シミュレーション課題を解け!
●富士学校 校舎
「メサイアが乗れないからといって、お休みになるほど、軍隊は甘くない」
二宮の口調は、あくまで冷たい。
「この際、お前達には、シミュレーターによる特別演習を受けてもらう」
「しかし、私達はシミュレーターによる訓練課程は修了しています」
「受けてもらうのは、国連軍で使用している特別プログラムだ。我々教官達もやっている」
「?」
「はっきり言っておく。今回のアフリカ送りに関しては、これまでの対メサイア戦のシミュレーションを何度やろうと、何の意味もない」
「えっ?」
美奈代達は、思わず違いの顔を見合ってしまった。
「このシミュレーターにおける敵は、大型妖魔だ」
「……そんなの」
美奈代はポツリと言った。
「パルカンか何かでミンチじゃん」
「本当にそう思うか?」
二宮の地獄耳は、しっかりその声を捉えていた。
「シミュレーターを経験した44期で全滅を免れた分隊は皆無。生還出来た候補生は―――たった5人だ」
「……はい?」
お咎めが来るかと思って身構えたさつきには、目を点にした。
「生還すれば……いいんスか?」
思わず都築が見当はずれな事を言う。
「いいわけないだろう?逃げることが出来た。その程度のこと。つまり、敵を倒せず、やれたことと言えば、尻尾を巻いて逃げることだけ。それが精一杯だったのが、5人だけ」
「……」
「このままなら、この5人が卒業主席だろうな」
「ま、まって下さい」
美晴が手を挙げた。
「逃げて、何で主席なんですか?」
「逃げられたからだ」
「意味がわかりません」
「シミュレーターに乗ってみればわかる。いいか?このシミュレーターで生き残っても、私は評価しない。私が評価するのは、勝つことだけだ。戦場では、勝たなければ兵隊に存在する意味はない」
「……」
そりゃそうだ。
少なくとも、美奈代はそう思った。
「教官」
都築が手を挙げた。
「―――で、そいつぁ、どんなヤツなんですか?」
「午前中一杯かけて教えてやる。午後までに、どうやって勝つか、それぞれに考えろ」
二宮はチョークを手にした。
●大日本帝国皇室近衛兵団所属、メサイア“征龍”コクピット
「き、来たよっ!」
「ふ、フォーメーションはこれでいいのか!?」
さつきと都築の悲鳴じみた声が隊内通信に入る。
「教本ではこれでいいはずだけど……」
答える美奈代にも、自分たちが正しいのか全く自信がない。
目の前の世界を埋め尽くさんばかりの大型妖魔達を前にして、たった5騎で何が出来るはずもないという気持ちばかりが先に来る。
美奈代は、自分が焦っていることをはっきりと自覚していた。
震える手足が意味もなく動き、視線が一点を注視出来ない。
敵よりも情報にばかり目がいく。
戦うより、逃げるチャンスばかり考えてしまう。
美奈代達の駆る“征龍”が立つと“される”のは、アフリカの大地。
スクリーンに広がるその無限の大地―――いや、その新しい主―――が、彼女達を決して歓迎していないことは、その数からして明らかだ。
「敵、数推定400以上。展開中―――敵、突撃!」
「くっ!」
MCの警告に、美奈代は右腕にマウントされた35ミリ機動速射野砲のトリガーを引いてしまった。
右腕にマウントされた速射砲の反動で、右腕が大きく跳ね上がり、火線が空めがけて走る。
有効射程に敵が全く入っていないのに気づいた時には遅すぎた。
「しまっ!」
「何、無駄弾撃ってる!」
誰かが怒鳴る。
「射程はまだ―――来たぁぁっ!」
敵は重装甲重武装を誇る大型妖魔“ライノサロス”の大群。
甲冑を着込んだサイそのまんまの容姿を持つ彼らのサイズは平均45メートルから50メートル。
正面装甲は120ミリ砲弾を受け付けない程頑丈。
そんなバケモノが数にモノを言わせて突撃してくるのだ。
しかも、その速度は音速を越える。
美奈代の暴発が呼び水になったのは誰の目にも明らかだ。
「このバカぁぁぁっ!」
「すまんっ!―――く、来るぞっ!」
その大質量が音速で突撃して来る衝撃を前に、人類が築き上げた万物は、あまりに無力だ。
美奈代騎の前で、皆が120ミリ速射砲で乱射に近い射撃を行う。何とか突撃を止めようと足掻いた結果、逃げそこなった2騎の“征龍”が、ライノサロスの衝角をマトモに喰らい、文字通り分解した。
「早瀬っ!―――ちぃっ!」
美奈代はギリギリのタイミングで“征龍”のブースターを開いた。
敵は音速で突撃している以上、小回りは利かない。なら、ギリギリで避けて、上空からの攻撃すれば―――美奈代の考えでは、そんな試みは成功しつつあった。
その目の前、スクリーン一杯に、ライノサロス達が産み出す漆黒の闇が広がる。
その壮絶な光景に、美奈代は一瞬、トリガーを押すことを忘れた。
グンッ!!
“征龍”が、まるで何か見えないモノに殴られたように弾かれ、騎体のバランスが完全に失われた。
「な、何っ!?」
美奈代はスピンを始めた騎体を何とかコントロールしようと足掻く。
ビーッ
背筋の寒くなるような警告音が鳴り響き、コクピットを激震が襲った。
「―――全く」
床に正座させた自分の教え子を前に、二宮は心底情けないといわんばかりに顔をしかめていた。
「早瀬、柏!」
「はいっ!(×2)」
「120ミリ砲で正面装甲が割れないことは既に知っていたはずだ!」
「し、至近距離なら」さつきは悔しそうに言った。
「割れるかと思って……」
「シミュレーターの判定が厳しいんですよぉ」
美晴は言い訳がましくそう言って口をとがらせた。
「実戦なら……多分」
「んなワケがあるかっ!」
二宮は怒鳴った。
「大体、群れで突撃しているんだぞ!?先頭の1体や2体倒した所で、敵が止まってくれると思っていたのか!?音速突撃の意味がわかっているのか!?和泉っ!」
「は、はいっ!?」
脚がしびれたことにだけ気を回していた美奈代は、突然、自分の名を呼ばれて思わず素っ頓狂な声をあげた。
「音速突撃する集団の上空に出るバカがあるかっ!戦術講義で教えたはずだぞ!」
「す、すみませんっ!」
「講義中に目を開けたまま寝ていたからだっ!音速で移動する物体には衝撃波が生じることは常識だ!衝撃波に巻き込まれればバランスを崩すのは当然!そこを後続の別妖魔に狙撃されて吹き飛ばされたんだ!」
そう。
ライノサロスの大群上空をギリギリ接触しない程度の高度でかわし、上空からの攻撃を試みた美奈代を襲ったのは、音速突撃する大群が生じる円錐形の衝撃波。
数が数なだけにその規模と破壊力は想像を絶する。
それに翻弄され、騎体バランスを失って墜落。ライノサロス達に踏みつけられて最後を迎えた。
「都築っ!後方に下がりすぎて孤立した挙げ句が、敵の集中砲火を浴びるとは、貴様は部隊の連携をなんだと思って―――ったくっ!!
いいか!?
もうすぐ実戦だぞ?
本気で死にたいのか?
このままなら、確実に死ぬのはあんた達なのよっ!?
日本語わかってるの!?」
いつになく、二宮の説教が感情的になっている。
怒っているというより、泣きたい。そんな口調だ。
「図書室に行って、機動教本をもう一度読み直しなさいっ!読み終わった者から再度、シミュレーターにかかるっ!何度でも繰り返しなさいっ!生き残る方法を骨の随までたたき込む!一回でも勝てるまでメシ抜きっ!」
「い゛っ!?」
「飢え死にしたくなければ勝ちなさいっ!わかったわねっ!?」
「そ、そんな!」
「つべこべ言わずに図書室へ行きなさいっ!」
それから6時間後だ。
「きゃぁぁっっ!」
ズズンッ!
「そんなっ!?」
ガガンッ!
「またぁ!?」
ズーン!
「くそっ!」
ドドンッ!
「……本当に」
またもや正座する教え子達の目の前で仁王立ちになり、腕組みをする二宮の額の青筋がまた増えた。
「何回戦死すれば気が済むんだ。ん?」
「……」
「メサイアでの死に方を極めて本でも作ってくれるのか?」
「……っ」
「どうした?何か言いたければ言ってもいいぞ?」
「……せめて」
涙混じりに、訴えるような声を上げたのは美晴だ。
「せめて……水を、ください。も、もうコントロールユニットを操作する力も……」
「音速突撃を阻止出来ない理由は、水不足か?」
「い、いえ……」
力無く首を横に振る、その顔はもう真っ青だ。
シミュレーターとはいえ、メサイアを6時間も戦闘機動で操縦してみれば、メサイアが騎士にかける負担の惨さがわかるだろう。
美晴の横に座る宗像も目をつむったまま、額を流れる汗をぬぐう力もない様子だ。
「和泉?貴様の言い逃れは何だ?」
「あの」
正座しながら、ずっと何かを考え込んでいた美奈代は、二宮に言った。
「もういいですか?」




