殴り合い 第三話
フフフッ。
アーコットは口からこぼれる笑い声を止めることが出来ない。
おかしくて、愉快で、楽しくて、幸せだった。
相手がこれほどの技量なら、自分が殺されかかったのも無理はない。
そう、実感できるから。
剣と剣が文字通り絡み合い、シールドが鈍い音を立ててぶつかり合う衝撃すら、アーコットには性的な快楽を与えてくれる。
下半身に熱を感じながら、アーコットは快楽に酔いしれた。
「さぁ―――もっと楽しませて!」
騎体をジャンプさせ、メースの質量までを載せた一撃。
普通なら重装甲のメースだって切断する一撃を、相手は軽々と止めてのけた。
「フフッ……あはははははっ!」
アーコットは狂ったように笑った。
「楽しい!楽しいじゃない!」
ドカッ!
“サライマ”の蹴りでさえ、相手はシールドで阻止、退き様に横薙の一撃で逆襲にかかる。
「どこまで楽しませてくれるの!?」
ガンッ!
シールドでその一撃をそらしつつ着地。
体勢を低くとると、脚めがけて突き技を繰り返す。
二宮騎は、全く無駄のない脚裁きでアーコットの攻撃を回避し、要所要所で反撃に出る。
「もう―――濡れたどころか」
ザンッ!
アーコットのシールドに、突き技に出た二宮騎の斬艦刀がめり込んだ。
バンッ!
シールドを掴む左腕を力任せにひねると、二宮騎から斬艦刀が離れた。
わざとシールドを刺させて剣を奪う、アーコットの策は成功した。
「イっちゃったじゃない♪」
「―――チィッ!」
ブンッ!
舌打ち一つ、二宮は予備の斬艦刀を抜いた。
「やってくれる!」
「中佐!」
唯が警告を発したのは、まさにその時だ。
「中華帝国軍、動きました!」
「何っ!?」
「南沙級空母が展開しています!メサイアとおぼしき反応多数!現状、騎数15、増大中!」
「この楽しいときに!」
二宮はアーコットの攻撃を剣でさばきつつ、アーコットに呼びかけた。
「待て、魔族の!」
「アーコットだ!」
「決闘の邪魔が入る!」
「無視しろ!こっちはお楽しみの真っ最中だ!」
「気持ちはわかるが―――」
「寧波級よりML反応!」
唯の警告と、アーコットの背後に控えていた“サライマ”達が動いたのはほぼ同時。
ML独特の着弾音が周囲から一切の音を奪い去る。
「大尉!」
アーコットは、横から飛んできた魔法攻撃を、部下達がシールドで防御してくれたことに気づき、今までの快楽に浸る女から、冷酷な指揮官へとモードを切り替えた。
「全騎、大丈夫か!?」
「損害なし!」
「熱量だけです!たいしたことない!」
「よし―――おい!えっと……に、にの」
「二宮だ」
「そう言った」
「言ってない」
「言ったと言ったら言った!」
一瞬でも、決闘相手の名を失念したアーコットは、ムキになって怒鳴った。
「決闘は一時お預けだ!」
「仕方ないか」
二宮もまた、部下を率いる指揮官として判断を下した。
「いろいろあって、共闘の形はとれないが」
「わかっている」
アーコットは言った。
「我々はここから去る。その方が後々、面倒がないだろう?」
「いい方に回ったわね」
「うるさいっ!」
アーコットは怒鳴った。
「後退ルートは丁度、敵を引きつけるルートにもなる!
こっちに敵を引きつければ、お前達が我々に味方したなんてふざけた理屈は通じないはずだ!我々が人類と戦うのはいいが、下手するとお前等が我々の味方と思われるぞ!?それでいいのか!?にのナントカ!」
「二宮だ!」
「そう言っている!全騎、ランデブーポイントまで後退!続け!」
アーコット騎がきびすを返して飛び立った。
「いいか!?決闘はお預けだ!それまで死ぬな!にのナントカ!」
“サライマ”達が一斉に飛び立ち、ジャングルの向こうへと消えていった。
「はらぁ……」
そのやりとりを、TACの中で見守っていた後藤が額に手を当てた。
「魔族ってのも、自分勝手というか、何考えてんだか」
口にくわえたタバコに火をつけようとして、またオペレータに奪われた。
「とにかく……どうすんのよこれ」
後藤の目の前。
戦況を示すスクリーンは大変な騒ぎになっていた。
「寧波級4、後方に南沙級空母3!」
「……はらぁ」
南沙級飛行空母。
全長600メートル。
近衛の保有する信濃級に対抗するために建造された武装飛行空母。
大型武装輸送艦にスキージャンプ甲板とを取り付けただけの簡単な構造ながら、Su-27を70機。メサイアを20機搭載可能と、空母としての機能は決して侮れない。
「甲板から続々とメサイアが発艦しています!発艦騎数、都合50騎!うち20騎が魔族軍追跡へ動きます!残りはこっちへ!」
「後藤隊長!」
「応援は」
「間に合いません!」
「ちっ……先行させすぎたか?」
後藤は舌打ちと共に部下に命じた。
「全騎、ポイントF42、米軍展開地域へ移動開始。魔族のお姉ちゃんの言うとおり、こっちが魔族に味方したなんて思われたらたまらん」
「り、了解!」
「米軍へ協力を要請して」
その時、オペレーターが悲鳴に近い声をあげた。
「後方8時から豪州軍!」
「何?メサイアか?」
「メサイアの反応……今度こそ“ロンゴミアントRA”です!数20以上、他、爆撃機とおぼしき反応50以上!反応増大中!」
「おいおい……」
後藤は肩をすくめた。
「そんな戦力なら、日本に来てくれよ……ホント」
オペレーターは頼りない上官を無視して、自分の職務に忠実になろうとした。
「爆撃機、機種判明!ランカスターです!」
「はぁ?」
後藤は目を丸くした。
「ランカスター?」
後藤の記憶が間違いなければ、イギリスが赤色戦争に投入した四発重爆撃機だ。
「あんな骨董品、博物館から持ち出したの?」
「バカ言わないでください」
年かさが後藤に近い年輩、もとい、熟練のオペレーターが言った。
「大日本帝国軍が何で烈風だの、スカイレーダーだの今更になって作り出したと思っているんです」
「成る程?狩野粒子の影響……か」
狩野粒子が南半球に及んだことで、豪州政府は戦線投入可能な兵器として、かつて英国連邦時代に運用していた爆撃機を生産ラインに載せたのだ。
「そういうことです。ちなみに、護衛戦闘機はモスキートです」
「やだやだ」
後藤はもう一度肩をすくめた。
「何、この状況。できの悪い仮想戦記じゃない。そんなもの使いたかったら日本に来てよ。本当に頼むからさぁ」
「ぐちゃぐちゃいってないで、戦闘指揮をとってください。瀬音少佐達が困ってますよ?」
「あー。はいはい」
後藤は通信機を掴んだ。
「各騎、お待たせ。こちらも動くけど、いい?」
「はぁ?」コクピットですっとんきょうな声をあげたのは瀬音だ。
「だから」
通信機の向こうで後藤は言った。
「全力で米軍陣地に飛び込んで。こっちを護衛するのお忘れなく」
「米軍陣地に?」
「そう」
後藤は言った。
「味方の支援が得られなければ、味方を作るまでさ」
「無理矢理、米軍に戦わせると?」
「そういうこと」
懲りずにポケットからタバコを取り出す後藤。
「―――ま、米軍さんがそれでどういう反応示すかは、その時になって腹決めようや」
「……」
瀬音もわかった。
他に選択肢はない。
機密騎を米軍陣地に飛び込ませるという、高い代償を支払うのだ。
後藤にとっても責任問題は免れない作戦。
だが、他に手はない。
海岸線を通過したり、衛星軌道で逃げるなんて、この作戦に比べたらリスクが高すぎる。
相手の陣地には、ML砲搭載の飛行艦が控えているんだ。
下手をすれば、上昇開始と同時にやられかねない。
「ただし」
後藤は言った。
「部隊を三手に分ける」
「了解」
前面から来るだろう敵を阻止する部隊。
側面で敵の砲撃をしのぎつつ、指揮部隊を護衛する部隊。
殿を勤める部隊。
瀬音はそう理解し、了承を告げた。
「第一分隊は前衛、敵の攻撃を攪乱しろ。第二分隊は後衛につき指揮部隊を護衛。共に米軍陣地へ向け移動に全力を尽くせ」
「もう一隊は?」
「天儀」
「は、はい?」
突然、自分の名を呼ばれた祷子はひっくり返った声で言った。
「わ、私ですか?」
「遊撃隊となって中華帝国艦隊の攪乱につけ」
「隊長!」
二宮が怒鳴った。
「天儀に死ねというのですか!?」
「天儀の騎は生粋の“白龍”の流れを組む」
後藤は言った。
「機動性、その他、艦隊戦にも投入できる性能がある。今、その性能を遊ばせるわけにはいかないんだよ」
「で、ですけど!」
「天儀、復唱」
後藤は二宮の抗議を無視して祷子に復唱を求めた。
「り、了解」
祷子はコントロールユニットを握りしめ、言った。
「天儀、敵艦隊の攪乱任務に就きます」
「よし―――文句は生き残ったら聞いてあげる」
後藤の目の前で、敵の反応が近づきつつある。
攻撃可能距離に達するまであと数十秒だ。
「全騎、作戦開始!艇長、移動任せる!」
「了解!」
第一分隊 瀬音少佐以下、神谷、柏、都築、山崎
第二分隊 二宮中佐以下、長野、和泉、早瀬、宗像
第三分隊 天儀
……この編成で作戦は実行に移された。
「さて」
指を鳴らしながら、前衛に立つ瀬音は楽しげに鼻を鳴らした。
「祷子ちゃんのことは気に入らないが―――とにかく、いつも真理のお尻ばかりってのは、俺の趣味じゃないからね」
ピピピッ
移動をすべてMCにゆだね、瀬音はビームライフルの照準に神経を傾けた。
飛行中のメサイアの機動はかなり落ちる。
それでもなお、敵は精一杯の回避機動をかけながら接近しつつある。
「―――殺るか」
ビンッ!
瀬音騎からビームライフルの光が放たれた。
「少佐!?」
都築は、突然の攻撃に驚嘆の声をあげた。
敵はまだ照準に十分入りきっていない。
実体弾とは違い、空気による拡散が心配されるビームライフルは、十分に引きつけて使用すべき代物のはずだ。
それなのに、瀬音はまるで実体弾兵器同然にビームライフルを放ってしまった。
「無茶だ!早いよ!」
ビームライフルの光が走った先で、メサイア達が少しだけ動きを変えた。
起きたことといえばそれだけ。
命中は、当然ながらしていない。
反対に、敵からの実体弾兵器が雨霰と襲いかかってくる。
「ったく」
周囲で断続的に続く爆発に舌打ちしつつ、都築は照準を定めた。
「冷静沈着――これが大事なんだよな」
カチッ
ビンッ!
都築騎のビームライフルから放たれた一撃は、メサイア―――“帝刃”の胴体に吸い込まれるように命中し、“帝刃”そのものを吹き飛ばした。
「美晴さん」
山崎がビームライフルをかまえつつ、隣の美晴騎に警告した。
「数が違う。注意してください」
「了解。ありがと」
そう、返事をした美晴の目の前で、戦況モニターに映し出される敵影は、二手に分かれた。
「ちっ!左右に分かれた!」
美晴と山崎は接近しつつある“帝刃”達にめがけ、トリガーを引き続けた。
美晴の目からすれば、“帝刃”の動きはかなり巧みといえた。
ビームの射撃コースを螺旋を描くように回避する“帝刃”達に、美晴は目を丸くした。
「上手いけどっ!」
一騎の“帝刃”が美晴の一撃をまともに喰らい四散。
その背後から飛び出した一騎が、美晴騎の頭上をすり抜けていった。
「抜かれたっ!?―――きゃっ!」
美晴は自騎周辺で断続的に起きる爆発に襲われ、その騎を追うことが出来なかった。
「敵、続々と第一分隊を突破していきます!」
「敵の狙いは俺達か」
メサイアと、その手に持たれたシールドに護衛される形で移動するTACに乗る後藤は、戦況モニター上の敵の動きから、その狙いを判断した。
前面に出た第一分隊をロクに相手せずにその上をすり抜けていくのだ。
狙いは一つしかない。
「俺が敵将ってわけだ―――偉くなったねぇ。俺も」
「後藤隊長」
通信機越しに二宮が言った。
「米軍陣地まであと10分です」
外では“白雷”達がビームライフルで阻止戦を展開している。
中華帝国軍の反応は次々と消えていくとはいえ、決して安穏としていられる状況ではない。
「……祈る程度しか、俺達にゃ出来ないか」
「隊長」
先程のオペレーターが席を立つと、そっとライターを差し出した。
「吸っていいですよ?」
「いいの?」
「ここでパニックになられては皆の迷惑です」
「ならないさ」
「それと、ヘビースモーカーがタバコを切らすとロクなことがおきないと聞きました」
「おろ?わかってるね」
後藤はタバコをくわえ、オペレーターに火をつけてもらった。
「うん。美味い」
戦場にいながら、後藤は深い笑みを浮かべてタバコを吸った。
「結構です」
オペレーターは、ライターをポケットに戻すと、椅子に座った。
「では、吸った分だけ、幸運を発揮してください」
「了解」




