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サラマンダー、出現 第一話

 ドイツ軍が飛鼠ひそ相手に苦戦している。

 その救援に日本として駆けつけるべきはず。

 だが、肝心の美奈代達だが―――

「……どうします?」

「と言われても」

 美奈代は思わず頬を指で掻いた。

 “死乃天使”とD-SEEDは、共に付近の森の中へ降下。

 戦局の推移を見守っていた。


 端から見ていると、射程有効範囲に飛鼠ひそ達を引きずり出すことに成功したノイシア達が後退を開始。

 それまでに前進してきた狙撃部隊による攻撃で、飛鼠ひそを確実に仕留める方法へと、戦法を変化させたように見える。

 つまり、前衛は囮だ。

 

 好意的に判断すれば、戦局はそう見えなくもない。


 無論―――


 そんな判断をする中に、美奈代はいなかった。


「ドイツ軍って……何考えてるんでしょうね」


 美奈代も呆れるのも無理はない。


 そもそもが問題なのだ。


「何考えて……こんな所に突撃するんです?」

「好きなんでしょう?」牧野中尉は素っ気なく答えた。

「風車めがけてランス突撃するみたいなの」

「あれはスペイン人じゃなかったですか?」

「オツムのレベルが一緒なんですよ。見敵必殺!我が剣に刃向かう者は容赦しないぞ!みたいなのが」

「……はぁ」

 美奈代は戦況モニターを眺めながら呆れるしかない。


 地雷原の陣地に籠もるメサイア部隊。


 そんなものに何の意味がある?


 そんな所に立て篭もって、いざ打って出るなら、敵を阻止するための地雷原が今度は邪魔になるのは明白だ。


 せいぜい、砲兵部隊で袋だたきにでもしてやればいい。

 高々度からナパームでもばらまけば効果的だろう。

 一々、メサイアで攻め込むことに意味はない。


 ドイツ軍の攻撃と、その損害は無駄の極みなのだ。


「……まぁ」

 祷子から通信が入った。

「これで、あのタイプの飛鼠ひその攻撃方法がはっきりしたからいいんじゃないですか?」

「随分高い授業料だと思うけど……」

「授業料なんて」と、祷子は楽しげに笑った。

「元が取れるモノじゃないですよ。それとも、美奈代さんは今まで経験したこと全てに支払った授業料、元が取れてるんですか?」

「……多分、ない」

 今まで生きてきた中、経験したことは多い。

 学んだことは多い。

 なら、そこで支払った授業料と、経験から受け取った実利。

 天秤に乗せたら随分と傾ぐだろう。

 美奈代はそう思って悲しげに首を横に振った。

「天儀は?」

 そう、意地悪く聞いてみるのが精一杯だ。

「借金は踏み倒す主義です」

「時々、あんたが空恐ろしくなる」

「どうも。美奈代さんでさえそうなら、ドイツ軍の方々も、元はとれませんよ。世の中、そうやって出来ているんです」

「世の中がイヤになる話よね。真理だと思うけど」

 美奈代さんでさえそうなら。って、どういう意味だろう。と、ふと、そんなことを考えても見た。

「……ドイツ軍の授業料はともかく、突撃のタイミング外したのはまずかったわね」

「……すみません」

 何故か謝ったのは祷子だ。

「出物腫れ物といいまして……」

「食べ過ぎよ」

「ハンバーガー10個は標準です」

「2リットルのコーラ一気飲みの方っていうか……最近、天儀の食事量が普通に思える自分が恐いわ」

 美奈代は、げんなりした顔で通信装置に語りかけた。

「津島中佐。どうします?」

「ちょっと待ってて!」

「へっ?」

「いい!?そこ動かないで!」




「8号騎、行動停止っ!」 

「6号、自爆します!」

 飛鼠ひその行動を監視任務にあたる電子戦闘用TACタクティカル・エア・カーゴの中。

 ついさっきまで歓声にわき上がっていたその中は、今や悲鳴に近い報告ばかりが上がる。

「くそっ」

 王少佐は苛立った顔で、近くにあったゴミ箱を蹴飛ばした。

飛鼠ひその索敵レーダーの狭さを知っているのか!?」

「こんなものじゃろうて」

 面白くもない。

 そんな顔で、艇内の壁に据え付けられた戦況モニターを眺め続けるのは一人の老人。

 汚れた白衣に薄汚れたスタンド・ラインは5本。“見通者シーカー”としても、かなりの才能の持ち主だ。

 孔白伝技術大校。

 帝剣の生みの親。

 そして、魔族から入手した技術で飛鼠ひそを開発した者の一人だ。

飛鼠ひそは“眼”に頼って行動するよう作られている。遠距離からの狙撃は論外じゃて」

「それにしても、いい加減じゃないですか」

 王少佐は、むっとして抗議した。

「あれ一騎組み上げるだけでも、国民の血税というか」

「ああ作れ。そう命じたのは、ワシじゃない」孔大校は、“何を言っているんだ?”という顔で王を睨み付けた。

「国がああ作れと命じたのだ。狙撃砲で吹き飛ばされることまで、ワシの責任にするつもりか?」

「……いえ」

「希望があれば、警戒装置くらいはつけてやるが」

 モニターの中で、また一騎、反応が消えた。

「……元来、“あいつ等”は頭が悪いからのぉ」

「はっ?」

「お主が気にする必要はない!」孔大校は叱責するような口調で怒鳴った。

「お主は戦況に責任だけ持てばいい!」

「責任を取らされる身ですから!」

 ギョッ!となった王は慌てて反論した。

「勘弁してくれと、そう言っているのです!」

「使えんヤツじゃ。昔はもっと気骨のある奴らがゴマンといたものじゃが」

「……それで?」

飛鼠ひそは元来、白兵戦専用設計である以上、狙撃には弱い」

「それを何とか!」

「それがわかっとるなら、さっさと飛鼠ひそを後退させんか!お主は何のためにここにおるんじゃ、大隊指揮官じゃろうがっ!」

「はっ!おいっ!第三防衛線に隠している予備部隊を出せっ!」

「あるならとっとと使え―――このボケナスがっ!」



 ザンッ!

 エルプスハルバードが襲いかかってきた飛鼠ひそを真っ二つに切り裂いた。

 飛び込んできたスピードが、飛鼠ひその無惨な骸をデュミナスの後ろへと吹き飛ばす。

 ―――慣れてきた。

 フォイルナー少佐は、確実にそう感じていた。

 最初こそ驚いた敵のスピードだが、熟練騎士の目で見て、それに慣れさえすれば、それほど恐るべきとは感じなくなる。

 なにより、デュミナスが彼の求めるスピードで、狙ったとおりに攻撃を命中させてくれる。彼が、デュミナスに慣れてきた証拠のようなものだ。

 

「少佐ぁっ!」

 後退に成功した部下から、せっぱ詰まったような通信が入る。

「部隊後退完了っ!少佐達もどうぞっ!」


 部隊の後退が完了した。

 今、自分の僚騎はブリュンヒルデ騎のみ。

 対する飛鼠ひそは残り5騎。

 やってやれない数ではないが―――

「ここまでだな」

 フォイルナー少佐は後退を決断した。

 やってやれない数ではない。

 だが、部下の前で派手に目立つために攻撃を命じたわけではない。

 この戦いはデュミナスの売り込みのためのものではない。

 なにより、敵の後方には狙撃部隊がいる。

 今まで、沈黙を続けている彼等の存在があまりに気になる。

 戦場で戦果を求めるが余り、深追いする者は常に愚か者だと、彼は長い軍歴の中でイヤという位、叩き込まれていた。

 こういう時は、引くのだ。

「後方に新たな反応」

 イリスの声が耳を打った。

飛鼠ひそとおぼしき反応、数12。距離1800。接近中」

「ブリュンヒルデ」

「はい?」

 足払いをかけて横転させた飛鼠ひその頭部にエルプスハルバードがめり込んだ所だった。

「後退する。後は狙撃部隊に任せるぞ」

「―――了解」



「起爆します―――南無三っ!」

 MCメサイア・コントローラーの祈るような声に、

 バンッ!

 グレイファントムのハッチが吹き飛ぶ音が重なった。

 唐少佐は、その瞬間を見ていなかった。

 恐ろしくて、思わず目をつむったままだった。

「……起爆成功」ホウッ。という安堵の声が、MCメサイア・コントローラーから漏れた。

「……よかった」

「他は無事か?」

「全騎、解除に成功した模様」

「よし。後でキスしてやるぞ。長」

「……どさくさ紛れに何言ってるんですか!」

「半分冗談だ―――ソミン」

「……はい」

 涙混じりの声が通信装置越しに聞こえてくる。

「あ、ありがとうございます。私、無事です」

 ただ、その涙は絶望のそれではない。

 希望を持つ者が流す涙だ。

 今、その顔を見たら最高の笑顔が見られるだろう。

 そう思うだけで、唐は口元がゆるむのを抑えられない。

「……生きたいと思うか?」

「はいっ!」

「よし。いい娘だ。状況が安定するまで、まだハッチから出るな。ドイツ軍が近すぎる。危険だ」

「は……はい」

「頃合いを見て、ここから逃げろ―――おい。予備のサバイバルキットはあったな?」

「はい。射出はいつでも」

「よし。飯はまずいが、数日我慢しろ。地図も入っているから、近くの米軍陣地に投降して保護を受けろ。共通語は喋れるな?英語は」

「英語は自信があります」

「最高だ―――」

 唐が、何か気の利いた冗談を言おうとした時だ。

「後方より接近するメサイア有りっ!数12!」

「な、何だと!?米軍か!?」

「違いますっ!―――飛鼠ひそです!」

「何てこった……!」



 暗闇の中から突然現れた異形の巨人達。

 飛鼠ひそ達だ。

 ゆっくりとした足取りで塹壕の中から次々と現れては近づいてくる。

 手には黄色く輝くハルバードが握られている。

 塹壕に入り込んだ赤兎達に、今、彼等と交戦状態に陥ったら勝てる術はない。

「くそったれ。どこにいやがった……っていうか」

 唐は、それが一番面白くない。

「王め。伏兵がいることを、俺に何も言ってないとは何事だ?」

 ズンッ

 先頭の一騎が赤兎達の前で立ち止まった。

「……」

 頭部から放たれる赤いレーザーが、塹壕の縁に横たわるグレイファントムの騎体を舐めるように動き回る。

「……おい」

 唐は、自分の体から一斉に血が引けたのがわかった。

 レーザーの意味がわかるからだ。

「冗談……だろ?……ソミン」

「はい?」

「グレイファントムに識別信号発振装置は?」

「何の識別信号ですか?」

 ブンッ!

 飛鼠ひその手に持つハルバードが不意に振り上げられた。

 他の飛鼠ひそ達が一斉に包囲行動に移る。

 それはつまり―――

「やめろっ!」

 塹壕から飛び出した唐騎が、グレイファントムに覆い被さった。

「こいつは味方だ!俺達と同じだ!敵と味方もわからんのか!?このポンコツ野郎っ!」

 ハルバードを振り上げたまま、飛鼠ひその動きが止まった。

 唐は怒鳴った。

「長、他の連中も、グレイファントムを守れっ!奴らは敵と味方を、発振される信号でしか区別していないっ!」

「馬鹿野郎がっ!」

 グレイファントムのハッチ開放を担当した赤兎達が、唐の命令に弾かれるように塹壕から飛び出すと、グレイファントムの上に覆い被さった。

 すべては、無意味な死を避けるため。


 彼等は軍人であり騎士。


 無抵抗の者は、護るべき存在だ。


 戦争の主役たる役割を担う誇り高き彼等は、己の義務に従い、動いた。



 だが―――


「4号騎!胡っ!識別信号が出ていないぞ!何をやって―――」


 グシャッ!


 闇夜の中に、そんな音が響き渡った。


 唐が、ハッとなって音がした方を向いた。


 グレイファントムに覆い被さった姿勢の赤兎。

 その背中に、ハルバードの黄色い刃が突き刺さっていた。


「―――なっ」


「4号騎……」

 呆然とする唐に、MCメサイア・コントローラーが虚ろな声で言った。

「識別信号が発振させていませんでした……恐らく、装置が故障していたものと」


「そんなこと……」

 怒りに声を震わせる唐の前で、飛鼠ひそが、赤兎の背中からハルバードを引き抜いた。

 背中から深々と貫通したそれは、コクピットブロックを貫通していることはすぐにわかった。

 MCRメサイア・コントローラー・ルームのハッチが吹き飛び、MCメサイア・コントローラーが脱出を試みるが―――


 グゥォォォォォォォッッッッ!!


 飛鼠ひその腕から放たれた火線が、MCRメサイア・コントローラー・ルーム付近に集中。

 かつてメサイアの重要装備を満載していたそこを、炎の煉獄へと変えてのけた。


「知るか、テメェェェッッッ!!」

 速射砲を掴んだ唐騎が、4号騎に再びハルバードを振り下ろそうとした飛鼠ひそに照準もロクに付けずに発砲した。

 唐騎だけではない。

 その光景を目の当たりにして、照準が付けられる狙撃砲を持つ騎士達すべてが、その飛鼠ひそめがけてトリガーを引いた。

 狙撃砲の集中砲火を浴びた飛鼠ひそは全身を引きちぎられ、破片を撒き散らしながら、その場から吹き飛ばされ、数十メートル離れた地面に、何回もバウンドして動きを止めた。

「識別信号なんて―――」

 唐の駆る赤兎が立ち上がると、狙撃砲の銃尻で飛鼠ひその横面を殴りつけた。

 横転した飛鼠ひそめがけて、唐は躊躇いもなく、トリガーを引いた。

「そんなものに頼らねぇと、味方まで殺すたぁ、どういう了見だぁっ!?」


 バッ!


 飛鼠ひそ達が一斉に後方へ跳躍し、ハルバードを構える。

 こちらを敵とみなした。

 そう、判断するのには十分だった。


「上等じゃねぇか……」

 唐は、うわずった声で言った。

「味方殺しの反乱軍が!」





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