チベット離宮強襲作戦 第一話
●“鈴谷”
「また海外ですかぁ?」
「文句言わないの」
いい加減にしてくれ。という顔の美奈代達に、後藤もほとほと困ったという顔になった。
「俺ぁ、近頃、二宮さんが本当にスゴい女だなぁって思うよ」
「?」
「まぁ、いいや」
後藤は指示棒で軽くトントンと肩を叩いた。
「タイやカンボジアで何が起きたかは、対馬のこともあるし、わかるね?」
「……」
皆が無言で感情のない顔つきになる。
それが答えだ。
「次はインド……もうボッコボコにされた挙げ句、イギリス軍はマトにされないよう、自分達の部隊がどこに展開しているか、身内にさえ明らかにしていない位だ。EU世論の中には、巻き添えになることを恐れて、中華帝国との単独和議を模索する国が出始めている」
「そんな!」
「まぁ、たった一国でもそれやられたら、後はドミノ倒しだろうねぇ」
「……」
「EUも、相次ぐ被害以前に、植民地問題に民族問題に移民問題に……問題は山積。決して一枚岩じゃない。何より、自分達が生きるか死ぬかの瀬戸際だ。他国に何と言われても、国民を生かすことが一番大切さ」
「……」
「選挙ばっかり考えて、国民の生命軽く見る、どこぞの国の偉いさんよりは、ずっとマトモな対応だと、俺は思うけどね」
「……隊長」
宗像が全てを諦めきったような顔で言った。
「我々が派遣されることで、我が国、少なくとも近衛が、何か見返りを?」
「正直」
後藤は指示棒を肩から降ろし、姿勢を正した。
「―――そういう意味では、俺達は人柱になる」
「人柱?」
「中華帝国政府は、極東・アジア方面からの米軍の完全撤退を要求している。言い換えてみれば、ここで俺達が行かなければ、アメリカはアジアでの戦闘から手を引きかねない」
「そんな!」
思わず椅子を蹴ったのは都築ばかりではない。皆が驚いて立ち上がっていた。
「なんていう非常識ですかそれは!」
「怒るなよ都築」
後藤は小さくため息をついた。
「言ったのは俺じゃない」
「……っ」
「席につけ。作戦は実行される。俺達兵隊は、命令に従うだけだ」
「……」
都築は無言で床に転がったパイプ椅子を戻して腰を下ろした。
「この作戦には米軍は直接は関与しない。インド方面は英国の支配下だ。英国陸軍から第21SAS連隊が派遣される手はずになっている。まず目標地点は、チベット高原のここ」
後藤は背後に貼り付けられた衛星写真を指さした。
解像度が高くないのでわかりづらいが、どうやら平原らしい。
「地名さえないような辺鄙な土地さ。
このだだっ広い土地のど真ん中。
ここに攻撃衛星のシステムが設置されている。
俺達の任務は、この周辺に展開するメサイアの撃破と、周辺の制圧。
俺達がメサイアを押さえている間に、英兵が施設を制圧。数日間持ちこたえた後、イギリス本国から派遣される飛行艦とメサイア部隊へ防衛を引き継ぐって手はずだ」
「最初から」
美晴が不思議そうに訊ねた。
「その飛行艦隊で総攻撃をかけたら」
「美晴ちゃんよ……そりゃ無茶だ」と、後藤は言った。
「艦隊が集結しているなんて知れた途端、そこめがけてこの兵器が火を噴くんだよ?」
「―――あっ」
「そういうこと。美晴ちゃんは飲み込み早くて助かるよ」
何故か、ちらりと後藤の視線が美奈代を見た。
「……まぁ。ここで何もしなかったら帝国だって吹っ飛ばされる。世界中が吹っ飛ぶ。そう考えれば、俺達ゃ今回、世界を救うのが仕事ってわけだ」
後藤の口元には皮肉な笑みが浮かんでいた。
「正義の味方ごっこを楽しんでみようよ。みんなでさ」
「……」
「まぁ、場所はこんな感じ―――遙ちゃん。映像出して」
モニターに三次元化された立体地図が浮かび上がった。
「時計で言ったら、9時から時計周りに1時まで、きれいに包むようにそびえる山脈の裾野にある。基本的には平野だけど、6時方向は湖と湿地帯が広がっている」
「なんだか」
宗像が呟いた。
「風水上、イヤにおめでたい土地だな」
「元は皇帝のチベット離宮があったんだ。北側に離宮の一部がまだ残っているよ」
「離宮?」
「ああ。チベット併合記念で作ったんだよ。あの国の離宮としては小さいけどさ。一度も使われることもないままに破棄されて、今じゃこの有様」
「衛星写真では小さいですけど」
「直径約3キロってところかな」
「3、3キロ?」小清水が素っ頓狂な声をあげた。
「3キロで小さいんですか!?」
「大半が庭だからねぇ。ま、俺にゃ雲の人たちの発想はわからんよ」
「国営放送とかで使われそうな景色ですねぇ」と祷子は、別に映し出されている風景画像を見て、うっとりとした声で言った。
「どこまでも続く広い平原に青い空……こんな所でお昼寝したいなぁ……」
「祷子。現地に行ったら、世界の広さと愛の深さを二人で感じ合おう」
「お姉さま……私達も」
「頼む二人とも……黙っていてくれ。今は仕事中だ」
「和泉……少しは俺の苦労が分かってきたか?」
「……はい。おかげさまで」
「そいつはいいこった。ざまあみろってところかな」
「……くっ」
「大尉?胃の辺りを押さえてどうなさったんですか?」
「いろいろあるんだ。とにかく後藤隊長、指示を下さい」
「指揮官は胃に穴あけて一人前さ。さて」
後藤は指示棒で軽く肩を叩いた。
「今回の作戦は、極めて危険な作戦だ」と、後藤は真顔で言った。
何を言ってるんだ?
一瞬、美奈代はそう思った。
今まで楽な作戦なんてさせてもらった覚えは……。
……ああ。
そういうことか。
「中華帝国の国土に侵入し、施設を強襲する。わかる?これは完全な、中華帝国に対する侵略戦だ」
「外交上の危険ってことですか?」
「その通りだよ」
「待ってください。隊長」
都築が挙手の上で異議を唱えた。
「あいつらは他国を平気で侵略しているじゃないですか。それに比べたら」
「他国を攻めることに鈍くても、攻められることには敏感になるものさ。誇り高き漢民族ドノが、国土を日本軍に攻め込まれたなんて知った日にゃ……」
後藤は態とらしく肩をすくめた。
「イヤイヤ……俺はおっかなくて日本にいられないよ」
「……反応弾でも使いますかね」
「実際、松本に魔力反応爆弾ぶち込んだからねぇ……不発だったけど」
そうだ。
美奈代は、その一言で中華帝国軍の危険性を改めて思い出した。
敵対するには、連中は本当に危険すぎる。
「だから俺達は、国籍マーク一切出さないからね?残留品を残さないように注意して。万一、騎体が破壊された場合、ハイパーナパームで焼却しろ」
「そこまで」
「日本軍だって証拠残してご覧?俺達が戻ったら頃にゃ、東京が砂漠になってるかもしれんのだぜ?」
「……」
「これは、日英米、三軍の共同作戦ではある。
米軍は軍事衛星でサポートしてくれる。
イギリスはSASを出す。
俺達はメサイア出して現地を制圧し、英国飛行艦隊到着まで持ちこたえるのが役目だ―――フィアちゃん」
「はい?」
「悪いけど、単独で行動してもらうよ?フィアちゃんの騎の空中機動性と、電子戦闘能力を使わせてもらう」
「何をするんです?」
「この目標周辺の通信設備の破壊とジャミング―――まぁ、一言で言えば、基地と外部の通信全てをつぶせとも言えるけどさ」
「……わかりました」
「部隊は5つにわける。
和泉と天儀で第一班、和泉隊と呼称。切り込み任務。
宗像、都築、早瀬で第二班。宗像隊と呼称する。制圧・掃討任務。
柏と山崎、第三班。山崎隊と呼称。狙撃チームの護衛。
第四班は狙撃チーム。
第五班はフィアちゃんね。
手順はこうなる。作戦開始は0400。ベンガル湾に展開する“鈴谷”から発進。途中、SASの部隊と合流し、部隊を護衛しつつ移動。現地到着予定0540。
時計を前提に話をする。
時計の中心に目標があると思って。そんなものだから。
12時方向距離2キロの所に、メサイアの陣地がある。
まず、宗像隊、山崎隊、狙撃隊はすべて7時に展開。
4時には和泉隊が展開。
まず、和泉隊がメサイア部隊を引きつけるため、陽動としてメサイア陣地へ移動を開始。
和泉、決してまっすぐ飛ぶな?321時の位置を舐めるように動け。
それで十分な時間は稼げる。
フィアちゃんはこの時点でジャミングを開始して。
狙撃隊と山崎隊は9時の山頂に移動し、対空砲等、有害な設備は全て排除。
宗像隊はSASのヘリ部隊が強襲を開始する前に地上を掃討する。
この兵器が敵の手から奪えるなら、戦局は大きく変わる。しっかりやってくれ。以上だ」
「結局よぉ」
ベンガル湾上空で“鈴谷”から発艦した都築は、独り言のように言った。
「これってイギリスのボロ儲けってことだろう?」
「都築もそう思うか?」と宗像が言った。
「ああ」都築は頷くしかない。
「英国はこの施設を破壊するか占領下に置く……それはつまり」
「……チベットの併合」
「チベットは地下資源の宝庫であり、それ故に中華帝国は1950年代に武力併合に至ったと聞いたことがある」
「宗像……俺達ゃ本当に何と戦ってるんだ?」
レシーバーに都築の苦笑が混じる。
「戦争って言われてこの方、俺は半分以上を海外で戦っている気さえする。アフリカ、東南アジア……沖縄……人類のためって言われて、肝心の人類様と戦っている。俺ぁ、自分達の敵ってのが一体、誰なのかわかりゃしねぇ」
「―――都築」
美奈代が言った。
「お前、騎士って言葉の語源知ってるか?」
「いや?」
都築は首を横に振った。
「元は貴重な武士の意味だというが、父に言わせると違うそうだ」
「違う?そんなはずはないだろう」
宗像が異議を唱えた。
「それは辞書にも載っている」
「……問題は騎の字だよ」
「ん?」
「古くは棋士と書いたそうだ。現在では将棋のプロのことだが、我々騎士に対しては……将棋の駒って意味になる。時代の流れの中で、騎の字に変わっただけだ」
「……くっ」
「わかるだろう?駒は無駄遣いしていたら負ける。有効に使ってこそ意味がある。貴重な駒なら尚更……」
「俺達ゃ、兵隊だからな」
「そうだ。駒が動く理由を考えても意味はない。割り切れ……都築。我々は世界を動かす英雄なんかじゃない。単に軍隊から給料をもらってる兵隊だ。―――風にはなびけ。さもなければ折れるぞ」
「……」
はぁっ。
都築は盛大なため息の後、言った。
「和泉」
「ん?」
「―――俺とつきあえ」
「どこへだ」
「そうじゃねぇよ……ニブいな」
「何?」
「つまり、俺とつきあえってこと」
「だからどこへ?」
「……都築」
宗像が言った。
「和泉を口説きたかったら実力行使しかないぞ。強引にキスを奪ってわからせるしか」
「そうか……こ、小清水っ!?HMCの照準レーザーをこっちに照射するなっ!」
「一体、何の話だ!」
「……あんたがバカだって言っていたのよ」
「フィア!?」
「聞いていて笑うの通り越して痛かったわ。本当に残念なヒトね。あなたって」
「痛いとか残念とか……」
美奈代は不愉快そうに視線を前方にむけた。
「いいから任務に専念しよう!前方、SAS部隊と接触まで1分だぞ!?」
「逃げた逃げた♪」
「さくらっ!」
「こちらホテル1。マクミラン大尉だ。よろしく頼む」
「こちらウィスキー1。和泉大尉です。よろしく」
「国連軍最強部隊の護衛とはありがたい。大船に乗った気持ちでいる。施設内部の制圧は任せてくれ」
「頼みます」
国連軍最強部隊。
その奇妙な言葉に首を傾げつつ、美奈代は部隊に命じた。
「全騎、散開してポイントにつけ。私と天儀はこのまま前進。陽動を兼ねてメサイア陣地に攻め込む」
「了解。武運を祈る」
フィア騎がレーダーを黙らせる中、山間部を抜け、美奈代達は宗像達と分かれた後、大きく旋回する機動をとった。
「私達が囮ですよね?」
「そういうこと。……そろそろね」
レーダーが著しく乱れ始めた。
フィアの電子妨害が強まった証拠だ。
山間部をぬけた先にあるのは、見とれそうになる美しき世界。残念だが、二人とも広い平原に青い空に見とれているヒマはなかった。
平原に強行着陸しようとして、美奈代はやめた。
「天儀、飛行したままで行く」
「えっ?」
同じく着陸しようとした天儀はその声に思わず着陸を止めた。
「メサイア用地雷がまかれていたらアウトだからな」
「……成る程?」
ジャミングの影響でセンサーが地下の様子を伝えてこない。
それだけに、用心した美奈代の判断は正しいと祷子は思った。
「超低空侵入、いくぞ?」
「はい♪」
「敵襲だと!?」
突然の奇襲に泡を食ったのは中華帝国軍第823メサイア中隊だ。
サイレンが鳴り響く中、騎士とMCがメサイアに駆け上る。
「なんでこんな所へ!?」
「知るか!」
張少尉はMCに怒鳴りながらコクピットに潜り込んだ。
「敵に聞いてくれ!」
「了解っ―――敵、新型騎。所属、国籍不明、急速に接近中!」
「対空部隊は寝ているのか!?全騎、弾幕張れっ!脚を止めろっ!」
37ミリ機関砲を構えた帝刃達が一斉に引き金を引いた。
火線が走り、平原を超低空で侵入する白い敵騎めがけて襲いかかる。
火線に接触するか否かの刹那―――
バンッ!
二騎は地面をつま先で蹴った。
その途端―――
「なっ!?」
張は目を見張った。
敵騎が一瞬、姿を消したのだ。
機関砲弾が、何もなかったように敵騎の向こう側に消えていく。
「ど、どうやったんだ!?」
空中移動中のメサイアの機動性は大型爆撃機並。
だからこそ、メサイアは戦場で飛行することは滅多にしない。
なら、今の地面に脚がついている時と同じ機動は?
張は、MCに何が起きたかを聞こうとした。
だが、
ピーッ!
接触警報がコクピットに鳴り響いたのと、敵騎が自分の横をすり抜けるのと、コクピットめがけて光を放つ剣が襲いかかろうとしているのが、モニター一杯に映し出されたのは同時だった。
張は、答えを知る前に絶命した。
帝刃を横薙ぎの一撃で真っ二つにし、返す刀で別な騎の脳天を唐竹割にする。
振り下ろした斬艦刀を別な騎めがけて突き出す。
この一連の動きを、美奈代と祷子は何の事前打ち合わせもなく、完全にシンクロした状態でやってのけた。
この間、わずか3秒にも満たない。
わずか3秒で、敵メサイア6騎があの世行きだ。
「相変わらず……お見事すぎ」
牧野中尉も舌を巻くしかない。
さくらも目を丸くして頷くだけ。
「中尉」
美奈代は牧野中尉に尋ねた。
「敵の増援の可能性は?」
「ご希望でしたら」
牧野中尉が言った。
「陣地にまだ4騎残っています」
「天儀、陣地を潰すぞ。続け!」
「了解」
宗像隊が7時ポイントから侵攻を開始したのは、その時だ。
「小清水です!」
山間部に陣取った狙撃隊の涼からだ。
「狙撃開始します!MLを潰しますから、それが終わってから侵入してください!」
「宗像だ。了解した―――頼む」
「芳!寧々《ねね》ちゃん!」
「やるよ!?」
「……いきます」
狙撃地点から見ると、丁度、鉄道の向きを変える丸い天車台のような施設が見える。
真ん中に大きな穴が開いていて、カバーが閉まっているので中はうかがい知る事が出来ない。
「あの中に目標の兵器が?」
「そうです」MCの高良中尉が頷いた。
「攻撃は絶対厳禁、MLはマーカー済みです」
「了解。マーカー1から片っ端で」
「了解。トリガーをどうぞ」
マーカー1。小型のML砲座めがけて、涼はトリガーを引いた。
次の瞬間―――
「えっ!?」
涼にとって信じられないことが起きた。
ML砲に、HMCの砲撃が届いていない。
HMCの砲撃は、まるでかき消されたかのように、空中で消滅した。
「―――ね?」
それを別な場所で見守る一団がいた。
その中に一人、黒いドレスをまとった美女がいた。
あのダユーだ。
「このシステムは、元来、飛来する天体障害物破壊用に作られたものです。当然、システム自体、超高速で飛来する物体から守る術がなくてはいけない」
「MLもですか」
美女の説明を聞いていた男が引きつった顔で言った。
「どうやって?」
「それが、我々の技術ですよ?」
ダユーは楽しそうに微笑む。蠱惑的な笑みを見るだけで、男は恐怖を忘れてしまう。
「不思議ですねぇ」
「ははっ……とにかく、助かった」
「そうですね。……さて」
ダユーは視線を窓の外に向けた。そして、独り言のように呟いた。
「……私をどこまで楽しませてくださいますの?人類?」
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