沖縄の戦い 第五話
●“鈴谷”艦橋
「小隊、海上と陸上双方から那覇港に突撃」
CICから報告が入る。
「広域火焔掃射装置による攻撃で上陸部隊はほぼ全滅」
「こんな所か」
後藤は戦況が映し出されるスクリーンをぼんやりながめながら気のない返事をした。
「―――ま、こっちがこれほどの目にあってるんだから、その程度の戦果は挙げて欲しいですな」
「全くだ」
美夜が艦長席で頷いた。
バンッ!
バンバンバンッ!
艦橋の向こうで無数の爆発が起きる。
MLがFGFに命中。魔法反応で中和、拡散する作用が爆発に見えるのだ。
全周囲でFGFを展開することで一種のバリアを作り上げている今はいい。
完璧な防御は、反面においてこちらからの攻撃をも封じてしまう厄介者だ。
「こちら山崎です!」
艦内通信モニターに山崎が出た。
「このままでは!発艦許可を下さい!」
「ダメだ!」
美夜は一喝した。
「たった1騎で30騎近い“帝刃”を相手にするつもりか!?」
「し、しかしっ!」
「後退している。FGFを突き破ろうなんてヤツがいたら容赦なく潰せ!」
「は、はいっ!」
―――どうする?
山崎に言われるまでもなく、美夜はメサイアを出したいのは確かだ。
とはいえ、手持ちの駒はたった一騎。
一騎では何も出来ない。
FGFが全周囲展開出来る間に何とかしなくてはならない。
反撃するか?
それこそ向こうの思うつぼだ。
「CIC」
美夜は艦内通話を開いた。
「那覇港の敵、損害はどの程度だ?」
「上陸は完全阻止。洋上の敵はすでに撤退を開始」
「撤退を開始したんだな!?」
「針路を東シナ海方面に向けています」
「よし」
美夜は後藤に命じた。
「後藤中佐、小隊を呼び戻せ」
美夜は決断した。
「敵の沖縄上陸は阻止したものと判断する!」
「後退命令が!?」
「出ましたっ!」
「しかし、まだ敵が!」
「陸軍にも出ました!」
牧野中尉が言った。
「もう中華帝国軍に組織戦闘を行う余力はありませんっ!」
そう。
上陸した中華帝国軍は、軍としての指揮命令系統も、戦車も、装甲車も、何もない。
嘉手納基地で逃げ延びることが出来たか、沈む船から逃れ、海上に浮かぶか出来た恐ろしく幸運な兵士達がいるだけだ。
そして、その数は決して多くない。
「このままでは母艦が沈みますっ!」
牧野中尉が焦る理由もわかる。
いくら“鈴谷”が重武装艦とはいえ、元は装甲がないに等しい輸送艦なのだ。
敵が強行突入してFGFを突破、内部に侵入でもされたら一巻の終わりだ。
その敵の数は30騎。
「全騎っ!」
美奈代は通信装置に怒鳴った。
「“鈴谷”救援に向かうっ!行けるか!?」
「大丈夫っ!」さつきは手にした広域火焔掃射装置のノズルを突き上げて見せた。
美晴もそれに倣う。
「いい加減、私達にも見せ場を下さいっ!」
芳が大声で言った。
「何もしてませんよぉ!」
「和泉、広域火焔掃射装置は排除する」
宗像が言った。
「もう使わないだろう?」
「よし―――宗像。平野と小清水のガードを頼む」
「引き受けた」
宗像は頷いた。
「二人とも、ベッドまで付いてこい」
「涼と一緒で」
「勘弁してくださいっ!」
「―――全騎、ビームライフルの残弾報告」
「早瀬、残弾200」
「柏、残弾125」
「宗像、残弾160」
「平野、ハイメガカノン残弾30」
「小清水、同じく残弾32」
「―――上等だ。距離を取れ。“帝刃”のFCS相手なら余裕で勝てる!」
「はいっ!」
“帝刃”達は最早撤退して良い立場だった。
ところが、撤退を具申する先を失い、指揮官を失っていた。
結局、受けた命令に従うしか、彼らには選択肢が残されていなかった。
戦う武装でさえ、彼らには選択肢がなかった。
MLをちまちま撃つ程度。
その程度で目の前の飛行艦が沈むはずはない。
それは十分に理解していた。
“帝刃”隊々長騎のMC、馬中尉は内蔵ML砲の残弾数を確認して首を横に振った。
このまま撃ち続けていたとても、戦果はあげられない。
飛行艦に対する対艦戦闘機動をやれといわれればやってのける自信はある。
だが、“帝刃”の“目”が見たFGFは、“帝刃”を原子単位に分解させるほどの出力だ。
突撃しても無意味だ。
―――何とか、付け入るスキを!
馬中尉は必死にセンサーを操作して、飛行艦の死角を探すが、全周囲に展開されたFGFにそんな余地はどこにもない。
手にする武装は戦斧だけ。
実体弾発射型の速射砲さえ与えられていない。
飛行艦攻撃用の対艦ML砲、通称「FGFクラッシャー」がなければどうしようもない。
それを具申するべき大隊司令部はすでに通信途絶。
上陸軍司令部さえ呼びかけに応じない。
自分達が太平洋のど真ん中に放り出された格好だと、馬中尉もわかっている。
わかった上で、どうしようもない。
ピーッ!
レーダーに反応が出た。
―――友軍か!?
一瞬、そんな淡い期待を抱いたが、馬中尉はすぐにそれを否定した。
敵だ。
おそらく、“赤兎”隊を叩き潰した日本軍が、母艦救援のために向かってきたんだろう。
遠距離のガルガンチュア達を仕留めた大口径砲を装備した部隊だ。
そろそろ何とかしなければ―――
馬中尉はチラリとモニターを見た。
そこに映し出されているのは、コクピットの騎士。
騎士と呼ぶには若すぎるほどあどけない顔が、涙混じりの表情で映し出されていた。
「……くそっ」
馬中尉は小さく毒づいた。
普通、作戦上のことは騎士が責任をとるものだ。俺達、MCがどうして作戦をここまで動かさなければならない?
こいつが責任とれるとでもいうのか?
モニターの向こうで震えている騎士は、養成校で生徒隊長だったという、ただそれだけで隊長を押しつけられた気の毒な奴だ。
おそらく、女も知らないし、酒の味も知らないだろう。
人生の楽しみも、苦しみも、何もわからないだろう。
そんな奴に、責任を押しつける趣味は、馬中尉にはなかった。
馬中尉は自問した。
部隊をどうする?
責任を―――誰がとる?
ビャンッ!!
馬中尉は、“帝刃”の耳が捉えた音を聞いた。
彼の操作する“帝刃”の近くで包囲網を展開する2騎が、一瞬のうちに吹き飛ばされた。
戦艦の艦砲並の一撃が胴体を―――いや、“帝刃”のボディを完全に引きちぎってのけた。
頭部と四肢だけが煙を引きながら海面へと落下して行く。
「なっ!?」
あまりの破壊力に驚愕する馬中尉の目の前で、さらに2騎が最後を迎えた。
「―――っ!」
馬中尉は、首から提げたロザリオを握りしめ、神に祈った。
―――主よ。
―――私に力を!
「ち、中尉っ!」
メサイアを飛行させる方法さえ分からない騎士がモニターの向こうですがるような表情を浮かべていた。
「た、助けてくださいっ!」
「……」
馬中尉は、彼を助けたい。
そう思った。
“帝刃”より高性能な“赤兎”をああもあっさりと仕留めた日本軍に対抗出来る武装はない。
MLでさえ、残弾は心許ないのだ。
「中尉っ!」
さらに2騎、逃げることも出来ずに撃ち落とされた。
「―――くぁぅぅぅぅぅっっ!」
馬中尉は、そんなうめき声をあげると、決然とした声で怒鳴った。
「“帝刃”隊残存各騎は、速やかに本国へ帰還せよ!これは私、馬中尉の命令であるっ!」
「ち、中尉っ!?」
騎士が驚愕の表情で言った。
「て、撤退命令は出ていませんっ!」
騎士がそう言うのも無理はない。
独断での撤退は敵前逃亡であり、銃殺の対象だ。
「私が出したっ!」
馬中尉は答えつつ、“帝刃”を旋回させた。
「全ては私の命令だ!」
僚騎が次々と彼に従う。
「すべての責任は私が負う!誰かがやらなきゃいけないことなんだ!覚えておけ新兵っ!軍隊での責任とは!」
加速する“帝刃”のMCLの中、航法をフルオートパイロットモードに切り替えた馬中尉は懐のホルスターから拳銃を取り出し、銃口をこめかみにあてた。
「こういうもんだ!」
バンッ!
祖国へと飛び続ける“帝刃”のMCLの中に、そんな音が響きわたった。
今回は、最後にこの“帝刃”隊の後日談を話して終わりにしよう。
“帝刃”隊は上海基地に帰還し、その場で拘束された。
軍事裁判にて、馬中尉の越権行為により撤退を余儀なくされたことが認められ、原則として騎士、MC共に無罪となった。
無罪をもってほぼ全員が“帝刃”を降ろされ、そして一般騎士として激戦の続くチベット防衛隊に異動させられた。
公式記録では、チベット高原で彼らの部隊は配属から2日目、宿舎に対する英国軍の航空爆撃により全員戦死となっている。
例外は、首謀者とされた馬中尉ともう一人、隊長騎搭乗騎士。
名を胡少尉という。
彼は、馬中尉と共に“帝刃”に乗っていたというだけで、馬中尉との共謀容疑をかけられ、裁判の末に自決を命じられた。
軍事裁判法廷から即座に引き出され、部屋の中に押し込められた彼の後頭部に政治部将校の放った弾丸が命中、絶命することで、中華帝国軍沖縄攻略部隊総員1万5千名のうち、本国へ帰還出来た者は、捕虜を含めてもわずか75名となった。
「ひどいものですな」
北京の王制党本部の一室。
窓から見える北京の景色に目を細める背広姿の男が、そんな言葉を口にした。
「ボロ負けではないですか」
「……」
苦々しげにその男を睨むのは、周王制党総書記だ。
神経質そうな目が血走っている。
「中華帝国軍は福岡、沖縄の作戦失敗をもって対日攻略作戦を中止。翌日には石垣島を含む全日本領からの撤退を完了。極東方面での渡洋交戦能力を喪失……」
男は肩をすくめた。
「極東だけではなく、東南アジアもそうでしたな」
「……ケンカを売りに来たのか?」
「まさか」
男はわざとらしく肩をすくめた。
「私はビジネスに来たのです」
「……」
「そんな恐い顔をしないで下さいよ。耳寄りな話しなんですから」
「……さっさと話せ」
「必要なら」
その声に、それまでの軽さはない。
あるのは、ぞっとするほどの冷たさだけだ。
まともに視線のあった周は背筋に電気が走ったように感じられた。
「―――我々が支援しよう」
「ど、どうやって?」
周は彼に抵抗するような口調で怒鳴る。
「すでに海外との交易は不能!少数民族が独立を叫んで各地で蜂起!軍は兵力不足でメサイアを動かすことも出来ないんだぞ!」
「―――メサイア」
男はそう呟くと嬉しそうに何度も頷いた。
「そうだ。メサイア、メサイアと言ったな」
「?」
「メサイアという名の“人形”は、そんなに扱いが難しいのか?」
「当たり前だ!」
「熟練騎士とMCが必要だ!その程度のことも知らないのか!?」
「―――なら」
男は、周の横まで近づくと、その肩に手を置いた。
周はそれだけで、布越しだというのに、背筋に氷柱を突っ込まれたような錯覚を覚えた。
―――な、何者なんだ、こいつは!
周は総毛立つ思いでその場に凍り付いた。
目の前の男の素性を、周は知らない。
自分を傀儡として扱う梁総参謀長から“優秀な支援者”と聞かされている程度だ。
ただ、本能的に逆らうことの無意味さを、この瞬間、思い知らされたのは確かだ。
「私達が支援しよう。そのメサイアとやらが、たった一人で、肉体の一部として扱えるようにしてやろう」
「そ、そんなことが……」
周は総書記としての威厳を声に込めようとして出来なかった。
うわずった声が、空回りする舌から出るのがやっとだ。
「出来る」
男は深く頷いた。
「我々を信じろ。我々の技術力は、人類風情とは格段に違う」
「じ、人類?」
周はぎょっとなって、改めて相手を見た。
その時、初めて気づいた。
男は色つきの眼鏡をしていた。
その眼鏡の奧で光る目の色は―――真っ赤だった。
「き―――貴様っ!?」
「安心しろ。周同志よ」
グイッ!
肩を掴む手は万力のように周を捉えて放さない。
恐怖のあまり、言葉を失った口が空気だけを咀嚼する。
「江の時は失敗したが―――貴様はもっと有効に使ってやろう」
周の目の前で、男が口を大きく開いた。
真っ白な歯が近づいてくる。
周は見た。
その犬歯は、牙のように尖っているのを―――。
「我が、中世協会を信じるのだ―――同志よ」
周の意識は、そこで途絶えた。




