謀略の中で
「大凡のことは理解しました」
ダユーは、ティーカップをソーサーに戻しながら答えた。
「何故、私達がこの時代で復活出来たのか」
「恐縮です」
ユギオは頭を下げた。
場所はあの天壇の中。
その周辺には、徹底した人類側の監視網が敷かれ、ユギオでなくても訊ねてくるのに四苦八苦した挙げ句のことだ。
しかも、その中たるや―――
「……」
ユギオは冷静を装って、目線だけを動かし、周囲を見た。
豪奢な装飾のされた室内に、ユギオとダユー以外に人の姿はない。
だが、カーテンの影や飾り付けの中から自分に注がれる視線は隠しようがないし、相手もそれで無言の圧力をかけているつもりなのは、交渉の場数を踏んだユギオにはわかる。
「あなた方のお節介が原因とは」
「ははっ」
愛想笑いでいい。
ここで反論なんかして、相手の機嫌を損ねようものなら、命はない。
死にに来たんじゃない。
交渉に来たんだ。
ユギオは続けた。
「お節介でしたか?」
「二千年以上も眠っていたのです」
ダユーは、ユギオの持ってきたチョコレートを興味深そうに口に放り込んだ。
「感謝すべきなのか―――判断が出来ません」
「感謝は求めません。欲しいのは協力です」
「ヴォルトモード卿の封印地点は私達にも不明ですよ?」
「……やっぱり」
「卿の封印より、私達の封印の方が早かった。それは確かなはずです」
「しかし、弓状列島に封印が存在する公算が最も高いはず」
「元天界軍司令部所在地……イツミ率いる第一親衛軍と、第一軍、第三軍が束になって戦った最後の激戦地」
「天壇は?」
「側面支援位しましたよ?」
少しだけ、ムッとなったダユーは口を尖らせた。
「ガムロ様と私の関係はご存じでしょう?愛人として後方攪乱から補給線の破壊まで、やりたい放題させていただきました」
「天壇が、いの一番で封印された理由がわかった気がしました」
ユギオは引きつった笑みを浮かべた。
「さすが知謀にかけてはイツミと共に賞賛された貴方だ」
「あの子以上ですわ。あの子ですら、この城は陥落せなかった」
「さもありなん……それで」
「お話を聞く限りでは、卿は弓状列島に封印されていると、そうお考えですか?」
「可能性が最も高い―――そうは申し上げましょう」
「その封印を解いて、全てを元に戻すおつもり?」
「その通り」
ユギオは再び、ティーカップを手にした。
「人類の数は多すぎる―――文明は進みすぎた。人類はこのままなら、この地球と共に自滅します」
「本心は存じませんが」
ダユーはクスリと小さく、ほんの小さく笑った。
「タテマエとしては、お見事ですね」
「戦争をするためには、大義名分こそが大切なのです。それがしっかりしていれば、カネも兵も集まる。支持は言うまでもない」
「そこまで単純かしら?まぁ、いいでしょう。私達も思うところはありますから、協力出来る所はやりましょう」
「感謝します」
「要望した物資補給は」
「日本海側に門を確保します。全てはそれからです」
「具体的に」
「弓状列島への門敷設は完了しています。
ヴォルトモード卿の封印地点とされる倉木山門開放は3日後の予定。
倉木山の門開放と同時に、その他の門を開放。
部隊を送り込んで周辺の制圧作戦を開始。
補給部隊の現地到着はそれから2日後―――正味5日ですね」
「生活上の物資はともかく」
ダユーは小さくため息をついた。
「兵器が足りませんの。城の対空・対メース防御兵器の封印解除に一苦労してましてよ?」
「メース150騎のご要望には、必ずお応えいたします。とりあえず、サライマタイプを先発して30騎をお持ちしたところです」
「ええ。性能的には、さすがに“我々”の作品の方が性能は上のようですね」
「獄族の技術は、我々にとっていつだってオーバーテクノロジーですよ」
ユギオは、勘弁してくれ。と言わんばかりの顔になった。
「獄族のメースの入手は無理です」
「当然」
ダユーは笑って頷いた。
「入手しても、あれをメンテナンス出来るのは獄族である我々だけ」
「……ですね」
「あなた方からいただいたもので“我慢”してあげますわ?」
「重ね重ね、感謝いたします」
ユギオはわざとらしく頭を下げた。
「我々としては、その忍耐と」
「―――私の知識?」
「先の戦いでも、戦時簡易型メースの開発には、随分と関与されていたとか」
「戦時簡易型の8割は私の設計でした」
「さすがです。その知識で、新たな設計をお願いしたいのです」
「……人類でも組み上げられるようなタイプ?」
「慧眼に感謝します」
「面白そうですね。わかりました。ただし」
「―――は?」
「我々は、我々の理論と原理で動きます。あなた方からの束縛は受けませんし、“協力”以外はしません―――よろしいですね?」
●東京都内 某所 天原骨董品店
「……というわけです」
ユギオはほとほと参った。という顔で目を閉じた。
「天壇が日本海に浮かぶことで、人類側が警戒。日本海側に戦力が動く。内陸部は手薄になるし」
「良いことですね。城壁の向こうに敵がいれば、視線は壁の外へ向く。内側で騒ぎを起こすには丁度良い」
神音はそう答えた。
「いいことだらけのはず。
だったのですがね?
肝心の天壇は言うこと聞いてくれないとなれば、困りますよ」
「癖のある連中だと、十分ご存じのはずだったのでは?」
「考えが甘かったことは認めましょう。まぁ、手違いはいろいろありましたが」
パンッ
ユギオは手を叩いた。
「―――今一度、お訊ねしたい」
「……何です?」
「あなたが、人類をどう思っているのか」
「唐突な上に、初めて聞かれた気がしますわ?」
「……」
「……恨みはあります」
神音は答えた。
「夫の仇」
「……十分です」
ユギオは小さく、ほんの小さく頷いた。
「お約束通り、滝川村は、協会が全力で防衛いたします。我々にも、その覚悟だけはあります」
「……お願いします。とも言いづらい立場です」
「お察しします」
「弓状列島の人類はどうします?」
「この地に一億三千万は多すぎます。全てを“元に戻した”後、滝川村に生き残った者達を、新たな弓状列島の住民として配置します。
適切な管理の元、その数を適度に増やします。
列島の自然が許容できる範囲でね」
「……」
「我々は、弓状列島制圧の後、ユーラシア大陸へ侵攻。アフリカ、アメリカへと続けます。それぞれの大陸に割り当てる人口は10万程度を想定しています。
それだけいれば十分。我々の適切な管理下に置き、自然界の一員に過ぎない人類の立場を明確にします」
「……出来ますか?」
「人間の欲望を管理さえすれば」
ユギオは楽しげに笑った。
「必要なら新たな遺伝子操作で」
「……徹底していること」
「さもなければ、この世界は死にます。我々の創造物の愚かさを理由として」
「……」
「この半世紀だけで結構です。
破壊され、絶滅した種族がどれ程いましたか?
どれ程の河川が汚染され、どれ程の魚介類が死に
ましたか?
今、この世界では、不要とされた罪無き生命が、まるでゴミの如くに、必要ならば万の単位で処理されている。
単なる非創造物の分際に過ぎない、愚かな人類の都合一つ、身勝手一つで、創造主でさえやりはしないことを、人類はやっている」
「……」
「その負担を、自然が、物言わぬ自然が支払っている」
「……」
「その負担も限界だと、天界も魔界も認めている。このままでは、本当に狂ってしまう。それを食い止めるためにも、誰かがやらねばならないことなのです」
「総人口は30億人近くに減少したのに―――足らないということですね?」
「全く足りません。総人口は3千万人を超えることは許されません」
「……」
「ご心配なく」
ユギオは言った。
「あなたに縁のあるこの弓状列島は、適切な管理の元、四季豊かな美しき国として存在し続けます。滝川の人々が、我々の管理の下に生きれば」
「それを、生きているというかは知りませんが」
神音は答えた。
「―――少し、見てみたい気はしますね。あなた方が、どういう世界を築こうとしているのか」
●魔族軍 静岡戦線メース隊陣地
目の前を、メース達が移動していく。
実験大隊から回されてきた1騎だ。
サイズはツヴァイより一回り小型で、試験騎を示す黄色に塗装されている。
外見は無骨というより、むしろ醜悪。ズルドには、デザイナーの趣味を疑いたくなるほど悪趣味に見えた。
一応、動きに問題はなさそうだが―――
「どうだ?」
ズルドはいかにも疑わしい。という顔をしかめた。
「気休め程度にはなるでしょう」
マーリンは言った。
「操縦は至って楽ですから、満足な操縦技術もない義勇兵に配備します」
「信頼性は」
「歩く程度で爆発はしません。さすがに人間界の素材で、しかも人類製ですから、耐久性の面で落ちるのはどうしようもありません」
「……そうか」
「お父様」
ズルドはその声に後ろを振り返った。
ビールの乗ったお盆を持った楓がそこに微笑んでいた。
「はい♪」
「おおっ!」
一年間飲まず食わずの挙げ句、やっと食事にありついたような、そんな印象さえ受ける程、ズルドは顔をほころばせ、ビールに手を伸ばした。
「すまんなぁ!楓!」
「いいの」
父親がビールを飲み干す姿を嬉しそうに見つめる楓を、マーリンは不思議そうな顔でみつめた。
この娘は人間のはずだ。
だが、間違いなく、その容姿と声、そして印象は在りし日に無くなったズルドの愛娘、フィーリアそのものだ。
それに―――
ビールを飲み干したズルドの肩に抱き上げられ喜ぶ楓。
―――この娘には邪気がない。
ビールを持ってきたのも、ズルドに媚びているのでさえない。
純粋に、ズルドに喜んで欲しいからだ。
軍隊の人間関係に揉まれてきたマーリンにはそれがよくわかる。
本当に、娘として父親と接しているだけだ。
そして、ズルドもそれを純粋に受け取っている。
種族さえ違うのに、この二人はまるで本物の親子そのものだ。
「おお」
ズルドは空を見上げた。
「フィーリア。流れ星だ」
その声は実に嬉しそうだ。
「願い事を言うとかなうぞ?」
「……」
ズルドの指の先。
白い光が星々の間を抜けていった。
「……あれ?」
それが何か気づいたのは、楓が人間だったからだ。
「お父様」
「ん?」
ズルドはバケ猫が猫なで声を出したような声で言った。
「願い事は言えたか?」
「あれ―――流れ星じゃないわ」
「ん?」
「あれ、人工衛星だよ?」
「人工……衛星?」
「うん。ロケットで宇宙に運んで、例えばお星様を調べたり、天気を調べたり」
うーんっと、楓は少し考えてから言った。
「地球の写真とったり」
「写真?」
一瞬、鋭い視線がマーリンと重なった。
「うん」
それに気づかない楓は頷いた。
「すごいのよ?あんな高いお空にいるのに、私達がここにいることもわかるんですって」
「……ほう?」
「学校の先生に教わったのよ?夜に天体観測で」
「そうか」
ズルドは嬉しそうに言った。
「じゃあ、父が星を教えてやろう」
「知ってるの?」
「ああ。これでも昔は船乗りだ。あの星は―――おい」
「……猫座です」
「猫座だ」
「……」
●北米航空宇宙防衛司令部
「“NAS1”通信途絶っ!」
「“ヒマワリ”消えましたっ!」
北米航空宇宙防衛司令部はパニックに陥っていた。
地球上を回る衛星が、次々と消えていくのだ。
その光景はむしろ何かの芸術作品さながらにさえ思えてしまうほど、整然と続いていた。
「何が起きているか!」
司令官が青くなって席を蹴った。
「説明しろっ!チンクの仕業か!?」
「不明っ!」
副官は言った。
「地上からの攻撃は確認されていませんっ!」
司令達の目の前で、また一基、衛星の反応が消えた。
「司令―――大統領からのホットラインです」
「貸せ―――シャウプです。はい。現在、我が軍だけではなく、無差別に近い攻撃が続いています。中華帝国軍の可能性は低いと思います。連中には衛星軌道まで到達するミサイルはあっても、MLはありません。……はい。ミサイルの発射は確認されておらず……はい……はっ?……はい。ご連絡をお待ちしております」
司令はホットラインの受話器を戻した。
「司令?」
「……わからん」
彼は答えた。
「何が起きているんだ?」
衛星軌道上に展開するのは、ズルド秘蔵の魔族軍特務隊。
人類で言えば魔法騎士だ。
魔法騎士達が衛星を片端から撃墜していることなんて、この時点では、人類は想像さえ出来なかった。
早期警戒衛星も、偵察衛星も撃墜されたことで、米軍は目を失った。
GPS衛星を失ったことで、米軍は腕を失った。
米軍主体の連合軍の圧倒的優位は、物量と人的数に勝る中華帝国軍に覆されようとしていた。
その最中、中華帝国政府は、生き残っていた通信衛星を用いて、全世界に向かって宣言した。
我が帝国政府は、魔族側よりの申し出に基づき、魔族側と和議を結び、共存の道を選択した。
数ある民族の中で、我が中華民族に対して魔族側が接触を試みたのは、ひとえに我が民族が世界の中心的民族であり、なおかつ、民族を統治する中華帝国皇帝の威厳を、魔族側も知っていたからに他ならない。
それは、中華帝国皇帝と魔族側代表との会談における、魔族側代表の態度にも表れている。
彼らは、我が中華帝国に対して刃を抜いた愚かさを悔いた。
中華帝国皇帝は、この愚かな行為をたしなめ、この大罪を諭してやった。
そして、人類を率いる資格のある唯一の民族としての中華民族の地位を改めて認め刺させ、その発展に魔族が貢献することで同意した。
寛大にして思慮深い中華帝国皇帝は、他民族の行く末を常に深く憂慮されており、未だに中華民族の指導に従わない、思い上がった愚かなる他民族に属する人々と魔族軍が戦いを続ける現状に関して、速やかな措置を講じるよう、魔族側に求めた。
魔族側は、敵対する他民族にまで思いを馳せる中華帝国皇帝の海より広い心にうたれ、全人類が中華帝国皇帝の支配下に置かれることが、人類の未来のために、唯一にして最善の人の有りようであると述べた。
そこで、中華帝国皇帝と魔族側は、中華帝国に従った国に対しては一切の攻撃を行わないことで同意した。
愚かにも中華帝国皇帝と中華民族に対し、刃を向ける愚かさに気づくことが出来ない盲目なる者共よ。
よく聞け。
我が中華民族は寛大である。
貴様等を生き延びさせるために、魔族軍との同意をとりつけた。
貴様等が生き延びる唯一の方法は、我が中華民族に臣従し、その指導下の入ることである。
そうすれば、貴様等の国は攻撃を受けないで済む。
臣従を望む国は、これより48時間以内に名乗り出よ。
さすれば助かる。
さもなければ。
心せよ。
貴様等の頭上に、死の星が落ちるであろう。




