模擬演習 第二話
「1号機、起動シークエンス開始……各部バランサーチェック……完了」
美奈代は、同乗した教官が驚くほどスムースに起動手順をこなす。
見る間にコクピットの各部にパワーが入り、モニターに外の風景が映し出された。
『MCより和泉候補生』
コントローラールームから通信が入る。
「和泉候補生」
『全天周囲モニターは切って下さい。使用は禁止されています』
「和泉候補生了解」
和泉は手元のパネルを操作してモニターを360度全周囲のそれから前面に限定されたものへと切り替える。
騎士の見るモニターはこの場合、全部で21枚。
メサイアの眼で見た光景が合成されて映し出される。
下手に足下が見えないだけ、美奈代はこちらのモードの方が好きだった。
視界の先に、美晴騎が映る。
高所恐怖症の彼女が全天周囲モニターに切り替えれば、気絶してるかもしれない。
「切り替え完了……」
そんな意地の悪いことを考えながら、次の手順に入ろうとして、美奈代は手を止めた。
モニターの一角に映し出されるのは、天儀騎。
「……」
白を基調として、各所に黄色を配した色彩は、自分の騎と同じ。
ただ―――
《なんでアイツだけ》
そう思わずにはいられない。
こっちは複座。
むこうは単座。
単座の搭乗は、訓練過程でも後半になってのことだ。
まだ、訓練は中盤に入ったばかりだ。
しかも―――
「こら和泉!」
後部座席に座った教官の怒鳴り声と一緒に、後頭部を激しくド突かれた。
ヘッドコントローラーの中に仕込まれたバーが後頭部めがけて飛び出してきたからだ。
「痛いっ!」
思わず悲鳴を上げる。
「さっさとやらんかぁ!」
「はっ、はい!」
美奈代は、慌てて起動手順を再会しつつ教官に訊ねた。
「教官、分隊長としてお聞きします」
「む」
「天儀候補生は―――大丈夫、なんでしょうか?その、単座で」
「コケても死にはしない……分隊全員でメシ抜き程度だが?」
「思いっきり、イヤなんですけど」
「お前が心配するのも無理はないがなぁ」
島教官も祷子の悪評は聞いてはいた。
「あの子だろう?シミュレーションで万年ドンケツは」
「はい……脚部バランサー正常作動確認……1号機、起します」
グンッと来る不自然なまでの感覚が美奈代を包む。
「えっ?」
「引き上げすぎだ!バカモンっ!」
目の前のモニターに操縦権限が剥奪されたことを告げる表示が出、そして後頭部に激痛を感じた。
「す、すみませんっ!」
「ボンクラちゃんを笑っている場合じゃないぞ!」
教官に一喝され、美奈代は涙目で謝った。
「も、申し訳ありませんっ!」
「ボンクラちゃんを馬鹿にしている場合じゃないぞ」
「は、はいっ!」
「いいか?和泉、ボンクラちゃんは、貴様と同じだ」
「えっ?」
「能力的にβ級しか扱えないハイレベル騎士だ。あいつが本気になったら、止められるのは、貴様くらいだろうな」
「そ、そんな……」
うそでしょう?
あのボンクラが?
美奈代の疑問符を、教官は簡単に打ち砕いた。
「あいつが課外で受けていた追加教育ってのは、β級のシミュレーションだ。記録は貴様の出したレコードに匹敵――いや、一部はレコードを書き換えた」
「……」
「本当の化け物だぞ。あのボンクラちゃんは」
「それが、天儀が単座に乗せてもらっている理由なんですか?」
「違う」
「どう?」
「あれは、乗っているんじゃない。乗せられているんだ」
「えっ?」
「詳しいことは知らん。ただ、あの子が望んであれに乗っているわけではないことは知っている」
「詳しく教えて下さい」
「出来るはずないだろう?」
島は言った。
「ここは軍隊だぜ?」
モニターを見つめながら、美奈代は唇をかみしめた。
「私だって―――っ!!」
さて。肝心の祷子だが……。
「うっわーっ!」
コクピットで感嘆の声を上げていた。
「わ、わ!シミュレーターとは全然違う!こ、これ、触っていいのかな」
祷子は感動と興奮に震える手で、恐る恐るコントローラーユニットに手を乗せた。
ふうっ。
全身がリラックスする。
不思議な安心感が祷子を包み込む。
「はぁっ……」
メサイアと一体になったようなこの感覚を表現する言葉を、祷子は思いつかない。
『天儀候補生』
「は、はい!天儀!」
祷子は、慌てて起きあがってHUDに頭をぶつけた。
『起動開始して下さい。他の方はすべて終了しています』
「いたたっ……えっ?」
パッ。
無意識につけたモニターの向こうでは、神城三姉妹が同時に騎体を立ち上げるという離れ業を演じてのけていた。
「あら。さすがね。あの子達」
『天儀候補生っ!』
耳がきーんっとするほどの大声がスピーカーから届く。
『何をしている!さっさと立ち上げんか!』
二宮からの罵声に近い命令だ。
「はっ、はい!天儀候補生、10号機、起動開始します」
祷子は、目にも止まらぬ早業でコンソールを操作し、
「システム・オールグリーン、10号機、起こします」
『ち、ちょっと待ってください!』
MCからの止めが入ったのは、少し遅かった。
『コクピットの仕様が違うんです!説明を―――きゃああっ!?』
グンッと来る感覚を経て、10号機は立ち上がった。
仕様が違う。
つまり、全く特性が違うことを意味する。
全く慣れない騎体を動かすのは至難の業。
だからこそ、シミュレーターがある。
それなのに、10号機は、あっさりと、全く無駄のない動きで立ち上がった。
周囲で見ていた者達からも感嘆の声があがった。
「10号機起動完了。MCの……えっと?」
『水城中尉です』
「中尉、仕様を教えて下さい」
『もう、教えることないです』
「そうなんですか?。それでは、今日はよろしくお願いします」
『は、はい……もう止めたいんですけど』
「えっ?」
『なんでもありません。候補生、こちらの指示に従って行動して下さいね?』
「はい……あっ、それと」
水城は祷子の言葉に絶句した。
『弥生ちゃんにも伝えて下さい。一緒に頑張ろうって』
グゥオオオッ
一瞬、エンジンのトルクが高まった。
祷子がエンジンのスロットルを開いたのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
ただ、水城はMCとして、その音がまるで祷子の言葉を喜んでいるように聞こえてならなかったのは、事実だ。
「よし……これで全騎立ち上がったな」
二宮は無線機のレシーバーを掴んだ。
「各騎、これより作戦内容を伝える」
-----用語解説---------
角龍
・MDIJα-003
・近衛におけるジム。
・当初から量産機として開発されているため、操縦は楽だが、他国メサイアと比較しても平均的スペックしかない。
・ただし、元来、メサイアは何度も戦闘を経験させることでより強くなるという、いわば機械としてではなく、兵士としての性格が強いため、戦闘経験が少ない新型よりこの騎の方が強い可能性すらある。後は騎士の腕の問題。
【ネタバレ】
・イメージは『ファイブスター物語』のホーンド・ミラージュ
征龍
・MDIJβ-104
・皇21型エンジンを搭載した最初のβ級メサイア。
・対メサイア戦に限定すれば、開発部自らが、この騎の戦線投入は「オーバーキル」そのものだと判断したほどの曰く付きの騎。
・開発当初からAランク以上のスキル保持者が操縦することを前提に設計されているため、それ以下のスキル保持者では操縦が出来ない。
・後のβタイプはこの騎をベースに開発される。
【ネタバレ】
・イメージは『ファイブスター物語』のブラッド・テンプル
雛鎧
・TMDIJα-003 / TMDIJβ-004
・角龍をベースにした訓練騎が003型。
・征龍をベースにして訓練機が004型
・ML系の武装を減らし、装甲を与えたタイプ。
・メサイアコントローラー、騎士双方の訓練用のため、コクピットは計4つ。
・騎士用コクピットは候補生と教官のタンデム方式。
・教官席のボタン一つで候補生の後頭部をド突く“指導バー”が飛び出す。
・44期が訓練で扱ったのは003型。
・45期が演習で使用したのは004型
・003型と004型では外見こそ似ているが、中身は別物。
【ネタバレ】
・『機動戦士ガンダム エコール・デュ・シエル 天空の学校』に登場するジム・カナール。




