沼津会戦 第三話
「和泉、やれるな!?」
「ああっ!」
宗像は“白雷”を跳躍させ、ビームライフルの照準に敵を捉えた。
「きゃっ!?」
まるでバッタやイナゴのように飛び上がった敵から強い光が走ったかと思ったら、モニターの中で、いくつもの光の球が生まれた。
「対魔法結界は万全です。ご心配なく」
バラライトは言った。
「人間の破れる代物ではありません」
本当だろうか?
球体を崩した白光が、騎体の周りを雷のように走って消える。
それだけだと、何かのSF映画みたいだと思う。
「姫様。攻撃は前面にある全てをなぎ払います。我々は非有効射程内、つまり、姫様の騎の後ろ100メートルにつきます」
「えっと……“死乃息吹”だから、有効射程は前方角150度の範囲で、200メートルから2千メートルの範囲」
少女は細い指を折りながらそう呟く。
「正解です。姫様」
バラライトは、情報モニターに表示されたデータを見て、少しだけ驚いた。
余程勉強したらしい。少女の呟きにミスはない。
問題とすれば、全くデータにない、後方への脅威警告が少女のメースから発せられていることだけ。
バラライトは、整備不良かデータトラブルによる誤報と判断したし、彼の部下達もまた、バラライト同様にしか考えていなかった。
戦況モニターに映し出される攻撃予想範囲は全周囲約30キロ。
その攻撃範囲は彼らの予想を越えすぎていた。
その彼らの目の前で、敵からのML攻撃をはじき返しながら、攻撃発射
の最終シークエンスに入った。
肩や背にマウントされた攻撃拡散システムが12枚の翼のように大きく開く。
それは、まるで人間が描く天使さながらの光景だった。
そのコクピットで、少女は発射の最終段階を迎えていた。
あとはトリガーを引くだけ。
「“デス・ブレス・システム”パワー、臨界!」
声が震えていた。
恐い。
本気でそう思った。
この子が産み出すモノは―――破壊。
でも、相手だって自然を破壊し続けたんだ。
人間は、無数の自然を殺してきた。
なら、今度は―――!!
それがウソだと、心のどこかで叫ぶ声がする。
その叫びを振り切るように力強く、トリガーを引いた。
その瞬間―――
世界が光りに包まれた。
一体、どれくらいの時間が経ったんだろう。
宗像は、自分が気絶していたことを嫌でも思い知らされた。
ぼんやりした視界の中、それでも騎体のステイタスを確認する。
どうやら、騎体の損害は軽微だ。
頭がはっきりしない。
損害が軽微だとわかっても、何をどうしたらいいのか、まるでわからない。
「―――た!」
誰かがしきりに何かを言っている。
「宗像!」
どうやら、自分の名前らしい。
自分の……名前?
はっとなった宗像の脳裏は、もやが晴れたようにはっきりとした。
「生きているか!?」
美奈代だった。
「あ……ああ。生きてはいる」
「そうか」
「状況は?」
「敵の新型兵器だろう」
「新型兵器?」
「放射能が出ない反応弾のようなもの……らしいぞ?」
「なっ!?」
反応弾。
宗像は、その言葉にギョッとなった。
「半径20キロが熱線で焼き払われた」
宗像は、そこで初めて外の様子を見た。
一面の焦土が、そこに広がっていた。
「て、敵は!?」
「攻撃の後、後退した。おそらく、敵も予想外の被害だったんだろう。かなりの妖魔が巻き込まれた」
「損害は?」
「天儀が大破。他は中破止まり―――騎体はな」
「……そうか」
安堵していいのかわからない。
目の前のモニターは警告で埋め尽くされていた。
「司令部からだ。魔族軍撤退により戦線の防衛には成功した。ただし戦線は崩壊状態。次に来る敵を阻止する方法は―――ない」
「あの大物の暴走が、人類を救ったと、そう覚えておこう」
宗像は言った。
「教官達と合流しよう」
その巨大な騎体が膝をつく。
それだけでも、騎体の胸部にあるハッチは、ツヴァイの頭部とほぼ同じ高さだ。
整備兵と衛生兵を乗せた専用クレーンが胸部にあるハッチに接続され、ハッチが開かれた。
ハッチの向こうから顔を出したのは、まだ年端もいかない幼い女の子。
あの楓だった。
「お疲れさまです。姫さま」
「……はい」
楓が頷こうとした時、
「なんて様だ!」
罵声が楓の動きを止めた。
見ると、騎体の足下で何人かがもみ合いになっていた。
「なぜ味方を巻き込んだ!」
「文句はメーカーに言え!聞いていた効果範囲は、現実の10分の1以下だ!」
「試しもしないで戦場に送り込んできたのか!?」
「それの何が悪い!」
「おかげで一体、何人死んだと思ってやがる!」
「―――姫様」
整備兵が気を利かせ、楓をクレーンに載せた。
「姫様のせいではありません」
「で、でも……」
引き金を引いたのは自分だ。
それは確かなんだ。
動き出したクレーン。
その下で、さっきの男が取り押さえられ、連行されていった。
「あの人……どうなるんです?」
「……裁きは受けますけど」
整備兵は言葉を選びながら答えた。
「すぐに戦場に戻ります」
「そうなんですか?」
楓はほっとした。
つまり、怒られてもそれ以上のことはない。
そういうことだと判断したからだ。
その安堵した顔に頷くと、整備兵は黙った。
おそらく、彼がここに来たのは、あの攻撃を実施した、この騎のパイロットへ抗議するか、或いは殺された部下の敵として、パイロット殺すためだったんだろう。
彼にとって最悪なのは、何も味方に部下を殺されただけじゃない。
このパイロットが、ズルド閣下の養女、つまり、雲の上の存在だったということだ。
気の毒なあいつは営倉にぶち込まれる。
そして、簡易裁判の後、懲罰大隊送りは決定されたようなものだ。
最前線で捨てゴマとなる懲罰部隊に送られることはまあ、つまり、再び戦場に送られることだから、少なくとも自分はこの子にウソはついていない。
整備兵は、自分をそう言い聞かせた。
しかし、楓の一撃は、さすがに上層部も軽視することは出来なかったのは事実だ。
「―――以上、静岡方面第一次侵攻作戦は戦力の40%を喪失。作戦継続は困難と判断するに十分であり、1010をもって主力部隊は富士宮へ後退。部隊の再編成と建て直しにかかっています。なお、最前線は富士市内で可動するメースを集めた混成部隊が防衛線を展開中」
参謀長が現状の報告を続ける。
「人類の反抗は?」
「彼らも被害甚大。斥候によると、敵主力部隊は三島まで後退。水上戦力は下田まで後退が確認されています」
「……ふむ」
「時間的には、すでに熱海まで占領下においている予定でした」
「―――よもや、身内の一撃で戦線が崩壊するとはな」
作戦報告を聞いたガムロが苦い顔をするのも無理はない。
何しろ、ほぼ勝ちが決まっていた勝負が土壇場でひっくり返ったのだ。
しかも、身内が原因で。
「半径10キロが一瞬で数千度の灼熱地獄です。さらに半径30キロまで到達する衝撃波が発生。非装甲型の小型妖魔達には耐えられません」
「メース隊も一緒だ。かなり巻き込まれた」
「メース隊の多くが、被害予想範囲は半径30キロという情報を受信。しかし、事前に技師隊から受けていた説明と全く異なることから、誤報と判断」
「それは前線司令部もか?」
「当然です」
参謀長は言った。
「この失態は、前線の我々ではなく、確認を怠った技師の責任です」
「操作は間違っていませんでした」
騎体の操作記録を調査した技師が言った。
「マニュアル通りの完璧な操作です」
「それで何故?」
「マニュアルの誤記が訂正されていませんでした」
「ん?」
「搭載されたシステムは、改良型の広範囲殲滅型でした。しかし、我々に渡されたマニュアルでは、前面投射のみの型として説明が」
「成る程?」
ガムロは納得したように頷いた。
「マニュアル上のミス。つまり、技師の責任でもないと?」
「はい。しかし」技師は言った。
「満足な武装試射試験も実施せず、いきなりの戦線投入です。その……」
「これは許容されるミスの範疇だと?」
「用兵者が覚悟すべきミスの範疇です」
「厳しいな」
「閣下」
技師は言った。
「正直、我が軍が認識するメースと、新たに入ってくる最新鋭メースでは技術的差が大きすぎます。整備兵の手に負えずにいるモノも多く、このままでは整備ミスにより、さらに無用の被害が」
「……再び、このような過ちが繰り返されると?」
「このまま組み上げ即実戦の姿勢を維持すれば」
「……整備大隊への補充、技術更新には最善を尽くそう」
「はっ!」
「ズルドはどうした?」
「そろそろ到着予定です」
参謀長は目を閉じた。
「何しろ、娘の大失態が戦線を崩壊させたのです。親として」
「兄貴ぃっ!」
ドア蹴破らんばかりの勢いで飛び込んできたのは、ズルドだ。
余程慌てて戻ってきたのだろう。顔は真っ青だ。
「ふ、フィーリアが、フィーリアが何をしただと!?」
「案ずるな。ズルドよ」
ガムロは窘めるように言った。
「フィーリアは何も知らなかった。ああなるとは、誰も知らなかった」
「じゃあ、フィーリアは!」
「不問は当然といいたいがな」
「なっ!?」
ズルドは言い淀むガムロに食って掛かった。
「俺達の何とか役に立ちたいという、あいつの一心を罰で報いると!?」
「違う。落ち着けズルド。あの兵器は有効なのだ。そして、今、あれを使いこなせるのは、あの娘以外にはいない」
「じ、じゃあ!」
「使い方を間違えただけだ。次は、上手くやってもらうさ」
「あ、兄貴……」
「案ずるなズルド」
ガムロは口元を少し歪めた。
「弟の娘だ。どうして無碍にしようものか」
第一次静岡攻防戦
後にそう命名された本作戦において、国連軍は投入戦力の実に70%を喪失した。
味方すら巻き込む熱線及び衝撃波攻撃が来るとは、予想しろという方が無理だ。
戦死・行方不明は実に3万名以上。
戦闘終結から6時間近くが経った時点でも、いくつかの部隊の所在がわからない有様だという。
戦線は完全に崩壊。
各国軍のメサイアをかき集め、緩衝線を挟んで対峙するのが精一杯。
斥候部隊の話では、敵もかなりの損害を被っている模様だということしか、美奈代達の耳には入ってこない。
太平洋上空の“鈴谷”のハンガーデッキに降りた途端、美奈代は口元を抑えた。
緊張の糸がほぐれたせいだろう。
胃液しか出てこないが、吐き気が止まらなかった。
―――二宮教官の所へ。
MCの牧野中尉に背中をさすってもらった礼を言うと、美奈代はふらつく脚で立ち上がった。
「……」
その美奈代の前には、先に回収されたD-SEEDの姿があった。
装甲はねじ曲がり、大きく歪んだ装甲と装甲の隙間から内部構造が見て取れる。
コクピットハッチが大きく開かれ、整備兵達が騎体の周囲でなにやら作業をしていた。
「天儀少尉達は生きています」
牧野中尉が言った。
「共に骨折した程度だそうですが―――」
その視線は、D-SEEDに注がれたままだ。
「騎体がこれでは……」
「修復はかなりかかりそうですね」
「そうね……突貫工事の最優先でやっても、再組み立てと同じでしょうから、1月は無理でしょうね」
「……1ヶ月」
羨ましいな。
美奈代は素直にそう思った。
肋骨の骨折の治療も兼ねて一ヶ月、戦場から離れることが出来る。
戦わずに済む。
ふと、手がサバイバルベストのホルスターに触れた。
「……」
―――痛いかな。
―――でも、それで一ヶ月……もしかしたら、一生、戦場から逃げられるなら?
―――痛いのは、一瞬で済むはずだ。
―――その、一瞬にさえ耐えられれば?
「……」
自分の指先が、ホルスターのカバーを開こうとしていることに、美奈代自身が気づいていない。
「こらっ!」
コンッ。
不意に、額に痛みが走ったことに驚いて正面を見ると、怒った顔の牧野中尉が自分の顔をのぞき込んでいた。
「座学で習わなかったの!?自傷行為は負傷ではなくて敵前逃亡扱い!銃殺よ!?」
「……えっ?」
「結構、多いらしいから注意するように通達受けてるの!」
牧野中尉はそう言うと、美奈代のホルスターから拳銃を抜き取った。
「あなたに持たせると危険そうだから、預かっておきますね?」
「べ、別に私は自分を撃つつもりなんて……」
「うそおっしゃい」
牧野中尉は勝ち誇った顔で言った。
「お顔にウソですって、書いてありますよ?」
「……」
「銃はとっても危険なものです」
牧野中尉は、無重力下を流れるような仕草で通路を目指す。
説教が続いている以上、美奈代はその後についていくことにした。
ここで別れたら後が恐い。
牧野中尉は、銃を弄びながら自信満々に説教を続ける。
「……ほら。ここをこうして、安全装置を解除して引き金なんて引いたら」
辺りに乾いた音が響いたのは、その直後だった。
2時間後。
「―――憲兵隊からは報告を受けている」
美奈代は三角巾で吊した腕に走る鈍い痛みに顔をしかめながら、美夜の前に立っていた。
「准尉が、二宮教官の教育通り、一発多く弾丸を装填するため、遊底を操作しない前に弾丸が薬室に送り込んでいた」
ジロリ。
美夜の鋭い視線が、横に立っている二宮を突き刺さんばかりの勢いで放たれ、二宮はその視線から逃れようとそっぽを向く。
「二宮教官の教育に従ってだな」
「……申し訳ありません」
「牧野中尉は暴発時の銃の反動で頭を打って気絶。弾丸は准尉の左腕をかすり―――」
苦虫をかみつぶしたってこうはならないだろうという顔をしているのは、長野教官だ。
どうしたものか、その頭はきれいにそり上げられていた。
「長野教官の頭を逆モヒカンにして壁に穴を開けたわけだ―――二宮教官の教育に従った結果!」
「……弁明の余地はありません」
「二宮教官はな―――和泉准尉」
「はい」
「返事が小さいっ!」
「はいっ!」
「一歩前へっ!」
弾かれたように、美奈代は一歩前に出た。
途端、
パンッ!
美夜の平手が美奈代の頬を張った。
「牧野中尉が拳銃を奪ったのは、准尉に自傷行為に及ぶ危険があると判断したからだと聞く!本を正せば、貴様の責任だぞ!?そんなマネをして、私が貴様を生きて艦から降ろすと思ったか!?よくも私をナメてくれたものだ!」
「―――っ」
「何か申し開きがあるか!?無ければ、この“鈴谷”の船底をくぐる名誉を与えてやる!」
「じ、自分はっ!」
美奈代は声を張り上げた。
「自慰行為なんて考えていませんでした!」
「自傷行為だっ!」
「……美奈代ぉ」
結局、独房入りは避けられたものの、まる一日、医務室から出ることを禁止された美奈代は、ベッドの上で腕に走る痛みに耐えていた。
そんな美奈代を訪ねてきたのが、美晴達だ。
「……なんだ」
「艦橋でオ***って叫んだって本当?」
「……誰から聞いた?」
「艦橋オペレーターの娘達」
「……ちょっと、間違えただけだ」
「間違えるにもほどがあるだろう?」
さすがに宗像もあきれ顔だ。
「どうしてこう、お前はそっち方面の伝説ばかりつくりたがる?」
「どっちの方面だ」
突然、腕に走った強い痛みに、美奈代は顔をしかめた。
「痛む?」
さつきが心配そうな顔で訊ねてくる。
心配してくれる仲間がいてくれるのが、美奈代にとってはとても有り難い。
「艦長から、罰だって、麻酔の投与禁止されたって聞いたけど」
「何」
美奈代に代わって言ったのは宗像だ。
「船底くぐるよりマシだろう?なぁ?」
船底くぐり。
keelhaul、もしくはhauling under the keelというらしい。
乗組員を縛り上げ、船底を左舷から右舷へくぐらせる刑罰。水に浮く船でやるから、凄まじく運が良ければ死なずに済むが、魔力によって発生したフィールドという海に浮く飛行艦でやれば、確実に死ぬ。問答無用だ。
「牧野中尉もそれはそれは反省しているそうですよ?」
「ああ。さっき、謝りに来た。別に中尉は知らなかったわけだし。私からも不問としてもらうよう、艦長に頼んで受理された」
「……まぁ、あの艦長の場合」
どこから持ってきたのか、美晴はリンゴを剥きながら言った。
「不祥事をもみ消したいってハラでしょうけど」
「ハラ……きっと真っ黒よ?あの艦長」
「二宮教官、お説教続いて未だに艦長室から出られないって」
「それより気の毒なのは、長野教官よ」
さつきは言った。
「ただでさえ“薄い”の、気にしていたのに、これで完璧禿げちゃったんだから」
「……ヒドいメにあった」
相変わらずといえばそれまでだが、生徒隊長やっていた時より、確実に説教の長さに輪がかかっていた。
「耳の中にまだ説教が残っている気がするわ……」
二宮は、片耳を抑えて片足でトントンとジャンプしてみた。
「……はぁっ」
大体、和泉も和泉だ。
あれは野戦用のことで、誰も普段からやれとは言っていないはずだ。
ただ、緊急で実施された候補生達の拳銃点検で、全員が薬室に弾丸を装填していたこと。
そして、それが規定違反だとは知っていたが、それでも自分の指導に従っただけだと言い張ったことは、確かにマズかった。
なにより、長野大尉を完全にハゲさせたのは―――非常にマズイ。
大尉に何てわびを入れようか?
二宮は、それを考えながら通路を進む。
「……ん?」
二宮が、そのドアに気づいたのはそんな時だ。
メサイアの運用データを管理するデータ管理室。
少しだけ開かれたドアの向こうに、靴のつま先を見た気がした。
軍艦でドアを半開きにして放置することは許されない規則違反だ。
しかも、そこがメサイアのデータ管理室となれば?
シャカッ
二宮は拳銃を抜いた。




