例のメース
「邪魔」
ナターシャにそう言われ、エンプレス・ローズとギャランホルンで構成されるラムリアース帝国軍親衛隊、つまり、ラムリアース帝国軍最精鋭部隊が魔族軍と斬り結ぶ中、美奈代達は補給物資を抱えて移動を開始した。
「そんな頭数で何が出来るのよ」
はっきりそう言われれば、返す言葉もない。
かといって、他国軍と勝手に共同作戦をとることも許されてはいない。
美奈代は部下に命じた。
「移動、ポイント45に展開する近衛軍本隊と合流するぞ」
「しかし」
異を唱えたのは涼だ。
「移動ルート上には、あの第8補給所が」
「ついでに叩く」
美奈代は言った。
「手ぶらで合流するより、メースの首の2つ3つぶら下げていった方が、少なくても格好はつく!」
「り、了解っ!」
「和泉、それでいいのか?」
「宗像―――私達が後藤隊長から受けた命令は、“生き残れ”だ」
「……クックックッ……そういうことか」
「そういうことだ」
「なら、いくか」
「いこう」
「それにしても」
宗像は言った。
「第8補給所を叩くとは、敵も考えたものだ」
「そうだな」
「和泉」
「ん?」
「知ったかぶりしているなら、後でおごってもらうぞ?」
「そ、そんなことはないっ!」
「焦る所が尚更怪しい」
「……ちっ、だ、だからっ!」
美奈代はどもった口調で言った。
「第8補給所は、我々のいる右翼防衛線の後方ど真ん中にある。補給、移動共に中継点になる。我々にとって、ここを抑えられたら右翼防衛線は前後両面から叩かれる。反面、敵はその逆で叩けるわけだ」
「今晩、ベッドてパーティしてやろう」
「あ……あの」
涼が信じられない。という声で言った。
「い、和泉大尉って……」
「何だっ!」
美奈代は、指揮官としての素質を疑われた気がして、むきになって答えた。
「私だって、いろいろ考えているぞ!?」
「そ……そう……です、よね?……だから……その……両刀……」
「小清水少尉っ!」
美奈代は怒鳴った。
「通信上の発音は明瞭を心がけろっ!」
「はっ―――はいっ!」
「和泉大尉っ」
牧野中尉だ。
「前方に大規模空間異常!」
「どこですっ!?」
「第8補給所っ!」
「よっしゃぁっ!」
わき上がる金色の光を前に、アーコットは歓声をあげた。
光の中からは、続々と黒いメース達が現れてくる。
心強い増援だ。
この状況での援軍がどれほど心強い存在か。
その姿を見るだけでキスの一つもしてやりたくなっても、むしろ当然だといいたい。
「アーコット大尉、よくやった!」
そうやって現れた一騎から、そんな通信が入った。
「これで敵の後方を叩ける!」
「礼はいい!“簡易転送陣”の追加、さっさと開きな!」
「わかってる!ホウチョ、工兵隊はどこか!?」
「今、来ますっ!」
第8補給所を確保したアーコットが工兵隊に命じて設置したもの。
それは、集団空間移動を可能にする野戦型空間移動装置―――簡易転送陣。
作動時間は限られるが、仕組みは簡単で、工兵隊だけで簡単に組み上げられる。
一度、作動させれば、予めリンクされている別の簡易転送陣上から、地上のどこへでも、あらゆるものを転送させることが出来る、いわば“どこでもドア”だ。
アーコットは、これを使って混成戦隊のメース達を敵の後方に呼び出したのだ。
本来なら、大型妖魔達も呼び出したいが、短い作動時間と、メースが一騎ようやく通れるほどの狭い装置の幅を考えれば、どだい無理だ。
だから、メースと一緒に、他の転送陣を転送してもらい、その数と規模を増やすことで対応する。
即席の案だったが、ここまでは順調だ。
「アーコット!混成戦隊から20騎、引っ張って来た!」
アーコット騎の真横に移動したサライマは、アーコットとは旧知の仲であるエトラ少佐の騎だ。
「20?戦況は大丈夫なのかい?厳しいんだろ?」
20騎といえば、混成戦隊の戦力の半分近くだ。
戦線を維持出来るとはとても思えない。
「義勇軍が60騎、戦闘に加入」
「ハン……義勇軍に頼るたぁ……私達もとうとうヤキが回ったかね」
「言うな!第2、第3小隊は私と共に敵陣を背後から突く!第1小隊はここを確保しろっ!工兵隊はどうか!」
「私達はどうなるんだい!」
「君はどうとでも動け」
エトラは言った。
「その方が、やりやすいだろう?」
「―――そりゃ、そうだ」
「前方にメースの反応!数増大中!」
「馬鹿なっ!」
反応は見る間に増え続け、4騎が24騎にまで増えるのに1分を必要としなかった。
「て、敵は一体!?」
「方法は不明ですが、瞬間移動を使ったようですね」
「瞬間移動?」
美奈代は愕然として言った。
「まるでそれじゃあ……」
「人類でも、不可能じゃないんですよ?ただ、いろいろ危険なだけで」
牧野中尉は言った。
「さすが魔族ってところですね」
敵を褒めないで下さい。
本当ならそう言いたいが、美奈代もこの時だけは思わず頷いていた。
「……メース20騎」
分が悪い。
―――どうする?
指揮官として、どうする?
こういうとき、誰かに判断を任せられないのが辛い。
全ての責任が、自分に来る。
それが―――恐い。
「和泉っ!」
宗像が怒鳴る。
「敵が動いたぞ!」
「こちらでも確認している!」
戦況モニター上を移動していくメース達の反応を見て、美奈代は答えた。
「くそっ!前方からは大型妖魔、後方からメースでは!」
「違うっ!」
「何が―――ぐっ!?」
一瞬、スクリーンがホワイトアウトした。
恐ろしく強い光に襲われた証拠だ。
「こ……これは!?」
「ML!照合データ合致!」
牧野中尉が叫ぶような声で言った。
「あの……例の大型メースです!」
「むぅ……」
太平洋上空高度1万メートルに浮かぶメース、“銀龍”のコクピット。
そこで口をへの字に曲げるのは、楓だ。
「む、難しい……」
まるで算数の宿題でも前にしたように、楓は唸った。
「照準が……ずれる」
「さぁ、どうしてでしょう♪」
通信機越しの楽しげな声に、楓は頬をふくらませた。
銀龍の横を飛ぶサライマを駆るカヤノからだ。
「……教えてくれないでしょう?」
「教えてくださいって言うまではね」
「……教えてください」
「遠距離射撃は、ただ照準すればいいってもんじゃないの。敵の速度や進路、それから自分との距離といった、細かいデータ入力が必須」
「頑張ってしたもんっ!」
「してないの」
「したっ!」
「距離の設定、一桁間違えてるわよ?」
「……うっ」
「緯度経度は逆、高度が20で気温が1万5千?」
「……ううっ」
「これでデータ入力したことになる?それとも、こんないい加減な入力で、よくあんな近くに当てたって褒めたほうがいい?」
まるで母親が子供を叱るような、静かな口調に楓は、
「……ご」
「ご?」
「ごめんなさぁいっ!」
大声でそう言った。
「よろしい♪」
楓から白旗を奪ったカヤノは楽しげに頷いた。
「懲りずにもう一回、やってみましょう。今度は―――そうね」
この子に必要なのは自信だ。
自信をつけるためには、大きな戦果をあげるのが一番。
だったら?
―――ここだ。
「敵防衛線左翼。射撃は10秒ホールド。列の真ん中をなぞる感じで狙ってご覧なさい?」
「砲撃警告だと!?」
結局、アーコットは補給物資から奪った人類側兵器を補給艇に詰め込む方を優先した。
部隊や騎体のコンディションがこんな状況で、まともに人類側のデミ・メースとはぶつかりたくない。
その現実的打算が、アーコットにはあった。
調べた限り、軍内部では統制されている酒や食料、そして人類の用いる火薬系兵器は、アーコットの小隊にとっては潤沢な数、手に入った。
残念なのは、実剣系兵器が全く役に立たない程度。
それでも、何もないよりマシな結果だ。
補給艇の中に続々と物資が詰め込まれるのをほくそ笑んで見守っていたアーコットの騎体が、砲撃警告を受け取ったのは、エトラ少佐達の部隊が、敵陣の後方へ襲いかかる直前。
海からの砲撃。
しかも、その砲撃元は―――
「あ、あの疫病神が!?」
疫病神。
アーコットでなくても、ヴォルトモード軍兵士にとって、それはそういう存在に成り下がっていた。
銀龍だ。
「図体ばかりの味方殺しが!」
砲撃範囲は、敵防衛線左翼。
「隊長っ!」
「ビビるんじゃないよっ!」
砲撃警告を受け、逃げだそうとした部下を怒鳴りつけた。
「二度も同じマネするわけないじゃないか!馬鹿だねっ!」
「だ、だけどよぉっ!」
「またドシりやがったら、アタシがあいつをぶっ殺してやるさ!。補給艇への物質積み込み、遅らせるな!シンチョ、そこらに転がってるデミ・メースの残骸は立てておきな!敵への欺瞞になる!」
「へ、へいっ!」
「ズルド閣下の娘だろうが何だろうが、知ったことかい」
アーコットは空を睨んだ。
「落とし前、とってもらおうじゃないか」
「和泉、どうする!?」
「やるしかないだろう!?」
和泉は言った。
「他の部隊は空まで対処しているヒマはない。やれるとしたら、遊軍になった私達くらいだ」
「大尉、小清水です。本隊への合流は!?」
「斬艦刀一本でも渡り合え」
「そんなっ!」
「小清水と平野は後方からの狙撃にのみ神経を注げ、接近戦は私達がやる」
「本隊と共同して!」
「本隊に戦力を割かせれば本隊そのものが危ない。何より」
「何より?」
「飛行艦隊までが挟撃されたらどうなる!?帰るところがなくなるぞ!」
「―――了解っ!芳、カノンの残弾はあるわね!?」
「まかせてっ!」
涼が力強く頷いた瞬間―――
それは、国連軍防衛線左翼に飛来した。
一瞬、光が走った。
そう思った途端、大爆発がまるで地面からそそり立つカーテンのように走った。
とっさにシールドを思わず構える。
「左翼防衛線方面で大規模爆発!」
「敵の攻撃―――って!?」
爆発の後、風にながれた土煙が視界を奪い、その中を、ガンガンと土砂や様々な残骸が降り注いでくる。
その中には―――
グシャッ。
「っ!!」
シールドの端に引っかかるようにしてぶら下がったものが何か知った途端、涼は胃液が逆流した。
人間のちぎれた上半身が、両手を万歳する格好で、シールドにぶら下がっていた。
「いっ―――つっ!っ!!」
死体をはがそうとシールドを振るうが、どうしたものか、死体はシールドからはがれようとしない。
まるで、涼をからかっているかのように、手をぶらぶらと強く振るだけだ。
「な、何でっ!?」
「小清水少尉っ!」
MCの武田中尉が怒鳴る。
どうやら、中尉はシールドに死体が張り付いていることに気づいていないらしい。
「やめて下さいっ!突撃ですよ!?」
「―――っ!」
ここで遅れることは出来ない。
遅れたら―――ああなる。
涼は、シールドをなるべく見ないようにして、操縦システムを操作。
離陸を開始した僚騎に続いた。
「―――来たわね」
敵の接触警報に、カヤノは一切動じることはなかった。
「フィーリア?今日はここまで」
「えっ?」
「敵が接近中。そろそろ逃げるわよ?」
「まだやれます」
「私がダメっていっているの」
「でもぉ」
「接近戦になったら、この銀龍は不利よ?騎体壊してお父様に怒られたい?」
「……下がります」
「よろしい。攪乱幕と目眩幕を散布。戻るわよ?」
「はぁい」
夕刻。
カヤノはズルドの執務室にいた。
執務室とはいえ、中は殺風景なもので、装飾のかけらもない。
ただ、210センチという巨体を誇るズルドの体格に合わせて、天井は高く、調度品も頑丈に造られているのは確か。
とはいえ、司令官の執務室なんだから、もう少し豪華にしてもいいんじゃないか。
カヤノは来るたびにそう思う。
「―――以上です」
「……そうか」
ズルドは、娘の活躍を報告として受けたのに、浮かない顔だ。
その理由がわかるだけに、カヤノまで顔を曇らせる。
「閣下」
カヤノは怒鳴られる覚悟で言った。
「このままでは、危険です」
「危険?」
ズルドは顔をしかめた。
「戦場が危険でないはずはなかろう?」
「そうじゃなくて」
「?」
「フィーリアちゃん自身のことです」
「フィーリアの?」
ズルドは意味が分からない。
「どういうことだ?」
「フィーリアちゃん、兵器を扱うことに何の恐怖感も、罪悪感も感じていないようなんです」
「……む」
「まるで―――遊びのように」
「……」
机の上で組まれたズルドの手に、力がこもる。
「自分が扱っているものが、一体、何なのか。そして、その結果、何が起きているのか、あの子は今ひとつ分かっていません。―――いえ」
カヤノは決然として言った。
「あの子は、理解することを拒んでいるのです。
それは、あの子の優しい心が戦場に立つためには必要なことかもしれません。
あの子がおかれた立場で、閣下のために役立つためには、ああするのが最も手っ取り早いですから。
ですけど、あの子は女の子です。
閣下。このままでは、フィーリアちゃんのためになりません。
あんな優しい子は、戦場に立つべきではないのです」
「……気楽に言ってくれるものだ」
ズルドは深くため息をついた。
「まるで、何も出来ない愚かな父をなじっているようだぞ?」
「―――なじっています」
カヤノは言った。
「あの子は私にとってもカワイイ存在です。そのカワイイ存在を危険にさせる全てが、私にとっては敵です」
「上官侮辱罪で手打ちにされたいか?」
その大型妖魔が唸るような声さえ、カヤノは動じない。
「殺されても、私は本当のことを言ってると、信じます」
「……お前のように」
ズルドはカヤノから視線を外した。
「はっきりモノを言い過ぎるタイプの女は、どうも苦手だ」
「―――どうも」
「銀龍は、あいつにしか操れない。先の攻略ではしくじったが、使い方さえ誤らなければ、これほどの戦果を産み出す」
「戦果が、逆にフィーリアちゃんを深みに追いやりますよ?それでいいんですか?」
「カヤノ大尉」
ズルドは席を立つと、カヤノの前に立ちはだかった。
カヤノはそれほど身長が高くない。
155センチほどと、魔族の中でも小柄な方だ。
当然、体つきも華奢だ。
対するズルドは2メートルを越える筋骨隆々とした大男。
そして、まるでそびえ立つ巌のようなその男は、カヤノの属する軍という組織上、カヤノの生殺与奪の権を持つ男でもある。
軍司令官。
フィーリアの父。
それが、目の前の男、ズルドだ。
対して、カヤノはあくまでフィーリアの友人であり、メース操縦の教官に過ぎない。
その立場は歴然としている。
その男が、カヤノに訊ねた。
「貴様は今、何者だ?」
カヤノが去った執務室。
ズルドはソファーにその巨体を沈めていた。
「―――女、か」
―――私は、女として意見を言わせていただいています!
カヤノは毅然としてそう言い放った。
―――女だから、あんな小さい子が戦場に立つのはおかしいと思いますっ!
「……言われなくても」
ズルドは呟いた。
「俺だって、父親として反対しているわい」
腕を組んで目をつむる。
そして、今日の娘の戦闘結果を思い出した。
敵防衛線左翼への砲撃は、敵に戦線を維持出来ないほどの甚大な被害を与えた。
右翼に対する奇襲もあって、人類側戦線は完全に崩壊。
勝利は、拍子抜けするほどあっさりと魔族軍の手に転がり込んできた。
現状、人類側は防衛線を放棄、3キロ後方にまで下がった。
おかげで、魔族軍側は戦線の建て直しが極めて容易に進んでいる。
その戦果の半分は、フィーリア一人の功績と言って良い。
それは、司令部も認めていることだ。
父親として、子供がそれほどの大戦果をあげたとすれば、それは嬉しいことだ。
ただ、その子供は―――年端もいかない娘だ。
「娘に戦場に出て欲しい親なんて、いるものか……馬鹿者が」
ズルドはソファーから起きあがり、テーブルの上に置かれた酒をあおった。
「カヤノ大尉……お前の父親と話がしてみたいわ。娘が戦場で戦う父親とは、どういう気分か」
ため息混じりに見上げた先。
そこには、壁に掲げられた一枚の肖像画があった。
椅子に座った母子が、ズルドに微笑みかけている。
ズルドの亡き妻、コーシウスと、娘、フィーリアが、そこにいた。
「……コーシウス」
ズルドは、ただ微笑むだけの妻に訊ねた。
「フィーリアが戦場に出たと知ったら―――お前も、俺をなじるか?
娘を戦力として扱う俺を、非情だと、そうなじるか?」
コーシウスは、生前と変わらぬ優しい微笑みを浮かべるだけだ。
戦力が限られる中、銀龍は、いわば最強戦力として位置づけられつつある。
兵力も物資も、全てが不足する中で、たった1騎で戦線を崩壊させる銀龍は、今の魔族軍にとって何より稀少な戦力だ。
すでに、次とその次の侵攻作戦への投入が決定している。
一度、決定された作戦を覆すことは、ズルドにも出来る相談ではない。
ただ―――
それは、ズルドの愛娘なのだ。
一度、その愛娘を失った恐怖を、再び味わうことを、ズルドは何より恐れる。
自分の命と引き替えに、娘を助けると言われれば、ズルドは喜んで自ら命を絶つ。
それくらいの覚悟はある。
しかし、それはあくまで、個人の問題だ。
軍司令官としてはそんな感傷を作戦に持ち込むことは許されないのだ。
「コーシウス……俺は……どうしたらいい?」
肖像画の中で微笑む妻は、その問いかけに、答えてはくれなかった。




