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沼津会戦 第四話

 ドアの向こうからはとぎれとぎれにキーを打つ音がする。

「……っ!?」

 ドアの向こう。

 倒れているのは若い整備兵。床にはデータカードが散乱している。

 そして、その向こうでコンソールパネルを叩いているのは、瀬音少佐だった。

「……」

 二宮は、音もなく室内に忍び込んだ。

 そして―――



 瀬音は、後頭部に感じたその感触に、動きを止めた。

「……やあ」

 軽い言葉をかけつつ、両手を軽くあげ、無抵抗の意志を示す。

「―――何してるの?」

 グイッ。

 押しつけられているのが銃口だとは、すぐにわかる。

 そして、それを押しつけているのが、かつての恋人であることも。

「お散歩……かな?」

「整備兵殴り倒して?」

「倒れていただけさ」

「この部屋―――データ管理室は」

 元・恋人の声に感情は込められていない。

 もし、感情が込められているとすれば、それは怒りに過ぎない。

「許可を受けた者のみ入室が許可される。あなたに許可は下りていないはずよ?」

「彼にはお願いしたさ」

 瀬音は言った。

「調べものがあるからって」

「―――許してもらえたとは思えないけど?」

「ああ」

 瀬音は軽く肩をすくめたが、

 チャッ

 銃の音に動きを止めた。

「―――全く、そのお堅いところは変わらないな」

「……」

「憲兵隊に引き渡す?」

「いいえ」

 二宮は言った。

「まだ憲兵隊には報告していない。バレたら無事じゃすまないわよ?」

「……そうだな」

「何を考えてるの。“白雷はくらい”のデータなら実騎からいくらでも」

 そこまで言って、二宮はハッとなった。

 目の前の男の求めているのが何か、察しがついたのだ。

「……あなたの上官として聞きます」

「……」

「一体、誰の命令で、こんなマネしているの?」

「そいつは言えないな」

「……マジメに答えて」

「……これだははっきり言える」

 瀬音は真顔で言った。

「これは、頼まれなくても俺自身が知りたいことでもある」

「……」

「真理だって、これを知ったらどうするか」

「……何?」

「何もしない。これは誓うから、モニターを見てご覧?」

「……」

 二宮は、銃口を瀬音の後頭部に押しつけたまま、視線を瀬音の背中越しに見えるモニターに移した。

「……?」

 そこには、誰かの個人情報が表示されていた。

 そして、そこに表示されている顔写真は、二宮にとってイヤでも見覚えのある顔。

「……」

 そして、そこに書かれている中身は―――?

「……ば」

 二宮は、思わず拳銃を落としそうになった。

「馬鹿なっ!」

 瀬音の存在を忘れたように二宮はすがりつかんばかりの勢いでモニターに近寄った。

「……そんな……どうして……あの娘が?」

「どうしてっていうのも……」

 瀬音はそんな二宮の背中に言った。

「ヘンな表現だとは思うけどさ……それだけじゃないんだ」

「……だって」

 二宮はモニターから視線を外さず、何度も表示されている文章を繰り返し読みながら、

「これじゃ……この娘は」

「その娘を使っての実検が―――この部隊結成の、そしてこの厚遇の背後にはある」

「……実検?」

「そう」

 瀬音はポケットから一枚のカードを取り出した。

「“これ”を偽造するのに随分手間取ったよ。犠牲もハンパじゃない」

 そう言いながら、モニターの横に置かれたカードリーダーにカードを通す。

「犠牲の分も……有効に使わせてもらうさ……」

 モニターの表示が切り替わり、パスワードを要求する画面に切り替わる。

 瀬音の指が素早くキーを叩き、再び、画面が切り替わった。

「……あった」

 瀬音の顔がオモチャを与えられた子供のようにほころんだことに、二宮は気づかない。


「俺も断片しか知らない。だが、少しでも読んだらわかる。真理、これを読め―――読んでから、今後の自分の身の振り方を決めろ」


「……“光武計画?”」


「すでに20年前から発動されていた極秘計画だ」

 瀬音は言った。

「あの子達が集められたことも、そして今、逼迫する近衛の状況においてもあの子達に破格の立場が与えられていることも―――その答えがコレだ」


「……」


「読めば、近衛に対する見方が変わるぜ?」





「“白雷はくらい”後継騎はお蔵入りが決まった」

 後藤は冷たく言った。

「結局、“白龍はくりゅう”の基本パーツの寄せ集めに過ぎない。“白雷はくらい”の高性能は、それによるだけだというのが、上層部の判断だ。

 紅葉ちゃんは、随分暴れたらしいがね」

「……」

 感情を抑えた瞳が自分を見つめている。

 何かがあったらしいが、それは後藤が感知することではないだろう。



  ―――まぁ、いい。


 そう。

 いいのだ。

 後藤が求めるのは、二宮の心の中身ではない。

 仕事の結果でしかない。

 彼女の心なんて知ったことじゃない。

 それが、軍隊であり、組織だ。

 今のところ、戦果以外の仕事結果は、満足するレベルに達している。

 なら、一々、俺から何か言う必要はない。


 何しろ、俺達は―――


「俺達のやったことは戦果として高く評価されたよ。何しろ?艦隊一個にメサイア・メース束ねりゃ1個師団にゃなる。特に天儀と和泉のスコアは異常って評価されている程だし?おかげで近衛ん中じゃ、“最強部隊”って言われている。そんなんだから、騎体の運用そのものは継続だ」

「……しかし」

「何か不満?」

「今回、我々は2個小隊に分けられます」

「うん」

「その結果の人事がこれですか?」

「いいじゃない?」

 後藤は言った。

「和泉は成長させてやらないと後に響く。それに、二宮さん達の第一小隊は正規ルートで開発された歴とした新型が配備されるんだよ?」

「新型は、確か」

「そう。今まで死んだフリしてた赤木さんの開発騎。今までのゴタゴタで使われなくなっていたヤツね」

「……」

「あ、それが不安?」

「……はい」

 二宮は頷いた。

「自分は、あの博士とは相性が悪くて」

「まぁ、モノで判断しましょうや―――まぁ、ここだけの話」

 咳払いをした後藤を制するように、二宮は言った。

「人類版のメースとか言いませんか?」

「おろ?どこで聞いたの?」

「カマかけただけです」

 二宮はあっさりと言った。

MCメサイアコントローラーも精霊体も不要。しかも、それらを必要とするメサイアを圧倒する力を引き出すシステムの開発は、噂には聞いていましたから。今更驚きません」

「―――そう?」

「そうです」

 二宮は小さく頷くと敬礼した。

「書類整い次第、二宮は鈴谷より異動します」

「―――はい。ご武運を」

 後藤が立ち上がり、答礼する。

 二宮は敬礼を解くと、ドアノブに手をかけた。

「後藤さん」

「ん?」

「一つ、アドバイスしてあげます」

「何?」

「ウソつく時、視線をさまよわせるの、悪い癖ですよ?」

「……覚えておくよ」


 夕方の日差しが窓から入る中、ドアが閉まった。




「元気出して?」

 心配のあまり周囲に当たり散らすズルドからようやく逃れた楓―――フィーリアは、しょんぼりと自分のメースのつま先に座っている。

 メースによりかかるようにして立つカヤノが、その頭を優しく撫でる。

「フィーリアちゃんのせいじゃないって」

「でも……」

「そりゃ、びっくりしたわよ?私も爆風で危うく死にかけたし」

 破損騎の集結場所がかなり後方だったのが幸いし、カヤノ達は爆風を浴びるだけで済んだのは確かだ。

 とはいえ、コクピットから降りる途中だったカヤノはかなりの高さでダイビングするはめになって、今ではあちこち骨折や打撲用の治療用湿布だらけだ。

「……ごめんなさい」

「だけどねぇ。フィーリアちゃんはよくやったって」

 カヤノは自分がよりかかっている巨大なメースを見上げた。

 銀色に輝く騎がまぶしい。

「この―――“銀龍”だっけ?」

「―――はい」

「この子は、単にスゴ過ぎただけよ。使い方間違えたとも言うけど?」

「?」

「つまり……ああっと、私バカだから上手く言えないけどさ?要するに、この子にはこの子の向いた戦い方があって、その通りに動かせば、全然問題なかったのに、相応しくないっていうか、適さない戦場に投入しちゃったから、こんな結果になったって……いいたいことわかる?」

「……はい」

 フィーリアは頷いた。

「この子に、向いていないことさせちゃったから、みんなに迷惑をかけたんですよね?」

「そのさぁ……」

 ぽりぽりとカヤノは頭を掻いて、体を走る痛みに顔を歪めた。

「いたたっ……迷惑かけられたのは、フィーリアちゃんだって。わかってる連中は、みんな言ってるよ?あんな小さい子に何がわかる。ロクに教えないで引き金引かせた上層部の責任だって」

「……それだと……困る」

「ん?」

「それだと、お義父様が悪くなるし」

「……」

 成る程?

 この子が、ここまで頑なに自分が悪いと言い張る理由に、カヤノはようやく合点がいった。

 自分が悪くないと、義父であるズルドが悪くなる。

 フィーリアは、それを恐れているのだ。

「あのね?」

 ポンッ

 カヤノはフィーリアの頭に手を載せた。

「覚えておいて?組織じゃね?一人の失敗はみんなの責任って言葉」

「一人の失敗は……みんなの」

「そう。今回の失敗は、フィーリアちゃんだけじゃなくて、みんなが分かち合うべきもの。だったら、その償いも、みんなでやればいい。フィーリアちゃんが、自分だけが悪いって泣いていても、それは意味ない。ズルド閣下も、そんなことしてほしいなんて思っていないよ?絶対」

「……」

「失敗、挽回して、みんなの役に立ちたい?」

「……はい」

「よし。なら、方法は一つだよ?」

「?」

「知りたい?」

「―――はい」

「次は失敗しない。それだけ」

「……」

「どうしたの?顔が曇った」

「む……難しいです」

「大丈夫だよ!」

 カヤノはポンポンとフィーリアの頭を軽く叩いた。

「フィーリアちゃん、この子の操縦あんなにあっさり覚えられたんだもん。私なんかより絶対、アタマいいんだから!」

「……そ、そうですか?」

「そう!ズルド閣下にお願いして、まだ使っていない機能、全部テストしてごらん?機能を全部、体で覚えれば、後は楽だよ?」

「……」

 フィーリアは、立ち上がると、自分の騎をじっ。と見つめて、

「―――やります」と言った。

「よろしい」

「お義父様にお願いしてきます。それとカヤノさん」

「―――ゴメン」

 カヤノは両手を合わせて頭を下げた。

「私の騎、もうしばらく使えないの。整備隊長から蹴飛ばされた位、派手に壊しちゃって」

「お義父様にお願いしてみます。何とかしてくれって」

「つまり?」

「的になってください」

「……練習相手の間違いでしょ?」

 グリグリグリ。

「痛い痛いっ!でもぉっ!」

「でもじゃないの」

「ごめんなさぁいっ!」

「よろしい♪」



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