模擬演習 第七話
「宗像騎、マーカーBを撃破」
牧野中尉からの報告に、美奈代は心が躍った。
しかし―――
「宗像騎、行動不能」
「早瀬は!?」
「マーカーC、来ますっ!」
残るは目先の一騎のみ。
一騎でも助太刀が欲しい。
それが美奈代の本音だ。
残されたのは、天儀騎だけ。
天儀騎はとてもではないが投入できない。
美奈代自身、何度天儀に救援を求めようと思ったかわからない。
だが、教官も搭乗していないような天儀騎。
あのシミュレーター訓練万年ドンケツの天儀騎。
とてもではないが、時間稼ぎ程度しか出来まい。
だから、美奈代は祷子に救援を求めなかった。
その美奈代の視界に、染谷騎が襲いかかってきた。
「どうするんだ!」
引きつった声の教官の声に、美奈代は答えた。
「格闘戦ってのは、剣でやるもんじゃありませんっ!」
美奈代は雛鎧の左腕を大きく振った。
「“さくら”っ!シールドをパージ!」
「はいっ!」
「和泉っ!?」
「死人は黙っていて下さいっ!」
バンッ!
楯のマウントラックに取り付けられていた爆破ボルトが作動し、雛鎧の腕から楯が離れた。
腕を振る遠心力が、雛鎧を離れる楯に伝わり、楯はすさまじい勢いで染谷騎めがけて飛んでいく。
美奈代自身、それが命中することなんて考えていない。
ただ、つけいる隙を作りたかっただけだ。
わずかな機動で避けた染谷騎。
そこに隙なんて見いだせない!
「和泉っ!後退しろっ!」
教官は怒鳴った。
「染谷は並じゃないんだ!」
「誰だろうと!」
今や雛鎧は丸腰だ。
誰の目にも、雛鎧の敗北は明らか。
それでも、美奈代は戦うことを諦めようとすらしない。
その美奈代の目前で、幻龍が高々と剣を振り上げた。
「―――いけっ!」
それこそ、美奈代が待っていた瞬間。
美奈代が動いた。
轟音と振動が世界を支配する。
「……」
その支配から解放された島教官は、自分の乗る騎に何が起きたか、一瞬わからなかった。
目前に大映される幻龍の姿。
そして―――
「ど、どういうことだ?」
戦況モニターには、
マーカーC。 つまり、染谷騎が擱座したことを告げる表示が点滅しているし、前席では、“さくら”が飛び跳ねて勝利を喜んでいた。
教官は、戦闘記録を呼び出した。
モニターに、雛鎧のとった機動が映像として表示された。
染谷騎の一撃をかわした雛鎧は、その懐に飛び込み―――。
「足払いかけて投げ飛ばしたぁ!?」
その通りだ。
雛鎧は、胸ぐらのかわりに装甲を掴み、脚払いをかけると、柔道技で組み伏せたのだ。
その結果―――
彼の目前のモニターには、大地に大の字にねじ伏せられ、右肩を破壊された幻龍の姿があった。
信じられない。
教官は愕然として首を左右に振った。
「まともに戦えば勝てないことは、理解していました」
美奈代は教官に言った。
「だから―――逆にそれを利用しました」
「利用?」
「柔術は、相手の力を利用するのが原則。そうおっしゃったのは、教官ご自身では?」
柔術教官を兼ねる彼は、言葉を失った。
あれは、白兵戦になった時に備えるもの。
それは確かに、自分の思い込みだ。
メサイアで技をかけるなんて、考えつかなかったのは、もしかしたら自分の限界なのかもしれない。
島教官はそう思った。
「倒した後、戦闘能力を奪うために敵騎の右肩を破壊。現在、敵は擱座―――状況、敵、戦闘不能と判断……よくやった」
教官は教え子の成長ぶりを実感し、涙混じりの声で言った。
「よくぞここまで成長した!」
「―――恐縮です。教官」
美奈代は右手を挙げた。
「何だ!」
「吐く許可を下さい」
「よし!」
教官は力強く頷いた。
「外に出て吐きまくれ!一生分吐いてこい!」
装甲キャノピーが開き、外気と共に太陽光がコクピットを照らし出す。
コントロールユニットを押し上げた美奈代が、口元を抑えながらコクピットの外へはい出すのを、教官は感慨深げに見つめた。
「かく言う俺も、初陣の時、“ミンチの出来損ない”みたいな敵兵の死体を見て、一生分吐いた!」
腕組みをしながら、教官は何度も頷きながら続けた。
ヴッ……ゲボッ……ゲッ……。
コクピットの外から、美奈代の吐く音が聞こえる。
“さくら”が心配そうに、サバイバルキットの中から水を取り出し、その後に続いた。
「あの時、一生涯分もどしちまった結果、頭脳と胃袋を分離する術を覚えたんだ!貴様ここで吐ければ一人前だ!」
吐くだけ吐いた美奈代は、あちこちで候補生達が似たような格好でへたばってるのを見た。
吐くのは情けないとは思いながらも、それでも自分だけでないというのが、美奈代の羞恥心を抑えてくれている。
「失礼しました」
美奈代は教官に詫び、口元を抑えながらコクピットに戻った。
「今晩、飲むか!」
「……私、未成年です」
「私、飲みたい!」
“さくら”が言うが、
「ガソリンでも飲んでろ!このチビ!」
ギャーギャー始まった痴話喧嘩を無視して、美奈代は部隊内通信を開いた。
「こちら1号機、和泉だ。各騎、応答しろ」
『宗像だ―――行動不能』
『ううっ……痛たたっ……9号、早瀬、中破判定』
『8号騎、都築だ』
「あんたは戦死」
『ひでえな!』
『7号騎、山崎です―――小破判定』
「動けるか?」
『可動です。すみません―――活躍出来ませんでした』
「いい。生き残っただけで良しとしろ。よくやった」
『3号騎、柏。判定大破……くやしぃぃぃぃっっ!』
「それでいい。神城」
『5号騎、双葉。4号騎、6号騎共に戦闘継続可能!』
「よくやった―――天儀」
応答が、ない。
「天儀?」
戦況モニターに映し出されているはずの天儀騎の姿が、ない。
「天儀!」
「1号騎、島だ!」
島教官も、事態の異常さに気づいたらしい。司令部へ呼びかけてくれている。
「10号騎から返答がない!そちらで把握しているのか!?」
「可動各騎!戦闘態勢維持!“さくら”!天儀騎を探して!」
美奈代はそう命じた。
「3キロ後方、山の向こうで戦闘音がするよ?」
“さくら”はそう答えた。
「戦闘音?」
「うん」
“さくら”は首を傾げながら言った。
「でも、ヘンなんだよ?」
「何がだ」
「山の向こう、何も効かないの。レーダーも」
「?」
「絶対、ヘン」
美奈代は地図を開いた。
「……日村?」
聞いたことのない地名が、そこには表示されていた。
「これで終わったはずです!」
その頃、司令部では、二宮が士官に食って掛かっていた。
相手は黒服―――左翼大隊だ。
「我々に科せられた任務はあくまで模擬戦で!」
「そりゃ、あんたに科せられた任務が、でしょ?」
そう言ったのは、その中で唯一、一般士官向けの制服を着た男。
やる気があるのか疑わしい顔つき。
軍人らしからぬ猫背。
だらしない昼行灯みたいな男。
だが、その胸に鈍く輝く部隊章は“特別高等管理局”―――別名“特高”の所属を示している。
近衛全軍の情報統括管理を任務とする部隊。
兵士達にはそう認知されてはいるが、それはあくまで一般論の話で、二宮達上級将官にとって、“特高”はそんな甘い組織ではない。
近衛の情報機関というより、近衛の“秘密警察”というべき存在だ。
情報管理から内部粛正まで、その血なまぐさい行動は、決して表には出てこないものの、普通の神経を持つなら、絶対に関わりたい相手ではない。
しかも、二宮は、その持ち主が誰か知っている。
後藤中佐。
特高では音に聞こえた切れ者。つまりは厄介者だ。
「こっちにはこっちの仕事があるの。わかる?」
「しかし!」
「メサイア全騎に測定装置つけてここいら動き回らせたのも、そのためだもの」
「なっ!」
二宮はとっさに後藤に掴みかかろうとして、長野に肩を押さえられた。
「いやぁ―――ここで演習してくれて助かったよ」
「してくれて?」
二宮は冷たい視線を後藤に投げかけた。
「演習“させた”の間違いでは?……つまり、この騒ぎはあなたの仕業ではないのですか?後藤中佐」
「おろ?わかる?」
「―――っ!」
「まぁまぁ」
後藤は両手を二宮の前で軽くふりつつ、無抵抗の意志を示す。
「こっちは一般人。あんた騎士。わかる?」
「―――で?」
二宮は怒りで肩を振るわせながら言った。
「ここに魔族でもいるというんですか?」
「ご明察」
「―――っ!?」
「ああ。その可能性有りってことで、万一に備えたらメサイアが一番いいって言うのが、上の判断なんだよ」
「上?司令部がですか?」
「―――そこは聞かない方がいいよ?」
まるでチェシャ猫さながらの笑みを浮かべる後藤に、二宮は言葉を詰まらせた。
「まぁ、妖魔だか妖怪だか、そういうのは、エラーイ学者先生に聞いてよ。アフリカや南米で暴れている分、こっちは敵としか見てないから」
「そんないい加減な!」
「戦車と装甲車の違いみたいなもんさ―――多分ね」
後藤はテーブルに腰を下ろし、懐からタバコを取り出した。
「禁煙です」
「厳しいのね」
しぶしぶタバコを戻した後藤が言った。
「何しろ、遙ちゃんの“第三眼”すら逃げちまう厄介もんだ」
後藤の目が変わった。
その場にいるだけで相手をすくませるほどの威圧感。
二宮は正直、押された。
「約20メートル越えるバケモノが10匹―――そんなものが市街地にでも入り込んだらどうなる?」
「で、ですけど―――!」
「偶然、開発局がβ騎をこっちに回してるって聞いたし、それでなくてもαメサイアが他にも20騎近くだ―――よほどの作戦でもなければ動員出来る規模じゃないでしょう」
「……それは」
「それをこの辺縦横に移動させた―――結果は良好。後は」
「……天儀候補生に」
「そのための子でしょう?」
「あの子はヒヨコです!」
二宮は怒鳴った。
「今日、生まれて初めてメサイアに乗ったばかりの!」
「……」
「……」
二宮と後藤の視線が交差した。
「……だから?」
「えっ?」
「初めて乗ったから―――何?」
「ですから」
「メサイア乗って、大型妖魔とまともにぶつかったら困る?そう言う?」
立ち上がった後藤が、二宮の肩に手を置いた。
「それじゃ、困るんだよね」
「まるで」
肩に置かれた後藤の手を見ながら、二宮は言った。
「妖魔と……この日本で戦争になる。そう、言われている気がします」
「もう、そろそろだろうさ」
後藤は何でもない。という顔で言った。
「帝国はしこたま弾薬に資源、必要なモノはアフリカの一件よりはるか前から買いあさっている」
「……そ、それは」
「――意味はわかるでしょ?」
「近衛の方針に対し、一介の軍人である私が異議を唱えるつもりはありません」
二宮は答えた。
「ただ、そんな戦闘を、候補生一人に―――私の生徒にやらせる。それが、個人的感情として、納得できないだけです」
「個人の感情は関係ないけどね……」
後藤は二宮の肩から手を離した。
「気持ちはわかるよ?」




