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対馬奪還作戦 第一話

「沖縄は防衛に成功したけど」

 後藤は言った。

「九州は、状況が全く違う」

「えっ?」

 美奈代達は、きょとん。とした顔になった。

「待ってください。福岡上陸阻止戦は成功だったと」

「そこはね」

 後藤の顔は固い。

 警察時代、彼が“カミソリ”と呼ばれた理由。

 それが、見る物全てを切り裂くようなその鋭い眼にこそあると、美奈代は本能的にそう思った。

「―――和泉」

「はい」

「中華帝国とその関係者が、日本全国に何人いるか知っているか?」

「えっ?えっと……」

「60万人では聞かない」

「ろ、ろくじゅうっ!?」

「その何割かが、動いた」

「……まさか」

「祖国から密輸した武器を手に各地で輸送部隊を襲ったり、交通機関や重要施設を破壊したり、強盗に入ったり、やりたい放題だ。既に警察と軍を含めてかなりの犠牲が出ているし、あちこちで市街戦なみの騒ぎだ。

 自動小銃に手榴弾に対戦車ロケットランチャー……もう武装だけは立派な軍隊だ。

 さすがに警察もサジを投げた。

 これは国内テロというより、準軍事行動。つまり、武装した中国人連中は、軍人に準じて軍で始末してくれと」

「それで、軍は?」

「即刻射殺宣言。正規軍でもなく、義勇軍でもない。市民軍でもない以上、捕虜にはなれない」

「まさか!?」

「そのまさかさ。例を教えてやる。愛国心を楯に、実際は金目当てだったんだろうな。パチンコ屋に押し入った連中に、陸軍のヘリ部隊がロケットと機銃掃射しかけてケリをつけた。犯人が機銃弾で挽肉になったよ。全国放送で生中継される中だ。意味がわかるか?」

「……警告」

「そうだ。同じマネしたらどうなるかわかるな?そんな所だろう。中華系企業や在日所有の土地建物は、軍と警察が虱潰しに武器を探しまわっているが、この中継以降は大人しいものさ」

「日本の人権思想はどこ行ったんですか?」

「人権?一般の善良な市民の人権踏みにじるヤツにまで認めろっての?

 第一、拳銃だけで自動小銃で武装した集団に立ち向かう度胸が、お前にあるか?都築」

「……」

「話が逸れたな。問題は、その中華系企業が九州に持っていた佐賀県の工場だ」

「?反応弾でも出てきましたか?」

「中華帝国軍が出てきた」

「そいつはスゴい!」都築が手を叩いた。

「あいつら、兵隊まで輸出していたんですか?」

「俺もびっくりさ。連中、簡易テレポートシステムを使った」

「簡易?」

「魔法騎士が使う空間転移―――テレポートを魔法科学技術を使って魔法騎士以外でも使えるようにした設備―――知らない?」

「知ってはいますけど」

 美晴が驚いた様子で言った。

「あれは、国際法で使用・設置が厳重に管理されています。多国間に設置する場合、国際機関への届け出と、承認が必要だと」

「中華帝国は、その国際法に批准していない」

「ず、ズルい。日本は批准国なのに」

「狡猾というより現実的なだけさ―――日本政府うちのえらいさんも、見習って欲しいもんさ」

「隊長―――それはつまり」

「どこの誰が持ち主でも、システムそのものは工場の中に収まっていたんだ。外からわかるもんじゃない。考え方によっては―――福岡に侵攻した彼奴等は、このシステムを隠すための囮だったのかもしれないな」

「何ですか?それは」

 美奈代はあきれ顔だ。

「数万人の犠牲が出たと聞きましたが?それが囮?」

「たった数万―――しかも、犠牲の大半は韓国人だ。中華帝国軍じゃない」

「……」

「属国の兵隊なんて、消耗品さ」

「……そんな」

 美奈代は、胸の中に沸き上がったどす黒い感情を表現する言葉を知らない。

 黙るしかなかった。

「筑紫平野に展開したのは、推定2個機甲師団と3個歩兵師団。兵力は6万を超えている。システムのおかげで、補給は潤沢だ」

「空爆や精密誘導兵器で、システムを破壊することは?」

「周辺をミサイルや対空砲でびっちり護衛している。システムのことは衛星で確認するのがやっとだ」

「―――九州全域の状況は?」

「後詰めだった熊本の機械化2個師団と、福岡の機甲2個師団。歩兵1個師団が応戦体勢に入っているが、いかんせん、数が足りん」

「本州からの」

 言いかけて、美奈代は言いようのない嫌な予感に囚われて言葉を詰まらせた。

「―――まさか」

「関門トンネル、関門橋ともにやられたよ。復旧のメドさえ立っていない。在日中国人が現場付近で射殺されたり、逮捕されている」

「軍の攻撃じゃ―――ない?」

「在日中国人の愛国行動とでも言おうか?関門橋の上に乗り捨てられたバンが爆発して橋は落下。九州から脱出する連中が長い車列を作っていた最中だ。死者・行方不明者は推定でも数百人は下らないだろうな」

「そ……そんな」

「福岡は上陸阻止戦で戦力を激減させている。太宰府の辺りで阻止線を張っているが、それで現状は精一杯だ。

 さらに最悪なことに、連中は戦域全体に狩野粒子を散布した」

「なっ!?」




「……まさか」

 塹壕に入った八式改駆逐戦車の後ろ姿を眺めながら、駆逐戦車中隊中隊長の新井中佐は顔をしかめるしかなかった。

 駆逐戦車の筒先の向こうには、筑後平野が広がっている。

 ずっとその先には、中国軍が我が物顔で振る舞っていることだろう。

「初陣が国内とはな」

 彼が軍から与えられたのは、八式駆逐戦車12両。

 八式駆逐戦車は、狩野粒子影響下でも確実に機能することを前提に開発された砲塔を持たない装甲戦闘車両。

 砲塔を持つ八式戦車の車体をベースに、前面装甲および側面上部を上方へ延長して戦闘室を構築、ここに八式戦車そのものよりも口径の大きい127ミリ砲を搭載している。

 海軍で余っていた127ミリ砲を譲り受け、無理矢理取り付けたシロモノとも言えるが、FCS満載の10式戦車や90式戦車に慣れた身からすれば、それより大きい砲を持っているとしても、満足な電子機器を搭載しない戦車なんて与えられても、嬉しいはずもない。

 ゲーム感覚で戦争が出来る事に慣れた世代である新井中佐にとって、アフリカや南米で戦った連中とは、数十年も昔の年寄りにしか思えない。

 そんな連中の教訓に従って開発された戦車なんて、骨董品もいいところだ。

 今までは、戦闘の全てをFCSがやってくれたというのに―――

「面倒くせぇなぁ……」

 ポリポリとアタマを掻いた彼は、四苦八苦して戦車の戦闘室に入り込んだ。

 赤色戦争当時、有名を馳せたヤークトパンターそっくりな外見に喜ぶ連中もいるが、その中に彼はいない。

「中隊長―――司令部は何と?」

 先に乗り込んでいた砲手の広野兵曹が訊ねた。

「ここで気張れとさ」

 新井は答えた。

「幸い、制空権はこっちにある。上空から“飛鳥”が爆撃を加える。それでもこっちに攻めてくるなら、こいつと」

 ガンッ。

 新井は駆逐戦車を軽く叩いた。

「30ミリガドリング砲搭載型の対空戦車で何とかしろとさ」

「砲兵と航空支援は、あるんですよね?」

「ああ―――烈風とスカイレーダー隊が飛鳥の撃ち漏らしを始末してくれることになっている」


 飛鳥―――戦略爆撃機。

 中華帝国軍は地表周辺で狩野粒子を散布したおかげで、高度1万メートル以上にその影響が出ていないことは確認されている。

 そこに投入されるのは、日本が誇る大型戦略爆撃機。

 爆弾搭載量、航続距離共にB-52に匹敵する爆撃機は、アフリカ戦線で魔族軍相手に戦い抜いたベテランでもある。


「うへぇ」

 飛鳥のばらまく数十トンの通常爆弾の雨と嵐を想像し、広野は身震いした。

「今度ばかりは、チャンコロが気の毒に思いますよ」

「……同感だ」


 ドドドドドッ

 ズズズズズッ

 遠くで、雷のような音が微かに聞こえてきたのは、その時だった。



●“鈴谷すずや”艦内

「とはいえ」

 後藤は言った。

「俺達にとって、問題はそっちじゃない」

「でも、九州は」

「おいおい」

 後藤は肩をすくめた。

「近衛ってのは、俺達だけじゃないんだぜ?」

「……あっ」

「福岡に展開したメサイア部隊は無傷だし、制空権はこっちにある。連中が熊本空港を制圧するまではな」

「……」

「俺達の仕事は、連中の裏の裏をかくことだ」

「裏の裏?」

「そう。連中は、福岡に攻め込んでしくじったと思わせておいて、きっちりと佐賀に上陸した。俺達は、そのさらに裏をかく」

「?」

「作戦内容を伝える」

 後藤は指示棒で手を軽く叩いた。

「対象は対島。目的は、島の奪還だ。本作戦は、陸海軍共同で行われる。まず、我々が島に上陸。残存するメサイア、もしくはメース部隊を駆逐。この際、海軍戦艦部隊からの艦砲支援を受けられる。

 大和級2隻が出ることになっているから、巻き込まれないように十分に注意しろ」

「島が吹き飛ぶんじゃ……」

「要塞部分は出来るだけ無傷で残せ。市街地は―――尊い犠牲だ」

「……」

「なにもかも、そう都合良くはいかんよ―――割り切るんだ」



●佐賀県 中華帝国軍

 辺りを静寂が包み、悪夢のような時間が終わったことを教えてくれた。

 否。

 耳がおかしくなっていただけだ。

 耳が聴力を取り戻すと、音として入ってくるのは、負傷兵達の呻く声。

「負傷者を集めろっ!」

 誰かの、そんな叫ぶ声がして、生き残ったのが自分だけじゃないと知り、心の底から安堵することが出来た彼は、それまでうずくまっていた、半ば埋まりかかった穴の中から這いだした。

「衛生兵はどこだ!?」

「しっかりしろっ!畜生っ!軍医はどこだ!?野戦看護所はどこにあるんだ!」

 耳に、声は入ってくるというのに、その意味がまるでわからない。

「おいっ!」

 そんな音と一緒に、瞼に火花が飛んだ程の衝撃が走った。

 殴られたのだ。

「何してるんだ!」

 地面に吹っ飛ばされた彼を、泥まみれの兵隊が見下ろしたかと思うと、乱暴に彼の胸ぐらを掴んだ。

「お前、衛生兵だろうが!」

 強く揺すぶられた彼の意識をはっきりさせた。


 そうだ。


 私は衛生兵だ!


「誰か負傷したんですか!?」


「馬鹿野郎っ!」

 また一発食らった。

「周りは負傷者だらけだ!誰でもいいから、手早く動けっ!」

「わ、わかりましたっ!」

 彼は、すぐに殴った兵隊にとりついた。

「何してやがるっ!俺は負傷なんてしてないっ!」

「左腕が!」

 メディカルバックから包帯を取り出しながら、彼は怒鳴った。

「なくなってるじゃないですか!」


 その兵士を横にして、モルヒネを投与した彼は、我が身に起きたことを思い起こした。


 自分達はただ、道を歩いていた。

 田圃の中を走るアスファルトの道。

 祖国とは何もかも違うが、それでも稲が育つのは、どこも同じだなと、その緑に心を和ませていた。

 自分が所属する歩兵隊は、道を長い列を作って歩いていた。

 その横を、トラックに乗った部隊が通り抜けようとした、まさにその瞬間までは覚えている。

 何しろ、トラックの運転席にいた兵士と目があったのだ。

 次に、凄まじい地震に襲われたような感じがして、その先の記憶がない。

 何の音もしなかった。

 何も警報も出ていなかった。

 何だかわからない。


 わかることなんて、目の前の光景だけだ。


 周りを見回せば、それまでの見事なまでに整備された田園は跡形もない。

 巨大な穴だらけの泥濘だけが、そこには広がっていた。


「……何が起きたんだ」

「空爆だ」

 腕を失った兵士が言った。

「1万以上の高々度から空爆すれば、地上じゃこうなる」

「―――よくご存じですね」

 兵隊の襟章を見たら、大尉だ。

 二等兵の彼は、とっさに敬語を使った。

「俺は空軍から派遣された爆撃管制官だ。わかって当たり前だ」

「……出血がひどいので、これ以上喋らないでください。モルヒネをもう一本、打ちますから、眠ってください」

「……頼む」

 大尉は小さく笑った。

「俺にも、会いたい家族がいるんでな」

 モルヒネをもう一本投与した後、大尉が目をつむったのを確かめた彼は、立ち上がって辺りを見回した。


「敵襲っ!」

「空襲だぁっ!」


 ブロロッ


 遠くから、プロペラのエンジン音が響いてくる。

 飛行機の編隊が、自分達めがけて襲いかかってくる姿を、彼ははっきりと見た。

「っ!」

 次に彼がとった行動は、すぐ横の側溝に飛び込むことだった。


 バババババッ!!


 地面で激しく何かが弾ける音がして、得体の知れないシロモノが、空中をビュンビュン音を立てて飛んでいった。


「くそっ!」

 側溝を流れていた水で濡れ鼠になった彼は、側溝から這いだして毒づいた。

「高々度から空爆した挙げ句が機銃掃射か?もうたくさんだろう!」

 地面に等間隔で開いた穴の列。

 それが何かは、病院から軍隊に送り込まれた彼でもわかる。

 戦闘機の機銃掃射の跡だ。

 どれ程の機銃を搭載していたかは知らないが、とにかく一発でも食らえば無事では済まない。

 そう。

 そこに転がっている肉片のようになるんだ。

 ―――肉片?

 彼は目を凝らし、それが何かを知って愕然とした。

 肉片には脚がついている。

 そして、すぐ横には、彼が側溝に飛び込むまで使っていたメディカルバックが転がっている。

 つまり、その肉片とは、機銃掃射で上半身を吹き飛ばされた、あの大尉のなれの果てだということになる。

「移動できる者は集まれっ!」

 まだ無事だったトラックの荷台で、指揮官らしき男がメガホンで怒鳴っている。

「前線で戦闘が開始された!急ぐぞっ!」




「空軍は何をやってやがるんだ!」

 新井中佐は地団駄を踏んでわめいた。

 目の前には、中華帝国軍の機甲部隊が展開している。

 狩野粒子影響下でも戦闘が可能なタイプ。

 T-39型戦車と呼ばれるそれが存在することは知っていたが、新井中佐は生で見たのは初めてだった。

「T-72がベースですかね」

「砲塔だけならT-34だな―――どっちにしても」


 ドンッ!

 すぐ間近で戦車砲が炸裂した。

 耳がキーンと悲鳴を上げる。

 新井中佐は顔をしかめると怒鳴った。


「俺は好きになれん!」

 照準ど真ん中に入ったT-39めがけて、彼はトリガーを引いた。





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