中華帝国軍、北米本土奇襲攻撃 第二話
●バージニア州北東部 アメリカ陸軍野戦司令部
「テレポートシステムだと?」
野戦司令部に指定されたビルの地下室で、陸軍機甲第3師団長のマックィーン中将は眉をひそめた。
「はい」
負傷した腕を吊った将校が頷いた。
将校偵察から戻った彼の副官だ。
「ヒューストンのテレポートシステムがチンク共に乗っ取られ、そこからチンクの大軍が沸いているそうです。あまりのことに、テキサスやルイジアナは大混乱だそうで」
「だろうな。で、このバージニアとヒューストンがそんなに近いとは知らなかったぞ」
「その小型版が、ここに設置されていたのです。おかげで、チンク共はここにまで姿を現してまして……」
「何だと?」
「師団長閣下」
衛兵が敬礼の後、言った。
「この管区の警察署長が報告に来ました」
「通せ」
第7警察署長を名乗る制服姿の小太りの男は、はげ上がった頭に汚れた制帽を乗せてマックィーンの前に立った。
「デーモンが出現した場所は、サントニオ商会の敷地でした」
「サントニオ商会?」
「はい」
署長は頷いた。
「閉鎖された農園を使った中国人のダミー会社です。平和十字軍ともつながりが深くて」
「監視していたのか?」
「まさか」
署長は肩をすくめた。
「ここにゃ、そんな会社がゴロゴロしている。一々監視なんてしていたら、署員を細切れにしても足りないですよ」
●アラバマ州南東部
兵士達が列を作って、動き始めたテレポートシステムの中から出てくる。
「ぼさっとするな!」
「とっとと走れ!」
何人かの兵士達が、自分がアメリカにいることに目を見張っている。
憲兵達はそんな兵士達を怒鳴り、あるいは小突いて走らせる。
別なテレポートシステムからは、メサイアが出現しつつある。
さらに別なテレポートシステムによって本国から送り込まれた戦闘機部隊がハイウェイを滑走路代わりに離陸しようとしている。
それは今、北米のあちこちで現実に起きていることだ。
気分がいい。
全ては順調だ。
上空を赤い星が描かれた戦闘機達が編隊を組んで飛び去っていく。
全ては成功しつつある。
憲兵である彼は力強く頷いた。
アメリカ東海岸を電磁波攻撃により機能麻痺に追い込み、その隙をついてアメリカ中央部に密かに設置させていたテレポートシステムを経由して、大軍を送り込み、一気にアメリカを征服する。
東海岸への攻撃が第一段階。
軍の北米への揚陸が第二段階。
その第二段階は、彼の目の前で派手に成功しつつあった。
●ケンタッキー州
「州警察から非常事態発生の宣言が出ています。
所属不明の軍隊が州の各地に出現、各地に対して武力攻撃を開始しています。住民の方は外出を控えてください」
警邏の途中。
大通りに面した場所に店を構える行きつけのドーナツ屋からパトカーに乗り込もうとしたクラーク巡査長は、ラジオから流れてきたニュースに一瞬、動きを止めた。
「今日はエイプリルフールか?」
運転席で待っていたキャッチャー巡査はハンドルに手を置いたまま軽く肩をすくめた。
「もう夏になるんですよ?」
「だよな」
クラーク巡査長は、キャッチャー巡査にドーナツの入った紙袋を放り投げると、乱暴に席に座った。
遠くからヘリの爆音が響いてくる。
「戦争でも始まるってのか?」
「このアメリカで?」
「たとえば」
クラーク巡査長は、窓の向こうを指さした。
「あんな、軍用ヘリが襲ってくるとか」
ビルの向こうから出現したのは、どう見てもアメリカ軍のそれとは違う、見たこともないような軍用ヘリだった。
「おい」
「……はい?」
「俺達ゃ、ドライブシアターにでも来てるのか?」
「この駐車場がシアターだとは知りませんでした」
軍用ヘリは、目を凝らせばパイロットの顔かたちが分かるほど近くでゆっくりと飛んでいる。
「俺は戦争映画よりポルノが好きだ」
「……同感です」
現実に対処できない二人は、目の前に浮かぶヘリが、先頭にぶら下げた機銃をこちらに向けたことで、あり得ない現実に対処することを強制された。
キャッチャー巡査はギアを後退に叩き込むと、フォード・クラウンビクトリアを急発進させた。
その真横を、機銃弾の雨が走る。
「11-99!」
クラーク巡査長は、その射撃音に負けないように大声で通信機に怒鳴った。
「11-99だ!緊急事態!軍用ヘリが出現!軍用ヘリに撃たれた!」
パトカーが急激なターンをみせ、何かを避けた。
カップホルダーに入れたカップからコーヒーが派手にこぼれ、車内にコーヒーのにおいが充満する。
「何だ!?」
クラーク巡査長の座る助手席ギリギリをかするように通り過ぎたのは、アメリカ人の感覚では理解出来ない迷彩が施された装甲車だった。
「応援を要請する!すぐに応援を!くそったれが!軍は何していたんだ!」
クラーク巡査長達のパトカーが通り過ぎた後に続いて大通りに続々と現れたのは、装甲車と兵士の群れ。
しかも、装甲車に書かれた国籍マークは、米軍のそれではない。
中華帝国軍のそれだった。
「揚陸作戦は予定通り進んでいます」
市街地から少し離れた郊外。
地上に降り立った飛行艦からは戦車部隊が揚陸を開始している。
その一角。
戦車用のランプの上で整然と進む事態に満足げな表情を浮かべる偉大将に、参謀が報告する。
「予定の50%が終了」
「よろしい」
偉大将は頷いた。
「東南アジアの借りを返してやる。敵の本拠地、北米を叩くことで、世界中が再び、我が国の底力を思い知ることとなるだろう」
「はっ」
「とりあえず」
偉大将は、まっすぐ先の空を指さした。
「あの目障りなハエをたたき落とせ」
その空には、TV局の取材ヘリが飛んでいた。
北米へ到着したばかりの88式37mm自走機関砲が誘導員の誘導の元、射撃位置に展開。
地獄に似た火線を生み出した。
まさか撃たれるとは想像さえしていなかった取材ヘリは必死に逃げようとするが、37ミリ砲弾の火線から逃れることは、民間ヘリである彼等には不可能だった。
取材ヘリは砲弾によって機体を引きちぎられ、その機内からのライブ映像は、攻撃を受ける者の恐怖を伝えることで幕を閉じた。
●鈴谷艦内
「あらら」
中華帝国軍の北米侵攻をテレビで知った後藤の第一声がこれだ。
しかも、風呂上がりのビール片手にだ。
「こんにちわぁ!」
副官の涼宮遙中尉がドアを開けて入ってきた。
生乾きの髪を見る限り、彼女も風呂上がりだ。
「ビールもらいにきましたぁ!」
遙は、後藤の返事も聞かずに冷蔵庫のドアを開けた。
「おいおい遙ちゃん」
後藤はビール缶のプルを開ける遙に言った。
「ここ、俺の私室で、しかもここ、女子立ち入り禁止区画」
「いいじゃないですかぁ」
ビールをラッパ飲みした遙が笑顔で答えた。
「お酒が飲めることなら、私はどこでも行きますっ!」
「……ほんと、どうして俺の周りにゃ、ろくな女が寄らないのかねぇ」
「答え、聞きたいですか?」
遙はテーブルの上にのったスルメをかじりながら小首を傾げた。
「やめておくよ」
「あれ?」
遙は、するめに伸ばした手を止め、テレビを見た。
「北米に中華帝国軍上陸って、どこで上映するんですか?この映画」
「現実だよ」
「へえ?」
遙は感心したような声で言った。
「度胸があったんですねぇ。さすが中国人」
「俺もスゴいと思うよ。いろいろと」
遙の体から芳る、シャンプーのほのかな香りが後藤の鼻をくすぐる。
中年男性の健全な視線がどうしても遙の若い体に向くが―――
「よいしょっと」
デスクの上に座ってあぐらを掻きながらビール片手にスルメをかじる姿は、見るだけで何だか萎えてしまう。
「後藤さん?次、ウチの仕事先は北米ですか?」
「―――どうだろうね」
後藤はビールに口を付けた。
「堅牢なる要塞も、中から突き崩せば脆い―――か」
世界最強の軍隊を擁するアメリカ合衆国。
それは、単なる看板に過ぎなかったことを、米国国民達は自らの対応で証明してのけた。
海外に向けられていた合衆国の軍事的な目は、国内向けにはまるで役に立たなかった。
国内で何が起きているのか。
敵が一体、誰なのか。
それさえ、まともに判断するには時間がかかりすぎた。
各地で行われた電波妨害、電子戦攻撃により全米の通信網が混乱。
マスコミがメディアに情報を流せなくなったのはまだいいだろう。
致命的だったのは、マスコミの報道がなければ、判断することさえ出来ない国民の思考能力の低下だった。
垂れ流しにされる情報を無条件に受け止め、考えることをしなくなった国民によって形成される国家は、脆いものだった。
自分達の歩き慣れた市街地の大通りに砲弾が落ち始めても、彼等は目の前で起きていることがわからず、ただ呆然とするだけだった。
―――とんでもないことが起きた。
彼等が理解できるのはその程度だ。
少し、この程度がわかった次に彼等がとった行動は?
テレビをつける。
インターネットを見る。
携帯電話をかける。
……全て、通じない。
彼等はどうしたか?
テレビの次にインターネット。
インターネットがダメならテレビ。
……そういうことだ。
目の前に起きていることが何か?
災害か?
それとも映画の撮影か?
それが戦争だとは、まっすぐには思い至らなかった。
戦争映画とは全く異質の世界。
それが、現実の戦争だ。
スター俳優が敵をなぎ払い、英雄たる騎兵隊の兵士が胸のすく活躍をする、そんな番組とは違うことが、現実に降りかかっていた。
崩壊した建物に砕かれた車、そして肉片になり果てた人々の姿。
海外で連戦連勝と伝えられる米軍を擁する米国民。
その国家の引いた国境線は鉄壁であると信じられていた。
無敵の兵士達が守る国境線を突破できる者は何者も存在しないと。
だが―――現実は違った。
内部に侵入し、機会を待ち続けていた中国人達は、親密そうな顔をアメリカ人に向けながら、その裏では平時から静かに、ゆっくりと、国境線に穴を開けていたのだ。
彼等の方が、お人好しの、間抜けなアメリカ人達より一枚上手だった。
そういうことだ。
市街地は、中華帝国軍に追われ、逃げまどう市民と、兵士達が入り乱れた最悪の状況だった。
兵士達は土嚢を積み上げるヒマさえ与えられず、その辺に放置された車や家具を楯にして中華帝国軍のこれ以上の進撃を阻止しようと躍起になっていた。
しかも、よく見れば兵士達と共に拳銃を発砲しているのは警察官達だ。
自動小銃や機関銃で武装した中華帝国軍相手に拳銃だけで応戦する警官達の度胸には感服するしかない。
「許可を下さいっ!」
雑音混じりの通信機に怒鳴るのは、陸軍のパーカー中尉だ。
「こっちはもう弾薬もない!敵の数は道路を埋めている!」
パーカー中尉の目の前でM4を発砲していた兵士が頭を吹き飛ばされた。
その横にはすでに冷たくなった別な兵士の死体が転がっている。
砕けたザクロのように飛び散った得体の知れない肉片をまともに浴びたパーカー中尉は、乱暴に顔をぬぐうと、通信機に怒鳴った。
「俺達に全滅しろというのか!」
「司令部よりパーカー中尉。戦域よりの離脱を許可する。現在、ハイウエイの安全が確保されている。今なら間に合う。逃げ遅れた住民を可能な限り保護しつつ、ハイウエイから脱出しろ」
「了解っ!通信終わりだ!」
乱暴に通信装置を切ったパーカー中尉はあたりに怒鳴った。
「聞けっ!ここを撤退する!警官隊も続けっ!」
「敵に尻尾を見せるんですか!?」
パーカー中尉の後ろで身を低くしていた私服姿の男からそんな声が挙がった。
「貴様は誰だ!?」
「2等州兵のマイクです。こいつはアントン!」
私服姿の男達が敬礼した。
「死体からライフルをとれ!」
パーカー中尉は言った。
「俺に続け!ここで頑張っても犬死にが関の山だ!」
「しっかりしろっ!」
傷ついた部下を叱咤しながら、パーカー達はハイウェイを目指した。
ビル群の向こう側に、信じられない程巨大な黒煙があがった。
「な、何だ?」
パラパラと雨のように破片が降り注ぐ中、パーカー達に出来ることは、空を見上げるだけだ。
「……M201だ」
近くにいた誰かが呟いた。
「何だって?」
「あの」
州軍兵士と名乗った民間人が頷いた。
「自分は砲兵です。あれは203mm37口径M201榴弾砲の着弾音です」
「ということは―――あれは友軍か?」
「ですけど」
彼は何故か、苦い顔をした。
「着弾した辺りは、恐らくスタジアムの辺りです。スタジアムは緊急時の集合場所になっていますから」
上空をヘリが通り抜け、砲撃か何かを喰らったらしい。黒煙を上げながら錐もみして墜落していった。
「スタジアムが放棄されたということになります」
「……つまり」
「スタジアムに逃げていた連中は助からないってことです」
「……神よ」
「中尉」
兵士が言った。
「車を使いましょう。警官がいるんです。キップ切られる心配は」
「いいジョークだがな。軍曹」
パーカーは首を左右に振った。
「ここで車で走ることは、殺してくださいって言うのと同じだ」
パーカーはもう一度、空を見た。
「とにかく、メサイアさえ来てくれれば戦況は変わる」
「グレイファントムなら」
「ああ」
パーカーは力強く頷いた。
「チンク共なんて消し炭にしてこの世から消し去ってくれるだろうさ。聞けっ!ここからは建物の残骸に隠れながら行く!武器と食料は可能な限り集めろ!ハイウェイまであと少しだぞ!」
●ノーラッド 大統領執務室
昼食後の休憩時間、仮眠をとっていたベネットは電話の呼び出し音に叩き起こされた。
「―――私だ」
少し眠たげな声が、相手に自分が何をしていたかを教えてしまう。
「大統領、モーガンです」
陸軍のモーガン大将からの連絡。
それはどう考えても、いい報告なはずはない。
「緊急事態です」
「緊急事態?」
「不確定な情報しかありませんが、中華帝国軍が国内に侵入しました」
「はっきりしてくれ、将軍」
ベネットは訊ねた。
「中華帝国軍がアメリカに侵入したというのか?将軍、つまり、それは、アメリカが侵略されたと聞こえるが?」
「その通りです。閣下」
モーガン大将は電話口で頷いた。
「敵は圧倒的兵力。我が軍は少数の兵で頑強に抵抗していますが」
「……なんて事だ」
「このままでは、敗北は時間の問題です」
「我々に与えられた選択肢は?」
「幾程もありません。各地に派遣した兵力を戻せば、その地域を失います。敵の思うつぼです」
「わかっている。本土を防衛する程度の兵力もないのか?」
「すでに戦域の拡大を防ぐために派遣済みです」
「わかった。情報分析室にスタッフを集めてくれ。30分後に」
「了解」
すでに夕刻と呼ぶべき時間から、夜へと世界は変わりつつあった。
パーカー達は、東へと逃げていた。
歩き疲れた足を止め、振り返ると背後に迫る夕闇の中、市街地を赤く染め上げる紅蓮の炎がはっきりと見えた。
通り過ぎる時、これを組織的撤退だと力説した将校が居たが、パーカーは鼻で笑った。
単に逃げる方向が一緒だっただけだ。
あの街は、侵攻を受けた時点ですでに陥落していたのだ。
時計の針はもどらない。
あの街を再び取り戻すには、新たな戦いが必要だ。
パーカーは、逃げ遅れた人々のことは考えないことにした。
すでに、中華帝国軍の砲弾が近くまで飛んできている。
ハイウェイご自慢の大橋を渡った。
ここを渡りきれば、敵はこの大河を泳いで渡るしかない。
ほっと一息ついたパーカー達の目の前で、避難民をかき分け、ハイウェイを逆送する格好で戦車部隊が到着した。
その後方では装甲車から兵士達が続々と降り始めている。
どうやら俺達の戦いは―――
パーカーがそう思った途端、部隊を指揮する司令官の顔が視界に入った。
その顔を見た途端、パーカーは失望のあまりその場に立ちつくした。
「久しぶりだな。パーカー」
本人として親密なつもりだろうが、パーカーにとっては悪魔が目の前に現れたような絶望感を味わわせてくれる顔だ。
「ここを防衛線にする!部下に弾薬を配れ!」
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