殴り合い 第二話
「敵、数12!」
牧野中尉の声に、美奈代は緊張した眼差しを戦況モニターに向けた。
「熱源反応!」
「―――っ!」
コントロールユニットを乱暴なまでに操作して、“白雷”に襲いかかる攻撃を回避。
白いアイスキャンディーのような攻撃が“白雷”をかすめる。
鬱蒼と茂るジャングル。
木々の高さは、場合によってはメサイアの肩どころかメサイアそのものを覆い隠すほどだ。
悠久の時を刻むジャングル。
生命の宝庫、ジャングル。
その自然の財産をなぎ払って出来た道を、美奈代達は突進する。
美奈代達が先程作り上げた道ではある。
普通なら環境破壊だと問題になるだろうが、今は環境より自分の命を優先したい。
何しろ、ここは戦場なのだ。
―――勝手に戦場にしたクセに!
ふと、自分の思考に自分で突っ込んでいることに気づいた美奈代は、口元だけ軽く歪ませた。
戦闘の恐怖に飲み込まれていないことに気づいたからだ。
悪くない。
美奈代は、道の向こうでシールドを構えるオレンジ色のメース達にビームライフルの照準を合わせた。
「―――聞こえているか!」
ノイズ混じりの声が美奈代の耳を打ったのは、照準が合った直後だった。
若い女の声だった。
「おっかしいなぁ……もしもーし」
「……へ?」
美奈代は目を丸くして、トリガーを押すのを忘れた。
「くそっ。やっぱり規格が合わなかったんじゃないのかなぁ……マグルめ。使えるとかなんとか言って、私から散々金だけふんだくりやがって……もしもーし」
突然の怪電波。
そうとしか言い様のない通信を耳にした美奈代達が思わず周囲を見回してしまう。
「た、隊長?」
モニター越しの二宮騎は、無言で手を軽くあげ、部下を制止した。
「くっそぉ!呼びかけられたら返事するのが礼儀でしょうが!」
通信機の声は大声で怒鳴った。
「前方の白いデミ・メースの操縦者、聞こえているか!」
どこからの声かそれでわかった。
前方といえば、メース達しかいない。
美奈代は射撃をためらい、二宮に訊ねた。
「たっ、隊長?」
「―――全騎、停止。敵との距離をとれ。それと、撃つな」
ズザザザッ―――!!
地面をハデにほじくり返して戦闘機動を停止した“白雷”達は、シールドを構えながら、それでもビームライフルをメース達に向けることをやめはしない。
二宮騎だけがシールドを構えることなく、部隊の前面に出ると、よく響く凛とした声で言った。
「聞こえている」
「えっ!?……あ、ああ。そ、そうなの?……よ、よし」
敵からの返信があったことに驚きの色を隠せないアーコットは、それでも弱みを見せまいと気勢をあげた。
「返事をしたことを褒めてやる!」
「それで?」
対する二宮は冷たく言った。
「魔族がどうやって人間の言葉を喋る?」
「貴様等の乗るデミ・メースから通信機を頂戴した。翻訳は機械がやってくれる」
美奈代達は、ビームライフルの照準を幾度も修正しながら、会話を聞く。
おそらく、この戦争始まって以来、初の敵同士による会話は続く。
「通信の目的を知りたい」
二宮は発音に気を配りながら、そう言った。
「……白州戦で、私のこの騎体にシールドを突き立てたヤツがいる。知っているか?」
「?」
二宮は、端正な眉をひそめて、もう一度、敵騎を見た。
オレンジ色のメース。
あれは確か……。
「ああ」
ようやく思い出した二宮があっさりとした口調で言った。
「それは私だ」
「なっ!?」
アーコットの顔がすさまじい形相になった。
「何だ?わざわざ礼を言いに来たのか?義理堅いな」
「誰が!」
二宮の目の前で、メースが剣を構えなおした。
「私の目的は―――仕切直しだ!」
「仕切直し?」
つくづく、すごい翻訳装置使ってるな。と、二宮は感心する。
「もう一回、負けたいのか?」
「違う!」
アーコットは怒鳴った。
「もう一度、一対一で勝負しろ!」
「あの時は調子が悪かったとか、そう言いたい?」
「そうだ!」
「そういうのはやめておけ……聞いているだけで惨めに思えてくる」
「っ!」
「―――まぁ、いい」
二宮は、肩にマウントした斬艦刀を抜いた。
「一つ、条件がある」
「条件?」
アーコットはさらに顔をしかめた。
「人間風情に選択肢があると?」
「勝負だろう?なら、対等のはずだ。それとも、最初から対等以下のつもりだったの?」
「……面白いじゃない。何よ、条件って」
しかめた顔を無理矢理引きつった笑顔にしたアーコットに、二宮は言った。
「私が勝ったら、ここを撤退する。負けても、部下には手を出さない。お前の私怨に基づく勝負なら、その程度は認められるはずだ」
「……」
「……」
「……いいわ」
アーコットは言った。
「!!」
「!!」
途端、二宮の耳に、聞いたことのない言語でやりとりが入る。
おそらく、相手の部下達が抗議して、相手がそれを止めたんだろうと、そう、見当をつけた。
「そっちも同じ。いい?」
「わかった……それで、名は?」
「人間風情に」
「やり合う以上、名乗るのが礼儀だろう」
「……魔界フォーミリア第3方面軍第2メース師団所属クレア・アーコット魔族軍大尉」
「大日本帝国皇室近衛兵団所属、二宮真理中佐だ」
「一対一よ?」
「無論だ―――全騎、国際騎士法規定の決闘の条項に従い行動せよ。もしもの時は、瀬音が全部隊の指揮。後藤隊長の指示に従え」
ズザザッ―――ジャカッ
フィィィッ―――ザンッ
双方が前進し、適度な間合いで剣を構えた。
ズザザッ―――ジャカッ
フィィィッ―――ザンッ
双方が前進し、適度な間合いで剣を構えた。
人類対魔族の決闘。
しかも、よりによって女同士の。
張りつめた空気が空間を支配する。
「唯」
コクピットの二宮は泰然自若とした、ベテラン騎士の姿勢を微塵も崩さない。
「やれる?」
「勿論です」
その戦いを支え続けてきたMCの唯は短く答えた。
「全力発揮、いつでもどうぞ」
「よし」
幾多の戦場で敵を葬り続けた二宮の目が、メースの一点に注がれた。
別に、アーコットに秘策があったわけではない。
アーコットにあるのは、私怨を晴らしたいという一心だけだ。
自分は勝つ。
それが当たり前。
相手は人間風情だ。
魔族である自分が、そんなヤツに負けたなんて、何かの間違いだ。
だから、私は絶対に勝つ!
……これが、アーコットの全てといっていい。
「―――いけっ!」
……す、すごい。
目の前で繰り広げられるメサイア戦を、美奈代は固唾を呑んで見守った。
剣と剣がぶつかり合う殺し合い。
ただ、それだけのはず。
それなのに、美奈代の目には、まるで別物に映った。
舞踏
そう、映ったのだ。
そもそも舞踏という言葉自体、坪内逍遥と福地源一郎による造語で、日本の伝統的なダンスである舞と踊をくっつけたものだという。
音楽に合わせてすり足などで舞台を回るものが舞。
同じく、足を踏み鳴らしリズムに乗った手振り・身振りをするものが踊。
この二つをくっつけたら舞踏になる。
滑らかな動きで敵を狙う二宮騎。
スピーディな動きで敵を襲うアーコット騎。
それはまさに舞と踊のぶつかりあい。
二騎は、まるで事前に申し合わせたかのように、ぶつかり合っては離れる動作を繰り返す。
剣とシールドがしのぎを削っても、互いに騎体に命中させることが出来ない。
勝敗が決まらないのは、技量の未熟さが問題ではない。
逆だ。
互いの技量が高すぎて、致命傷を負わせることが出来ないのだ。
美奈代は、それを牧野中尉に教えてもらった。
ギィンッ!
「ちっ!」
12回目の打ち込みが弾かれた。
「これでもか」
二宮は騎体を後退させ、間合いを開く。
アーコット騎は、一瞬だけ後退するが、すぐに間合いを詰めた。
逆袈裟斬りの一撃が騎体をかすめる。
「―――やるな」
二宮は気づかずに口元をゆるめた。
楽しいのだ。
ギリギリの緊張感と、自分が殺しという人間のタブーを犯そうとする罪悪感がないまぜになった複雑な感情が、二宮をとてつもなく楽しくさせる。
これほどの技量を持つ相手は久しぶりだ。
この私を、ここまで楽しませてくれる相手は、久しぶりだ!




