沖縄の戦い 第一話
中華帝國軍が沖縄を狙っている。
戦前から中華帝国の脅威を語る上で避けては通れない話題だった。
曰く、沖縄、かつての琉球王国は歴代の中華王朝に朝貢していた以上、古くからの中華王朝の属国であり、その宗主権は、中華帝国が保有している。日本はその権利を無視して、不当に琉球を併合した。悪いのは日本である。
そんな言い分を中華帝国政府が国民に教え続けていることを、日本人も知っていたからだ。
日本との戦争が始まれば、いの一番に攻め込まれるのは沖縄県。
本当に、そう思われていた。
ところが、実際に始まってしまえば中華帝國軍は沖縄県ではなく、誰も予想さえしなかった九州へと侵攻を開始してしまった。
沖縄ではなく九州への侵攻。
この中華帝國軍の動きが、大本営の判断を誤らせたのは間違いない。
沖縄を含む南西諸島守備を任務とするのは第10方面軍第32軍だが、大本営は九州への中韓連合軍上陸を受け、第32軍の約半分に当たる2個師団を九州方面支援に回してしまった。
沖縄への侵攻の可能性は低い。
まずは目先の九州防衛に戦力を向けるべし。
当時の大本営作戦課長であった福井大佐はそう主張し、抗議する第32軍から無理矢理に戦力を裂いた。
後に彼自身、「魔がさしたとしか思えない。一世一代の不覚であった」と述懐しているが、彼個人がどう反省しようと、それは取り返しのつかない過ちであることに変わりは無い。
2個師団が沖縄を離れ九州へ上陸したその日、上海を出発した中華帝國軍沖縄攻略部隊が沖縄へと襲いかかったのだ。
上陸戦当日の朝6時。
「艦艇7割、海3割」と表現されたその大船団の中から、まず上陸支援部隊の約50隻の駆逐艦、民間船を改装した砲艦200隻による砲撃が始まった。
上陸が開始される正午までに沖縄本島へ撃ち込まれた砲弾の数は76mm以上の砲弾が約5万発、ロケット弾が3万発、迫撃砲弾は2万5千発とされている。
正午丁度に中華帝國軍2個海兵師団による上陸が開始された。
この時点で沖縄にある2つの航空基地は破壊され、制海権・制空権ともに日本軍は喪失してしまう。
第32軍は首里一帯に絶対防衛線を展開して中華帝國軍を迎撃する体勢を構築するのがやっとだった。
とても民間人の避難にまで手が回らない。
離島の守備隊とも連絡がつかず、石垣島など、他の島々がどうなっているのかさっぱりわからない。
軍民共にパニックになる中、大本営は沖縄防衛のため、なけなしの戦力を動員することを決定。その中には近衛軍も含まれていた。
その白羽の矢を立てられたのが、鈴谷であり美奈代達であったのはいうまでもない。
「雨が降ろうが槍が降ろうが」
芳がぼんやりと空を眺めながら言った。
「お星様が降ろうが――かぁ」
ズンッ!
ズンズンズンッ!
何かが爆発が発生した。
そう思った次の瞬間、連続した爆発が島を揺るがせた。
「うわ……スゴ」
さつきの感心した声が通信機ごしに聞こえてくるが、本当にそう思う。
中華帝国軍が違法コピーしたTu-95大編隊による絨毯爆撃が沖縄本島を襲った。
市街地や港湾は根こそぎ爆撃の対象とされた。
深夜、“鈴谷”を発艦した美奈代達は、市街地から離れた丘陵地帯に潜んで爆撃の一部始終を見ているしかなかった。
―――待機しろ。
―――敵上陸まで、何があっても動くな。
それが、後藤からの厳命だった。
まるで街が内部から弾けていくような錯覚さえ覚える爆撃の光景を前にしても、美奈代達が何も出来なかったのは、そのせいだ。
理由はわかっている。
沖縄にメサイアが配備されていることを敵に察知されたくないのだ。
だから、“白雷”達は、爆撃機から身を隠すよう、偽装網をかけた状態で待機している。
陸軍部隊がなけなしの対空砲や対空ミサイルを打ち上げるが、数が違いすぎる。
―――せめてMLを撃つことが出来れば。
美奈代はそれが悔しくてならない。
「本当なら」
芳が妙にのんびりした声で言った。
「みんなが旅行で来てくれたら、いろいろ案内してあげるんですけれどね」
「ん?平野は沖縄出身か?」
「元は石垣島です」
「……そうか」
「島のみんな、もう逃げ出しているでしょうし」
芳はポキポキと指を鳴らした。
のんびりとした口調だが、声色はかなり厳しい色を含んでいる。
「大尉。沖縄防衛の後は、すぐに石垣島奪還ですよね?」
「ああ」
美奈代は頷いた。
「この沖縄本島でメサイアを潰し、宮古島、石垣島のルートで動くはずだ」
「はいっ!」
それから1時間。
美奈代達が見守る中、巨人達の群れが沖縄の土を踏んだ。
“赤兎”と“帝刃”から成る中華帝国軍メサイア突撃大隊50騎だ。
大隊を率いるのは魯大佐。
彼が率いる部隊は、陸軍部隊が上陸する海岸線を防御するポジションに着陸した。
幸い、着陸は各MCが管理しているので、事故はない。
とはいえ、“帝刃”の騎士達の実情を知る身としては、正直、生きた心地がしない。
“赤兎”で編成された直近の部隊はいい。
問題は“帝刃”で編成された部隊だ。
「……ったく」
部下との通信を終えた魯大佐は、コクピットの中で、今日だけで何度目か忘れたが、とにかく舌打ちした。
「大佐」
通信機にはまた別な騎士からの通信が入る。
「あの……搭乗日誌の書き方なんですけど」
―――勘弁してくれ。
―――上陸作戦の真っ最中だぜ?
魯大佐はうんざりしながら、それでも表面上は冷静に答えた。
「何だ?」
通信の相手は、“帝刃”の騎士。
メサイア操縦士養成校の訓練課程を途中で切り上げさせられた気の毒な連中だ。
ここまで墜落させずについてきただけで褒めてやるべき、そんな連中なのだ。
魯大佐は、慰めにもならない言葉を自分になげかけた。
今回が初陣の彼らにとって、やることなすこと全てがわからないことだらけだと、魯大佐自身がわかるからだ。
何より、魯大佐自身が、出撃前の訓辞で「不明な点はその都度訊ねて良い」と言ったのだ。
男に二言はない。
―――それもこれも
魯大佐は質問に答えながら、内心で恨めしく思うことがあった。
全ては東南アジア方面にメサイアを大量動員した結果だ。
祖国には肝心のメサイアはあっても、肝心のメサイア使いやMCが不足している。
やむを得ずメサイア操縦士養成校の訓練課程を1年近くも短縮。メサイアがようやく動かせる状態で訓練校の生徒達が前線に引き出された。
魯大佐はその引率をやらされているのだ。
訓練校で教えてくれればいいことを一々、魯達は生徒達に教えなければならない。
はっきり、心身共に負担だった。
―――李の奴は一体どうしているんだろう。
魯大佐はふと、そんなことを思った。
李大佐は日本本土攻略部隊のメサイア部隊に送られた、養成校では魯大佐の同期だ。
共に生徒達とは親子ほど歳が離れている。
最後に別れた時、「若い連中の考えが分からん」と散々愚痴っていたが、大丈夫なんだろうか?
―――考えていても仕方ない。
魯は自分にそう言い聞かせた。
そして、部下に命じた。
「全騎、警戒を怠るな。不明な点は、すべてMCに聞け」
そう。
騎士はともかく、騎士をサポートするMCまでは動員されていなかった。
それだけは幸いだ。
MCまで動員されていたら、ほとんどのメサイアが本土から発進することさえ―――否。エンジンを始動することさえままならなかったろう。
生徒達は、実騎搭乗時間が12時間あれば多い方なのだ。
「貴様等に言っておく」
本音として、本土からここまで洋上をメサイアで飛行してきただけで褒めて欲しい気分の新米達は、疲れ切った顔をひきつらせながら、ベテラン騎士である魯大佐からの指示に耳を傾ける。
「これ以降は、3つのことのみに神経を傾けろ。一つ、俺達指揮官の命令を聞き逃さないこと。二つ、MCの指示を聞き逃さないことだ。
覚えておけ。
たった今から、貴様等殻付きのヒヨコの母親はMC、そして父親は俺達指揮官だ。
親には絶対服従しろ。
一言の反論も許さん。
貴様等の母親達は世界でも高水準の戦闘経験を持つベテラン達だ。
熟練騎士達と共に幾多の戦場を駆け抜けた、世界に冠たる、誇るべき母親達だ。
その母親が進めと言ったら進め。引けと言ったら引け。
命令に逆らったり、服従しない場合は、国家に対する反逆罪を適用する。
命令を一言も聞き逃すな―――以上だ」
「あ……あの」
騎士の一人が恐る恐る訊ねてきた。
「356号騎の武准尉です。大佐殿に質問が」
「どうした」
「その……自分達が神経を傾けるべき三つ目とは?」
「わからんか?」
「は……はい」
「―――生き残れ」
魯大佐は言った。
「格好悪くてもいい。無様と笑われてもいい。メサイアと共に生きて祖国に生還せよ。それが三つ目だ」
「……まずいなぁ」
“白雷”から降りて宗像と共に偵察に出た美奈代は、双眼鏡から顔を離した。
海岸を一望出来る丘の上。
すでに砲撃や爆撃でそれまでの美しい緑はどこにもない。
白い硝煙と鼻を刺激する臭いが充満する息苦しい世界に変貌していた。
美奈代達は、砲撃で開いたらしい丘の上の窪地から這いだし、海岸を覗き込んでいた。
「歩兵部隊に戦車―――WZ-121、俗に69式と呼ばれるタイプが24両。歩兵隊もかなりの装備だな」
双眼鏡からようやく顔を離した宗像は、再び双眼鏡を構えようとした美奈代の頭を後ろから力一杯押した。
「頭が高い。相手はメサイアだということを忘れるな」
「す……済まない」
美奈代は頭を高くしているつもりはないが、端から見ればそう見えるんだろう。
美奈代達は窪地に戻った。
「宗像、上陸部隊ってのは、この程度の代物か?」
「ん?」
「何か……多いのか少ないのかわからない」
「問題は」
宗像は図嚢に地図をしまいこんだ。
「上陸部隊の後ろにいる連中だ」
「“ガルガンチュア”」
「ああ」
宗像は頷いた。
「東南アジア戦線では大した脅威とは思わなかったが、砲撃部隊として相手をするとなれば話は別だ」
コードネーム“ガルガンチュア”。
それは、中華帝国軍が開発した、脊椎を破損して歩行に支障を来したメサイアの上半身を大型TACに搭載した兵器のことだ。
白兵戦は無理だが、メサイアのエンジンと搭載武器の多様性を活かした“空飛ぶ機動砲台”としての性能は、決して侮れない。
「全く、何の支援もなしにのうのうとやって来たと思えば、とんでもない厄介者がいたわけだ」
「とりあえず、海岸に向けて強襲だな」
「そうなるな」
宗像は頷いた。
「連中を海岸に貼り付けさせれば、こっちは上陸部隊を巻き添えに出来るし、向こうはそれを恐れて砲撃が出来なくなる。“赤兎”達を仕留めれば、あとは砲撃戦でガルガンチュア達を―――」
宗像はそこまで言うと、突然動いた。
美奈代は何が起きたかわからなかった。
「!!」
「!?」
突然、脱兎の如く宗像が窪地から飛び出した途端、甲高い声とくぐもった悲鳴が聞こえた。
美奈代には何を言ったのかさえわからない。
ただ―――
ドサッ
窪地の目の前に、突然転がってきた物体が何かだけはわかった。
首が変な方向に曲がった兵隊の死体。
さすがにそれはわかった。
「む、宗像?」
突然のことに反応出来なかった美奈代は、助けを求めるように辺りを見回した。
いた。
いつの間にか宗像は窪地の中に戻っていた。
違う。
誰かを引っ張り込んでいた。
引きつった顔をする軍服姿の男。
彼の上に馬乗りになった宗像は、左手でコンバットナイフをその喉元に突きつけ、右手で彼の口元にある通信機のマイクを握っていた。
美奈代が驚いたのは、もう一つだ。
宗像と彼は、美奈代が分からない言葉できちんと会話していた。
……会話というより、宗像が脅し、それに彼が従っている。
美奈代にはそう見えた。
―――まずいな。
美奈代はそこまで見て、やっと自分が何をすべきかわかった。
彼は中華帝国軍の兵士。
おそらく、斥候兵だろう。
もし、美奈代が歩兵だったら、捕虜として後送も選択肢のうちに入る。
だが、現実の美奈代はメサイア乗りで、しかもこの場には斥候で来ている。
捕虜をとるという選択肢そのものがないのだ。
《た、助けてくれ》
《よし。まず、通信機に答えろ。異常なしだ》
《……第二班、丘に到達。現在異常なし》
《よし。いい子だ》
《じ、ジュネーブ条約がある。俺は投降する。だから!》
―――どうする?
会話の内容が全く分からないまま、美奈代は顔をしかめながら、宗像と兵士のやりとりを見守るしかなかった。
宗像の冷たい笑みが兵士の不安をあおるのか、兵士は泣きながら何か懇願している。
対する宗像は、その兵士から目を離すことなく、一言何かを言ったのだけはわかった。
《悪く思うな?》
その途端―――
宗像の持つコンバットナイフの刃が兵士の胸の中に消えていった。
兵士は、何かを訴えようとするように目と口を大きく開くが、そのまま動かなくなった。
「―――すぐに戻るぞ」
兵士の軍服でコンバットナイフをぬぐった宗像は、まるで何事もなかったように美奈代に言った。
「10分程度だ。斥候がやられたことを知れば、敵はこっちに来る」
「あ……ああ」
「しくじった」
宗像は舌打ちした。
「メサイアに気を取られて、斥候兵が出ていることを忘れているとは!」
「あ……ああ」
「?」
宗像は、「ああ」としか言わない美奈代を見た。
美奈代はその場にへたり込んでいた。
戦場で、あれほどの戦果をあげる近衛メサイア乗りのトップエース。
和泉美奈代。
メサイアを駆れば、10倍の敵でさえ葬り去る彼女が、兵士の死体を前に動けなくなっている。
その理由が宗像にはわかる。
美奈代は生まれて初めて、人が殺される瞬間に立ち会ったのだ。
決して気分のいいものではない。
むしろ、一生立ち会いたい光景じゃない。
それは宗像にもわかる。
自分だって、初めて人を殺した時は無様すぎるほど泣いて震えて吐きまくった。
それはわかるんだ。
だが―――
そんな美奈代に同乗している余裕は宗像にはなかった。
「和泉」
ぐいっ。
宗像は美奈代の胸ぐらを掴むと、右手を一閃した。
パンッ!
「―――正気に戻ったか?」
「……うっ」
頬にあざを作るほど叩かれた美奈代は、何度も頷いた。
「しっかりしろ」
そんな美奈代に宗像は諭すような口調で言った。
「いずれ慣れる。指揮官がそれでは部下がたまらんぞ」
「わ……わかった」
くすっ。
美奈代のマジメな答えに宗像は小さく笑った。
「な……何がおかしい」
「お前らしい。そう思ったんだ」
「悪いか?」
「悪くないが……」
宗像は突然、思いついたという顔で言った。
「もう一つ、気合いを入れてやろう」
「へ?」
驚く美奈代に宗像の顔が近づいてきた。
「……っ?」
その瞬間―――
美奈代は、自分が何をされたかわからなかった。
ただ、瞳を閉じた宗像の顔が恐ろしく近い。
そして、唇を何かにふさがれた。
その程度しかわからなかった。
理解した時には遅すぎた。
「……」
「うむ……美味だ」
「……」
「?どうした?そんなに凍り付いて」
「……」
「そうか。そんなに私にキスされたのが嬉しかったか?」
「……」
「ではもう一度」
「もういいっ!」
「何だ、恥ずかしがり屋さんだな」
「そうじゃないっ!」
美奈代は半泣きになって後ずさった。
「わ、私のファーストキスだぞ!?」
「何だ」
宗像は少しだけ驚いた、という顔で言った。
「染谷も都築も、どっちも手を出していなかったか」
「わ、悪かったな!」
「―――まぁいい」
「よくないっ!」
「和泉―――もう一度言う。斥候兵が殺された以上、敵はこちら方面へ来る。時間がないぞ」
「―――っ!」
「急いで戻ろう。海岸に強襲をかけるチャンスはもう残り少ない」
「―――っ!」
ひっぱたかれ、キスまでされた悔しさから逃れるように、美奈代は走り出した。
偽装網をくぐり、美奈代は“白雷”のコクピットにもぐこんだ。
「全騎、出るぞ!偽装網外せっ!ビームライフル装備―――敵メサイア部隊を叩く!」
「了解」
「あれ?」
美奈代を見た“さくら”が首を傾げた。
「マスター?何食べてきたの?」
「ん?」
「口紅ついてるよ?」
“白雷”が動き出したまさに同じタイミングで、魯大佐は部下に命じていた。
「各隊は俺に続けっ!」
部隊指揮官騎である“赤兎”達のエンジンが一斉に吠えた。
「日本軍のメサイアはそう多くないはずだが、部隊指揮を命じられた者は、生徒達がバカやらないように十分注意しろ!生徒達は―――いいか?俺の命じた三訓に逆らうな!」
「はいっ!」
「よし―――返事だけは一人前だ!」
李大佐は通信機に怒鳴った。
「部隊―――前進っ!」
「敵部隊、前進開始っ!」
「くそっ!遅かったか!?」
「大尉っ!」
「小清水、平野は丘陵地帯からの狙撃につけ。すまんがこの状況では中衛はつけられん。ヤバくなったら―――」
「私達だけ逃げるんですね!?」
「小清水っ!」
「すみませんっ!つい本音がっ!」
「この―――宗像ぁっ!」
「ん?」
「生きて帰れたら、ベッドでいろいろと教えてやれ。部隊長として許可してやる」
「いいのか?」
通信用モニターに映る宗像の目が、獲物を前にした猛獣のように光り輝いた。
舌なめずりさえ聞こえた気がして、涼は全身が総毛立った。
「いい」
「大尉っ!」
大声で割り込んできたのは芳だった。
その声はかなり切迫している。
「そ、それは―――涼の“初めて”は私がぁっ!」
「……好きにしろ……ったく!」
美奈代はさっき自分がされたことを思い出して頭を抱えた。
「な、何っ!?平野ってレズだったの!?」
さつきが驚いた声をあげた。
「はいっ!」
対する芳は開き直った声だ。
「うわっ、この子、カミングアウトしてるし!」
「ですから大尉っ!涼の初めては私にっ!」
「……ぅぅぅっ」
「大尉」
さくらに頭を撫でられながら呻く美奈代に、牧野中尉が言った。
「現状―――わかってます?」
「……部隊全騎っ!」
すべてを振り切るように、美奈代は怒鳴った。
「全武装安全装置解除っ!ビームライフル構えろっ!これより敵へ斬り込むっ!」
「了解っ!」
大推力を誇る“白雷”のブースターが一斉に火を噴いた。
大きく丘を飛び越える機動をとった美奈代達。
目の前の丘が一瞬で消え去り、海岸付近に展開する敵がスクリーン一杯に映し出される。
突然、目の前にメサイア飛び出してきたのだ。
中華帝国軍からの反撃はなかった。
奇襲は―――成功だ。
「―――撃てっ!」
美奈代の号令と同時に、速射モードに設定されたビームライフルが一斉に火を噴いた。
牧野中尉等、MCと“白雷”の火器管制装置は、毎分数十発の速射モードで放たれるMLを最も効率よく敵にぶつけていく。
和泉、宗像、さつき、美晴、そして山崎と都築。
六騎により放たれたMLは一発も外れることなく、中華帝国軍のメサイア達にダメージを与えた。
「なっ!何っ!?」
シールドを穴だらけにされ、左肩部にダメージを喰らった魯大佐は、突然のことに驚いた顔で怒鳴った。
「か、各騎っ!散れっ!」
そう。密集陣形で移動する今、巨大なメサイアは敵からはいい的に成っているはずだ。
敵が潜んでいることに気づかなかったのは確かに自分達の失態だが―――。
「いっ、一体、どうして気づかなかった!?」
魯大佐は、むしろそちらがわからない。
丘という地形条件があったとはいえ、これほどのメサイアが展開する中、丘の向こうに潜んでいるメサイアがわからないなんて、そんな馬鹿な!
「さすがに、私達のECMは見抜けなかったようですね」
ブースター操作を美奈代と“さくら”に任せた牧野中尉は、着地前に最後の的として、手近にいた“赤兎”と“帝刃”を選んだ。
残弾はもう残り少ないが、この2騎を倒すには十分だ。
“赤兎”のホバー部熱量が増大した。
“帝刃”は未だに動いていない。
目標をロックした牧野中尉は呟いた。
「―――遅いです」
美奈代騎から放たれたビームライフルの一撃が“赤兎”の左膝関節を撃ち抜き、もう一撃が“帝刃”の頭部を吹き飛ばした。
「各騎、武装変更っ!」
美奈代から命令が飛ぶ。
残弾はあと10発。フルチャージした場合の丁度1割だ。
―――この子は、本当にいいタイミングで命令を出す。
牧野はそれが嬉しくさえあった。
ほころぶ顔をそのままに、美奈代に尋ねた。
「斬艦刀でいいですね?」
「はい―――海上及び歩兵からの攻撃に注意しろっ!ナメてかかると痛い目にあうぞっ!」
「和泉っ!」
横に出た都築騎から通信が入る。
「かかるぞっ!」
「ああっ―――全騎っ!都築騎が楯になるっ!続けっ!」
「おいっ!」
「くっ……くそっ!」
奇襲を喰らった部隊は酷い有様だった。
すでに半分が行動不能に陥り、生徒達はあからさまなパニックに陥っていた。
MCや教官達が怒鳴りまくり、パニックを沈静化させようと躍起になっている。
もう、“無理もない”などと知った顔をする余裕さえ、魯大佐達にはなかった。
目の前に立ちはだかるメサイア達はわずか8騎。
ズンッ!
ズズンッ!
突然、後方からの爆発音が鼓膜を打った。
「何だ!?」
「ガルガンチュア部隊、被害甚大っ!」
MCが怒鳴った。
「敵、丘からガルガンチュア部隊を狙撃っ!使用したのは大規模艦砲型MLと推定―――砲幅400ミリ以上っ!」
「400!?―――ちいっ!」
文字通りの戦艦の主砲並みだ。
「ば、バケモノがぁっ!」




