祷子vsカヤノ
ギィンッ!
ビーム同士が激突し、激しい爆発を引き起こしたのを合図にしたように、ホバーの推進圧で木々をなぎ払いながら移動した2騎が、ブースターを開放し、ジャングルから飛び出す。
熱帯特有の強い日差しの元、ジャングルから舞い上がるのは、白と黒の2騎。
共に銃をホルスターに納め、居合いの要領で光剣を抜く。
すれ違い様、光剣のビーム同士が再び激突し、激しいスパークが発生する。
「ちっ!」
「やるっ!」
すれ違う敵を睨みながら、舌打ちするのは、祷子とカヤノだ。
すでに何回目の斬り合いか、二人とも忘れるほど激しく二人はぶつかり合っていた。
ズンッ!
慣性制御のきいたコクピットに収まっていても、舌をかみそうな振動に耐えたカヤノは、ヤクトエッジの武装をビームライフルに切り替えながら、即座に横っ飛びに移動した。
振り向くことさえしない。
そんな余裕がないことを、カヤノ自身がわかっていたからだ。
神速というべき移動を見せるヤクトエッジの残像にビーム弾が何発も命中する。
自分の判断に内心で感謝しつつ、カヤノは騎体を敵へと振り向かせ、ビームライフルを放つ。
「何てヤツ!」
放ったビーム弾が喰らったのは敵の残像でしかなかった。
「避けたっ!?」
それに驚愕の表情を浮かべたのは祷子だ。
「あれで!?」
「来ますっ!」
「ちっ!」
騎体をビーム弾がかすめ、ビーム弾の通過痕にそって、木々の緑が抉られる。
「らちが明きませんね」
「明かなきゃ明けるまでです!」
MCの水城恵美子からそう言われた祷子は、ちょっとだけ口元をゆるめた。
「ごもっともです」
ビームの撃ち合いではらちが明かない。
明かないから明ける!
祷子は光剣を抜き、騎体を突撃体勢をとらせた。
「そういうの―――嫌いじゃないです」
白いメサイアが迫る。
「このおっ!」
ビームライフルをフルオートで乱射する。
撃破なんて、カヤノ自身、考えていない。
敵の動きを止めるだけ。それだけが狙いだ。
だが―――
「うそおっ!」
カヤノは悲鳴を上げた。
白いメサイアが、弾をかいくぐってる!
「来るな!来るなぁぁぁっ!」
カヤノは叫びながらビームライフルの引き金を引き続ける。
毎分数千発を誇るフルオートで乱射されるビーム弾の雨を、敵は容易にかいくぐってくるのだ。
そして、敵の剣がカヤノを襲った。
「きゃっ!?」
メースとリンクしている右腕にしびれたような痛みが走る。
敵の一撃がビームライフルを切断したのだ。
とっさにビームライフルを手放し、シールドを構える。
ドンッ!
ビームライフル内部に残っていたエネルギーが誘爆し、すさまじい爆発が発生する。
「ぐっ!!」
ヤクトエッジのコクピットで、カヤノは感心したように言った。
「人間の技術は……ここまで」
人間界の技術は、魔族に近づきつつある。
それは驚嘆すべきことだ。
だが、それだけに悲しい。
「……何で」
カヤノは、ヤクトエッジと同調した四肢に力を込めた。
ギュィィィィンッ!
ヤクトエッジのパワーがアイドルモードからコンバットモードへ引き上げられ、エンジンが咆哮をあげた。
「それだけの技術を!」
光剣を抜きはなち、一気に敵との間合いを詰める。
一瞬で音速を超えた突撃。
敵がそれに対応できているとは思えない。
いや―――
今のカヤノにとって、そんなことはどうでもいいことだ。
「何で!」
光剣を敵の頭めがけて振り下ろす。
頭を割られる寸前で、敵は身を翻し、光剣は敵のシールドの先端を切断するのがやっとだった。
今のカヤノにとって、その一撃は、失われた命の怒りだ。
人間の技術に奪われた罪のない生命の無言の叫びだ。
それをかわされたことに、カヤノは激怒した。
「逃げるなっ!」
下からすくい上げるような一撃から、力任せに袈裟斬りへと切り替えるという、半ば光剣を力任せに振り回すような力業を繰り出した。
「これだけの技術を!」
ギィンッ!
ついに敵が剣を交えた。
コンロトールユニットがその衝撃を伝えてくる。
骨まで響く衝撃に、一瞬、顔をしかめたカヤノが叫ぶ。
「どうして!」
ギィィィンッ!
カヤノの怒りに満ちあふれた操作に従い、ヤクトエッジは力任せに敵を押す。
交わった光剣は、徐々に敵へと迫っていく。
「どうして!」
ギュィィィィンッ―――ドンッ!
形勢不利と判断した敵騎からMLが放たれ、カヤノは寸前でそれをかわすと、騎体をかすめるMLにひるむことなく、後退する敵に襲いかかる。
「自然のために使わないんだぁぁぁっ!」
敵は恐るべき性能だ。
祷子は正直、舌を巻いていた。
パワー、スピード、ついていくのがやっとだ。
もうすぐ限界が来る。
「こんなのが何十騎と揃ったら!」
「少尉!」
水城中尉が怒鳴る。
「いつまでもこうしているワケにはいきません!」
「わかってますっ!」
「なら、どうするんです!」
「とりあえず……」
祷子は、一瞬だけ躊躇して、コントロールユニットを動かした。
「こうしてみますっ!」
「懲りずにっ!」
シールドを構え、光剣をひっさげて突撃する敵騎。
その数は1騎。
たった1騎のはずが―――
「―――えっ?」
カヤノの眼には、敵騎の数が4騎に映った。
4騎?
「違うっ!」
カヤノは自らの眼を疑い、即座に疑いを否定する。
全く同じ騎体が突然複数出現したかと思うと、自分めがけて襲いかかってきたのだ。
「残像っ!」
迫り来る敵騎が、同時に光剣を振りかざす。
その統一された動きこそが、残像―――分身の術であることをカヤノに教えてくれる。
「……」
カヤノは、振り下ろされる剣を全く避けようともしなかった。
ただ、じっ。と、襲い来る敵をみつめる。
そして―――
「そこっ!」
振り下ろされる刹那の瞬間、カヤノは敵を見切った。
ギィンッ!
光剣同士が再び交わり、互いの動きが止まった。
「やるっ!」
祷子は敵を睨み付けながらも、内心で舌を巻いた。
「これでもダメなんて!」
「このバケモノっ!」
「よくも言いましたね!?」
「っていうか、誰と話しているんです!」
「ご都合主義にツッコミ入れないでくださいっ!」
わずかな力押しの後、二騎は再び離れ、再び激突した。
光剣がぶつかり合い、離れ、再びぶつかり合う。
その繰り返しだ。
「いい加減に!」
カヤノがいらだった声で怒鳴る。
「落ちろっ!」
「受験生が聞いたらどう思うんですっ!」
祷子がその一撃をシールドでさばき、光剣を突き出す。
「知るもんですかっ!」
カヤノが騎体をひねって紙一重でかわす。
「落ちるヤツは落ちる!すべては自己責任よっ!」
光剣から手を放し、腰にマウントしていた速射砲を抜きざまに乱射する。
「ずるいっ!」
急速移動で回避をかけるが、数発がシールドを貫通し、騎体をかすっていく。
「飛び道具禁止っ!」
いいつつ、祷子もビームライフルで応戦する。
「弥生」
水城中尉は弥生に問いかけた。
「敵の力をどう思う?」
「マスターと拮抗しています」
弥生は澱みのない声で言った。
「拮抗しすぎていて、勝負になりません」
「やっぱり、そう思う?」
「騎体各部の関節の加熱上昇率45%。危険域まで15%」
「友軍は?」
「現在、こちらへむかって移動開始。ただし」
ピピッ。
弥生が水城中尉の目の前で戦況モニターを指さした。
「豪州軍飛行艦隊も接近中。レーダー索敵波を感知」
「潮時ね―――天儀少尉」
「はい?」
「撤退します」
「えっ!?」
「らちが明きません。後方から豪州軍が接近中。この騎のデータをとられるワケにはいきません」
水城中尉の言いたいことは祷子にもわかる。
敵は、この一騎だけじゃないんだ。
「り、了解!」
祷子は弥生に命じた。
「弥生ちゃん、煙幕、攪乱弾展開!」
「なっ!?」
敵騎から突然放たれた白煙を回避したカヤノの耳に、バラライト隊長からの通信が入る。
「カヤノ!」
「隊長!?」
「後退しろ!この地域からの撤退命令が出た!」
「り、了解!」
敵の反応は遠ざかりつつある。
なら、自分が撤退しても問題はない。
カヤノはそう判断した。
「次は絶対に―――!」
ヤクトエッジのブースターが開かれ、黒い天使が空に舞い上がった。
「まぁ。派手にやりましたなぁ」
米軍将校と共に、戦場と化した米軍陣地を歩く後藤は、感心したように言った。
後藤の目の前で、何騎ものベルゲ騎が擱座したグレイファントムや“赤兎”の回収に当たっている。
時折、散発的に銃声が響く中、後藤は米軍将校に案内される形で、陣地を歩いていた。
「日本軍の」
後藤を案内する米軍側情報将校、ライアン少佐は後藤の襟元の階級章に気づき、言い直した。
「失礼、近衛軍の協力には感謝しています」
「いやぁ」
後藤は頭をかきながら言った。
「こっちこそ、迷惑かけちゃって」
「いえ」
後藤のよくて軽妙、悪く言えば軽薄な声に何も感じる所がないのか、ライアンは後藤をちらと見た後、視線を間近に擱座するグレイファントムに向けた。
斧で胸部装甲を割られた痕が生々しく残るそのグレイファントムの手には、折れた斧が握られている。
そのグレイファントムの足下には、頭部に斧をめり込ませた“赤兎”の残骸が転がっていた。
共にコクピットハッチはすべて開かれ、中から騎士やMCの死体が運び出されている最中だった。
「私も」
ライアンは足を止めた。
「政府の突然の戦闘停止命令には到底、同意出来なかった一人です。むしろ、その破棄の口実を与えてくれたことに感謝しています」
その口元は、皮肉に歪んでいた。
「中佐のあの電文には、正直参りましたが」
「ああ、あれですか?」
「貴軍に感謝する。これより貴軍陣地に向かう―――取り方によってはどうとでもとれますから」
「いやね?」
後藤は言い訳のように言った。
「“いてくれてありがとう”って意味で貴軍に感謝する。これより貴軍陣地へ向かう“けど、撃たないでください”って意味だったんですけどね」
「省略しすぎましたか?」
「そういうことです―――ところで」
後藤達の横を、負傷兵を乗せた担架が運ばれていった。
「その結果が」
後藤もグレイファントムの残骸を見上げる。
「この犠牲じゃ、いくらなんでも、割に合いますか?」
「いずれは支払うべき犠牲でした」
ライアンの声は、どこか自分に言い聞かせているような口調だ。
「正確な数字は出ていませんが……この数時間の戦闘における連合軍側が支払った犠牲は、東南アジア戦線全域で3千人に達するものと考えられています」
「……」
「たったというべき数字ではありませんが―――犠牲者の数字は、扱いが難しいですよ」
「―――ですね」
後藤の前に転がる“赤兎”。
そのMCLのハッチから引き出されたのは、血まみれの女性の死体。
長い髪が血でべったりと体に張り付いていた。
後藤の目の前で、死体の横に立つ米兵が、腰のホルスターから拳銃を抜いて撃った。
2発を受けて動かないことを確認した兵士同士が頷き、両手両足を二人がかりで持ち上げ、振り子の要領で、女性の死体を“赤兎”の頭部から地面へ向けて放り投げる。
グシャッと嫌な音を立てて、死体が地面に落ちる。
かなりの骨折を負っていたのか、手足が奇妙な向きで落ちていく死体を前に、後藤はぼんやりと眺めるしかなかった。
“赤兎”の下にいた別な米兵達が、死体の頭を蹴りつけると、待機していたトラックの荷台に死体を放り投げた。
トラックの荷台には、中国軍側騎士やMCとおぼしき死体が半ば山のように積まれ、死体から流れ出る血が荷台からしたたっていた。
「枢軸側に与えた損害は?」
タバコを取り出すと、後藤は死体から目を背けるようにして火をつけた。
「我々の数倍は確実です」
一本、いただけますか?
その死体こそが戦果であるライアンにそう言われた後藤は、頷いてタバコの箱を差し出した。
「何しろ、あなた方が中華帝国軍の飛行艦隊を全滅させたのですから」
「―――ああ」
紫雲をはき出しながら、後藤は思い出したように言った。
「そういや、そんなこともさせましたなぁ」
祷子にそんな命令を出したことを、後藤は本気で忘れていたのだ。
「ご謙遜を」
タバコから口を放したライアンは、羨望にも似た顔だ。
「史上、艦隊を全滅させたメサイア部隊なんて聞いたことがありませんよ。一体、何騎でどのように戦ったのです?」
「いやぁ……」
成る程?
後藤はそれでわかった。
米軍が撤収しようとした自分達を止めたのは、やはり、米軍が申し出たベルゲ騎の支援要請だけでは決してなかった。
中華帝国軍第3機動飛行艦隊を文字通り全滅してのけた近衛軍の戦力と戦闘の詳細を知りたいのだ。
「これだけです」
興味津々という顔のライアン大佐に、後藤は指を1本だけ立てて見せた。
「たった、これだけで」
「……まさか!」
意味がわかったのだろう、ライアンは肩をすくめると笑い出した。
「中佐はジョークがお好きだ!」
「本当のことですよ?たった一騎だけで、相手は全滅です」
「……」
後藤の言葉に、ライアンは顔を引きつらせた。
「一体」
唾を飲み込んだライアンの喉元の動きに目がいった後藤の前で、ライアンが言葉を選びながら訊ねた。
「あのFly rulerといい……近衛軍は一体」
「ああ」
後藤は左手を左右にふり、否定を表した。
「あれは単に、パイロットが非常識なだけです」
「非常識?」
「―――そうとしか言い様がありません」




