沖縄の戦い 第七話
「全く……お前さんはさぁ」
顔にひっかき傷や手形を作った美奈代とフィアを前に、沈痛な面もちを見せるのは後藤だ。
「子供じゃないんだ。もう少し分別というものを持ちなさいよ。いいトシして」
「す……すみません」
美奈代は素直に謝った。
やーい。
フィアが本当に小さくそうつぶやいた。
「それと、お嬢ちゃんも」
「フィアです。おじさん」
「俺、後藤中佐」
ニヤリと笑った後藤は、自分の階級章を指さしながら言った。
「一応言っておくね?」
「わかってます」
フィアはつまらないという顔でそっぽをむいた。
「私、軍属待遇ですから」
「―――まぁ、いいさ」
後藤は椅子にもたれかかりながら言った。
「殲龍の実戦での性能調査があるんだろ?整備部隊もあと少しで到着するし。しばらくは仲良くやろうや。お嬢ちゃん」
「フィアです。おじさん」
再び、後藤はニヤリと笑った。
「何考えてるんだ!」
先ほどのテントの所で、美奈代の罵声が飛んだ。
「中佐めがけて、おじさんとは何事だ!」
「……はぁ?」
フィアはきょとんとした顔になった。
その態度は恐ろしいほど尊大だ。
「何言っているの?」
「何だ、その言いぐさは!」
「……」
はぁっ。
フィアはあきれ顔で美奈代を見たあと、わざとらしいほどのため息をついた。
「あんた、悪いのは顔と性格だけじゃないのね」
「―――っ!」
「目まで悪いなんて。病院行ったら?」
「き―――きさ!」
拳を震わせる美奈代の前で、フィアは、無言で自分の戦闘服の襟章を指さした。
金色の横線が二本、走っていた。
「そういうこと―――わかった?お馬鹿」
「どういうことですか!?」
美奈代はそのまま後藤の元に駆け込んだ。
顔は悔し涙でぬれまくっていた。
「何であの娘が!?」
「しょうがないでしょう?」
後藤はやれやれ。という顔で言った。
「あの娘はすこぶる付きの“特別”なんだから」
「は?」
「本当のこと言えばさ」
後藤は周囲を見回した後、小声で言った。
「どうでもいい子なんだよ」
「……」
「どうせ、殲龍はあの子しか扱えない」
「それがわかんないんです」
美奈代は言った。
「あれって、何なんですか?」
「脳波コントロールによる操縦システムでの運用が考えられていたんだけど、誰にも使いこなせなかった代物さ」
「それを、あの色ガキが」
「珍しい娘でさ」
タバコ、いい?
後藤はそう言ってポケットからタバコを取り出した。
「“精霊使い”なんだよ。あの子」
「“精霊使い”?」
美奈代は、そんな言葉を聞いたことがなかった。
「“精霊体調律師”とは違うんですか?」
「うーん」
タバコに火をつけた後藤は、腕組みをしながらしばらく唸った。
「あっちは……“精霊体”のお医者さんだな。“精霊使い”は、MCをさらに悪化させたような厄介者だ」
「?」
「MCは、精霊体をコントロールして、メサイアの操縦に反映させることが出来る特殊能力の持ち主だ。これに対して、“精霊使い”は、精霊体そのものを乗っ取って、我が身・我が精神として扱うことが出来る……」
わかる?
と、後藤は美奈代の顔をのぞき込んだ。
「……えっと」
美奈代は眉間に皺を寄らせた。
「ようするに、精霊体との関係の違いなんですよね?調律師やMCが接触するというか、同調といっても、むしろ協調に近い、緩い関係なのに対して、精霊使いは乗っ取るというか、強い支配関係を強要する」
「お前さんは」
後藤は楽しげに言った。
「一を聞いて百を知るタイプだな」
「……当たってました?」
「そして全てを間違えて損をするタイプだなぁ」
「はっ?」
「つーかさ」
後藤はむしろ哀れむような目で言った。
「なんで襟章に気づかなかったの」
「で、ですけど」
「軍隊で人見る時は、階級章をまず見るのは当然でしょ?」
「うっ」
「年が若かったし、顔見知りだったから?そんなこと言い訳になると思う?」
「も、申し訳も」
「まあ、殴り合いは向こうにも非があるし?俺が不問にさせるけど、気をつけようよ」
「はっ、はい」
「罰ってワケじゃないけど、和泉。これからしばらく、あの子の面倒見てね?」
「はい!?」
美奈代は目を見開いた。
「わ、私がですか!?」
「他に誰かいる?お前、隊長だろう?それとも、中佐待遇の軍属殴ったことで、営倉送られたい?」
「そっちでお願いしますっ!」
「……本っ当にキライなんだな」
「そうじゃなければ、ここまで関係がこじれることはありません!」
「俺達は、あの子の所属する実験部隊と行動を共にする。その間だけさ……あの子が生き残ればよし。残らなくても、俺達は咎められることはないさ」
「……」
「軍隊で特別扱いされてるヤツの戦死ってのは、そういうものだからね」
「一体」美奈代は訊ねた。
「何の実験ですか?」
「その実験のおかげで、お前さんは助かったんだろ?」
後藤はチェシャ猫のような意地の悪い笑みを浮かべた。
「ありゃ、スゴいよ?」
美奈代は、後藤が何を言いたいのかすぐにわかった。
「あれは」
美奈代は、頭の中で、撤退する時の出来事を思い出しながら訊ねた。
「精霊使いだから出来たことですか?」
「んにゃ?」
後藤は言った。
「単なる殲龍に取り付けた装備がモノ言っただけ」
「じゃあ、精霊使いを駆り出す必要は?」
「その実験だけなら、意味はない」
「意味が分かりません」
美奈代は訊ねた。
「何のための実験ですか?」
「精霊使いってのは、数億に一人の割合でしか存在しない。だから、そんなヤツがメサイア扱ったらどうなるか……程度かな?」
「研究データがお蔵入りするのは明白じゃないですか」
「そう。精霊使いのデータなんて、そこまで貴重だから、収集したところで活用する場所がない分、たいした価値はない。
だから、そこに新兵器のデータ収集を加えて元とらせるつもりなのさ。
ところが、その新兵器も、そう簡単に出来る代物じゃない。
データ収集で終わるだろうさ。だから」
「……ああ」
「いずれ殲龍は実験部隊ごと解体されて、あの子は軍からお払い箱って寸法だ」
「お払い箱にされた後は?」
「本人に聞いたら?」
目の前で殲龍の整備が進んでいる。
フィアは、整備兵に混じって整備の手伝いだ。
その美しい金髪が汚れることも厭わず部品を運び、食料の配給を手伝い、熱心に働く。
「ご苦労様です!」
「配給です!頑張ってください!」
整備兵にかける労いや励ましの明るい声。
それは、聞く者を不思議と励ます何かを含んでいた。
整備兵達の志気が高いのも肯ける。
本当にかわいい。
美奈代でさえ、そう思う。
その華やかにして清楚な笑顔といい、優雅な仕草といい、フィアの全てが、自分がマネ出来ることは何もないようにさえ思えてくる。
染谷が惚れたというのも、この娘なら無理はないと、不本意ながら認めるしかないような、そんな気がした。
それは、女として、はっきり惨めとしか言いようのない感情だった。
「……」
フィアに声をかけ損なった。
いや。
何を言いに来たのかさえ忘れた美奈代は、殲龍を足下から見上げた。
αタイプの典型的顔立ちをした騎が、そこにはあった。
大型のアクティブバインダーを装備してるし、装甲はかなり軽量なタイプだと、一目でわかる。
武装も斬艦刀だけで、小型シールドが左腕に申し訳程度についているだけだ。
ただ……。
美奈代が気になったのは、背中についている装備だ。
巨大なランドセルにも見えるそれは、広域火焔掃射装置のリキッドタンクではない。
サイズ的にはそれより一回りは小さいが……。
「何だ?」




