沖縄の戦い 第六話
馬中尉にとっての悲劇は、敵とみなした反応が、実は友軍だったこと。
そして、この友軍こそが、美奈代達にとって最悪に近いほどの強敵だったことだ。
突然、襲いかかってきた得体の知れないメサイア達。
友軍反応もなければ、国籍を示す識別さえない。
ただ、その反応はベテランのそれを遙に超えていた。
―――しくじった!
美奈代は本気で自分の立案を悔いていた。
小清水少尉達の救援に回ったのはいい。
だが、その後は?
部隊が分断され、狙撃隊から目を逸らすために、サポートに入ってくれた祷子と共に敵の包囲網に落ちることを避けられなかった。
右を見ても左を見ても敵ばかりだ。
「さすがに」
レシーバーに入る祷子の声も息が荒い。
「疲れてきました」
「何騎仕留めた?」
「10から先は忘れました」
包囲網の下、祷子は答えた。
「はっきり言えることは二つです」
「まず一つは?」
「この戦いで」
祷子騎たるD-SEEDが、戦斧を振りかざして突撃してきた敵騎を、下から掬うような一撃で真っ二つに切り裂き、返す刀でサライマを唐竹割で仕留める。
美奈代もまた、敵騎の両足を切断し、エッジアタックの一撃で別騎を、くの字にして吹き飛ばした。
敵達はこの2騎を相手に完全に攻めあぐねていた。
「一度の戦闘であげたスコア記録を更新すること」
「もう一つは?」
「もう一つは」
ズンッ!
祷子騎が舞うような、滑るような、全く無駄のない戦闘機動でさらに3騎を血祭りに上げた。
「私の中で、美奈代さんがバカの代名詞になったことです」
「……すまん」
バカ。
その言葉の意味は、こんな状況に自分を追いやったことに対する祷子の精一杯の文句だろうと、美奈代は勝手に思った。
だが、美奈代は美奈代で祷子に言い返した。
「しかし、天儀」
「何です?バカの代名詞」
―――怒っているなぁ。
美奈代はそのトゲのある声に、正直、首をすくめた。
なまじ美人が怒ると迫力があるというが、美奈代はそれを身をもって味わった。
その間にも、敵は、何とか美奈代達を仕留めようと、様々な方法で攻めてくる。
包囲網の中、バズーカを構えた騎を認めた美奈代は、大地に転がっていた敵騎の残骸の装甲を掴むと、力任せにその騎体を引き上げた。
ドンッ!
すさまじい音と振動が美奈代騎を襲ったのは次の瞬間だ。
“バズーカ”の一撃が敵騎の残骸に命中したのだ。
残骸を突き飛ばした美奈代は、敵騎の腰にマウントされていた短剣を引き抜くと、投げナイフの要領でその敵に投げつけた。
短剣がのど元に命中した敵は、操縦系統が破壊されたらしい。
そのままひっくりかえった。
「私も反論させてくれ」
「却下」
「……誰かが敵の包囲網の中へ中へと移動して、後退してくれなかったせいだ」
「……」
「わかったようだな。大バカの代名詞」
「ひどいっ!」
祷子が文句を言った。
「人のことバカって言ったら、自分までバカになるって先生に教わらなかったんですか!?」
「あんたが言う!?」
「それはそれです!」
「……大尉」
祷子騎の|MC、水城中尉が申し訳ない。という顔で通信に割り込んできた。
「幼児化した天儀中尉に何言っても無駄です」
水城中尉は言った。
別な通信モニター上では、牧野中尉が頭の横で指をクルクルしたあと、肩をすくめている。
「一度こうだと決めると、そう簡単に引くタイプじゃないんですよ。おしとやかな外見と違って」
―――外見。
美奈代はそこにひっかかるものがあった。
「そういえば天儀」
「何です?」
「実は―――」
ズンッ!
美奈代は2騎同時に襲いかかってきた敵を返り討ちにして仕留めた。
「帰ってからでいい」
「そうですか?じゃぁ、教えてください」
「ん?」
「退路はどっちです?」
「……」
美奈代は戦況モニターをざっと見回した。
全周囲、敵の重厚な包囲網のまっただ中であることに代わりはない。
「……どっちだと思う?」
「棒でも倒してみますか?」
「ははっ……そりゃいい」
笑いながら、美奈代は敵から奪った槍を掴んだ。
白雷の手を離れた槍は美奈代騎から見て左側に倒れた。
「そっちにするか」
「そっちは台湾ですよ?」
「……やるか」
「面白いですけど、反対にしましょう」
「じゃ、鹿児島方面へ」
「了解♪」
美奈代と祷子は互いに武器を構え、後退方向の敵に狙いをつけた。
「ピータンじゃなくて、豚骨ラーメン食べに」
「―――おごってね」
「いやです」
「そこの2騎!」
不意に、通信に割り込んできた声に、美奈代達は思わずお互いを見合ってしまった。
互いの声じゃない。
「友軍?どこから?」
「急速に接近する騎あり」
牧野中尉が言った。
「3時方向―――空からです!」
「空?」
「聞こえているなら、返事しなさいっ!」
「―――えっ?」
美奈代は返事をしようとして声が出なかった。
この声は―――聞いたことがある。
「死んでるなら帰るわよ!?」
「ちょっ!?ま、待って!」
狭まりつつある包囲網の中、美奈代は怒鳴った。
「こちら独立駆逐中隊第一小隊の和泉とバカの代名詞!」
「こらぁっ!」
「そこの漫才コンビ!」
声の主は、心地よい位の声を張り上げた。
「シールド構えてお祈りしなさいっ!」
「飛来する物体有り!」
牧野中尉が怒鳴る。
「当該騎から、データ入りました!新型の攪乱幕!センサー飛びます!注意してくださいっ!」
美奈代達の目の前。
包囲網を形成していた敵騎数騎をなぎ倒し、大地に強行着陸したのは、深紅のメサイア。
それは、美奈代が見たことのない騎だった。
まるで優美な女性を想像させる、モニターに一瞬、映し出されたその騎の容姿に見とれた美奈代の目の前。
その騎から強い光が走った。
「大尉……ザザッ……気ジャミング……ザザッ……」
牧野中尉が怒鳴る声さえまともに通じない中、美奈代の目の前ではモニターがブラックアウトした。
「モニ……ガガッ……センサーがアウト!」
同じ騎体の中にいるのに、通信さえ確保出来ない。
それは美奈代にとって初めての経験だった。
「ど、どうするんですか!?」
その声が通じたとは思えないが、
ピーッ!
美奈代の視界に“緊急事態”の表示が出た。
“緊急事態505発令宣言。コントロール権限、|MCへ移行”
そう書かれた表示か点滅する。
白雷が美奈代のコントロールを離れ、勝手に動き出したのは次の瞬間のことだった。
美奈代達が無事に脱出出来たのは奇跡に近いことだった。
飛行を続ける美奈代騎中で、ブラックアウトしていたモニターやセンサーが次々と回復する。
そして、コントロール権限が美奈代に戻った。
「い、一体?」
美奈代はしきりに周囲を見回した。
すぐ隣を、D-SEEDが飛んでいる。
そして美奈代騎と祷子騎の前には、深紅の騎体が飛んでいた。
「前方の騎」
美奈代は言った。
「聞こえている?」
「聞こえているわよ」
不機嫌そうな声がレシーバーに入った。
「何よ!あんただったの?だったら助けなければ良かった!」
「なっ!?」
通信モニターに現れた顔は、美奈代にとって出来れば忘れたい顔だった。
「あ、あなた!」
「―――お久しぶり」
モニターの向こうでそっぽを向いたのは、金髪の目の覚めるような美少女だった。
「―――あの」
祷子が訊ねた。
「お知り合いですか?」
「あ、ああ」
何を言ってるんだ!
そう言いかけて、美奈代は思いだした。
祷子は、この女に会ったことはなかった。
「か、彼女は」
「―――お初にお目にかかります♪」
金髪の美少女は、目の覚めるような笑みを浮かべた。
「はい♪どうも」」
モニター越しに金髪と黒髪の、共に驚くほどの美少女同士がのほほんとした声で挨拶を交わす。
「私、フィア・ソメヤといいます」
一時間後。
騎士の休憩用に用意されたテントの下。
険悪。としか言いようのない空気がその一帯を支配していた。
和泉大尉から男を奪ったオンナ。
フィアに対するそんな評価を聞いた芳と涼は、興味津々で二人に近づいたが、そのあまりの空気の悪さに逃げ出していた。
恐ろしい程空気が読めない祷子だけが、二人の間に入って平気な顔をしてお茶を淹れていた。
「……」
「……」
「……なんかしゃべりなさいよ」
たまらず口を開いたのはフィアだ。
「何か」
「うわぁ。面白ぉい」
フィアはセリフを棒読みして、手をぱちぱち叩いた。
「面白すぎて死にそうだった」
「なら死んだら?」
美奈代はニコリと笑って言った。
「葬式に出て、棺桶に唾吐いてあげる♪」
「先に死んで?」
フィアも負けてはいない。
「それ、私もやってみたい」
「……何しに来たのよ」
「命の恩人様めがけてすごい態度ね。瞬にフラれる前に、忘れられて当然だわ」
「―――っ!」
「お茶、どうぞ?」
「ありがとうございます。天儀中尉……新型騎のテスト中に、孤立した部隊の救援に向かえっていわれたのよ」
「新型騎……?」
美奈代はテントの外に立つ、フィアの乗ってきた赤いメサイアを見た。
深紅に塗られた派手な塗装が施された、こんな目立つ騎を、美奈代は見たことはなかった。
「殲龍って名前」
祷子から受け取ったお茶に口を付けるフィアが言った。
「殲龍?」
飲みなさいよ。
さめるわよ?
そう言いながら、フィアは楽しげに微笑んだ。
「とにかく、私が動かしている。というか、私しか動かせないといった方が正しいでしょうね」
「どういう意味だ?」
美奈代は、お茶を口に含んだだけで、モロに噴き出した。
「きゃあっ!」
噴き出したお茶は、フィアを直撃した。
ゲホッ!ゲホッ!
口元を抑え、激しく咳き込む美奈代。そして、お茶をもろに顔面に浴びたフィアは、ポケットからハンカチを取り出そうと大騒ぎになった。
「な、なんらこれっ!」
舌が痛くてまともに喋ることが出来ない。
まるで犬のように舌を出す美奈代の前。
フィアの戦闘服の胸ポケットから落ちてテーブルの上に転がったのは、小さな缶だった。
「大辛 一味唐辛子」
そう書かれていた。
フィアがそれに気づいて、慌てて掴もうとした時には、すでに美奈代がそれを掴んでいた。
「―――なんだ、これ」
それに対して、フィアはしれっと答えた。
「何でしょうね」




