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ダユーの誘い


「このぉぉぉっ!」

 “シュヴァルツ”の右腕に仕込んでいた光剣を抜いたアニエス騎に、敵は騎体に仕込まれたMLマジックレーザーを乱射しながら接近、滅茶苦茶な太刀筋で攻めまくる。

「一体!」

 太刀筋は滅茶苦茶すぎて読むことが出来ない。

 戦闘機動は乱暴すぎる。

 それだけに、アニエスのような“まともな”メース使いは、逆にそれが恐ろしくて間合いを本能的に開いてしまう。

「余程上手いのか、それとも単なるバカか!?」

 型もへったくれもあったもんじゃない。

 これが剣術使いなら、素人も同然だ。

 だが、それだけに逆に攻撃を予測出来ない。

「こんな―――っ!」

 隙を見て、アニエスは敵騎の胸に蹴りを入れた。

 吹き飛ばされた敵騎が、地面を抉りながらスライディングして止まった。

「デタラメがいつまでも通用するかぁぁっ!」

 敵騎が立ち上がり、再び斬りかかってくる。

「まだやるのか!?―――ええいっ!」



 “シュヴァルツ”は、シールドを構えて突撃してくる都築騎めがけて逆襲に出た。

 “シュヴァルツ”の肩部シールドと、“白雷はくらい”のシールドが激突。

 “白雷はくらい”の頭部めがけた一閃が走り、“シュヴァルツ”が体勢を低くしてかわす。

 “シュヴァルツ”の横薙の一撃を、その懐に飛び込んだ“白雷はくらい”がシールドでさばき、その動きごと止める。

「―――くっ!」

 全身にアドレナリンが走り、体が熱くなる。

 このギリギリの感覚が、何より楽しい!!

 アニエスは笑いながら叫んだ。

「さぁ、いくぞ人類っ!」


「アニエス?」

 シグリッドの通信機に声が入る。

 ダユーだ。

 その優美な声は、聞くだけで戦意を100万光年の彼方に吹き飛ばしてしまう。

「何だい!こっちは取り込み中だ!」

「人類側の歩兵部隊が施設に入り込んだわ」

「そんなもの!施設の連中にどうにかさせな!」

「私達は逃げるわ」



 先程まで将兵が右往左往していた中華帝国軍司令部で、動き回るのはダユーと、その手下だけだ。

 左手に携帯電話。右手に拳銃を持つダユーの前で、どこから持ってきたのか、部下が死体にガソリンをかけていた。


「ふざけるなって、しょうがないでしょ?」

 ダユーは周囲に全く感心のない様子で答えた。

「私達は“ここ”でドンパチするつもりないもの。ビジネスで来ているのよ?ビ・ジ・ネ・ス」


 窓の外では、別棟の屋上めがけて、人類の乗り物が建物を攻撃している。

 “ヘリ”というらしい。

 面白い動きをするな。と、ダユーは興味深げに眺めながら続けた。

「敵兵はすぐ近くまで来ている。ここで人類の捕虜になったり、蜂の巣にされるのは御免だわ。と・に・か・く」

 窓から離れながら、ダユーは語気を強めて言った。

「私達が撤退するまで、そのデミ・メース共を押さえていて。その間に撃破しようが何しようが自由だけど」

 そして、壁際に来ると、この場でたった一人生きている人間の目の前めがけてトリガーを引いた。

「……えっ?ああ、今の音?ちょっと遊んだだけ」



 ピーッ!

 敵騎の接近警告が鳴り響いた。

 背後からだ。

 1対3。

 普段なら何とも思わない数だ。

 だが、目の前の非常識一騎でも手間取っている現状だ。

 自分より相手の方が強いとは死んでも認めたくないが、下手をうってリスクを背負い込む程、アニエスもバカではない。

 潮時を見定めなければいけない。

 ―――いい所なのに!!

 気分的にすっかり水を差された。アニエスは、なんだかここで戦うこと自体がバカらしくなった。

 そう。

 自分の任務はあくまでダユー一行の護衛。

 その契約だ。

 アニエスはしつこく迫る敵騎の一撃をかわすと、大きく後ろにジャンプした。

「脱出までの時間、もう少し遊んでもらおうか!?未熟なメース使い共!」




 リノリウムの床が砕け、砕けた破片が、腹這いにされ、屈強な数人の男に取り押さえられた顔に飛び散る。

「人類って」

 未だ硝煙の煙が立ち上る拳銃を手にして、楽しげにその顔を見下ろすのはダユーだ。

「面白い武器を使うのね」

「……」

 羽交い締めにされた相手は、無言で睨み返してくる。

 取り押さえられた時、殴られた頬からはうっすらと血がにじんでいた。

「あらあら♪」

 ゴトッ。

 拳銃―――H&K USPが、無造作に、その目の前に放り出される。

「言葉が通じているのかしら?」

 ダユーがその細い指で弾いたのは、耳につけられたイヤリング。

「魔族の最新モデルって聞いたんだけど」

「……」

「お耳が聞こえないのかしら?それとも言葉が喋れないの?」

「……っ」

「まず、お名前から伺いましょうか?」

「……名を聞くなら」


 こんな場所には不釣り合いという意味では、ダユーの声と張り合える。


 その声は―――


「自分から名乗れ」


 女だった。


 床に腹這いにされた挙げ句、腕をねじ押さえられている女がそう言った途端、腕を押さえている男の腕に力がこもった。

「ぐっ!」

 女の顔に苦痛が走る。

 しかし、その目から闘志は消えていない。


「―――成る程?」

 ダユーは笑っていった。

「ダユー……この名だけ覚えておきなさい」

 ダユーは小首を傾げた後、微笑んだ。

「あなたのお名前は?」



「……宗像理沙」


 そう。

 女とはすなわち、宗像だった。


「……ムナカタ」

 何度か、ムナカタ。と繰り返したダユーは微笑んだまま、

「気に入ったわ。その名前。そして」

 そう言うと、不意に宗像の顎に手を這わせた。

 宗像は、ダユーの顔から視線を外さない。


「その目。こんな状況でも戦いを諦めない強い目は、大好き」


「……そりゃどうも」

 ダユーの手が、ドレスのポケットから何かを取り出した。


「ご褒美あげなくちゃね」

 ダユーの唇が、そんな声を紡ぎ出した次の瞬間―――


「っ!?」


 宗像は、自分が何をされたのか理解するのに若干の時間を必要とした。


 自分の唇がふさがれている。


 そして、ダユーの顔がこれ以上ない位、近くにある。


 女同士でキスすることは、宗像にとっては当然のことだ。

 何度もしているし、何人ともしている。

 それなのに―――


 宗像の体中の血が熱くなった。

 体が脳天からしびれる。まるでクリームのように体が溶けていく錯覚が未知のレベルの快楽となって宗像を捉えて離さない。

「……んっ」

 驚愕に開かれた眼は快楽に浸食される中でゆっくりと閉ざされていく。

 口の中で動き回るダユーの舌に無意識に自分の舌を絡めていく。

 まるで初めてキスした少女のように、そのぎこちない動きが、我ながらもどかしい。

 相手が誰か?

 人類でさえないのは明らかだ。

 そんな“異なる存在”に陵辱されているのに、宗像はむしろさらなる陵辱を求め、必死になって舌を動かしてしまう。


 何分が経過したのだろう。


 1分と経っていないかもしれないし、永遠かもしれない。


 脳天をはいずり回る不思議な感覚に何度となく、女としての絶頂を味わった宗像の唇から、ダユーが自分の唇を離した。


「私」

 ダユーは、にっこりと淫靡なまでのほほえみを浮かべたまま、宗像の耳元に唇を寄せた。

「―――んっ」

 ダユーの吐息を感じた宗像は、目を閉じて、ピクリと体を反応させた。

「私が」

 ダユーの声が、宗像の耳元に届く。

「―――世界で一番、あなたを理解している」

「……」

「私だけが、あなたの全てを知っているのよ?理沙」

「……」

「私にはわかる」

 ダユーの声を、宗像は焦点の合わない顔で聞いた。

「あなたは、この世界に何一つ満足していない。何をしても乾く心をもてあましている。心の渇きから逃がしてくれる、心を満たしてくれる、何かを求めている」

 ダユーは再び、軽く宗像と唇を重ねた。

「うんんっ♪」

 宗像の口から、くぐもった快楽に酔いしれる歓喜の声が漏れる。

「―――私なら、それが出来る」

 ダユーは唇を離すなり、宗像の顎を楽しげになで回した。

「あなたを救うことが出来るのは、私だけよ」


 ダユーは、宗像の戦闘服に、何かをねじ込むと立ち上がった。


「救って欲しければそれを使いなさい。今の理沙には、使い方が分かっているはずよ?」


 男達から解放された後も、宗像は力の入らない体のまま、まるで主人に捨てられた犬のように、悲しげな顔を浮かべて、ダユーを見つめるまま。


 銃声が近づいている。


「あなたが欲しいの―――理沙」


 その言葉が、宗像の心に、深く突き刺さったまま。



 ダユー達は、部屋から消えた。





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