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対馬奪還作戦 第三話



「失礼。後藤さん」

 美夜は言った。

「この戦争と、日本の工業、農業政策の関係は」


「あるかもしれませんよ?」

 ニヤリと後藤は笑った。

「あらかじめ、この世界で何が起きるか知っていたヤツがいる。だから、それに備えて20年もかけて日本をいじったヤツがね」


「まさか」

 美夜も笑った。

「後藤さん?随分、お疲れでは?」


「事が済んだら、のんびりさせてもらいますよ。

 ただね?艦長。俺は別におかしくなったワケじやないんですよ。

 そうとでも考えると、全てが説明できる。それだけなんです」


「中華帝国軍の日本侵攻も?」


「正確には、侵攻を受けた日本の対応が―――です」


「……」


「本来、呉が母港の戦艦部隊が、定期訓練もない時期に、長崎沖に展開していたのは何故?潜水艦隊のほとんどの戦力が、下関沖で大規模演習を、極秘に行っていたのは偶然ですか?」

「……」

「陸軍も同じ。飛鳥の部隊は、ここ数日、無期限の戦闘待機状態―――反応弾を爆撃機で空中投下していた時代じゃない。反応弾を警戒するなら戦略ミサイル部隊がいる」

「……」

「おかしいのは陸軍もです。わかんなかったんですよ。今、佐賀県に展開している部隊は、新潟と静岡の戦車部隊ですよ?歩兵部隊は長野周辺の連中。九州や四国の部隊は第二線に展開している。まるで、日本中部から部隊をかき集めて、奴らに経験値を積ませていると見ても、反論できますか?この状況で」

「……しかし」

「最悪におかしいのは、我々ですよ」

「私達?」

「沖縄の次は石垣島攻略と命じられていたにもかかわらず、攻略にかかる前に九州へ戻れ。その挙げ句が、対馬に攻め込めと来た。歩兵や機甲部隊を運ぶというのがタテマエではありますけどね?それなら、近衛にゃ、輸送艦が空いているはずだ。それを、何で使わない?」

「……後藤さん」

 美夜は言葉を遮るように言った。

「それがあなたなのですか?」

「ん?」

「犬のように詮索するのがあなたなのか。それとも、犬のように職務に忠実な故に、知らなくても良いことを嗅ぎつけてしまっただけなのか」

「―――狗は狗らしく」

「そう」

 美夜は瞑目すると、シートにもたれかかった。

「我々、近衛兵は陛下の狗」


「狗らしく死ぬ……ですか?」


「……あなたは」

 美夜は目をつむったまま、ぽつりと言った。

「狗と呼ぶには大きすぎるようですね。いろいろと」


「元警官……んなことは関係ないか」

 後藤は、そのチェシャ猫のような表現に困るような顔で、“降参”とばかりに両手を挙げた。


「正義の味方―――とでも言うかと思いましたよ」

 美夜は苦笑気味に後藤を見た。

「ヒーローショーに出て、子供達に喜ばれるツラじゃないですけどね」


「―――キツいなぁ」


「それでも、あなたは正義を―――それは国家や近衛や、そんな組織の掲げる正義じゃない、自らの掲げる正義を現実にしようとする。それは棒を投げられたらくわえて戻ることを悦びとする狗のすることじゃない」


「俺は危険ですか?」


「さぁ?あなたが私の味方でいてくれる以上、あなたは危険どころか心強い。

 はっきり言っておきますが、私はあなたがどこに行こうと、何を目指していようと、関係ない。

 私は私の正義のために、あなたを利用する。

 ―――あなたが、私達を利用するようにね」


「……取引は成立ですな」


「そうしましょう。さて?下らない観念論なんてどうでもいい。正義を議論しても、世の中がよくなった試しなんてない。通信?司令部から何か言ってきたか?」




●“鈴谷すずや” ブリーフィングルーム

「事態はかなり切迫気味だ」

 夕食前に、後藤は皆を集めた。

「強行偵察隊からの情報によって確認された。戦術型反応弾が、対馬に搬入された。

 同時に、本日1200。大韓帝国は、反応弾保有を宣言した。射程距離が短いタイプだが、それでも広島までは届く」

「まさか!」

「東南アジアに続いて、極東でも反応弾を使用したとなれば、中華帝国軍は国際社会の報復使用を認めさせかねない。だから、属国である韓国に二、三発引き渡して、代わりに使わせることを考えたんだろう。韓国は、日本に謝罪と賠償、ついでに対馬と日本海側の全ての島嶼とうしょの韓国返還を要求している」

「き、きたねぇっていうか!奴ら、反応弾でどこ狙ってるんですか!?」

「未だに宣言さえ出ていない」

「日本の反応は?」

「政府は正式な声明の一切を出していない―――こういう時、いつものことさ」

「税金払うのがバカらしくなりますね」

「言うなよ都築―――お前達の給料は、その税金から支払われていることを忘れるな?」

「……ちっ」

「反応弾の護衛だと思うが、大韓帝国からグレイファントムがかなりの数、対馬に入ったのが確認されている」

「歩兵や機甲部隊は?」

「対馬は元来、韓国領だそうだからな。明日には、民間航路の“復活”第一便」が釜山から出るそうだ―――兵隊の動きなんて、それで大抵わかるだろう?」

「それだと、民間人が巻き添えになる恐れがありますけど」

「戦場にノコノコ行くバカがどんな末路たどろうと、兵隊の知る事じゃないよ。対馬ではすでに略奪が始まっている。火事場泥棒に情けかけてやるか?普通」

「人道家なら、国に送り返せとでも言うかと思いますが?」

「おや?お前なら、火事場泥棒なら殺してやるのが慈悲だとでも言うかと思ったぜ?宗像」

「●●の血で祖国の土を汚したくない。それだけですよ」

「ものは言い様だねぇ―――まぁ、いいさ。予想される戦力はグレイファントム40程度。歩兵や機甲部隊も皆殺しにしてやれや」

「皆殺し?」

 ギョッとなった美奈代が訊ねた。

「それは―――命令ですか?」

「命令だとして、拒否するか?」

「そこまでやる理由がわかません!」

「命令だからさ」

「納得のいく理由を求めたいです!」

「命令だ」

 後藤は言った。

「韓国人に、二度とバカな発想を抱かせないように、日本の土地を欲しがるだけで、どれほど高い代償を求められるかを、やつらのDNAにたたき込め」

「……」

「いいな?和泉」

「……だからですか」

「ん?」

「だから、正規部隊が投入されない。私達みたいな、消耗というか、抹消や処罰が楽な部隊が対馬に投入される」

「……」

「私達、この戦いが終わった後、どうなるんですか?私は、みんなの身の安全という保証をまず求めます」

「……」

「……」

 しばらく、じっと互いをにらみ合うように見つめていた後藤と美奈代だが、

「安心しろよ」

 視線を外したのは後藤の方だった。

 わざとらしい程、そっぽをむいた後藤が軽い口調で言った。

「用済みになったらポイってのは、お前達だけじゃない」

「それ、何の安心材料にもならないのですが」

「一蓮托生っていうでしょ?死ぬ時ゃ一緒さ」

「……」

「それとも何?お前達を切り捨てて、俺だけ助かろうとか?イヤだなぁ。俺って、そう見えるの?心外だなぁ」

「そういう長セリフが、逆に怪しいですけど」

 美奈代は言った。

「少なくとも、切り捨てるにはまだもったいない。そんな立場にはいるみたいですね」

「何とでも考えろ―――どうして和泉はこう、被害妄想が激しいんだろうねぇ」

「上官のご指導のおかげです」

「二宮さんには言っておくよ。ただ、メサイアに乗っている以上、後続の揚陸部隊の揚陸の責任はお前達にダイレクトに来るぞ?揚陸部隊に無用の損害が出た場合、気の荒い兵隊達が“鈴谷すずや”に乗り込んできて、お前達をぶっ殺した挙げ句、死体を輪姦まわしても、俺は知らないからね?その頃ぁ、俺も蜂の巣だろうし」

「……っ」

「下手すりゃ、味方が敵になるぞ?それがイヤなら、敵は徹底的に叩け。俺はそう言いたいだけ。他意はないさ」

「そう願います。それで?私達、どう動くのですか?」

「かなり忙しいぞ?

 “鈴谷すずや”発艦の後、対馬空港を強襲し、これを制圧することが第一任務だ。

 お前達の攻撃開始から1時間としないうちに、歩兵を満載した第一便が空港に入る。

 間違っても滑走路を破壊するな?」

「……メサイアの撃破と滑走路の確保が最優先。歩兵の掃討は基本的に、その歩兵の仕事?」

「お前達がしくじれば、対馬空港は戦艦部隊の艦砲射撃のマトに格下げだ。

 いいか?地図をよく見ろ。

 対馬ってのは、大きく南北二つの島で構成されていることがわかるだろう?

 北部を上島かみじま、南部を下島しもじまと呼ぶそうだ。

 対馬空港はその真ん中辺にある。

 お前達は、空港を制圧の後、下島へ移動。いいか?途中のメサイアは無視していい。問題は、久田小学校と中学校の校庭に配置された反応弾だ。メサイアとの戦闘に手間取って、こいつらのブースターに火がついたとなれば、対馬どころか、日本が終わっちまう。

 第一、メサイアが海に出られると、戦艦部隊でも保たない。

 後ろは気にするな。上島については、考えなくていい。

 福岡の部隊から増援を回してもらった。奴らに押しつける」

「本当に、いいんですね?」

「いい。空港の防衛まで面倒見切れる程の頭数はない。戦力の分断は絶対に出来ない」

 後藤はきっぱりと言った。

「メサイアとにかく、メサイアを叩き出せばそれだけで、日本は航空優勢の元、戦うことが出来る。メサイアがいる限り、航空戦力は海軍も陸軍も投入できない。

 そういう意味では、お前達が“鍵”だ」

「……」

「対馬を奪還することは、そのまま日本を守ることになる。お前達にしか出来ない仕事だ。胸を張って、どうどうと暴れてこい―――健闘を祈る」

「総員起立―――敬礼」

 



 ●数ヶ月前の和泉美奈代の日記より

 昨日、0850時。飛行訓練のため、太平洋上空に出る。

 天気は快晴。抜けるような青い空は無雲。世界にある色は青だけ。

 モニターを全天視界に切り替えて飛ぶと、空に浮かんだ自分の身体が青く染まっていくような、不思議な感覚を覚える。

 私はこの空が大好きだ。

 空を飛んでいられる飛行訓練は、とても好き。

 だから最近、近衛に入る前に海軍か民間、どっちでもいいから、パイロットを目指しておけばよかったな。と、つくづくそう思うことがある。

 このことは、空を飛んだ者にしかわからないと思うのだが、気候がいいせいか、牧野中尉もほとんど居眠り同然だし、“さくら”は眠そうにうとうとしている。

 この二人は、感動というものがないのだろうか。


 相模湾上空で規定のコースに乗せた所で、白い航跡が1本、綺麗な飛行機雲のように海に現れた。

 コースとほぼ重なったので、そのまま進んだら、とても大きな軍艦が航行していた。


 戦艦だ。


 あの軍事オタクの美晴あたりなら、詳しいだろうけど、私が軍艦で区別出来るのは、空母と潜水艦くらい。

 きっと、大きい大砲を積んでいるから戦艦だろうという推測が出来る程度だ。

 航行中の海軍軍艦を上空から見る機会なんてそうはない。

 そう思った私は、針路を少しだけずらして艦のほぼ真上に出た。

 ズームで甲板を見る。

 甲板上を水兵達が忙しく走り回っているし、指揮官らしいのが指揮棒を振るっている。

 兵隊がこき使われるのはどこも同じかな。

 ふと、そんなことを思うとおかしくて笑ってしまった。

 だけど―――


 ピーッ!


 不意に、コクピットに響き渡った警報。

 船をこいでいた牧野中尉が、通信モニターの向こう、MCRメサイア・コントローラー・ルームのシートの上で飛び上がったのが、はっきり見えた。

 “さくら”もぎょっ。としている。


 二人ともどうしたんです?


 そう、私は聞こうと思ったんだけど―――


 ドンッ!


 突然、針路の少し先に、黒煙が立ち上った。


「何やってるんですか!」

 警報と一緒に牧野中尉が怒鳴って、MCメサイア・コントローラー権限で操縦権が剥奪されたことが宣言された。


 途端に、騎体が急旋回した。


 まさか!


 私は言葉が出なかった。


 間違いない。


 私は撃たれたんだ。


 でも、相手は海軍。

 私は近衛。

 同じ国の軍隊なのに、どうして?


 学校に戻ると宣言した牧野中尉に、その理由を尋ねたら、「後で二宮中佐にでも聞きなさい!」と、怒られた。

 そのまま、牧野中尉は結局、帰還するまで口を利いてくれなかったし、操縦権を返してくれなかった。


 どうしたっていうんだろう?


 あれは―――事故じゃないのか?


 学校に戻った途端、司令塔から二宮教官が飛び出してきた。

「貴様、一体どこ飛んできた!」

 スゴイ剣幕で怒鳴るコクピットから半ば引きずり出され、胸ぐらを掴まれた。

 びっくりしてしどろもどろになりながら、指示通りのルート上で飛行訓練をやっていたと報告したら頭を叩かれ、そのまま校長室へ連れて行かれた。

 子供じゃないんだから、耳を掴んだままひっぱらなくてもいいと思う。

 校長室では、校長と教頭がカンカンになって待っていた。

 校長のハゲ頭が真っ赤になると茹で蛸みたいだ―――なんて、冗談を言ってる場合じゃない。

 さんざん絞られて、自分が何をしたのかやっとわかった。


 宛 皇室近衛兵団富士学校校長殿 

 発 帝国海軍第二艦隊副司令

 本文

 本日 0931時

 貴校所属機が作戦行動中の本艦隊上空を許可無く通過。

 本件は、重大なる法定違反である為、厳重に注意されたし。

 以上。


 営倉入り

 外出止め

 メシ抜き

 トイレ掃除

 ……云々。


 座学で居眠りなんてするもんじゃない。

 海軍の艦隊上空を飛んじゃいけないなんて、私は知らなかったんだ。





●壱岐島沖 上空

「……とまぁ」

 美奈代は顔をしかめた。

「そんなこともあった」

「あった。じゃないだろう」と、宗像がトゲのある声で言った。

「あの時は連帯責任で私達までメシ抜きだったんだぞ?」

「そ、そうだったのか?」

「そうだ。学校も、司令部に校長が監督不行届とかで譴責受けるし。お前、あれほどの騒ぎ起こしておいて他人事みたいに言うな」

「だ、だけど」

「富士学校開設以来、海軍の軍艦に撃たれたケースなんて、お前を含めて二件だけだ。どうしてお前はそう、レアな記録に挑戦したがる?」

「だれが挑戦してるか!」

「なんか、和泉さんって呼吸するのと同じ要領で墓穴掘ってませんか?宗像さん」

「柏……それは真実だが、身内にそんな疫病神がいると思いたくない」

「私……散々だ。グスッ」

「前世でどんな悪行を重ねたかしらないが、他人を巻き込むな―――で?」

 宗像が真顔で訊ねた。

「なんの話から、和泉のマイナス武勇伝になったんだっけ?」

「あれですよ」

 柏騎が指さしたのは、斜め前の海面。

 白い航跡を引きながら航行するのは―――


「大和級改戦闘砲撃支援艦」

 美晴の声が震えている。

「50口径46センチ砲9門、基準排水量7万トンの浮かぶ怪物―――やっぱり、すごいですね。大和、武蔵、越後、紀伊の4隻で編成される第一打撃戦隊。周辺を第三防空戦隊が護衛―――鉄壁のシールドに、全てを砕く破城鎚が進んでいきます」

「あいつらに狙われるなんて、敵が気の毒だよ」

「全くです―――それで、和泉さんが撃たれたのはどれでしたっけ?」

「……武蔵だよ。もう勘弁してくれ。せっかく、あの美しい姿を拝んでいるんだ」

「すみません。無粋でしたね」


 世界最大口径の砲を天に向けながら突き進む艨艟もうどう達。


 ただ、軍艦が航行しているだけ。


 それでも、戦艦というものは、ただの軍艦とはワケが違うと、美奈代達は全員がそう思った。

 同じフネなのに、重みがまるで違う。

 存在感が違いすぎるのだ。

 駆逐艦やイージス艦がどれほど強くても、どれ程高価でも、これほどの威圧感を見る者に与えることはないだろう。


 本当に、単に航行しているだけ。


 それなのに、その光景は、見る者の背筋を引き締める何かがある。

 ただの鉄の塊なのに?

 そういうものじゃない。


 戦艦。


 それは、不思議なまでの偉容がある存在であり、その存在だけで、彼女が護るべき国家と、国民としての何かを刺激せずにはいられない。


 戦闘機や戦車では簡単には出来ない、不可思議な力を持つ存在。


 それが戦艦だ。


 航行する姿を見るだけで高揚感を覚えた美奈代達は、飽きることなく航行する大和級戦艦を見つめている。

 

「守るも攻むるも黒鉄くろがねの」


 誰かがポツリと口にしたのは、軍艦行進曲。

 たった、そんな一節だけなのに、


「浮かべる城ぞ頼みなる」


 皆の口から、次々と続きの節が紡ぎ出される。

 それはまるで、皆が自分の興奮と感激を、歌に乗せて表そうとしているかのようだ。


「浮かべるその城日の本の、皇国みくに四方よもを守るべし」


 気が付いた時には大合唱になっていた美奈代達は、遠ざかろうとする大和に心からの敬意を込めて敬礼を贈った。





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