沼津戦線 第一話
●葉月演習場
「せっかく戻ってきたばかりで何だけど、静岡方面では、富士宮市と富士市がすでに陥落。軍は沼津と清水からも撤退中―――これで、日本は分断された」
“白雷”達を前にした美奈代達の耳に、紅葉の言葉が響く。
「状況は最悪だけど、まだ終わってない。終わらせるなら、私達にとってハッピーエンドにしなきゃいけない」
その通りだ。
美奈代はそう思う。
「何とかこいつが間に合ったから、持ってきた」
紅葉が指示棒で指し示すのは、“白雷”達の持つ武器だ。
「AA-44試作速射307ミリ散弾砲―――んで」
助手の白石がフォークリフトで運んできた巨大な筒。
「これが、その弾。口径は307ミリ。ちょっとした戦艦の主砲並ね。中身はいろいろよ?中型妖魔用の散弾、小型妖魔掃討用キャニスター弾、大型妖魔用スラグショット弾……弾の種類は、下手な軍用小銃顔負けなほど広いわ。
アメリカやラムリアースにも設計図渡して製造と評価を依頼している。
歩兵携帯用は、各国軍で配備が急ピッチで進んでいるわ。
メサイア代わりに、兵隊が16分の1にダウンサイズされたコイツを持って戦う姿想像して頂戴。だいたい、そんなもんだから」
美奈代は、“白雷”の持つそれを見た。
まったく飾りらしいものがない、愛想のない直線デザインの銃。そこにまるでめり込んだようにつけられた円筒状の物体。
そんな外見をしていた。
紅葉は説明を続ける。
「ドラムマガジンと通常のマガジンのセレクト式。だから、マガジン交換で使用弾薬が選択出来る。本来は対人、今回だけは小型妖魔掃討用の―――言っても実感湧かないわね」
口での説明が先走り過ぎていることに気づいた紅葉は、無線機に怒鳴った。
「都築?いいからちょっと一発撃って!いい!?一発よ!?」
一騎の“白雷”が銃を構え、まるでそれが返事だ。といわんばかりにトリガーを引いた。
ドンッ!
120ミリ砲とは違う、桁外れの射撃音に、思わず美奈代は耳を押さえた。
何しろ口径は戦艦の主砲と同クラスだ。
間近に立っているだけで死を逃れることは出来ない。
おそらく、メサイアとの彼我の距離もギリギリといったところだろう。
空気が振動となって美奈代を襲う。
「単発で―――あれ」
紅葉が親指で示した先には、コンクリートの壁。さらにその手前には無数の標的が設置されている。
そのうちの数個が、散弾の直撃を受けて吹き飛ばされていた。
「単発じゃ、普通の速射砲との違いがわかんないかなぁ……いいわ。最初に言っておく。この散弾砲は、セミ・オートのセレクト、トリガーの引き加減で選択出来る。一回引けばセミ、引き続ければオート―――んで、単発でこうなら、オートではこうなる。都築?フルオート射撃」
ドン、ドドドドドドッ!!
―――まるで花火大会だ。
美奈代は耳を押さえながらそう思ったが、さつき達は別な所に気をとられ、そして唖然としていた。
コンクリートの壁と、その前に並んでいた標的は、射撃完了までにズタズタになっていたのだ。
「これ……元は」
乾いた声をあげたのは、宗像だ。
「対人海戦術対応の」
「そう―――米軍のM1戦車採用の120mm滑腔砲M256用の散弾をベースにしたもの」
「元は……対人用」
一体、どんな状況でこんな非道なシロモノを使うつもりだったのか、美奈代は本気で制作者の人格を疑った。
「―――そうよ?」
紅葉は満足げに頷きながら言った。
「中華軍の人海戦術に対抗する上では、戦車砲や機関銃の弾幕だけでは役不足―――そこで開発されたのが、戦車砲搭載型の散弾……宗像准尉?」
「……今の、我々の状況にそっくりです」
「良く出来ました♪」
紅葉は満面の笑みで頷いた。
「ま、論より証拠よ。白石が夜なべ仕事で作ったマト相手に撃ってみて」
一時間後
「―――ま、武器の有効性はわかってくれた?」
「非装甲兵器相手の近接戦闘ではかなりの有効性が期待出来るものと思われます」
「あっそ」
後藤は軽く頷いた後、言った。
「もう、こんなシロモノ渡されるからには覚悟出来てるとは思うけど……作戦を伝える。
本日1400、小隊は沼津へ移動。明日0500をもって同地点にて実施される国連軍反攻作戦に参加する。なお、同作戦主力部隊はラムリアース帝国とドイツ帝国軍となる。以上だ」
●静岡県
駿河湾に展開した戦艦達の砲撃が、妖魔達を区画単位で吹き飛ばす。
爆装した烈風隊のナパーム攻撃が、妖魔達を生きたまま焼き殺す。
それでも、妖魔達の侵攻は止まることを知らない。
近づく物には波のように襲いかかり、全てを飲み尽くす。
遠くにある物は砲撃で吹き飛ばす。
人間が火薬の爆発を用い、魔族が魔力爆発をもって応じる。
それは―――爆発の応酬という、凄惨な殺戮劇だった。
「こちらデルタ小隊、敵の脚が止まらない!砲撃支援を頼む!」
「司令部よりデルタ小隊、現状、砲撃支援に回せる余力はない。自力で切り抜けろ」
「ふざけるな、全滅するぞ!?砲撃支援を!高海艦隊はどうした!」
「司令部よりデルタ小隊、独力にて現状を維持せよ。繰り返す―――」
「シエラ小隊より司令部!どこ狙ってやがる!艦砲が近すぎる!測定をやりなおせ!」
「シエラ小隊、こちら艦隊司令部、通信が混線している模様。受信は当方でいいのか?」
「ホテル小隊及びベクター小隊へ。後退命令は出ていない。持ち場に戻れ!脱走と見なすぞ!?」
「こちらホテル2、ホテル・リーダー戦死!戦力はすでに半分を切った。ベクター小隊と合流させてくれ!」
「ベクター3より司令部。弾薬をくれ!誰でもいいから、とにかく弾薬を!弾薬の補給線が断たれたら後退するぞ!」
―――しくじった。
美奈代は何度、そう思ったかわからない。
移動中に側面から接触したメースと斬り結んだのは、部隊を護るためだと言い訳も出来る。
だが、その結果として移動中の部隊からはぐれ、今では単騎で戦場のど真ん中に孤立していたのだ。
乱戦の中、近くに開いた巨大な爆発孔を塹壕がわりにして逃げ込めただけでも運がいいと思う。
喉がカラカラに乾き、息をするだけで痛む。
目はモニターとスクリーンを行ったり来たりで瞼が引きつりそう。
体の節々が痛む。
「和泉准尉」
索敵装置から目が離せない状態の牧野中尉から通信が入る。
「接近する騎が」
やはり場数が違うのか。
牧野中尉の声は落ち着いている。
美奈代は、自分がパニックにならずにいるのは、この声のおかげだと、内心で牧野中尉に感謝していた。
「敵ですか?」
「友軍騎、宗像准尉」
「宗像が?」
「―――和泉、生きてるか?」
人類と魔族―――どちらの爆撃で開いたのかわからないが、メサイアがすっぽり入るほどの爆撃孔で戦っていた美奈代騎の横に滑り込んできたのは、宗像騎だ。
「宗像?」
「弾薬を持ってきてやった―――そういいたいが」
メサイアが立って入れるほどの巨大な孔を開ける兵器が何かはわからないが、美奈代にとってはありがたすぎる代物だった。
美奈代はこの穴に立てこもる前に、近くに転がっていた“ノイシア”の残骸を引きずってきて砲撃よけの楯にしている。
即席の塹壕だ。
コクピットハッチが、騎士用、MC用両方とも開かれていないことを、美奈代はあえて気づかないフリをしていた。
宗像騎が美奈代騎の横に移動し、散弾砲をノイシアの残骸の隙間に突っ込んだ。
「私も教官達からはぐれたんだよ。お前のすぐ後で」
「……そうか。よく無事でいてくれた」
「……」
宗像は、ちらりと美奈代騎がいつでも抜けるように地面に突き刺した剣を見た。
斬艦刀ではない。
間違いなく、魔族軍のメースが使う実剣だ。
美奈代騎の周囲は、散弾砲の空薬莢で足の踏み場もない。
その先に広がる戦場は、メサイアとメース、そして大型妖魔達の墓場と化していた。
差し違えたまま倒れている騎や、敵騎に馬乗りになって、敵の胸に剣を突き刺したまま擱座、背後から突き立てられた剣が貫通している騎もある。
別な騎は、胴体の半ばで切断され、下半身だけが立ちつくしている。
その中の一騎に、斬艦刀が半ばから折れた状態で突き刺さっていた。
まさに修羅の宴の後さながらだ。
並の戦いではなかったろうことは、それだけでわかる。
メースの残骸のかなりの切り口が、斬艦刀特有の融解痕を見せていることから、美奈代が宴の後、のこのこと、この場に迷い込んだだけではないことも、だ。
戦場を逃げ回っていた宗像は、目の前に広がる光景ほど、凄まじく凄惨な戦いの跡を見ていなかった。
宗像は、数百メートル手前で炎上するメースを、チラと確認して言った。
「和泉?ここはオランダ軍がいたはずだ。戦闘開始時点で1個大隊が展開していたはずだ。どうなった?この辺では一番数がいる。私も連中を頼ってきたんだが」
「―――迷子になった私がここにたどり着いた時、丁度、最後の1騎が撃破された所だったよ」
「何騎とやりあった?」
「その場にいた全部」
美奈代は小さ笑った。
「間が悪かった」
美奈代は言った。
「何騎倒したか、5から先は忘れたよ」
「よく生き延びたものだ」
「おかげでしばらく、全部の関節が異常加熱。このタコツボがなければ死んでいた」
「タコさんに感謝」
さくらが悪戯っぽく笑った。
「その後は―――たった一騎でメースや大型妖魔達を歓迎するのに大忙しだ。何しろここは」
美奈代は、塹壕の後ろに転がっている穴だらけのコンテナの山を指さした。
「国連軍の物資投下ポイントでもあるんだ。おそらく、敵も知っているんだ」
「散弾砲の補給は?」
「輸送機が投下していったコンテナの中に混じっていたよ」
足下に弾薬輸送用コンテナが転がっているのに、宗像は初めて気づいた。
「連中、投下ポイントを間違えたのか、投下途中に被弾して慌てたか―――おかげで物資の大部分が向こう、敵の手に墜ちた」
「広域火焔掃射装置のリキッドはないか?」
「コンテナ投下中に火達磨だ。下にいたメースが2、3騎巻き込まれたよ」
「……」
美奈代は笑いながら言った。
「びっくりしたなんてもんじゃない!」
「だろうな。投下してくれた輸送機は?」
「翼端を吹き飛ばされたのを見たが、機体には喰らっていない。きっと、上手く脱出してくれたろう」
マガジンのぎっちり詰まったケースを開き、美奈代は小さく笑った。
一人でも近くに味方がいてくれるのは、本当に心強い。
体に力が漲るようだった。
何より、自分でも信じられないほど心が落ち着いている。
「そろそろ対空砲部隊と戦車部隊が前進する時間だ。我々は連中と共同でこの方角からの侵攻を阻止することになる」
宗像はマガジンを散弾砲に装填しつつ言った。
「首都に侵攻させるわけにはいかんとはいえ……」
美奈代は宗像にそっと尋ねた。
「知っていたら教えてくれ」
「ん?」
「静岡市方面は?」
「実質放棄だ。もう戦力がない」
「ちっ」
美奈代は目の前の光景に顔をしかめた。
そこには、黒こげ、原型がなんだったかわからなくなっている街があった。
街路樹は根こそぎ倒され、街頭や電柱が熱でねじ曲がり、踏みつぶされた車が炎上している。
半分潰れたケーキ屋のマスコット人形の微笑みが、美奈代にこの世界の現実を教えてくれる。
ああ……あの店、こっちにもあったんだ。
子供の頃、最高のデザートと信じて疑わなかったあの店の100円のショートケーキ。
甘いモノが大嫌いだった父に、あれを買ってもらうのに四苦八苦した思い出。
懐かしいな……。
「この辺は」
美奈代はぽつりと言った。
「私の母の出身地だと聞いたことがある」
「……そうか」
宗像は、背にした広域火焔掃射装置のリキッド残量を確認しながら頷いた。
「皆、故郷を奪われてばかりだな。私も、早瀬も、そして和泉も」
「……」
「……奪われたら奪い返す。もう、それしかない」
「そうだな」
ビーッ!
「来るぞ!」
「魔族軍、砲撃再会!つづいて2キロ前方に停止中の敵が前進再開っ!」
「中尉、艦砲射撃は?」
「長門以下の第二戦隊とドイツ高海艦隊が頑張ってますけど―――数が」
「ちっ!」
「やれるか?和泉」
その声に、美奈代は怒鳴った。
「やるんだ!やるかやらないか?じゃなくて、やる!そうだろう!?やるんだ!宗像っ!」
「ふっ」
その剣幕に、一瞬度肝を抜かれた形の宗像だったが、突然吹き出しながら頷いた。
「……そう……だな。やるって、言うべきだな。こういう時は」
そう。
やるかやらないか、ではダメだ。
やらなければ―――死ぬ。
それは御免だった。
宗像は広域火焔掃射装置のノズルを腰に固定すると、美奈代と共に、ボコボコになったシールドの上に、その辺に転がっていたロンゴミアントのシールドを載せ、頭上に掲げた。
その時だ。
一瞬、太陽が暗くなった。
「?」
ポカンとして、空を見た美奈代の耳に、MCの怒鳴り声が響いた。
「砲撃、来ますっ!」
音のない世界が、こんなに揺れるとは思わなかった。
「!!」
「!!」
連続する爆発にすべての音がかき消され、自分がどんな声をあげているか、それさえわからない。
必死になって叫んでいるつもりだが、一切、耳に入らないのだ。
その中で、美奈代は知った。
一瞬、太陽が暗くなった理由。
それは、魔族軍の砲撃が、太陽を覆ったからだと。
それほどの砲撃。
それが、自分達を襲っている。
では、美奈代に出来ることは?
ただひたすら、砲撃が終わるのを待つだけ。
ただ、それだけだった。
美奈代が砲撃の終了を知ったのは、それまでの振動とは全く違う揺れを感じた時だ。
「?」
宗像騎が自分の騎を揺すっているのだ。
「―――?」
自分が何と言っているのか、もしかしたら宗像も何か言っているのかもしれないが、何もわからない。
耳が酷くキーンとして、音が判断出来ないのだ。
宗像騎がしきりに散弾砲を前に押し出す仕草を繰り返す。
―――敵だ。
そう判断した美奈代は、崩れかかった土砂に埋もれかかった散弾砲を引っ張り出し、射撃体勢に“白雷”を操作した。
再び見た街の景色は、さらに変わっていた。
先程のケーキ屋は跡形もない。
それまで辺りに散らばっていたメース達も、民家や工場の残骸も、すべてが吹き飛ばされていた。
美奈代はただ、奥歯をかみしめるのが精一杯だ。
戦況モニターに周囲の状況が映し出される。
前方から接近中の反応は地図を埋め尽くしている。
それでも、美奈代には、不思議と恐怖がなかった。
―――数が減っている。
根拠はないが、美奈代ははっきり、そう感じた。
この突撃を凌げば、生き残ることが出来る。
美奈代の何かが、そう告げている。
それが本当かどうか?美奈代には何もわからない。
ただ、信じるに値“したい”と願うだけだ。
MCの攻撃順番に従い、ターゲットをロック。トリガーを引く。
ドンッ!
単発の速射砲なら一体仕留めるのがやっとなのに、散弾砲は違う。
口径の大きさからくるはずの反動が全くないまま発射された散弾は、砲口から離れた途端、恐るべき広範囲に広がり、妖魔達に襲いかかる。
ビルの残骸を乗り越えようとする小型妖魔数体が直撃を受けて挽肉のようになる。
そして―――
ズズズンッ!
ようやく音が聞き取れるようになった美奈代の耳に届いたのは、その音だ。
美奈代の目の前で、数十発の砲弾が空中炸裂。
何かを地上へ向けまき散らした。
子爆弾をその中に詰め込んだ収束型砲弾だ。
中型妖魔以上の装甲を持つ妖魔相手に徹甲弾や榴弾を撃っていた戦艦部隊がついに対地攻撃砲弾に切り替えたことを示していた。
戦況モニター上の妖魔の反応が、目に見えて減っていく。
後、もう一押しだ。
美奈代は、砲撃に励まされたようにトリガーを引き続けた。
「和泉っ!」
誰かが、そう言った気がした途端、美奈代は自分の騎体が激しく前に押され―――突き飛ばされたことを知った。
「ぼっとしているな!」
宗像だ。
「えっ?」
「和泉准尉!」
牧野中尉が悲鳴に近い声をあげ、ステイタスモニターに警告表示が出る。
広域火焔掃射装置リキッドタンク破損―――強制排除要請。
「中尉っ!宗像っ!」
「了解っ!」
「このドジっ!」
宗像の罵りと同時に、美奈代は広域火焔掃射装置のリキッドタンクを強制排除、タンクから漏れた超高燃焼リキッドが引火。穴の中は火焔地獄に包まれた。
散弾砲の弾薬も一瞬でダメになった。
「な、何が?」
炎の柱を上げる穴から這い出し、唖然とする美奈代に、宗像は怒鳴った。
「真上から襲われて気づかなかったのか!?」
「へっ?」
「説明してやるが―――ったく、弾薬に砲まで」
「す、すまない」
宗像の説明によればこうだ。
10時方向から跳躍した黒いメースが美奈代の騎に襲いかかった。メースの剣の一撃がタンクに命中。黒いメースは、剣を引き抜き様、跳躍して移動した。
「タンクじゃなきゃ、一撃で殺されていたぞ?」
「タンクをやることで、我々を一挙に殺すつもりだったかもしれん」
「……我々と交戦した経験が?」
「火炎放射ユニットを持った部隊かな」
「……まさかな」
「心当たりが?」
「東南アジア戦線で祷子とやり合った騎かと思ったんだ」
「まさか」
「―――いえ」
MCは言った。
「戦闘記録から割り出しました。2時方向、メサイアとメースが交戦中」
「新手が出たのか!?」
「さらに10時方向―――メース以上の反応有」
「メース以上?」
「出力が計測測定可能範囲外。質量は500トン近く」
「な、何です?」
「10時方向、ML反応!」
「っ!?」
500トンの重量を持つ敵が何か?
その答えを美奈代が知る前に―――
ズッ!
「!?」
光の柱が、全てをえぐり取っていった。




