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中華帝国軍、北米本土奇襲攻撃 第一話

●ワシントンDC ホワイトハウス

「私をナめているのか!」

 車から降りた途端、偉大使は激怒した。

「一体、どういうことだ!」

 偉大使が激怒するのもある意味では無理もないことだった。

 ホワイトハウスはものけの空だ。

 入り口には警備員すらいない。

 ゲートは閉じられたままだ。

「この私が大統領に用があるんだぞ!」

 ゲートを乱暴に蹴りつける。

 脚に痛みが走り、偉大使は顔をしかめた。

「くそっ!俺が総督になったらここは更地、いや、便所にしてやるっ!」

 偉大使はゲートを睨むと、天を仰いだ。

 抜けるような青い空が頭上に広がっているのに、偉大使は初めて気づいた。

 ―――ふぅっ。

 そのため息が功を奏したのか。

 偉大使はようやく事態の異常さに気づいた。

 昨晩、突然大使にかかってきた暗号電文。


 明日、11時丁度にホワイトハウスより、下記の番号へ電話をかけろ。

 

 意味が分からない。

 偉大使はそれでも携帯電話をポケットから取り出すと、メモしてきた番号に電話をかけた。

「偉大使だな」

 しばらくの呼び出し音の後、突然、重々しい男の声がした。

 偉大使は思わず驚い携帯電話を耳から離した。

「そ、そうだが?」

 声がうわずってしまったが、偉大使は歴代大統領を縮み上がらせた精一杯の迫力を声に込めた。

「君は誰だ」

「―――偉大使」

「だから」

「君の犠牲と功績は、我が中華帝国史に燦然と輝くことになるだろう」

「なんだって?」

「通話を維持したまま、そこにいたまえ」

 どういうことだ?

 侮辱されたという感じはしない。

 焦りとも恍惚感ともとれる不思議な気持ちが胸の奥からわき上がってくる。

 偉はただ、晴れ渡った空を見上げた。

 どこまでも突き抜けるかのような空。

 次の瞬間、その空から襲いかかってきたのは、耳をつんざくような爆発音。

 そのまま、彼は理解することも出来ないままに閃光に包み込まれた。



●ISS《国際宇宙ステーション》通信記録

 ISS司令塔よりラット1、応答せよ。こちらISS管制塔。

 ヒューストンが君の頭部カメラの映像を要求している。どうぞ。

 そっちじゃない。北米大陸東海岸方面を向いてくれ。

 ラット1、モジュールの修復はしばらくお預けだ。

 ……そうだ。その位置。

 ヒューストン。映像は確認しているか?



●ヒューストン通信記録

 こちらヒューストン。ラット1からの映像を確認している。

 感度良好。

 協力に感謝する。

 



●ISS通信記録《宇宙飛行士コールサイン“ラット1”より》

 ラット1よりISS司令塔。

 光が確認出来る。




●ISS通信記録《ラット1宛》

 こちらISS司令塔。こちらでも確認した。

 ヒューストン。こちらISS司令塔。お望みはあの光か?




●ヒューストン通信記録

 こちらヒューストン。ラット1、そのまま観測を継続してくれ。

 こちらでも確認している。




●ISS通信記録

 ヒューストン。あれはロケットの光だぞ?

 今日、どこかで打ち上げがあるなんて聞いていないぞ?

 緊急事態か?




●ヒューストン通信記録

 ISS司令塔。そのまま待機せよ。




●ISS通信記録

 ヒューストン!あいつの軌道は打ち上げのそれじゃない!

 あれは―――! 


 雑音


 ノイズ



●ヒューストン通信記録

 ISSコントロール応答せよ。

 こちらヒューストン。

 ISSコントロール応答せよ。

 こちらヒューストン。


 《通信終了》




●大西洋 中華帝国海軍原子力潜水艦“震80号”

「爆発を確認」

 敵に壊滅的な打撃を与えたのだ。

 本来、この報告を受けたなら艦内に歓声がとどろき渡って普通だ。

 ところが、艦内は水を打ったような静けさに包まれたままだ。


 彼等の放った大陸間弾道弾は3発。

 高高度で炸裂することで爆発時のEMP効果によってアメリカのインフラを破壊するための一発。

 米海軍の軍事拠点、ノーフォークを破壊するための一発。

 そして、アメリカの首都ワシントンを破壊するための一発。


 その全てに搭載された信管は与えられた任務を完全にこなしてのけた。


 ワシントンのホワイトハウスを目標に設定された大陸間弾道弾は、その上空約800メートルで炸裂した。

 弾道弾から解放された熱と衝撃波が瞬時に周囲のあらゆるものに襲いかかり、当然、その中にはホワイトハウス前に立つ偉大使もいた。

 閃光に目がくらんだ偉大使は、腕で顔を覆い隠すのがやっとだった。

 何が起きた、脳神経が閃光以外の状況を脳に伝えるより先に、核分裂による膨大なエネルギーが彼を捕まえた。

 人工の太陽ともいうべきその熱量の前にタンパク質の塊である人体は形を維持することさえ出来なかった。

 偉大使の体中の水分が蒸発し、乾涸らびた彼の体は炎に包まれるより早く衝撃波によって粉々に砕かれ、この世から消滅した。

 彼がこの世界に存在したことを後世に伝えてくれるものは存在しない。

 閃光と熱線によって彼の影を焼き付けられたアスファルトでさえ、熱によって溶け尽くして得体の知れない物体に変化してしまったからだ。

 



 反応弾の破壊。

 それは絶大かつ強烈なものだった。

 放射線、中性子、熱、衝撃波、これらによって爆心地点から半径1キロ以内にいた全ての人々の大半は即死、さらに数キロ圏内にいた人々には、かなりの確率で数日から数週間以内の絶望的な苦痛を伴う死の約束が刻印された。

 日本と違い大抵が石やコンクリートで作られた建造物が主流のアメリカだが、それでも無事では済まなかった。

 いくらコンクリート製の建物が地震や衝撃波に強かろうと、窓から侵入した衝撃波と熱線が内部をくまなく焼き尽くしたからだ。

 特に、巨大なビルディングの場合、その中には数千人規模の人々がいるなんて、むしろ当たり前の話だ。

 かつてなら一つの集落を構成するに足りるほどの規模の人々がたった一つの建物の中にいて、そんな建物が数棟、数十棟と存在するのが大都市だ。

 そこが反応弾の炸裂にさらされたらどうなるか?

 死傷者の数は万の単位を余裕で超えることになる。

 ホワイトハウス周辺のオフィス街、官庁街にいた人々―――推定10万人は、人々が見たことも無いようなキノコ雲が立ち上った時点で死滅したものと考えられている。


 爆風が全てをなぎ倒した後、ワシントンの各所から火の手があがった。

 爆風によって破壊された建物、特にボイラーなどから出火したり、熱線で書類や木製家具などが発火した結果だが、これらを消火することは出来なかった。

 まず、ビルさえ破壊する衝撃によって水道管が破壊されて各所で断水が発生したこと。消防施設も消防署員もこぞって反応弾の破壊にさらされ、出動することさえ出来なかったこと。

 どこでどの程度の火災が発生しているか、通信網の破壊によって誰にも状況が掴めなかったこと。

 様々な要因が重なった結果だ。


 反応弾の破壊に次ぐ二次的な破壊がこの火災であり、反応弾爆発にも耐えることが出来た多くの施設がこの火災によって失われた。

 それは、まさにワシントンの半径15キロ圏内が火焔地獄に変貌したと語るに足る無残な出来事だったが、それはワシントンを都市と見た場合の話だ。

 国家の中枢としてワシントンを見た場合は?

 中華帝国が反応弾をワシントンに叩き込んだ狙いはむしろこちらにある。


 結果から先に述べるなら、中華帝国の狙いはほぼ完璧に成功した。


 この日、上下両院共に議会の開催こそなかったものの、議会が近いシーズンであったことから、共和・民主共に党大会を控え、多くの議員がワシントン入りしていた。

 そのため、上下両院の議員の相当数が爆発に巻き込まれることになった。

 ワシントンの半径15キロ圏内の土地が反応弾によって破壊されたことは、アメリカ合衆国の領有する広大な国土から比較すれば微々たるものに過ぎないが、その広大な国土を管理運営するための議会政治の機能がアメリカ合衆国から完全に失われたことだけは確かなことだった。

 

    

●大陸横断鉄道特別列車内

 不幸中の幸い。

 マスコミによって「絶望の中に見いだされた唯一の希望」とまで持ち上げられたのは、このワシントンへの反応弾攻撃から、大統領が難を逃れていたことだ。


「偶然」


 報道官はそう語るが、真実は疑わしい。

 それでも、自分達のトップである大統領が無事であることは、アメリカ合衆国国民にとっては救いの光だった。

 ワシントンから早朝に出発した大陸横断鉄道に乗り込んだ大統領は、車内でワシントンの被災を伝え聞いた。

 

「大西洋上の潜水艦からの攻撃であることは確認されました」

「……」

 ワシントン上空の空軍機からのライブ映像を映し出すモニターの電源を、大統領補佐官が切った。

 大統領は瞑目して胸の前で十字を切った。

「神よ……許したまえ」

「被災者の数は想像さえ出来ません」

 補佐官は答えた。

「また、ワシントンの他にもノーフォークの海軍拠点も狙われました。

 本国防衛艦隊は壊滅との報告が入っています」

「動けないのか?」

「10万トン級の空母がノーフォーク港の出口を塞ぐように座礁しています。そうでなくても、港にいた艦艇の損害は深刻で、戦闘に投入できる状況では無いそうです。放射能の除染と最低限度の機能復旧だけでも数ヶ月から数年は必要と見込まれます」

「……なんてこった」

「それだけではありませんぞ?反応弾搭載型ミサイルの高々度爆発によるEMP攻撃です。これによる被害内容は、効果範囲内にあったEMP対策の施されていない電子機器全て……いえ」

 補佐官は首を横に振った。

「はっきり言いましょう。アメリカは基幹インフラの半分以上を喪失しました。EMP攻撃によって、航空機も車もほとんど使い物になりません」

「……復旧にはどれくらいかかる?」

「報告だけで数ヶ月は必要です」

「君の主観的なものでいい」大統領は瞑目したまま言った。

「およそ、外れていまい」

「都市機能回復に2年。本来の姿に戻るのに10年は必要でしょう」


 ギギィィッッ!!


 突然、列車が急停車した。

 立っていた大統領補佐官達は、何とか踏ん張って転倒だけは避けた。

「特別室だ。どうした!?」

 SPがインターホンに怒鳴る。

「大統領補佐官。ペンタゴンからの緊急通信です」

 SPは大統領佐官に言った。

「この先、200キロの地点に中華帝国軍出現したと」



●北京

「これは成功なのか?」

 ノイズばかりが聞こえる受話器を戻し、周国家主席は訊ねた。

 魔族と手を結んだ軍部が立案したプランは実行に移された。

 もう後戻りは出来ない。

 自分が沈むのか、浮かぶのか人である周には知るよしもない。

「成功です。閣下」

 白衣を着た男が頷いた。

「EMP発生時のノイズが電話機能を破壊します。通話がとぎれるということは、EMPが正常に作動したということです」

「……そうか」

「ただし」

 軍服姿の男が言った。

「方術騎士隊からの観測結果によると、想定していた程の効果は得られていません」

「原因は?」

「ミサイルの不良―――軌道が本来想定されていたコースを外れ、異常な角度で飛行した後に爆発したためです。このため、全米規模で被害を与えることが出来ませんでした。ミサイルの整備は第二砲兵隊の管轄です」

「何だと!?」

「やめんか!」

 周総書記は机を叩いた。

「とにかく!第一段階として連中の政府機能を麻痺させることには成功したんだな!?」

「その通りです。閣下」

 白衣の男は咳払いの後、頷いた。

「ワシントン一帯の都市機能が壊滅していることは、上空からの観測でも」

「よろしい」

 周総書記は頷いた。

「第二段階の進展状況を知らせろ」



 ●ノーラッド北米大陸防空司令部

 北米大陸の空を守るノーラッド北米大陸防空司令部は、EMP攻撃が大西洋上から発射された大陸間弾道弾を用いた攻撃によるものだと断定。

 本土攻撃時のシナリオA-10を即座に適用し、混乱からようやく立ち直ろうとしていた。

 だが、その混乱からの立ち直りは、新たなる混乱のどん底へと彼等を叩き込む準備に他ならなかった。

 新たな混乱の端緒を発見したのは、防空監視任務につく一人の司令部要員だった。


 スクリーン上に時折発生する敵性反応。


「ブラボー3、70の物体をそちらの区域で確認している。そちらでも確認出来ているか?」

 彼は手順通り、現地の防空監視施設に問い合わせをかけた。

 コールサイン“プラボー3”からの返答は簡単で、しかもくだけたものだった。

「70?冗談はよしてくれ。異常はないぞ。どうぞ?」

「了解」

 まるで自分のエラーのように言われたことに内心でムッとした彼は返答した。

「ブラボー3。注意してくれ。状況が状況だ。機器の故障をチェックする」


 北米の防空を任された彼等にとって、運がよかったことは、たった一つだ。

 大陸間弾道弾の爆発の際、爆発エネルギーが監視衛星を破壊せずにいてくれたこと。

 何しろ、軌道上の監視衛星が魔族軍によって根こそぎ破壊され、ようやく代替機が動き出したばかりだ。

 ここで代替機まで破壊されたら目も当てられない。

 爆発の衝撃に巻き込まれた衛星の残骸をまともに喰らったISSの残骸が衛星に何か被害をもたらした可能性は捨てきれない。


「天気良好。機械は壊れるものさ―――どうぞ?」

 ブラボー3は、からかっているのか哀れんでいるのか分からない。


 そのシステムチェックは、彼にさらに大規模な反応があることを確認させるだけだった。


「ズールー6。そちらの区域では100機以上の反応がある。所属を確認してくれ。今日は一体、どうなっているんだ?」


 ズールー6の返答は、ブラボー3より真面目なものだった。


「こちらズールー6。こちらでは何も確認していない。何だろうな。太陽光の干渉か?今日は日差しが強いからな」


 次はもっと大きい反応が現れた。


「シエラ9。衛星に障害が発生している可能性がある。そちらの視界に何かあるか?」


 シエラ9の返答は、悲鳴に近かった。


「そこら中、敵だらけだ!」

 返答があまりに中部なまりが強く、しかも早口だったため、彼はその返答が聞き取れなかった。

 わかったことは、何か大変なことがシエラ9に起きていることだけだ。

「シエラ9、繰り返せ!」

「I-85上空で戦闘機を目視した!こいつらどこから現れたんだ!?」


 交信内容は彼のいる管制センター全域に流れている。

 スタッフ達がギョッとなって北米大陸全域を示す大型スクリーンに視線を向ける。

「待機しろ!」

 彼は怒鳴った。

「手近な部隊に連絡を」

 とる。

 その言葉は、モニターに現れた反応に潰された。

 北米大陸のほぼ中央。ミシシッピ川流域に、彼が訓練でもロクに見たことのない規模の反応が現れたのだ。

 真っ赤な敵性反応でスクリーンの一部が埋め尽くされている。

「なっ……?」

「こちら陸軍第一師団、第一大隊フォーリー軍曹!ハンター21の指揮をとっています!」

 通信に入り込んできたのはすさまじいほどの銃声と、切迫した兵士の声だった。

「こりゃ一体、何事ですか!?」


「ノーラッドより全基地へ」

 彼の上官。

 このノーラッドの司令官が司令席から命じた。

「報告だ。衛星監視網が無効化されている。北米大陸すべての監視網が機能していない。こちらの指示があるまで、監視網からの情報を信じるな!」

「司令!」

 他の職員が受話器を持ったまま怒鳴った。

「システムが北米大陸全域からのハッキングを受けています!」

「各システムに仕込まれたウィルスが一斉に動き始めました!感染したシステムを物理的に切断します!」

「警察、FBI、州兵すべて駆り出せ!自由発砲を許可!ハッカー連中は皆殺しにしろっ!ハッキングを止めるんだ!」

「はいっ!」









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