殴り合い 第一話
「うわぁぁぁぁぁっ!」
曹騎が悲鳴を残して倒れた。
「曹!―――わぁぁぁっ!」
続いて趙騎がやられた。
“帝刃”が相手にしたのは、グレイファントムKA。
グレイファントムに軽装甲を施したタイプ。
大韓帝国騎だ。
グレイファントムの中でも最弱とさえ囁かれる騎だが、元々の性能から考えれば、納税者たる大韓帝国国民からすれば納得のいく戦果を上げている。
「くそっ!二鬼子!」
許騎がグレイファントムの中でも薄いとされる韓国騎を剣で串刺しにした。
グレイファントムの胸を貫通した一撃。
その胴を蹴りつけ、許は剣をグレイファントムから引き抜いた。
「これでもかっ!」
許達は死にものぐるいで戦い続け、今や2倍の兵力を誇った敵は、同数以下まで減っている。
「やれるぞ!」
許は、勇んで怒鳴る。
「二鬼子共なんて、恐れるに足らないっ!」
「応っ!」
味方も許の戦いぶりに励まされたように剣を振るい続ける。
米帝相手には分が悪かったが、二鬼子相手なら―――
「次っ!」
許が新たなグレイファントムに狙いをつけたその瞬間―――
ドンッ!
狙いをつけたグレイファントムが、許の前で粉砕された。
許は、砲撃を喰らった人間が粉々になった瞬間を見たことのある。
グレイファントムが吹き飛ぶ光景は、それと何ら大差なかった。
つまり―――
「か、艦砲か!?」
友軍からの支援砲撃。
許がまず考えたのはそれだ。
だが、それが大きな間違いであることに、許はすぐに気づかされる。
「ML、照合出来ない!」
自騎のMCからの報告が入ったのだ。
「照合できない?」
「友軍のMLじゃない。かといって、我が軍の把握している米帝側の、どのタイプとも違う!」
「じゃ」
「不明。一切不明―――注意を!」
思わずシールドを構えた許の周り。
敵味方が戦闘を止め、周りを見回していた。
朝鮮人にも心当たりがないらしい。
許はそう判断した。
なら―――
くそっ!
許は苦渋の選択を強いられた。
すでに豪州から輸送中の“帝刃”は3分の2が失われた。
生きて帰れても、銃殺は避けられない。
それでも、全滅よりマシだ。
「全騎!」
許は命じた。
「最大戦闘速度で軍陣地まで移動!ブースターが壊れても構わない!これ以上の」
許の命令は、最後まで周囲には届かなかった。
視覚上の世界は白に。
聴覚上の世界は無音に。
全ては無に。
許の世界は、無になった。
激しい振動がコクピットを、許の駆る“帝刃”を揺るがす。
「なっ……なっ?」
気が付けば、自分の騎が横倒しになっている。
それは、姿勢計ですぐにわかる。
ただ、何が起きたのかわからなかった。
被弾した様子はない。
「だ、誰か」
許は通信機に怒鳴った。
「誰か応答しろ!被害は!?」
騎体を起こし、許は見た。
周囲に倒れる“帝刃”とグレイファントムの残骸。
そして、許を、許の駆る“帝刃”を見つめる黒い天使を。
漆黒の甲冑に身を包み、漆黒の翼を広げた天使が、宙に浮きながら許を見つめていた。
その手に握られた銃が、自分に狙いを定めている。
「……あ」
ポカンと口を開けた許が最後に見たのは、その銃から放たれた強い光だった。
騎体が焼かれ、許と共に火葬にふされる“帝刃”。
その光景を目の当たりにしながら、漆黒の天使は憐憫の情さえ示そうとはしない。
漆黒の天使が求めるのは、犠牲者のみ。
その武装で倒れる敵のみ。
漆黒の天使―――ヤクト・エッジのコクピットで、炎上するデミ・メースを一瞥したカヤノは、新たな敵を求め、移動を開始した。
後藤は、しばしの沈黙の後、部隊に命じた。
「小隊各騎、すみやかに敵陣地へむけ突撃、突撃開始から30秒後、3時方向へ全速移動」
「はっ!?」
「いいからやりなさい」
「り、了解―――第一分隊、突撃するぞ!」
「聞いての通りだ。第二分隊、続け!」
第一分隊隊長、二宮。
第二分隊隊長、瀬音。
二人の指揮官の号令と共に、美奈代達は敵陣へ向け、ブースター全開で移動を開始する。
理由がわからない。
突撃開始から30秒。
敵と渡り合う直前。
12時方向に敵を見ているから、3時といえば真横に移動することになる。
つまり、後藤隊長は、敵陣の鼻先をかするように移動しろと命じているのだ。
そんなタイミングで敵前を移動する。
敵からの攻撃は不可避。
危険すぎる行為だが、美奈代達にそれを拒否する権利はない。
ジャングルを抜け、目前に敵が見えた。
シールドを構える敵メサイア達が立ち並んでいる。
それは、美奈代達が初めて見るタイプのメサイアだった。
「なっ!?」
「回避しろ!各騎、急旋回!」
突然、目の前に敵が現れてあわてたのは、むしろ敵の方だったらしい。
開かれたコクピットハッチにパイロットが転がり込む光景を、一瞬だけ、美奈代は視界にとらえることが出来た。
「い、今の、何ですか!?」
美奈代は、ターン直前に見た、得体の知れないメサイアについて二宮に訊ねた。
上半身は中華帝国軍のメサイア“帝刃”。
だが、下半身は―――2本脚ではなかった。
「“四脚”だ」
「“四脚”?」
「二脚のヒューマノイドタイプでは扱いが困難な重火器等を大量に搭載するためのデザインだ」
二宮は冷たい声で美奈代に言った。
「座学で教えたはずだが?」
「た、たった今!い、今、思い出しました!」
美奈代はどもった口調で言うが、どう聞いても嘘だと声色が証明している。
「情報コード“ガルガンチュア”。データを言ってみろ」
「……た、たった今、忘れました」
「敵騎情報モニターくらい見なさいっ!」
二宮は怒鳴った。
「どうしてお前はそう、細かい所に気づく反面、肝心な所に神経がいかん!」
「というか!」
戦況モニター上に表示された敵メサイア関連情報を一瞥しつつ、美奈代は言った。
「そんな重武装ってことは」
「そういうことだ!」
二宮が頷いた途端―――
Voooooom!
ドドドドドッ!
ズガガガガッ!
幾本もの火線が美奈代達を後方から襲いかかった。
「弾種、127ミリ、75ミリ、35ミリ、25ミリ、20ミリ、12.7ミリ、7ミリ」
牧野中尉が引きつった声で自分達に撃ち込まれてくる砲弾のデータを報告してくるが、騎体をかすめる砲弾の雨という視覚的事実だけで、美奈代は十分だった。
すでに十分だというのに、あちこちで爆発までが発生する。
「ロケットにミサイル、迫撃砲まで!?」
さつきがわめく声が通信機越しに聞こえた。
「何これ!?何!?
自分達、こんなに火器武装してますっ♪みたいに自慢したいわけ!?
最低っ!バカじゃないの!?」
「あ、当たりそうですか!?」
美奈代はこっそりと牧野中尉に訊ねた。
「回避運動は任せます。―――まあ、やってみてますけどね」
牧野中尉は手元のコントロールパネルを操作しながら言った。
「こっちからの強制介入を拒絶出来ない程度だし―――よしっ!」
ピッ
牧野中尉が最後のキーを叩いた。
「データ攪乱成功。敵FCS他、電子装備はパーになりました」
「ぱ、パー?」
「データをぐしゃぐしゃにして、おバカにしてやったってことです」
牧野中尉はあっさりと言った。
「敵メサイアのデータリンク、近衛のそれに比べれば幼稚すぎます。
グレードに換算して4つは下。
だから、こっちのMC総掛かりでデータリンクに強制介入して、リンクつなげている全てのデータ、ぐちゃぐちゃにしてあげました♪」
「ど、どうなるんですか?」
「もしこの子なら、騎体の全電子装備を停止して、再起動しなくちゃいけません」
牧野中尉は自信満々というか、むしろ楽しげにそう言ってくれた。
「メサイアは力業ばかりの兵器じゃないんですよ?」
「はぁ……つまり、この火線は当たらないと?」
「そうです♪FCSどころか、ほとんど操縦不能ですから、直接目視射撃以外、撃てません」
火線は相変わらず迫ってくるが、FCSを司るMCが言ってるんだから間違いないんだろう。
美奈代はそう見当をつけた。
「それより」
「えっ?」
「流れ弾のかなりの数が何かに当たりました。跳弾が妙な位置に流れています」
「どこです?」
美奈代は戦況モニターを見たが、モニター上は変化は見えない。
「敵陣の目の前―――えっ!?」
牧野中尉が怒鳴る。
「中華帝国軍メサイア部隊、何者かの攻撃を受けています、こちらの観測に反応なし!」
「なっ!?」
「敵、すでに4割の反応消失!」
「おいでなすったな」
TACの中で、オペレーターの報告を受けた後藤は、通信機を掴んだ。
「各騎反転!敵を喰え!」
その鼻先をかすめるように逃走した日帝のメサイア達めがけて射撃を続けるのは、NATO軍コード“ガルガンチュア”。
戦闘で下半身、もしくは脊椎を損傷した“帝刃”の上半身ボディを流用し、バランスと出力に勝る、ホバー駆動する四つ脚タイプの下半身の上に据え付けた異形のメサイア。
刀剣による白兵戦は不可能にして機動性にもかなり劣るが、反面、四つ脚ならではのバランスと安定性のよさを活かし、二本脚では使用が困難な、大反動を伴う実体弾系射撃兵器をハリネズミのように搭載した、いわば歩く砲台だ。
無論、機動性に勝るメサイアを相手にすべき兵器ではなく、むしろ戦車主体の機動部隊を掃討することを最適の任務としている。
MC管制による世界最高レベルのFCSを持つ移動砲台。
小型の飛行戦艦といってもいい。
中華帝国軍の東南アジア侵攻に際しては、先陣にてあらゆる機甲部隊、航空機を葬り去ってきた悪夢の存在だ。
移動中の“帝刃”部隊が日本軍を追い込むので、その火力支援のために展開していた。
ところが、肝心の“帝刃”部隊とは通信不能。
戦闘が始まる気配さえない中、ぼんやりと命令を待っていたら、突然、日帝のメサイア部隊が鼻先をかするように横切り、あわてて射撃を開始したという有様だった。
そして、トドメとして戦闘態勢を整え終わる前に、すべてのシステムがエラーを引き起こし、騎体操作が思うようにいかなくなった。
その彼らに、ジャングルの中から無数の弾丸が襲いかかってきたのだ。
無論、襲った方にも誤算はあった。
存在を隠蔽するマジック・コンシールのバリアフィールドに、ガルガンチュアの放った砲弾のかなりが流れ弾となって命中。
盛大に明後日の方角へと弾いてしまったのだ。
魔法の光を放ち、弾かれる砲弾。
当然、そこに何がいるか、いわずともわかってしまう。
「しくじった!」
ジャングルの中から飛び出すなり偽装を解除。
光剣で“ガルガンチュア”をまっぷたつに切断してのけたのは、オレンジ色のメース。
“サライマ”。
アーコットだ。
その一撃により破壊された“ガルガンチュア”の弾薬コンテナに搭載されていた、あらゆる弾薬が次々と誘爆。
ガルガンチュアそのものを吹き飛ばした爆風をシールドで凌いだアーコットは、続々とジャングルから出て来る部下達に怒鳴った。
「さっさとしろ!こんな出来損ない共に手間取るな!」
「応っ!」
近衛による電子戦により騎体操作が十分に行えないガルガンチュア達へ、“サライマ”達は手にした速射砲を乱射する。
速射砲。
魔界製の実体弾兵器。
人間界での使用調査がアーコット達に科せられた任務の一つである以上、ここで自分達がこの兵器を使用しても問題はない。
アーコットは、そう打算した結果、部下にこの兵器の使用を認めた。
実体弾の口径は約105ミリ。
火薬ではなく、魔力によって撃ち出す、一種のレールガンだ。
初速が火薬発射方式と比較して圧倒的に速いため、砲弾自体の運動エネルギーが比較にならないほど高い。
そのせいで、口径こそ105ミリと小型だが、運動エネルギーから考えれば、その数倍の口径を備えた砲と何ら変わることはない。
その砲を前に、対戦車戦及びミサイル戦を想定し、メサイアの域を超えた重装甲を施されているはずのガルガンチュアが蜂の巣にされていく。
弾丸は分厚い装甲を紙のように撃ち抜き、内蔵されている装備を尽く破壊してのける。
「ひゃっはぁっ!」
全くの七面鳥撃ちに、“サライマ”のパイロットからは歓声があがる。
「こいつは楽だ!」
“サライマ”の一騎が、楽しげに、ボロボロになったガルガンチュアの騎体を踏みつけ、引き金を引く。
元から操縦が出来ないガルガンチュアの哀れなパイロット達は、騎体ごと挽肉にされる運命を避けることが出来なかった。
一番悲惨だったのは、武装のほとんどを破壊され、動くことさえままならない状態で放置されていた最後の一騎だ。
“サライマ”に包囲されたガルガンチュアのコクピットから騎士達が逃走を試みるが、“サライマ”の速射砲の的を増やしたのが精一杯だった。
“サライマ”達は、放棄された騎体めがけて四方八方から弾丸を浴びせかけた。
「騎体調査は近くにいるバラライトにでもやらせればいい!」
爆発、炎上するガルガンチュア達を後目に、アーコットは怒鳴った。
アーコットにとって、こんなデミ・メースを相手にすること自体が時間の無駄なのだ。
目的はもっと別にある。
その達成のためには、無駄な時間は使っていられない!
「あの白い連中を殺るぞ!」
「応っ!」
部下から殺気だった返答が来る。
「副長達の仇討ちだ!」
「まぁ―――ひっかかってくれたわけだ」
TACの中で、後藤は戦況モニターを見ながらタバコをくわえた。
部下達に行動を命じるまで、戦況モニターを見続けていた後藤が気になったのは一つ。
各軍の展開位置だ。
TACを引き連れた米軍の展開が遅いのはやむを得ないとして、陣地を出た中華帝国軍があの位置で止まった。
さらに、米軍の背後から襲いかかったオーストラリア軍が、米軍を追撃しないで中華帝国軍の陣地へ向かうコースをとった。
……まぁ、大韓帝国はどうでもいい。
中華帝国軍とオーストラリア軍の間に開く距離の差が気になって仕方なかった。
何かがひっかかる。
何故、中華帝国軍は、米軍と交戦状態に陥ったオーストラリア軍の支援に回らない?
何故、ここで停止する?
目の前に敵が展開しているのに?
後藤はTACが入手できる限りのデータを元に、一つの結論に達した。
中華帝国軍は、俺達が間近にいることを把握していない。
オーストラリア軍は、ジャングルの中に潜む俺達をあぶり出し、中華帝国軍の有効射程まで追い込むつもりだった。
ただ、接触したのが俺達じゃなく、米軍だっただけ。
そのオーストラリア軍も、何故か反応が消失。
それは、敵に撃破された証拠だ。
じゃ、次は?
俺達だ。
どう来る?
背後から襲うさ。
俺ならそうする。
俺達は敵陣地に目を向けている。
背後はがら空き。
敵はオーストラリア軍を撃破した勢いを買って自分達の追撃に転じている。
だから、後藤は命じたのだ。
背後から襲ってくる敵を、中華帝国軍にぶつけろと。
敵陣地目前のターンはそういう意味だ。
幸い、敵はひっかかってくれた。
中華帝国軍と交戦状態に陥った所を狙うつもりだったのが、俺達が敵前から逃亡したから狼狽し、対応が遅れた。
そう見て間違いないだろう。
「とにかく」
火をつけようとして、オペレーターにタバコを口から奪われた。
タバコがゴミ箱に放り込まれ、TAC内の壁に貼られた「禁煙!」を指さされる。
思わず苦笑して肩をすくめた後藤は、一人ぼやいた。
「敵の鼻をあかすことは出来たわけだ」
「小隊、戦闘開始します!」
オペレーターの声に、後藤は戦況モニターに視線を送った。
メサイアを示す反応同士が接触した。
頭数はほぼ同。
把握できている限り、性能差もそれほどの開きはない。
残されるのは、騎士の腕と運だけだ。
「やってくれよ……?」
後藤は祈るような気持ちでタバコをくわえた。
「ああ……火はつけない。約束するから」




