アーコットの恨み 第二話
●“鈴谷”ブリーフィングルーム
「はい。おさらいね」
出撃を前に後藤は言った。
「現在、インドネシア方面は、帝国の属する連合軍と、中華帝国に属する枢軸軍が入り乱れている」
後藤は、背後の黒板に張られた地図を指示棒で突いた。
「先に行われた南シナ海海戦に勝利、上陸に成功した米軍の目的は、インドネシア領内に侵攻した中華帝国軍の駆除。究極にはマラッカ海峡を確保し、東西の海洋交通網を復活させることにある」
後藤は部下を見回した後に言った。
「ご存じの通り、マラッカ一帯はすでに敵の攻撃でクレーターだらけの焼け野原だ。軍事的空白が生じた後、米中両軍が支配権巡って激戦を繰り広げている。
中華帝国としては、後方攪乱とスマトラ方面での資源確保のため、兵力を送り込んでいるわけだ。
問題は、どっちに属しているかわからない第三者の存在が確認されたことだ。
3日程前、中華対米の小競り合いに介入、米軍は8騎のグレイファントムを喪失した。
中華帝国側の被害は不明だが、傍受した通信内容等から鑑みて、その倍以上と見ていいだろう。それだけの戦闘能力を考え、帝国はこの第三勢力を魔族軍と断定したというわけ」
無言で自分に視線を送る部下達を前に、後藤は頭をかいた。
「いや。何だね……魔族ってのはよくやるもんさ」
「後藤隊長」
二宮が訊ねた。
「我々の作戦は」
「ああ―――そうだね」
後藤は指示棒で肩を軽く叩いた
「正直、敵に出てきてもらうしかない」
「え?」
皆が後藤の言葉に驚いた。
「どこにいるかわかんないんだもん」
そりゃそうだ。
皆がそう思ったのは確かだ。
「だけど……奴さん達がどうやって米中のメサイア達の交戦を知ったのか。俺はそれが知りたい」
「……」
「米中が小競り合いを演じる中に割り込んで両方とも喰っちまったんだぜ?まるで狙い澄ましたように」
「つまり」
ブリーフィングルームの端に座っていた瀬音少佐が手を挙げた。
「敵はこっち、人類側の動きを知っていると?」
「そう」
「どうやって?」
「さて……どうやってかねぇ」
「……後藤隊長」
あまりに他人事のような後藤の言葉に、瀬音は言葉を詰まらせた。
「瀬音少佐、あんたならどうする?」
「俺?」
瀬音が驚いて自分を指さした。
「そう。あんたが魔族の立場なら、敵がどこにいて、何をするか、どうやって知る?」
「うーむ」
瀬音は腕組みをして、しばらく顔をしかめた後に言った。
「まぁ……敵の無線傍受して、敵の居場所突き止めて……襲う」
「そうだろう?」
後藤はニマッとしたまるでチェシャ猫のような笑みを浮かべた。
「警察時代によくやった手だ。抗争起こしそうな敵対するセクト同士は、まず監視して、通信傍受して、抗争現場を包囲、一網打尽にする」
「魔族は人間の通信を傍受していたと?」
二宮が信じられないという顔で言った。
「しかし」
「狩野粒子影響下でも、魔法系の無線通信は可能さ」
後藤は二宮に言った。
「でなきゃ、俺達だって無線じゃ通信出来ない」
「後藤隊長」
神谷中尉が手を挙げた。
「偽情報を流し、敵を誘い出し、殲滅する手ですか?」
「近い!」
まるで講談師のように、どこから取り出したのか、扇子で壇を叩いた。
「近いけど違う」
「は?」
「さすがにそれじゃ、敵だって警戒するさ」
「では、どうやって?」
「誰かわかる?」
「昨日の米軍の立場に、我々が立つ」
椅子に座ったまま、腕組みした宗像が答えた。
「昨晩の友軍全滅が、まさか魔族の介入によるものだとは考えすらしていない。米軍と同じに動けば、魔族側はのこのこ出てくるはず―――そういうことですか?」
「はい正解」
後藤は頷いた。
「しかし!」
長野が目をむいた。
「米軍と同じということは」
「―――ま、多少の犠牲になってもらおうよ」
後藤は意地の悪い顔で言った。
「どっちにしろ、敵には変わりないんだし。魔族が出てこなくても戦果にはなるわな」
「……」
「こっちの居場所、バンバン無線で流して、君らに派手に移動してもらって、それで敵がのってくれれば御の字だ。あらら」
後藤は腕時計を見るなり、
「時間がかかりすぎたな―――作戦を告げる」
その顔は、威圧感すら感じさせる何か、強い意志が込められている。
皆が黙って後藤の声に耳を傾けた。
「本日1500、八八独立駆逐小隊は、インドネシア領内、中華帝国軍陣地を攻撃する。
目的は、魔族軍メース部隊の誘出及びその殲滅ある―――各員の努力に期待する。以上」
後藤の敬礼に、全員が席を立って答礼した。
その日の正午。
鈴谷から発進した八八独立駆逐小隊は、熱帯特有のジャングルの中へと降下した。
「気を抜くな」二宮からの警告が届く。
「気象条件、その他全てが帝国とは違う。各MCは、緯度経度の修正、気圧変化に注意しろ」
「了解」
見上げた上空では鈴谷が離れていく。
対艦ミサイル用の最低限度の対空火器しか搭載していない彼女が、この空域にとどまるのがどれほど危険かは、誰の目にも明らかだ。
帝国軍が確保している空域まで後退すると、美奈代達は聞かされていた。
「さて」
メサイアと共に降りた戦闘指揮TACから通信が入る。
通信権限は、美奈代の駆る“白雷”が今、受信できる通信の中で最も高い。
声の主は後藤だ。
「これからは一方通行だ―――生き残りたかったら戦って勝つことだ」
そうだ。
勝たなければ全てが終わる。
勝たなければならない。
美奈代は無意識にコントロールユニットを掴む手に力を込めた。
その美奈代達に後藤は言った。
「ま―――気楽に行こうよ。力みすぎると、逆に失敗すること多いし」
この人は。
美奈代はコントロールユニットから手を離し、たまった力を抜くように軽く動かす。
その顔はほころんでいた。
まるで、今の私達のことがすべてわかっているようだ。
美奈代は、後藤という男に素直すぎるほどの敬意を持った。
「じゃ、これからの作戦ね。現在、1322時。1325時をもって移動開始。1400時にはここから70キロ先の中華帝国軍陣地を攻撃する」
「了解」
「で、気づいているのは誰?」
「えっ?」
美奈代は後藤の声にきょとんとなった。
「あのねぇ……」
TACの中で、後藤が額に手を当てた。
「君たち、物見遊山にわざわざここまでメサイア乗って来たの?」
「……」
「否定しなさいよ」
「いえ!」
美奈代は怒鳴った。
「我々は戦争に!」
「でしょう?」
「あの、後藤隊長?」
そう言ったのは祷子だ。
「センサーに反応のある、8時と2時から接近中の部隊のことですか?」
「そう」
美奈代はあわてて戦況モニターを見た。
美奈代はコンソールを操作して、部隊内データリンクを開いた。
センサー範囲が格段に広がり、それまで見えなかった反応が見えた。
後方、8時方向に集中する反応と、2時方向から接近する反応。
8時方向からの反応は米軍だ。
対する2時方向からは、メサイアと飛行艦の反応。その背後にもメサイアの反応がある。
「米軍に対し、ML攻撃!」
「魔族軍か!?」
「反応分析中―――終了!」
美奈代は次の言葉の意味がわからなかった。
だから、聞き返した。
「……えっ?」
「ですから!」
牧野は怒鳴った。
「OTUメラ社製の艦載ML砲です!」
OTUメラ社はイタリアの軍需メーカー。
米軍や大日本帝国等の国々で標準となる艦船搭載型兵器の大手だ。
ロシア帝国から武器供与を受ける立場の中華帝国には当然、このメーカー製は配備されていない。
つまり、中華帝国軍の攻撃ではない。
「友軍誤射?」
「違います―――米軍、戦闘開始」
美奈代の目の前。
戦況スクリーンに映し出される米軍が戦闘陣形をとり、何かと戦闘を開始した。
「相手側騎種判別終了―――ロンゴミアントです」
「英軍が」
「違います。エンジン反応はオーストラリア軍ロンゴミアントRAですが、フレームの反応が違います。“中国軍の赤兎”に酷似」
牧野の言葉には自信が欠けていた。
「中国軍ですか?」
「エンジンだけなら、オーストラリア軍ですけど……?」
「馬鹿なっ!」
迫り来るロンゴミアントの脳天を斧でたたき割ったグレイファントムのコクピットで悲鳴に近い叫びをあげたのは、ステラだった。
「何で!?」
その問いかけに誰も答えてくれない。
あるのは、自分達に襲いかかる、かつての友軍メサイアの姿だけだ。
「畜生!」
右翼に立つマイクが怒鳴る。
「俺はオーストラリアに2年間派遣されたことあるんだぞ!?」
「オージー共、完全に俺達を裏切ったのか!?」
「司令部よりグレイファントム部隊各騎」
突然のオーストラリア軍からの襲撃に、司令部も狼狽しきった声で指令を飛ばしてきた。
「先程、オーストラリア及びニュージーランドが中華帝国支援のため、軍事行動に移ったと宣言した」
「宣言と同時に、よりによって私達に!?」
膝を曲げ、体勢を低くしたステラは、ロンゴミアントの胴めがけて斧の一撃を喰らわした。
斧が深々とロンゴミアントの胴に喰いこみ、ロンゴミアントがくの字に折れ曲がって吹き飛んだ。
司令部はさらに指令を出す。
「現在、飛行戦艦部隊がオージーの戦艦相手に交戦中!歩兵部隊の収容が遅れている!歩兵部隊を守れ!白人の恥さらし共から歩兵部隊を守るんだ!」
「馬鹿野郎っ!」
大声で怒鳴ったのは、ステラの左翼で戦うアスコットだ。
「俺は黒人だ!白人のもめ事で戦えるか!」
「じゃあ、何で戦ってんだ!?」
アスコットとペアを組む同じく黒人のグレッグからの問いかけに、アスコットは答えた。
「向こうが襲ってくるからだ!」




