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相性は大切です

「却下」

 ポンッ。と、デスクの上に放り投げられた書類を前に、美奈代は眉をひそめるだけに抑えた。

「何故ですか?」

「さぁ?」後藤は椅子にもたれかかりながら、相変わらずのやる気のない声で言った。

「何ででしょう?」

「―――っ!」

「あのなぁ。和泉」

 後藤は続ける。

「お前、あいつらを何だと思ってるんだ?」

「同僚―――いえ」

 美奈代は言い直した。

「部下です」

 正直、その答えで合っているのかさえ、自信がない。

「撃破記録はないけど、出撃回数6回と5回だ」

「……」

「いいか?まがりなりにも実戦経験者だぞ?お前さん、その意味わかってんの?」

「はい」

「わかっていて、機種転換訓練を一から地道にやる必要があるって、本気で言う?」

「自分の経験からです」美奈代は語気を強めながら言った。

「“白雷はくらい”は、普通ではありません」

「連中、乗せてみた?」

「まだです」

「だからさ」

 後藤の大きなため息。それが美奈代の神経に触れた。

 後藤はデスクに放り出された書類を指さしながら、

「まず、連中の腕前見てからこういうの作ってよ」

「……」

「わかった?」

「―――はい」

「短い休暇だ。無駄なことで浪費しないの」

「……」

 美奈代は姿勢を正すと、

「失礼しました」

 一礼の後、後藤の部屋を出ていった。

「……やれやれ」

 後藤は、ぼんやりと美奈代の出ていったドアを眺めながら、タバコを取り出した。

「親心というか、完璧主義というか……」

 後藤は、デスクの上に放り出した書類の題名をもう一度見た。

 “白雷はくらい”機種転換訓練計画。

 そう書かれていた。


 涼と芳のために“白雷はくらい”転換訓練に美奈代が要求してきた期間は一ヶ月。

 書類の上ではかなりタイトなスケジュールが組まれているのは確かだ。

 メサイア部隊を率いる以上、後藤にもそれがわかる。

 普通のメサイア機種転換訓練なら花丸をつけてやりたい内容だと、後藤も思う。

 だが―――

「次の作戦は……すぐだからねぇ」

 今は戦時中だ。

 一ヶ月もくれてやる時間はない。

 そして涼達は実戦経験者。

 対象者自身が、自分を新人同様に扱われるのをよしとするはずがない。

 なにより、後藤が美奈代に要求しているのは、


 涼達をとにかく“白雷はくらい”を“動かせる”状態にしろ。

 それで戦死すれば、それはそれで仕方ないし、なにより死んだ奴らが悪い。

 

 つまり、性能を100%完璧に引き出せるようにしろとは決して言っていない。


「やれやれ……」


 後藤は引き出しから人事関係のファイルを取り出し、美奈代のデータを見た。


「大局を分析する能力に秀でており、参謀としての素質は大。ただし、細部を見落とす傾向と、緊急の事態に対する対処能力に欠陥有」

 二宮の字で、評価欄にそう書かれていた。

「ようするに、見落としが多いマジメな試験秀才ドノってことか……戦場じゃ一番いらないタイプじゃないか」

 ポリポリと頭を掻いた後藤は、

「俺なら、こう続けるけどねぇ……」

 “富岳生命”と書かれたボールペンを取り出すと、何かを書き込もうとした。


 ジリリリッ!


 デスクの上の黒電話がなったのは、その時だ。

 軍艦の中でダイヤル式の黒電話というのは、さすがに後藤もどうかと思うが、文句を付ける立場にないことは自覚していた。


「はい後藤。ああ。みなみちゃん?……わかりましたよ。名前で呼んだらセクハラってのはよそうよ高崎先任軍曹。いやしかし、先任軍曹って、長いよね。みなみちゃんってのが一番……はいはい。どうしたの?何?俺の声、聞きたくなったの?いや。嬉しいなぁ……そりゃ厳しいな……ううん?ワルガキ共のおかげ。どっちにしても今度減俸されたら俺タダ働きだよ?頼むよ。助けると思って……ありがと―――で?」

 後藤はタバコに火を付けた。

「魔族軍が動いたって、どっち方面で?」




●近衛軍演習地

「そりゃぁぁぁぁぁっ!」

「甘いっ!」

 “白雷はくらい”同士が剣を交える。

 その動きはよく訓練された兵士のそれだ。

 “白雷はくらい”を駆るのは涼と芳。

 美奈代達はそれをコクピットから見ていた。

「悪くないんじゃない?宗像、どう思う?」 

「うぅむ……」

「どうしたの?」

「何か……こう……ヘンなんだ」

「欲情した?」

「平野は絶対にペットにしてやる……そうじゃない」

「こ……こっちは冗談だからね?」

「ただの通過儀礼だ。第一、あの二人は訓練校を出ていないんだぞ?」

「なら、あの子達いくつ?」

「今年で18だという」

「私達より年下じゃん!」

「中学卒業と同時に近衛軍生徒として採用になった関係だ。ちなみに二人とも、オトコはいない」

「オトコ関係ない」

「さつき。嫉妬やくな」

「誰がよ!」

「宗像」

 通信に割り込んできたのは美奈代だ。

「どういうことだ?」

「二人とも軍隊生活だ。ロクでもないオトコばかりのおかげで、見る目が養われても」

「違う」美奈代は言った。

「ヘンだと言う言葉の意味だ」

「辞書を引け」

「宗像」

「……見てわからないか?」

「わからないから聞いている」

「私にもよくわからん」

「?」

「ただ―――あの二人の操縦には奇妙な違和感を感じるんだ……何だ?」

「違和感?」

「ああ……和泉や早瀬、都築や美晴に山崎。皆の動きを見てきたが、彼女たちの動きはどこか違う」

「腕は確かだぞ?」美奈代はモニターに二人のデータを開きながら言った。

「幻龍、幻龍改共に搭乗経験あり。あのFly rulerの初陣も彼女たちだ」

「……それが、ヘンなんだ。恐ろしく違和感がある」

「模擬戦やって見たら?」

「いや……やめておこう」

「上官としての威信にかかわる?」

 クスクスと笑うさつきのツッコミに宗像は冷静に答えた。

「逆だ」

「逆?」

「下手すると殺してしまう。そんな気がする」




●「鈴谷」ハンガーデッキ

 美奈代と宗像が坂城に呼び出されたは、昼食が終わる頃だった。

「……」

 室内に入った美奈代に何と声をかけようか。

 メサイアのデータ管理を行う坂城の顔は明らかに迷っていた。

 美奈代達の敬礼に答礼するのがやっとだ。

「あの?」

「小清水のことなんだが」

「はい」

「嬢ちゃんはどう思った?」

「……それについてなんですが」

 美奈代は、ちらと宗像を見てから言った。

「宗像も、どこか不思議な違和感を覚えています」

「違和感?」

「はい。動きに問題はない。技術面でもです。これは確かだと、宗像も認めています。しかし、どこかひっかかる。何かがおかしいって」

「……成る程?」

 坂城は納得した顔で頷いた。

「中尉への抜擢は伊達じゃねぇな」

「どうしたのです?何か問題が?」

「大ありだ」

「?」

「違和感の正体ははっきりしている」

 坂城がアゴでしゃくったのは別な整備兵の操作するモニターだ。

「何です?」

 のぞき込んだモニター上には棒グラフや折れ線グラフがひっきりなしに動いていた。

 チラリと宗像を見るが、宗像も首を横に振った。

「二人とも初めてか?コイツを見るのは」

「はい」

「見たことはありません」

「こいつが、精霊体と騎士、MCメサイアコントローラーのバランスを見るセンサーだ」

「同調率のことですか?」

「さすがだな。宗像さんよ。その通りだ」

「それで?」美奈代は訊ねた。

「これでよく相性がいいなんて言われたもんだ」

「そんなに悪いんですか?」

「D-SEEDの姫さんは別だが」

 坂城はそう断った。

「トップはまず都築と十六夜いざよい。このコンビは伝説レベルだ。……ああ、嬢ちゃんと“さくら”コンビ以下、この部隊の古株は恐ろしくバランスがとれている」

「それが?」

 そう言って、美奈代は嫌な予感がした。

「嬢ちゃん達見てるせいだ。そう言いてぇのは山々なんだが」

 坂城は頭を掻きながら言った。

「小清水が同調率56%。これじゃなぁ」

 同調率100%で、メサイアの力を100%引き出しているとされる。

 だが、半分以上は引き出しているなら十分ではないか?

 実際、座学でそう教わった覚えもある。

「坂城整備班長。50%で許容範囲と聞いていますが?」

「宗像さんよ。そりゃ量産騎レベルでのことだ」

 坂城は首を横に振った。

「こいつは特殊騎だ」

「しかし」

「56%じゃ特殊騎は乗せられねえよ」

「どうしてです?」

「どうしてって……」

 坂城があきれ顔で言った。

「嬢ちゃん達、まさかとは思うが」

「は?」

「自分達の“白雷はくらい”との同調レベル知らないわけじゃねえだろうな」

「知りません」

「……本当か?」

「はい」

「ハァ……二宮さん、今度出会ったら、レンチでブン殴るとするか」

 坂城は肩を落としながら言った。

「嬢ちゃん……そう言うところは似るんじゃねえぞ?草葉の陰でオヤジさんが泣くぜ?」

「あの……自分達はそんなにヒドいんですか?」

「“白龍”搭乗資格上の同調率は80%、推奨値は90%。教官達や瀬音さん、あとは都築は合格してんだよな」

「都築が?」

「ああ。ただし、精霊体が十六夜いざよい限定でな」

「気にいらん」

「宗像、落ち着け」

「何しろ、都築は同調率98%、伝説の瞬間最大出力150%をたたき出したことだってある」

「……」

 あまりの数値に、美奈代は言葉を失った。


「通常戦闘時、部隊平均が85%だ。

 いいか?

 みんながみんな、それほどのレベルで騎体の潜在ポテンシャルを完璧以上に引き出して勝って―――いや、ようやくに生き延びてきたんだ。

 それと比較してみろ。56なんてないに等しいんだぜ?」




「どうする?」

「どうすると言われても」

 自販機の前で美奈代と宗像は途方に暮れていた。

 せっかくの新入り。

 仕事は出来そうだと思っていたら、全く使えないどころか足手まといだと言われたのと同じだ。

「こういう時」

 こぶ茶を飲みながら、美奈代はぼやいた。

「責任押しつけられる分、教官達の存在がありがたかったな」

「どういう言い分だ」

 塩入コーヒーを飲みながら宗像は言った。

「大体、なぜ昆布茶だ?趣味が悪いぞ」

「塩入コーヒーなんて、お前は海軍か」

「飲んで見ろ。美味いぞ」

「コーヒーなんて飲んだら眠れなくなるぞ?」

「子供か」

「……はぁ。とりあえず、あまり期待しない方がいいな」

「ああ。後方支援に回すしかない」

 宗像は頷いた。

「あの違和感は、レベルの違いだったワケか」

「とりあえず」

 美奈代はこぶ茶を飲み干した。

「戦ってもらう。それしかない」

「……見殺しにする気か?」

「あの子達だって」

 紙コップが見事な曲線を描いてゴミ箱に消えた。

「子供じゃないんだから」



 それから4時間後。

「ほら……食べろ」

 食堂で、宗像が涼達にそう言ったものの、肝心の涼達は青い顔をしたまま首を横に振るだけだ。

 近衛軍最新鋭メサイア“白雷はくらい”に乗れる。

 搭乗前まで興奮していた二人の顔に、喜びはない。

 倒れていい。

 そう言われたら本当に倒れてしまうだろう。

 二人とも、コクピットであちこちぶつけたんだろう。湿布と絆創膏だらけだ。

「吐くモノがないと、あとで辛いのはお前達だぞ?」

 宗像に食事の載ったトレーを突き出される。

 料理の匂いに胃が刺激され、涼は吐き気を堪えようと口元を押さえた。

「―――っ」

「喰え。これは部隊副指揮官としての命令だ」

 宗像はそう言うが、体はどうしようもない。


 無理もない。


 宗像もそう思う。


 何しろ、美奈代が情け容赦なく模擬戦で叩きのめしまくったのだ。


 だが、この後も模擬戦がまだ続くのだ。

 しかも、夜間集団戦闘。

 危険性は昼間の単独模擬戦とはケタが違う。


「もう一度言う―――これは命令だ」

「……っ!」

 一瞬、恨めしそうな視線を送ってくるが、それでも二人とも箸を手にした。

「……」

 ドンッ。

 そこへ、二人の前にお茶の入った急須を置いたのは美奈代だ。

「茶漬けにして無理にでも胃に流し込め。胃に落とせば何とかなる」

「は……はい」

「せめて明日の朝飯は、生きて食べられる状態にしておけ?あまり弱っていると、死ぬか宗像に喰われるぞ?」

「どういう意味だ」

 訝る宗像を無視する形で、美奈代は涼達に告げた。

「出撃が決まった。実戦だ」

「早すぎる!」

 食って掛かったのは宗像自身だ。

「こいつらを殺す気か?」

「しかたない」

 訝る宗像に、美奈代は軽く肩をすくめた。

「これは命令だ―――鈴谷は明日2200をもって出港。明後日0500時、我々は再び静岡戦線へ移動する。魔族軍が再び軍を集結させている。このままでは、あの戦いで払った犠牲の意味が無くなる」

「……あの“キングギドラ”は?」

「“メカゴジラ”のことか?現状、発見されていない」

「よかった!」

 さつきは安堵のため息をついた。

「あれ倒しに行けっていわれたらどうしようって、本気で焦った!」

「その通りだ」と美奈代は言った。

「だよね?」さつきは楽観的に何度も頷いた。

「いくら何でも、そりゃあんまりよ」

「そのあんまりが、今度の仕事だ」

「……へ?」

「敵の侵攻を阻止するのと同時に、やっこさんが次に現れたら叩き殺す―――それが、我々の任務だ」

「誰よ。そんな命令出すヤツは」

上層部おかみのことは知らんが」

 美奈代は青くなっている涼達に告げた。

「安心しろ。前衛には絶対に出さない―――“白雷はくらい”は棺桶じゃない」

「和泉?」

「二人には、我々のバックアップを任せる」

「はっ―――はいっ!」

 おびえた様子の芳に、美奈代は微笑んで見せた。

「心強いな。これよりの訓練は、戦闘機動に加え、銃の操作も加わる。“白雷はくらい”のFCSは“アリア”より上だ。期待しているぞ?」

「はいっ!」

「はいっ!―――って」

 美奈代の言葉の意味に先に気づいたのは、涼の方だった。

「銃の操作も加わる……って?」

「訓練は続行する。夜間訓練の後は射撃訓練。いいか?時間がない。食事を済ませたらさっさと搭乗しろ」

「……」

「……」

「―――な?鬼だろ。和泉は」

 宗像に耳元で囁かれた涼は思わず頷いてしまった。

「あ!い、いえその!」

「時間がないんだ!」美奈代は語気を強めて言った。

「死にたくなかったら、今が堪え時だぞ!?」





●近衛軍演習場


 ギィンッ!

 涼騎の操る薙刀が美奈代騎の刀を弾き、刀の切っ先が明後日を向いた。

「やったっ!」

 メサイアの重量を乗せた薙刀の一撃が美奈代騎の脳天にむかって振り下ろされる。

「そこぉっ!」

 

 ―――勝った!


 本気でそう思ったが、


「―――へっ?」

 次の瞬間、薙刀が斬ったのは空しい宙だけだった。

 美奈代騎が涼の視界から消えた。

「どこっ?」

 その答えは、後ろから来た。

 ドンッ!

「ぐっ!?」

 背中に受けた衝撃に息が詰まる。


 ピーッ


 MCメサイアコントローラーから通信が入る。

「コクピットブロック大破―――小清水少尉、戦死です」


「……へ?」

 涼には、何が起きたかわからなかった。

 ミスはしていなかった。

 絶対勝ったはず。

 それなのに?

「な……何?私、ミスなんて」

 呆然とする涼へMCメサイアコントローラーが答えてくれた。

「背後に回った隊長騎からの一撃が、コクピットを貫通しました。斬艦刀なら消し炭ですよ?小清水少尉」


「……」


「唖然としてるヒマはないぞ?小清水少尉!」

 美奈代の叱責にも似た声に、涼は思わず肩をすくめた。

「訓練は始まったばかりだ。私から一本とるまで終わらせない!そのつもりで続けろ!」

「そ、そんなぁ!」



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