恨み辛みは晴らすために
TACが何とかロンゴミアント達から逃れようと急加速で逃げ出していく。
ステラ達は、そのTACをかばうようにロンゴミアントの前に立ちはだかる。
「歩兵部隊保護を最優先」ステラは部下に命じたが、
「やっている!」
部下から怒鳴られた。
そんな部下の一人、やけくそ気味に叫ぶマイクがロンゴミアント3騎を相手に渡り合っている。
―――オーストラリア軍も気の毒に。
ステラはターゲットを絞りながら、ふとそう思った。
元から軽量メサイアとして設計されたロンゴミアント。
対するは、重装甲重武装のグレイファントムM64。
相手にするのは、騎体性能だけ考えれば、かなり荷が重い。
さらに、メサイア同士の戦闘で最もモノを言う騎士の戦闘経験。
その点でも、自分達は、世界中に派遣された実戦経験がある。
つまり―――オージーに同情すべきだろう。
だが、ここは戦場だ。
敵にかける情けはダイヤモンドより貴重、というより存在しない。
「各騎!情けは無用だ!人類の敵を殺せっ!」
「応っ!」
「白人から人類か―――格が上がったなオージー!」
オーストラリアやニュージーランド。
太平洋とインド洋方面双方への進出を目指す中華帝国は、親中華国の確保を外交手段の最優先課題としていた。
その矛先に立たされたのが両国だ。
中華帝国のやり口はある意味で合法的。両国間の結びつきを固くしようというタテマエの元、大量の資本と移民を両国に投入する。
目的は、両国の資源の搾取と人的な浸透。
両国はその背景にあるものを全く理解することなく、両手放しで歓迎した。
中華帝国の政府、そして企業から送られる金、中華帝国から来る人々のもたらす金。
金金金……。
それこそが大事。そんな状況が数十年。
両国はいつしか、中国人に対する警戒心というか、大切な常識のようなものを、完全に失っていった。
気がつけば、大英帝国の要が、最も有効な言語は中国語と言い切って良い状況。
経済は中華帝国の傘下に入り、政府、そして世論は、こぞって大英帝国国王ではなく、中華帝国皇帝へ敬意を示す。
そんな国になっていた。
その国が、この世界情勢でどう動くか?
もう、決まっていたのだ。
ガンッ!
グレイファントムの斧が“ロンゴミアント”を文字通り叩き潰した。
「パワーが違うんだよ!オージー!」
「イージーに行こうぜ」
「OK!オージーをイージーに逝かせろ!」
誇り高きグレイファントム部隊は裏切り者に容赦はない。
「こいつら、本気で私達を襲ったの?」
「司令部が面白いこと言ってきたわよ?ステラ」
イルマが言う。
「オージー達は、私達じゃなくて、この先に展開する日本軍を攻めようとした。私達がここに展開したことを、彼らは知らなかった」
「私達、ジャップと間違われたの?」
ステラはグレイファントムを駆りながら訊ねた。
目前のロンゴミアントの胸部装甲に斧がめり込み、“ロンゴミアント”がその場に倒れた。
「不愉快だわ!」
「言わないの……このままなら殺されるわよ?」
「肝心の日本軍は何してるのよ!」
「前方で中華帝国軍と対峙。下手に動けない」
「さっさと済ませてこっち支援しろって言って!」
「逆にそっちこそさっさと済ませろって言われるわよ」
ピピッ。
イルマは、MCLに響いた警告音に気づいた。
「―――ステラ」
「何っ!?」
「部隊後退」
「へっ!?」
「急いで!」
「な!?」
「馬鹿っ!―――こちらイルマ、部隊各騎!敵メース反応有!すみやかに当該戦闘範囲より後退!」
「来たかっ!」
「ステラ。ジャマーとスモーク展開―――よろし?」
「ううっ。納得いかないけど、打ち合わせでそうなってたもんね」
「そういうこと♪」
圧倒的劣勢にさらされていた“ロンゴミアント”達は、突然のことに狼狽した。
30騎で襲いかかったのがまさか米軍だとは思いもしない誤算だったことは認める。
だが、グレイファントム達は確かに自分達を撃破出来た。
それは間違いないのだ。
それなのに、後退した。
TACと共に戦線から離れていく米軍の反応を前に、“ロンゴミアント”コクピットの騎士達は首を傾げるしかない。
理由が、わからない。
「か……勝ったわけじゃ……ないよな」
ロンゴミアントのコクピットで、許はカラカラに渇いた喉に何とか唾を送り込んだ。
スクリーンに映し出される光景。
倒れ、炎上するのは友軍騎ばかりだ。
「許、そ、それより」
狼狽した仲間の声。
それが、この世界に自分以外の存在がいることを教えてくれる。
許は、やっとのことで自分の任務を思い出した。
「ああ……この騎を軍に届けなくちゃ」
「全く、驚いたぜ」
各騎のコクピットでは、騎士達が安堵のため息をつく。
コクピットの騎士達は全員が中国人。
歴とした中華帝国軍の騎士達だ。
「全部、宗が悪いんだ」
一番右端に立つロンゴミアントを駆る騎士が言った。
「日帝なんて弱いから叩こうなんて言い出しやがって」
「宗は死んだよ。俺も驚いたぜ?まさか米帝だとはな」
曹が周囲を警戒しつつそう言った。
「ばれなかったかな」
「何が」
「これ、“ロンゴミアント”の装甲つけてるけど、エンジン以外、中身は全部“帝刃”だってこと」
「だから納得できない」
中程に立つ“ロンゴミアント”を駆る趙が憮然とした声で言った。
「俺は上官に“帝刃”は米帝の“青霊”の10倍は強いって言われた。いくら豪州製だからって」
「ああ……俺もだ」
許は、コクピットを眺めながら不満げに言った。
「諜報部が盗み出したグレイファントムの最新鋭騎のデータをもとに、豪州で米帝側の技術と資材で作ったはずだ。それなのに、なんであんな」
「全然、相手になってなかったぜ?」
隣に立つ温の声も怒りに震えていた。
「畜生、白豚の作ったモノなんて使うからだ」
「まぁ言うな……みんな、先を急ごう。こんな所で立ち止まっていても仕方ない」
「ああ。あれだろ?この先で、第205中隊が日帝相手に大勝利を納めたんだろ?」
「ああ!その前には―――」
グレイファントムには負けた。
それは米帝相手だからだ。
不本意だがやむを得ない。
だが、少なくとも我々は敵を撤退に追い込んだ!
都合のいい話だが、他部隊の功績に勝るとも劣らない勝利だと、誰かが言い出せば、それを否定するどころか受け入れてしまう。
上層部にそう報告すれば、褒美として東南アジアから“輸入”された女奴隷がもらえるはずだ。
奴隷をどう扱おうが、主人の自由。
徹底的に女を味わうことが出来る!
通信機越しに、卑猥すぎる内容の通信が取り交わされ、皆、先程までの恐怖をその場に置き去りにして、興奮しながら移動するが―――。
「……」
移動は5分と続かなかった。
いや、興奮は、というべきだろう。
「な……なんだよこれ」
ジャングルの一角。
そこには、彼らの見慣れた存在がいた。
“帝刃”達。
騎数にして約20が一カ所に集められていた。
約?
そういうしかない。
原型をとどめているのが半数ほど。
残りはバラバラにされ、残骸となって山積みになっているのだ。
「おい許!」
宗が悲鳴に近い叫びをあげた。
「見ろっ!」
曹騎の指さす先を許は見た。
そこには“帝刃”がジャングルの巨木に寄りかかるように倒れていた。
騎体は散々切り刻まれたことは、その損傷の酷さが物語っている。
「に……日帝の仕業か?」
世界最強と教えられた“帝刃”の死骸達を前に、許は体の震えを抑えられない。
極悪非道の日帝共。
ことあるごとにその残虐さを教えられてきた悪しき国、大日本帝国。
世界最強の“帝刃”がその犠牲になることなんて、あってはならない。
その、“あってはならない”ことが目の前で起きたことは間違いない。
「に……日帝達は、几帳面だって聞いたことがあるぜ?」
曹は言った。
「これって……撃破した“帝刃”を片づけたんじゃないのか?」
「戦場の後かたづけってわけか?―――ん?」
許は、先程の騎の肩部装甲を見た。
肩部装甲に白で書かれた部隊番号は「205」
第205中隊騎。
先日、日帝相手に大勝利をあげたと聞かされた部隊だ。
「曹!」
「……ああ。ど、どういうことだ?」
部隊番号に気づいたんだろう。曹も困惑した声だ。
あり得ない。
許はそう強く思った。
出撃する前、俺達は、テレビで、撃破された日帝のメサイアが炎上する様子や、205中隊凱旋の様子を見たんだ。
中隊はすでに寧波に収容されて祖国へ向かったはず……。
テレビではそう言っていた。
軍放送が嘘をつくはずが……。
「許!」
張騎から緊急を告げる通信が入ったのは、その時だ。
「朝鮮人共が動いた!こっちへ向かってくる!」
「なっ!?」
許は目を見張った。
「あいつら、昨日だって日帝に恐れをなして逃げ出したって、テレビで!」
「俺達が“ロンゴミアント”、しかも米帝に追われた敗残騎だって思ってるに違いない!」
「ニンニク臭いハゲタカ共めっ!」
許は怒鳴った。
「構わん!全騎、移動しつつ迎撃体勢!二鬼子共を迎え撃てっ!」
「了解っ!」
「“帝刃”の恐ろしさ、教えてやるぜ!」
ゴオッ!
頭上を、いくつものデミ・メース達が通過する様子を、ヤクト・エッジのコクピットから見ていたのはカヤノだ。
調査のために集めたデミ・メースの残骸のあった地点で、敵の一部隊が停止。
そこめがけて全く別の部隊が襲いかかろうとしている。
奇妙なものだと、カヤノは思う。
魔界でもこれほど狭い地域で、敵味方が入り乱れた場所なんて、即座には思い出すことが出来ない。
中国、日本、米国、豪州、韓国―――そんな国名こそ知らないが、カヤノはとにかく5つの勢力が入り乱れる戦況表示を見つめる。
先程、上空を通過した勢力がメースの残骸近くに展開する勢力に襲いかかった。
後はもう少し待ってつぶし合いが終わるのを待てばいい。
人間同士で殺し合いをさせ、疲弊しきった所を襲う。
バラライト隊長が立てたこの作戦は、今まで大成功を納めてきたのだから、今回も上手くいくに違いない。
ズーン
ドォォォン
ズーン
遠くから戦闘音が聞こえてくる。
「バラライト隊長」
カヤノがヤクト・エッジの横に、片膝状態で待機するバラライト隊長騎と接続した有線通信を開く。
「あと、どれくらいで襲いますか?」
「待て」
バラライトは苦い顔で言った。
「アーコット達、サライマ部隊の展開がまだだ。連中の展開終了と同時だ」
「アーコット隊長、いつ退院されたんですか!?」
「部隊を離れるとそういうのは伝わらないのか?少し前だ。もう復帰している」
「よかったぁ……」
ほうっ。と、カヤノのため息が通信機越しにバラライトの耳にも届いた。
「いろいろあって、一度もお見舞いに行けなかったから心配してたんです」
「そうか……」
バラライトは、戦況表示を見ながら苦い顔をさらに苦くした。
―――アーコットめ。何を考えてる?
サライマ隊は海岸線に上陸し、速やかにバラライト達と合流する手はずだった。
それなのに、移動の途中で全く別の場所に無断で進路を変更した。
―――まさか。
バラライトには思いつくところがあった。
「カヤノ」
「はい?」
「アーコット達が全滅した敵は、どんな連中だ?」
「えっと……白いデミ・メース達です」
カヤノは答えた。
「この……対峙する勢力の中に、私の騎の足を切断してくれた騎が混じっています」
「何っ!?どれだ!」
「この騎です」
カヤノ騎からのデータは、まさにサライマ部隊が接近中の敵だ。
つまり―――
「アーコットめ!」
ガンッ!
バラライトはコンソールを殴った。
「た、隊長!?」
驚いたカヤノの声も、今のバラライトには届かない。
「自分の復讐心を満たすつもりか!」
アーコット達の支援は期待できない。
2騎でやれと言われればやるが、バラライトの騎は観測機器を装備している関係で、戦闘には参加出来ない。
仕方ない。
バラライトは、司令部との直通回線を開いた。




