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沖縄の戦い 第四話

「ここまで役立たずだったとは!」

 沖縄攻撃部隊を指揮する夏少将は苦々しげに離陸する“帝刃ていば”達を見送る。

「メサイアの排除を要請したら、対メサイア戦闘不能だと?」

 メサイアはメサイアを倒すためにある。

 戦闘機が戦闘機を撃ち落とすために存在するのと同じだ。

 それが、メサイアと戦えませんだと?

 何の冗談かと勘ぐったが、MCメサイアコントローラーの説明で分かった。

 悪いのは上層部だ。

「戦闘経験どころか、満足な操縦経験もない騎士を戦場に送り込んでくるな!」

「閣下」

「―――ああ」

 参謀に彼は頷いた。

「砲撃はすぐに止む。嘉手納基地を一気に横断し、宜野湾に侵入する。市街地に入り込めば、奴らも砲撃は出来まい」

「はい。それと、第二次上陸地点の変更、許可が下りました」

「那覇港だな?」

「はい」

「よっし!」

 夏少将は力強く頷いた。

「主力部隊がそっちから上陸出来れば、こちらの勝ちだ!」



「敵はどっちへ?」

 まるで美奈代達を無視して飛び去ろうとする“帝刃ていば”達。

 その背に向けてビームライフルを連射するが、ブースター全開で逃げる“帝刃ていば”達は、かろうじてその攻撃のほとんどを回避する。

 運のない2、3騎が直撃を受けて撃墜された程度だ。

「“鈴谷すずや”ですっ!」

 牧野中尉の言葉に、美奈代は目の前が真っ暗になった。

「我々を無視して母艦を叩くつもりか!」

「母艦を失えば我々は補給の口を失いますからね」

 牧野中尉の皮肉めいた口調も、どこか引きつっていた。

「ここからで間に合いますか!?」

「止めることは出来るでしょう」

 牧野中尉は答えた。

「でも、敵部隊、前進再開。上陸第二波が接近中」

「―――くっ!」

「上陸地点は―――」

 割り出された情報を見た牧野中尉が悲鳴に近い声をあげた。

「那覇港です」

「那覇港?」

「あっちは現在、沖縄市方面からの避難民が殺到しています。このままでは!」


 このままでは。


 牧野中尉が言葉を詰まらせた理由が分かる。


 これで美奈代達には4つの任務が生じたことになる。


 一つ、母艦の防御。

 二つ、目の前の敵ガルガンチュアの排除

 三つ、嘉手納から宜野湾に向かう中華帝国軍の撃破。

 四つ、新たなる敵上陸の阻止


 ―――出来るわけがない。


 一人一騎で一任務を引き受ける位のことをしなければとても出来た話ではない。


「―――ええいっ!」

 美奈代は何かを振り切るように強く頭を振った。

「柏、早瀬、宗像。広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムを装備しろ。

 母艦防御は山崎に期待するから考えるな!

 早瀬、柏は装備終了次第、嘉手納基地に侵入した敵の掃討にかかれ!

 小清水と平野はガルガンチュア部隊を砲撃。

 宗像は、私と一緒にガルガンチュア部隊突破の先陣を切る!」


「……随分と欲張ったな」

 宗像はたまらず笑い出した。

「“鈴谷すずや”は見殺しにするとしてだ、成る程?よく単純化したものだ」

「む、宗像?」

 さつきが訊ねた。

「ど、どういうこと?」

「和泉は、部隊に那覇港への移動を命じたんだ」

 宗像は答えた。

「単に、ゴールである那覇港にいる敵をすべて排除すればいいだけ。―――そうだな?和泉」

「……そうだ」

「……成る程?」

 美晴は頷いた。

広域火焔掃射装置スイーパーズフレイム、さっさと装備した方がいいですね。市街地の被害が広がります」

「そうね」



 “白雷はくらい”は“幻龍げんりゅう”シリーズと異なり、追加武装の着脱を最初から前提に設計されているため、“幻龍げんりゅう”シリーズとは比較にならないほど、広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムの装着が容易になっている。

 茂みの中に隠されていた広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムを装着するのにかかった時間はわずかに3分程度。

「うわ……重い」

 擬似感覚として伝わってくる広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムの重みに、さつきが顔をしかめた。

「気が進まないんだけどさぁ……私、こういうの」

 広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムのノズルを伸展し、即時使用に備えつつ、さつきは暗うつとした気分になる。

「誰だってそうですよ」

 美晴は言った。

「生きた人を焼き殺すのを好むなんて、まともじゃないです」

「そのまともじゃないことを、正気でする私達は?」

「……」

 美晴は答えた。

「正気の皮を被った狂人―――ですかね」



「準備はいいか!?」

「OK!」

 美奈代のかけ声に、皆がそう答えた。

「よし!いくぞっ!」

 ブースターが点火され、グンとする加速感が騎体を包む。


 美奈代達の第二次攻撃が開始された。


 

「かかれぇっ!」

 美奈代騎と宗像騎がビームライフルを乱射しつつガルガンチュアに突撃。

 それと別れる形で早瀬騎と柏騎が海岸から嘉手納海軍航空隊基地を目指す。

 ガルガンチュア達は突然の敵の出現にも比較的冷静に対処する。

 つまり、接近する敵に砲火を集中したのだ。


「バカかっ!」

 メサイアが2騎、こちらに突撃する光景を前に、ガルガンチュアを狩る騎士の一人、王中尉はあきれ顔で怒鳴った。

 ガルガンチュアは現在、密集しつつ鶴翼の陣形を展開している。

 砲撃を一カ所に集中するためだ。

 敵はのこのこと、その火力が最も集中する陣のど真ん中に突っ込んできている。

 バカでなければ狂っている!

「あいつら、自殺する気か!」

 王中尉がそう思ったのも無理はない。

 130ミリ砲4門、30ミリ機関砲6門、対空ミサイルランチャーまで装備するガルガンチュアのまっただ中に飛び込んでくるのだ。

 しかも、場所は海上、遮蔽物はない。

 メサイアといえど、無事では済まない集中砲火を避けられない。

 そこに速射砲と剣だけで突撃してくるなど、自殺行為以外、何でもない。


「撃てっ!」

 騎士は砲術担当のMCメサイアコントローラーに怒鳴った。

「ぶち殺せっ!」

「了解っ!」

 MCメサイアコントローラーが火器管制装置が敵を捉える。

 索敵にどうして引っかからなかったのか。

 それが全く分からないが、MCメサイアコントローラーは、敵メサイアを火器管制装置で追跡しつつ、内心で呆れていた。

 ガルガンチュアの弾幕のすさまじさは先程の対地攻撃で骨身にしみているはずだ。

 それでも何故、突っ込んでくる?

 日本軍は狂っているのか?


 ピンッ


 ガルガンチュアの全ての火器管制装置が迫り来るメサイアをロックオンした。

 130ミリから7.72ミリまで、あらゆる口径の弾幕があの狂ったメサイアを襲うのだ。

 MCメサイアコントローラーは、ガルガンチュアに射撃開始を命じようとした。


 2騎のメサイアが、自らの進行方向の海面めがけて手にした速射砲を乱射したのは、まさにその時だった。


 王の目の前の海上。

 無数とも言うべきML(マジックレーザー)が叩き込まれ、海面で激しい爆発が連続して発生する。

 鶴翼の陣形による包囲網のど真ん中で、激しい水柱が立ち上る。

 そして、MLマジックレーザーの熱量が海水を蒸発させ、ゆっくりと引きつつある水柱さえ覆い隠さんばかりの勢いで、水蒸気の霧を発生させた。

「しまった!」

 MCメサイアコントローラー達はその爆発の意味を即座に理解した。

 一度はロックオンしたものの、敵の姿を見失った。

 水蒸気の立ち上る海面にいるのかもしれない。

 だが―――敵が見えない。


 ―――どうする?

 ―――水蒸気の立ち上る海域に火力を叩き込む!


 ガルガンチュアのMCメサイアコントローラー達が躊躇したのは、ほんの数秒。

 本当に、一瞬の躊躇だった。


 鶴翼陣形をとるガルガンチュア達が、その驚異的な砲火を開く前に、地獄の業火が彼らを襲ったのは、その一瞬の躊躇の後だった。



「ガルガンチュア部隊、全滅」

「―――えっ?」

 高良中尉の言葉を、涼はすぐには信じられなかった。

「だ、だって、私達、まだ何も」

「する必要が無かったんですよ」

 高良中尉にそう言われ、無理矢理にでも納得するしかなかった。

 たった2騎で20騎以上のメサイアを仕留めるなんて、絶対に信じられない!

「涼っ!」

 芳からの通信が入った。

「早瀬中尉達が嘉手納を制圧したっ!」

「ここの人達ってバケモノ!?」



 美奈代達が広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムでガルガンチュア達を始末した頃、さつき達もまた、同じ兵器、広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムをもって地上部隊の掃討に動いた。

 突然のメサイア出現に狼狽する中華帝国軍兵士達がスクリーンの至る所に映し出される。

 “白雷はくらい”の目は、兵士達の表情さえはっきりと映し出してくれる。

 皆、恐怖に顔が引きつっているのがわかる。

 泣いている若い兵士がこちらに両手を挙げているのもわかる。


 ―――悪く思わないでね。


 さつきは内心でそう呟くと、トリガーを引いた。


 地上を熱風が走り、芝生の緑地帯が黒く変色する。

 その上にいた兵士達は跡形もなく消え去った。

 蒸発したのだ。

 熱風だけで数千度に達する高熱を発する広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムの一撃に、タンパク質と水分の塊が耐えられるはずがない。プラズマ炎の到達する有効射程範囲にいた兵士達は、塵一つ残さず、この世から消滅した。

 そして、500メートルに到達する数万度のプラズマ炎を直接浴びなかったとしても、離れた距離にまで届く死の風が、兵士達に容赦なく襲いかかった。

 炎の直撃を浴びずにすんだ兵士達を、幸運と呼ぶことは出来なかった。

 駆け抜けた熱風は、浴びただけで衣服が炎上し、露出した肌は見るも無惨な重度の火傷を負う。

 炎に包まれ、あるいは重度の火傷を負った兵士達が、炎上する芝生の上、あるいは施設の中で転げ回る。

 断末魔にさえ見放された己の不運を嘆くしかない。

 戦車や装甲車の中にいた兵士達も、オーブンと化した車内で、丸焼きになる運命を避けられなかった。


 ―――楽なものね。


 自分がやったことをスクリーン越しに直視した美晴はふと、そう思った。

 トリガーを引いたのは3回くらい。

 それだけで、目の前にあれほどいた敵はいなくなった。

 罪悪感もなにもない。

 自分がやったことに実感がない。

 何百人といた敵を殺した。

 人を殺した。

 それなのに、何だか、実感がわかない。


 ―――戦争って、こういうものかしら?


 美晴はそこで考えることをやめた。

 考えた所で、何が出来るわけでも、何が変わるわけでもない。

 目の前の兵士達のようになりたくなかったら、考えないことだ。

 全てを振り切るように、通信装置に言った。


「さつきさん。このまま移動しましょう!」



 

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