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ショコラ・ショー

「戦力は半減……では効かない……か」


 鈴谷CDS《戦闘情報指揮所》のメインスクリーンには戦況が映し出されている。

 彼我の布陣状況を一瞥すると、美夜は部下に聞こえないように、小さくため息をついた。

 敵の分厚い布陣の前には、まるで紙切れ同然の、布陣と言えるのかさえ疑わしい人類側の状況。

 予定侵攻ルートが表示されても、美夜は鈴谷艦長として、どう撤退するか、そのルートを考えてしまう。 


「これでは……な」


 軍人として、その発想が問題だとは確かに思う。


 だが―――

 スクリーンは、敵性反応を示す赤で半ば埋まっているのだ。

 戦力差は考えるだけ無意味に近い。

 そんな状況なのだから、その発想はむしろ、艦と乗組員を預かる身としては当然だと自己正当化してもみたくなる。

 鈴谷の武装をちょっと増やした程度でどうこうなる数では決してないのだ。


「これはまぁ……スゴイよねぇ」

 美夜の横に立つ後藤の言葉に、美夜は思わず後藤を睨み付けた。

司令部おえらいさんも」

「はっ?」

「これで戦えってんだもん……俺なら戦う前に逃げる算段考えるなぁ」

「相手の数は大して増えていない。魔族側もさすがにあのダメージは効いたんだろうと思いますが?」

 強がってみたものの、美夜自身が、後藤の言葉を正しいと思う。

「そう思う?―――本気で」

 と、後藤はチェシャネコを彷彿とさせる嫌な笑みを浮かべた。

「……では?」

「こっちの数が減っているだけ。でも、ここでやらなければならない?」

「当然です」

 平野は視線をスクリーンを睨み付けた。

「敵も先の戦闘で痛手を被ったのは間違いない。その回復を待ってやる必要はどこにもないです」

「こっちもかなりでしょう?むしろ俺達の方が傷は深い」

「さらに傷が深くなる前にやるだけです。そうでしょう?後藤中佐」

「俺に言わせれば、自分の傷口無理矢理広げて、練りワサビでも塗り込むようなもんですけどねぇ」

 後藤はタバコを取り出し、口にくわえた。

「ああ、火はつけませんよ?単なるゲンかつぎ」

「……」

「でも、エライさんってのはどこの組織も同じですなぁ」

「ん?」

「あんなバケモノ共前に、歩兵隊なんて何の役に立つのやら」

「……後方に軽装歩兵2個師団が展開。メサイア隊が突破されたら」

「記念のエサにでもする気ですかねぇ」

「……」

 一瞬、ぶん殴ってやろうか。と、美夜は拳を固めた。

「後藤中佐」

「はいはい……冗談が過ぎますか?でもね。艦長……」

「ん?」

「ここに歩兵持ち込むことの方が、俺は最悪に冗談が過ぎる気がしますけどね」

「……あくまで個人的に」

 美夜はスクリーンを睨みながら言った。

「同感です」

「……どこのエライさんも、犠牲になる下っ端の痛みってのは、考えないもんですな」





 フィーリアの暴発により大打撃を被ったのは人類側だけではない。

 魔族も投入戦力のかなりを失った。

 それでもなお、魔族側が攻勢に出た理由。

 それは、損害はむしろ人類側の方が高く、ここで無理してでも侵攻をかければ、満足な防御が出来ないだろうと、そう判断したからに他ならない。


 つまり―――



「この戦力で敵陣に斬り込めだと!?」

 アーコットは、配下のメースを一瞥しただけで青くなった。

 静岡に攻め込んだ時は12騎だった部下の数は今や4騎にすぎない。

 その4騎でさえ、損害に補給が追いつかず、通常武装でさえ満足に装備していないのだ。

「司令部は狂ったのか!?どういうことだ!私達は警戒任務のはずだ!」

「文句を言うな」

 通信担当の司令部要員は、くってかかったアーコットに言い放った。

「戦況はすでに変化したんだ。敵の布陣が完了する前に、前に出なければ勝ちはないぞ」

「敵だって寝てるわけじゃないんだ。わかっていたはずだ!」

「こっちだって全てが見えているわけじゃないっ!」

 司令部要員は怒鳴った。

「“どうぞ殺してください”って敵をお誘いしたワケじゃないんだよ!」

「せ、せめて補給をくれっ!」

 ここで司令部要員と怒鳴り合って何が変わるわけじゃない。

 アーコットは前線の兵士として必要な要求を口にした。

「魔法弾発射筒のエネルギーでさえ、最低限度しか持ち合わせていないんだ!」

「第8補給所で準備が出来ている。2号コンテナを受領しろ。受領後に第8小隊と合流。以降は第2、第3中隊の残存部隊をもって構成される混成戦隊司令部の指揮を受けろ」

「最初からそういう事を!」

「言う前に怒鳴ったのは誰だっ!」





 一方、

「部隊全騎に伝達」

 美奈代からの通信を受けた涼は、思わず体を硬直させた。

 騎体が揺れたのは間違いない。


 ―――後で和泉大尉に怒られるかな。


 涼はそう心配しながら、モニターに映し出される光景を見た。


 目の前に広がる一面の焼け野原。


 かつて、ここには巨大な工場群が建ち並んでいたというが、正直、信じられない。


 焼けて曲がった鉄骨と元が何だかわからない歪な黒い塊が埋め尽くす平地。

 目の前に広がるのはそれだけにしか見えない。

 あちこちに開いた爆撃痕が、ここでかつて何があったかを物語っている。 


 涼達は、シールドを構えながら低速で空を舞っている。


 その背後には、電子装備を狂わせる狩野粒子影響下でも活動可能な用に再設計《単に電子装備なしで飛べるように設計されただけ》軍用ヘリ、UH-1NEEが、機体に吊した87式地雷散布装置を使って地上に地雷を蒔いている。

 最低でも12.7ミリ相当の破壊力を持つ魔族軍の弓兵からすれば、ヘリなんて空飛ぶマトでしかない。

 飛来スピードが遅いおかげで、こうしてメサイアとそのシールドで防御することが出来るのが唯一の救いだ。

 飛来物体を告げるアラームがいつ響くか、涼は内心でびくついていた。 

 何しろ、回避は許されない。

 シールドと装甲に意地でもぶつけなくてはならないのだ。

「地雷散布終了。ヘリが後退する。後退確認後、ポイント04に展開する。フォーメーションは逆楔」

 その言葉が何より嬉しい。

「小清水了解」

「司令部より追伸。敵主力部隊に動きなし。全部隊は別名あるまで現状を維持」

 ほうっ。

 知らずに安堵のため息が出た。

 待機命令が出ている間は、少なくとも戦わずに済む。

「現状、対戦車・対人ミックスの地雷原が敵陣地との間に展開されています」

 騎体を指定陣地に展開させた涼は、MCメサイアコントローラーの高良中尉から説明を受けた。

「突撃が予想される敵を地雷でなるべく食い止め、突破してきた敵を撃破する。 

 メサイア部隊は先の戦闘で大幅減。

 実質、この地域でのメサイア投入数は、戦闘開始時点と比較して68%に低下。

 その穴を戦車隊と砲兵隊が埋めます」

「火力で敵を圧倒する策ってことですか?」

「それが唯一の策です」

「第一波だけしか地雷原は効かないですよね」

「まぁ、そうですけど、他に方法もないですし。幸い、沿岸部のため、艦砲と列車砲による砲撃支援は期待出来ますけどね」

「……はぁ」

「最悪は歩兵隊が出ます……意味があるのか、私には言えませんが」

「……」


「各騎、和泉だ」

 通信機に美奈代の声が響く。

「待機命令が延長された。敵に動きなし。今のうちにコクピット内で休息をとれ」

「小清水、了解」

 メサイアの駆動音と振動のみが伝わるコクピットで、涼は目を閉じる。


 ―――何か、暖かいものが飲みたいな。


 ふと、そう思った。


 エンジン音で目を開ける。

 ドイツ軍のメサイア隊が通過していく所だった。

「?」

 不意に、コクピット内に甘い香りが漂っているのに気づいたのは、その時だ。

 見ると、精霊体“とき”が、紙コップをおずおずと差し出していた。

「……あの」

「何?」

「高良中尉が“どうぞ”って……」

「……ありがと」

 中身はどうやらココア。

 涼が手を伸ばし、コップを掴もうとしたが、

「あっ!」

 STRシステムに袖をひっかけ、危うくコップを落とすところだった。

 ココアの飛沫が涼と“時”の手に飛んだ。

「熱っ!」

 グローブをはめている涼はともかく、白いスモックを身にまとうだけの“時”は素手だ。

「バカっ!」

 コップをSTRシステムの窪みに置くと、涼は慌てて“時”の腕を掴んだ。

「大丈夫?火傷した?」

「えっ?」

「もうっ。精霊体って火傷の薬使えるの?……えっと、とにかく冷やさなくちゃ」

「あ……あの」

「エマージェンシーキットは……もうっ、取りづらい所に入れるんだから」

「わ……私、大丈夫です。私達精霊体は、この姿でいる時は……って、あの……?聞いてくれてます?」

 “時”は手をさすりながらそう言ったが、

「ダメよ!」

 涼は怒鳴った。

「女の子でしょう?痕が残ったらどうするの!」

「で、ですから」

「とにかく手を出しなさい。……何よ、メディカルキットに火傷の薬がないじゃない」

「火傷対策の薬は……それですけど」

「え?これって、火傷の薬なの?」

 涼は驚いた様子で手にしたクリーム入りのチューブを見た。

「はい」

「わ、私……洗顔ローションだと思ってた」

「……いえあの」

「だってこれ!すっごくお肌のツヤがよくなるのよ?私、毎日使ってるのに」

「た、確かに成分には肌細胞の活性化が期待出来る成分があるんですけど」

「……もしかして、呆れている?」

「……はい」

「……」

「ああっ!ご、ごめんなさい!つい本音が!」

「余計悪いっ!」

「ううっ……」

「と、とにかく」

 コホンと、わざとらしい咳をした後、涼は赤面しつつ言った。

「ココア、こぼして悪かったわね」

「ココア?」

 紙コップの中身をじっと見た“時”は首を傾げた。

「これ、ホットチョコレート」

「……同じでしょ?」

「えっ?そうなんですか?」

 “時”は、うーん。という顔になった。

 ようやく情報に行き着いたらしい。

「ホット・ココアはココアパウダー、砂糖、濃縮剤から作られますけど、ホットチョコレートは、板チョコレートへ直接お湯や温かいミルク等を注いで作るか、あるいはダーク、セミスウィートまたはビタースウィートのチョコレートを小さく刻んで、砂糖を加えたミルクへ入れかき混ぜて―――痛い痛いっ!」

 “時”は突然、涼にヘッドロックをかけられ、頭を拳でグリグリとやらた。

「―――あ・の・ね・ぇ」

 “時”の頭をグリグリし続けながら涼は言った。

「そんな小難しいことはどうでもいいの」

「そ、そうですか?ホットチョコレートはフランス語でショコラ・ショーとも言って―――痛ぁいっ!」

「蘊蓄傾けているヒマがあるなら、味わいなさい。冷めちゃうじゃない」

「で、でもこれって、小清水少尉にって」

「もの凄く飲みたいって顔してるでしょ?それともいらないの?」

「で、でも」

 突き出されたココア入りのコップ。

 “時”は困った顔でコップと涼の顔を交互に見た。

「小清水少尉に渡すっていうのが、私の受けた命令ですから」

「受け取ったわよ」

「……まだ、飲んでいません」

「受けた命令は、“渡せ”でしょ?“飲ませろ”じゃなくて」

「……それ屁理屈。わぁぁぁんっ!」

「どっちが屁理屈かましてるのよ?ほら」

 ココア入りのコップが“時”の目の前で揺られ、甘ったるい湯気が“時”の小さな鼻をくすぐる。

 ごくっ。

 “時”が唾を飲み込んだ音がコクピットに響く。

「―――ほら」

 コップを手渡され、“時”は困った顔を涼に向けた。

「飲みたいなら飲みたいって素直になる。子供は素直が一番」

「あ……ありがとう、ございます」

 一瞬の躊躇を見せはしたが、“時”は思い切ってコップに口を付けた。

 甘く、暖かい液体が舌を包む感触に、“時”の顔が思わず緩む。

「うん」

 涼はその顔に満足したように頷いた。

「いい顔する」

「えっ?」

「おいしいって顔してる。いいことよ?」

「あ、ありがとうございます」

「それにしても……」

 涼は感心したように“時”を見た。

「あんた、アタマいいんだね」

「え?」

「ホットチョコレートとココアの違いとか、よく知っているじゃない」

「あ……ありがとうございます」

「ショコラ・ショー……か」

 うーん。と唸った後、涼は一言、

「決めた」

 と言った。

「えっ?」

「あんた、これから“時”じゃなくて、その名前にしてあげる」

「あ……あの?」

「うん。“ショコラ・ショー”、略して“ショコラ”……もっと略して“ショコたん”かぁ……かわいいじゃない」

「こ……困ります」

「慣れなさい」

「……でもぉ」

 “時”はそっとコップを涼の顔の前に出した。

「冷めちゃいますよ?」

「ありがと」

 涼はコップに口を付けた。

 他人が口を付けたコップなのに、不思議と嫌悪感がわかない。

 やや冷めかけているが、それでも口いっぱいに広がる甘さが心地よい。

「“しょこら”」

「……せめてカタカナ変換してください」

「緒湖裸」

「……ううっ……怒りますよ?私、ホントに怒っちゃいますよ?あんまりヒドイ冗談はイジメなんですよ?嫌いになっちゃいますよ?それでもいいんですか?」

「……高良中尉みたいなこと言わないの。いい?ショコラ、覚えて置いて?」

「何をです?」

「私、ココアは角砂糖3つ」

 目をぱちくりさせたあと、“時”改め“ショコラ・ショー”は微笑んで頷いた。

「―――はい♪でも……」

「ん?」

「これはホットチョコレートです」

「あんたも結構、強情ね」



「―――まぁ、そうなるよねぇ」

 うんうん。とコクピットで頷くのは、涼達の会話を通信機越しに聞いていた芳だ。

 あの可愛いモノ好きの涼が、精霊体という、いわば「愛らしい」という言葉を具現化したような存在を前に冷たい態度をとり続けることなんて出来るはずがない。

 ダイエットに成功したことのない“あの涼”のこらえ性のなさは天下一品だ。

 涼にとっては不本意だろうが、その芳の読みは外れていなかった。

「お二人とも、仲良くなったみたいで、よかったです」

 同じように聞いていたMCメサイアコントローラー、川崎美由紀少尉がのんびりした声で言った。

「ホットチョコレートがつなぐ友情―――ですか」

「ココアでしょ?」

「違います。ホットチョコレートは―――」

 一通り、ホットチョコレートとココアの違いについて蘊蓄を傾け終えた美由紀に、芳は言った。

「あのね?美由紀さん」

「はい?」

「……もし、“時”が人間だったら、美由紀さんの妹だって、私、かなり本気で思うよ」





「補給が間に合ったってワケかい?」

 サライマのコクピットから降りたアーコットに声をかけられた整備士官が答えた。

「業者がようやくきたんですよ。魔界から人間界に通じるルート、その騒ぎでかなり混乱しているようで」

「―――けっ。ドンパチの勝敗が運送業者の都合で決められちゃ、死んでも死にきれないよ」

「ごもっともで」

 整備士官はコンテナを親指で指しながら言った。

「魔法弾発射筒―――口径は80番を4丁、マガジンは1丁につき4、弾薬は合計2千発」

「接近戦装備は?光剣はないのかい?こっちは実剣しかない」

「勘弁してくださいよ。こっちもこれが精一杯です。でも、いい方法がありますよ?」

「―――敵から奪えってのかい」

「ご明察」

 舌打ちした後、アーコットは手にした端末上で戦況データを開いた。

 端末のモニター上に周辺の敵味方の布陣状況が表示される。

「敵の補給拠点は……ここから約10キロか」

「ここは、戦闘開始と同時に後退します。戦況に注意してください?」

「ありがとよ」

 アーコットがサライマに戻ろうと、歩き始めた瞬間。


 ズズズズズッ……ズンッ。


 鈍く粘っこい、連続した爆発音が響き渡った。


「どっちだい?」

「人類側ですね。海から攻撃でしょう」

「フネがあれば……贅沢な話かねぇ」

「贅沢です」

「そうかい」




「海軍の砲撃、定刻通りスタートです」

「うん」

 美夜はスクリーンを目にしながら頷いた。

 駿河湾に展開した艦隊は、大日本帝国海軍連合艦隊から第一戦隊、ドイツ帝国から派遣された高海艦隊ホーホゼーフロッテから第二機動戦隊。

「派手ですなぁ……」

「砲撃は380ミリ砲以上の戦艦が計10隻、155ミリ砲以上の巡洋艦が12隻。あとは商船に無誘導式ロケット砲が積めるだけ」

「さすが軍隊……無茶苦茶しますな」

「そんな無茶でもやらなれば、このいくさは勝てませんよ」

「……ごもっとも」



 平野の言う“無茶”をやっているのは、軍艦ではない。

 大型コンテナ船にロケットランチャーを搭載しただけの別名「ロケット船」だ。

 「ロケット船」は、中華帝国との交戦状態突入と同時に、帝国領内で拿捕された元中華帝国船籍の大型コンテナ船を改装、ロシアと共同開発した9K62-3型300ミリ20連多連装ロケットランチャーを10基、ランチャー交換用のクレーンを同数搭載しただけの簡単な艦。

 その船内には莫大な数のロケット砲を貯め込んでいる。

 ロケット砲自体は、有効射程は約35キロと短いが、沿岸攻撃に限定すれば十分であり、無誘導故の命中精度の低さも、面攻撃という使用法を考えれば、問題にもならない。

 撃ち尽くしたロケット砲発射筒を交換してケーブルを差し込むだけで発射可能という、とにかく全般に渡って取り扱いが容易な特徴が評価され、この戦争が始まるまで、トヨタ製トラックと共に大量に海外輸出されていたシロモノだ。


 船に乗り込むのは、陸軍から派遣されたロケット砲兵ではない。

 彼らから最低限度の操作訓練を受けただけの商船員だ。


 “エンペラーのオルガン”

 9K型独特の発射音はそう呼ばれるほど、オルガンの音に近い。


 ―――俺は一生、オルガンが嫌いになれる。


 簡単な装甲が張られた艦橋でロケット砲発射の光景を見守っていた、コンテナ船“無双丸”の加藤船長は本気でそう思った。

 軍艦が嫌いで商船乗りになったのに、気が付いたら軍艦並に改装された船を任された。

 とにかく忙しい。

 数キロ先で戦艦達が頑張っているらしいが、司令部からは矢継ぎ早に「早く撃て」「次を撃て」の催促ばかりだ。

 本気で戦艦達が撃っているのか聞きたくなったとしても、文句を言われたくさえない。

「9……10!船長、4回目、終わりっ!」

 各ランチャー担当要員が頭の上で丸を作って発射の完了を告げる。

 それを確認した見習いが加藤にそう報告した。

「よしっ!5回目装填しろっ!」

「次のタマは!?」

「えっと……クラスター―――違うっ!気化爆弾だ!6回目はクラスターだぞ!」

「5回目装填!種類は―――気化爆弾っ!事故に注意しろよ!?」


 ギュイィィィィンッ


「伏せろっ!」

 背筋の寒くなるような音が近づいてくるのを感じ、弓兵隊を指揮していた魔族軍指揮官エウレカは、とっさにそう叫んだ。

 部下全員に聞こえた自信はない。

 だが、そう叫ぶしか彼には選択肢がなかった。

 彼が大地にしがみつくか否かの刹那―――


 ズズズズズッ……ズンッ!


 爆発音と共に襲いかかってきた爆風に吹き飛ばされた。


「くそっ!大丈夫か!」

「はいっ!」

 昨日洗濯したばかりの服はもう泥まみれだ。

 部下達は全員無事。

 それだけが唯一の救いだ。

「畜生……」

 敵はすぐ近くを進んでいた大型妖魔達を狙ったらしい。

 数体の大型妖魔が体を切り刻まれ、のたうち回っていた。

 いくら何でも、あれほど暴れ回ってはコントロール出来ない。

 処分されるのが関の山だ。

 無数と言い切れるほどの規模を誇る妖魔部隊の中の数頭に過ぎないが、ああされてはさすがに気の毒だとは思う。


「軍曹っ!」

 通信装置を持った部下が怒鳴る。

「第二波、突入しますっ!」





「砲撃を突破されたぞ!」

 連続する爆発音と地響きに、涼は我を忘れていた。

 通信機のスピーカーから入る美奈代の怒鳴り声にようやく現実を取り戻すことが出来た。

 陣形は逆V字。

 自分と芳の射界を確保するため、和泉大尉が命じた配置だ。

 涼はそこまで理解すると、“ショコラ”に言った。

「しょこら」

「カタカタ」

「カタカナでしょ?」

「……ううっ。高良中尉は第4射までの射撃予定完了してます」

「……ホント、砲撃任務に就いてると、あんたとMCメサイアコントローラーだけで戦争出来るわね」

「そんなことありません」

「そうかな?」

「そうです」

「じゃ、私は何すればいいの?HMC(ハイ・メガ・カノン)は射撃は高良中尉の仕事よ?」

「無事に当たるようにお祈りするとか、応援してあげるとか―――あっ、そうだ」

 ショコラはどこからから、板チョコと簡単なコーヒーメーカーを取り出した。

「ホットチョコレートを作るって手もありますが?」

「……お祈りすることにするわ」

 涼は言った。

「後で、あんたのお尻ペンペン出来ますようにって」


 コクピットで精霊体相手にギャーギャー始めた涼騎を後目に、芳はMCメサイアコントローラーの美由紀との打ち合わせに余念がなかった。

「第4射までが限界だね」

「はい。第5射目を撃つ前に敵がここに殺到します」

「数は大型妖魔だけで100以上……こっちはドイツ軍を入れてもメサイア35騎……」

 ポリポリ……思わず頭を掻く。

「これで侵攻しろって……元から無茶だったんだよねぇ」

「どこかにリセットボタンが欲しいですねぇ」

「ホント……美由紀っち、そろそろお願い」

「了解―――全騎へ通達。こちら平野騎川崎、HMC(ハイ・メガ・カノン)、射撃最終シークエンス突入。射撃体勢完了」

「こちら和泉だ。突入する妖魔は新型。

 正直、HMC(ハイ・メガ・カノン)だけが頼りだ。

 射撃可能になり次第、各個に撃て。

 早瀬、宗像は散弾砲にスラッグショット装填。

 307ミリなら何とかなると信じろ。

 HMC(ハイ・メガ・カノン)第4射発砲と同時に散開。ポイント65へ後退」


 モニターに捉えた早瀬騎がマガジンを交換する様子が見て取れた。

 地面が揺れだしたのは、その時だ。

「敵、大型妖魔がこちらへ殺到中、数40」

「美由紀っち―――お願いね!」

「了解―――射撃、開始します」

 “白雷はくらい”が構えた大型砲がついに火を吹いた。

   

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