を構える部下に怒鳴った。

「距離を稼いでからにしろっ!赤兎こいつで勝てる相手じゃないっ!」

「り、了解っ!」

「ブースター全開っ!壊れてもいいっ!整備は俺が一緒に土下座してやるっ!」

 返事は聞かなかった。

 唐騎のブースターに光が集まる。

 一瞬、“龍”と眼が合った気がした。

 ―――気のせいだ。

 唐は心の底で思った。

 だが、

 “ヤツ”は、俺を見て笑いやがった!

 冗談じゃねぇ!

 ―――こんなの、悪い夢だ!


「ブースター臨界っ!リミッター解除!緊急機動、かかりますっ!」


 メサイアの全出力をブースターに回す緊急脱出機動。

 かつて、二宮がアフリカで使ったあれだ。

 機動をかけたメサイアをわずか3秒後に高度1万メートルの高みへと逃がす。

 ただし、騎体と、パイロットとMCメサイア・コントローラーにかける負担はかなりを覚悟しなくてはならない。

 普通のメサイアの機動の場合は慣性制御によりGの大半は相殺されるが、この機動の際は、Gを相殺させるのに必要なパワーまでを推力に回すため、下手をすると騎士でさえ気絶する程度では済まされない。

 これを目の前でやられると、メサイアが本当に一瞬のうちに消失したように見える。この機動が“消失トリック”とも呼ばれる由縁であることは、以前に述べたとおりだ。


「全騎、大丈夫だろうなっ!?」

「多分っ!」

 何だそれはっ!そう言いかけて―――

 ガチンッ!

 唐は、上あごと下あごが激しく激突する音を聞いた後の事を、覚えていない。




「赤兎隊、反応消えましたっ!」

「やられてくれたのかっ!?」

「緊急機動をかけた模様っ!」

「―――ちっ!」

 ガンッ!

 王は近くの椅子を蹴飛ばした。

 床に固定されている椅子を蹴飛ばした足に、激しい痛みが走る。

「くそっ!飛鼠ひその状況は!?」

「あんなもの、攻撃するプログラムなんてあるか」

 孔大校は呆れ顔で言った。

「何じゃ?あの空飛ぶトカゲは」

「一介の軍人である私より」

 足をさすりながら、王は言った。

「科学者であるあなたのほうが、わかるんじゃないですか?」

「―――科学が万能なワケあるまい」

 孔大校はモニターを珍しそうに眺めた。

「ま、あれが妖魔というヤツじゃろうな」

「妖魔?あの、アフリカや南米を滅ぼしたという?」

「軍人にしては確認が不確定じゃな」

「自分達、中華帝国軍軍人は」

 王は胸を張った。

「そのような、人類が認めない存在と戦うほど、愚かではありません」

「ワシとて中華帝国軍軍人じゃ」

 孔大校は王を睨み付けた。

「そのワケのわからん屁理屈で、軍事的貢献から一方的に逃れた挙げ句、世界から拝金主義者呼ばわりされ、戦後の領土分割ではイの一番ではじき出された。あの日本ですら本土とほとんど変わらぬ土地を手にする一歩手前まで行ったというのに」

「我が国の反対で、水に流れたではありませんか」

「……で?今、そんな政治談義をしている状況か?大隊指揮官」




「イリス。状況がわかるか?」

 目前で、立ち往生する飛鼠ひそが次々と見たこともない龍達に攻撃を受け、炎の中に消えていった。

 ドイツ軍は、それを前に反撃することも忘れ、ただ呆然と事態の推移を見守るしかなかった。

「わ、私にも」

 イリスは各種センサーを駆使しながら、

「ライブラリーに該当する種なし。私には、大型妖魔、飛行系5が出現。飛鼠ひそを攻撃中だと」

 そこまで言った後、恥ずかしそうに続けた。

「……見た限りのことしか、わかりません」

「あのタイプは―――アフリカでも見たこと無いぞ。ブリュンヒルデ」

「はい?」

「君はどうだ?」

「昔のこと―――そう言わないだけで褒めて差し上げます」

 ブリュンヒルデは答えた。

「私にもありません。というか、飛行系で、あんな大物は初めて見ました」

「同感だ。イリス、あの火炎攻撃のデータをくれ。わかる範囲でいい」

「有効範囲250~350。火炎放射というより、強い魔力反応から、一種の魔法攻撃と判断出来ます。温度は約数万度。センサーで正確な温度は拾い切れません―――あんなの、メサイアでも耐えられません」

「あれで機動力が高ければ、シャレにもならんぞ」

「どうするんです?ヴォルフ」

 ブリュンヒルデが訊ねた。

「直接攻撃?それとも狙撃?」

「……いや」

 フォイルナー少佐は首を左右に振った。

「何もするな」

「えっ?」

「何もしなくていい」

「でもっ!」

「―――丁度良い」

 クックックッ。

 レシーバーが、フォイルナー少佐の忍び笑いをしっかりと拾っていた。

 ブリュンヒルデは、その声を聞いて思わず額に手を当てた。

 彼が、こういう笑い方をした時。

 それは、ろくでもないことを思いついた時に限るのだ。

「部隊全騎―――このまま動くな。発砲の類は厳禁とする」

「隊長!?」

「な、何故ですかっ!?」

「イリス」

 部下の文句に耳も貸さず、フォイルナー少佐はイリスに命じた。

「近在の日本軍と通信回線を開け」



「……何考えてるのよ」

 美奈代が文句を言いたい相手は、二人だ。

 頭上の悪魔。

 そして、こんな時に支援要請をかけてきたドイツ軍の指揮官だ。

 

 ―――大型妖魔出現。撃破されたし。


 そんなこと言われたって、こっちは身動き出来ないんだ。

 相変わらず、操縦権限が剥奪されたことを告げる表示が浮かぶモニターを睨むと、

 ―――宗像達に頼もうかな?

 ふと、そう思った。

 うん。それがいい。

 名案だと思った。

 2騎で相手するより、数は多いし火力も強い。

 あいつらの方が楽に相手を仕留めてくれるだろう。

 ついでに、フィアが戦死してくれれば万々歳だ。

「よしっ」

 美奈代はすぐに通信を開こうと、パネルに手を伸ばした。

 すると―――

「えっ?」


 操縦権限回復。

 操縦系データ、復帰中。


 そんな表示が出た。


「ま、まさか」

 美奈代の脳裏に、ものすごくイヤな予感が走った。

「お待たせしました」

 牧野中尉の嬉しそうな声が、レシーバーに入った。

「待ってません」

 美奈代は即答した。

「全然、待ってませんでしたから、どうぞ勝手に何でも押し進めてくださいっ!」

「まぁ―――スネちゃって♪」

 喉の奥で笑う牧野中尉に、

「わ、私、お腹痛いんです!」

「あらあら―――大変ですわねぇ」

「そうなんですっ!生理痛と陣痛が一気に!」

「いつ、妊娠したんですか?」

「ついさっき!」

「あらぁ」

 何が楽しいのか、牧野中尉は本当に楽しそうに言った。

「ストリキニーネってご存じですか?」

「……は?」

「騎士鎮圧用の注射器の中に、モルヒネの代わりに入ってます。今からブスッとやってあげましょう」

「……あの?」

「そりゃ、楽しいことになりますよ?」

「ど、どう?」

「試してみます?」

「……私、どうすれば?」

「私の命令に、“絶対服従”か“生涯忠誠”のどちらかで答えてください」

「……同じじゃないですか!」

「じゃ。楽しいお仕事と参りましょうか」

「っていうか、聞いてないし!」

「注射された後、地獄の苦しみが」

「……あいつらと、戦えと?」

「ノルマは2騎で5匹です」

「……弱点なんて、わかります?」

 どこを攻撃すれば有効なのか。

 どんな攻撃をしてくるのか。

 それがわからないことは、つまり、勝ち目がそれだけ薄いということだ。

「そんなの」

 それに対して、牧野中尉は本当の真理を答えた。

「戦ってみなければ、わかるもんですか」




「……ぐすっ。もうヤダ……除隊したい」

「戦死すれば出来ますよ」

「天儀……それ、励ましてるつもりか?」

「本当のことですよ?」

 あっけらかんとした祷子の顔が、美奈代には怨めしい。

「美奈代さん?作戦か何かありますか?」

「あるワケないでしょう?」

 美奈代はスネた様な口調でそう答えたが、

「本当ですか?」

 祷子はそれを信じていない。

「本当に―――ないんですか?」

「……」


 その声に、

 ―――本当に不思議だ。

 美奈代はそう思う。

 祷子は、普通にしゃべっているはずだ。

 別に威圧しているワケじゃない。

 命令しているワケでもない。

 それなのに、どうしてこの子の声は、こうも人を従わせる力があるんだろう。


「……ない、ワケじゃない」

 何故か、不意に美奈代は視線を外した。

「やろうと思えば、それなりにあっさりいくはず」


「えっ?」

 牧野中尉が通信モニター上で驚いた顔になった。

「ど、どうやってです!?相手はメサイアの装甲並みの皮膚を持ったバケモノですよ?」


「そんな情報」

 美奈代は静かに答えた。

「どこで仕入れたかは聞きませんし、聞きたくありません」


「―――っ!」

 ハッ!とした後、青くなった牧野中尉に、美奈代は続けた。


「斬艦刀が通じれば、それで何とかなる。天儀」


「はい?」


「仕留めるのは―――」

 戦闘準備を進めながら、美奈代はポツリと言った。

「私達じゃなくても出来る」


「あら」

 祷子は少し、驚いた顔になった。

「私達―――ドラゴンスレイヤーにはなれませんか?」


「牧野中尉?」

 美奈代は無視するかのように訊ねた。

「あれは、“龍”なんですか?」


「そ、そんなことより」

 困惑気味の表情を浮かべた牧野中尉は、苦しそうに言った。

「ほら。さっさとやらないと!」


「天儀―――どうやら、龍じゃないようだ」


「じゃ、竜?」


「トカゲ―――じゃないか?」


「失礼な!」

 牧野中尉は怒って言った。

「あれは“サラマンダー”ですっ!」


「四大元素の?」


「あれは別です。むしろ火炎攻撃を加えることから、昔から“火龍サラマンダー”と呼ばれているようで……」


 牧野中尉がハッとなった時は遅かった。


「―――成る程?」

 美奈代は意地の悪い顔で言った。

「祷子にはスラスラ答えるんですね。中尉って」


「あ、あのっ……」


「随分、ヒビ入りましたよ?私との関係」


「ご……ごめんなさい……その」


「―――天儀」

 牧野中尉の弁明を無視するかのように、美奈代は言った。

「どうしても欲しいならともかく、ドラゴンスレイヤーのご高名は、ドイツ人にくれてやれ」


「どうするんです?」


「下手な深追いはリスクが高い。一撃離脱で行く」


「……へぇ?」

 祷子は、今まで美奈代が見たことのない程、妖艶さを感じさせる程、楽しげな顔になった。

「具体的に、どうするんです?」


「……あっ」

 ゾッとするほどの冷たく、しかし、官能を狂わされそうなその笑みに、美奈代は一瞬、我を忘れた。

 自分を取り戻そうとするかのように、美奈代は強く首を左右に振った。

「簡単だ」

 心臓が早鐘を打っている。

 一体、何なんだ?

 全てから逃れるように、美奈代は通信モニターから視線を外した。

 何故か、祷子の声さえ聞きたくなかった。

 この声を、ここで聞くのは―――恐すぎる。

 恐い?

 何故?

 同期の仲間。

 同僚だぞ?

 莫迦な。

 ええいっ!

 こんな所で手間取っていたら!

「―――狙いはサラマンダーの翼だ」

 口から出た言葉に、本当に感謝したい気分だった。

「片翼でいい。ヤツを飛べないようにして、地面に叩き付けろ」


「首は刎ねないのですか?」


「やれる自信があるならいい。だが、私の見る限り、ヤツの機動性はかなりだぞ」


「―――そう、ですね」


「名誉に拘るな。私達は、適当にやって楽をするのがモットーだ」


「クスッ。分隊の頃、思い出します」


「なら―――いくぞ」


「はいっ!」



 “死乃天使”とD-SEEDが同時に、宙に舞い上がった。





 シャァァァァァァッッッ!


 背筋の寒くなる様な音を立て、吐き出される紅蓮の炎。

 遠く離れているはずなのに、頑丈な装甲が間にあるのに、まるでその熱が顔を焼くような錯覚さえ覚える熱風。


 相手が敵なのか味方なのか。

 攻撃対象か否か。

 有機コンピューターと呼ぶには残酷すぎる脳は、思考とエラーを繰り返す。

 その機動性をもって、あまたの騎士達を地獄に落とし込んだ死の機動力を司るその騎体が動かない。

 飛鼠ひそ達は、吹き上がる炎を前に逃げることさえ出来なかったのは、そのためだ。


 嵐となって飛鼠ひそに襲いかかった炎が通り過ぎた後。

 そこには、この世に飛鼠ひそが存在したことを証明するような、原型を残した部品さえ発見することは出来ない。

 わずかに熔け残った得体の知れない、金属の塊が黒い大地に転がるだけだ。

 

「た、隊長」

 地雷が爆発して開いた穴に潜む騎士の一人が、震える声で訊ねた。

「俺達ゃ、いつからファンタジーの住人になったんですか?」

 黙っていることに耐えられないようすで、何度もつかえながら言った。

「あいつら、俺達の肩書きを、勘違いしちゃいませんかねぇ」


「あいつらへの説明を志願するなら許可するぞ。ザロモン。ただし、騎体は降りていけ」


「……やめておきますよ」

 北米の大空を、我が物顔で飛遊する翼を持つ龍達を前に、彼は背筋に寒気さえ覚えた。

「両手をあげても、意味が通じるとは思えない」


「少佐」

 エレナが通信に割り込んだ。

「狙撃許可を。今ならやれます」

 エレナの駆るノイシアが、狙撃砲を空に向け、射撃ポジションを維持している。

 撃て。そう命じられたら即座に発砲するだろう。

 フォイルナー少佐には、それがどれほど危険な行為か。骨身に染みてわかっている。

「やめろ」

 フォイルナー少佐は言下に否定した。

「下手に刺激するな」

「しかしっ!」

 エレナは食ってかかった。

「あんな空飛ぶトカゲ、私が!」

「妖魔相手の戦いでは」

 フォイルナー少佐は、突き放すような声で言った。

「相手の正体―――どんな攻撃をするか。どこが弱点か。それも知らずに安易な攻撃を仕掛ける者の末路は決まっている」

 エレナは、その時に見せたフォイルナー少佐の眼光の鋭さに、背骨が縮めらけたような錯覚さえ覚えた。

「―――無惨な、死だ」

「……っ」

「我がグリュックシュヴァインには、その程度もわからぬ愚か者に居場所はない」

「……で、ですが」

「―――全騎、妖魔に関する分析を最優先。許可あるまで一切の発砲を禁ずる。下手に刺激するな。日本軍が接近中だ。手並みを拝見と行こう」


「な……何よ」

 悔しい。

 エレナは唇を噛んだ。

 狙撃で6騎を喰った。

 すでにダブルエース認定の活躍はしたんだ。

 私の狙撃の腕前なら、あんな奴ら、地面にたたき落としてやるんだ!

 少佐は一体、私の腕を信じてくれていないのか?

 さっきの6騎撃破は、偶然だというのか?

 何が日本軍だ!

 私がいる!

 それとも、私の攻撃には価値がないと?

 私は価値を造ったんだ!

 それなのに!

  私は、少佐に認めてもらえれば、それでいいのに!


 どうして、


 どうして少佐は、


 どうして少佐は、私を認めてくれないんだ!



「相手の特性をよく見なさい」

 諭すような口調で、ヘルガが言った。

「相手は、こっちに気付いていない」

「……」

 エレナは、拗ねたようにそっぽをむいた。

「多分、色盲なのね。地面と騎体の区別がつかないんじゃないかしら……レーダーは」

 ヘルガは、索敵レーダーのピンを一発だけ撃った。

 たった、一発だった。








 


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