メースとフィーリア
●長野県小県郡日村跡 魔族軍幕営
「作戦は失敗したが―――貴殿はよくやった」
ガムロは、前にかしこまるカヤノを前にそう言った。
「敵のデミ・メースを22騎撃破。内訳、狙撃14、接近戦8―――申し分ない」
「あ、ありがたき幸せ」
カヤノは上擦る声で、ようやくそれだけ言うと、頭を垂れた。
礼服には真新しい大尉の階級章と勲章が光る。
「“サライマ”11騎の喪失から考えると、わが軍の敗北というべきだが」
「……」
「その中で、敵に一矢報いた貴殿の功は大きい。魔界でも、貴殿の名は轟き渡っている」
「―――は?」
「当代有数のメース使い……そう評する声があちこちからあがっておる」
「……」
「意味がわからない。という顔だな」
「で、ですけど……閣下」
「ん?」
「わ、私、メースをまた大破させて」
「両脚の破損程度。1対8の勝負に圧勝し、帳消しにした。違うか?」
「……はぁ」
「ふっ……その功績には褒美をもって報いよう。貴殿に我が軍に配備される最新鋭メサイアを1騎預ける。
名は“ヤクト・エッジ”。
魔界の魔族軍最新鋭メースだ。
使いこなし、さらなる武功をたてよ」
「はっ!」
血が頭に上って、体が熱い。
雲の上の人物。カヤノにとってガムロとは、そういう存在だ。
そんな人物に褒め言葉をもらったカヤノは、冷めやらぬ興奮と緊張の中、ふらつきながら廊下を歩いていた。
せいぜい、一命を取り留めたアーコット隊長のお見舞いに行こうか、それとも、霊安殿に、戦死した副長達の冥福を祈りに行こうか。そんなことを考えるのが精一杯だ。
かつて、日村があった場所にようやく完成したヴォルトモード卿を迎えるための居城。
その広い廊下を、そんな様子で歩くカヤノは、廊下の端から歩いてきた少女に真っ正面からぶつかった。
「きゃっ!?」
「痛っ!」
ぶつかった相手は後ろに転ぶ。
「ご、ごめんなさい!」
カヤノは涙目の少女をあわてて抱き起こし、服についた埃を払う。
「ぼうっとしていて!怪我はない?」
「グスッ……大丈夫です」
「あ、そうだ!」
カヤノはポケットから飴玉を取り出し、少女に手渡した。
「これ、お詫び。おいしいから」
「ありがとうございます」
涙を抑え、無理に笑う少女。
カヤノは不意に、疑問に思った。
こんな所に、こんな小さい子がいるとは聞いていない。
「あの……あなた、誰?」
「わ、私―――フィーリアです」
「フィーリア?」
その名に覚えがない。
少女は困った顔で言った。
「ズルド閣下の養女です」
―――私、カヤノ。メース使いなの
―――メースって、何ですか?
そんな会話の後、カヤノは楓を連れてメース用のハンガーへと足を運んだ。
小さな街が一つ入りそうな程の巨大な建物は、楓にとっても興味深い存在だったが、正直、今まで何に使われている建物か全く分からなかった。
それがメースという、よくわからないが、とにかく巨大な兵器を格納する施設であると聞かされ、楓はなんとなく納得がいった。
「ここよ?」
入り口で衛兵に止められたカヤノが、押し問答の挙げ句、大尉の階級章と、「ズルド閣下の養女」とか、「閣下の機嫌そこねたいの?」といった脅し文句が効いたらしい。
衛兵が不承不承ながら通してくれた。
様々な機械の作動音が、一瞬、楓の聴覚を奪った。
楓が初めて見たハンガーの中は、まるでメースという巨大な木々が生い茂る林のような印象さえ受けるほど、メースによって埋め尽くされていた。
「スゴ……」
「魔界から増援部隊が続々と合流しているからね―――こっち」
「あ、はい」
見上げるほど巨大なメースの脚元を抜けるカヤノに案内されるまま、楓は一騎のメースへとたどり着いた。
“サライマ”
先の戦いでカヤノが両足を切断されたあの騎だ。
「“サライマ”っていうの。これは私の騎」
「“サライマ”?」
「そう、北方部族の英雄の名前」
「へぇ……」
整備兵が徹夜で換装した両足で立つ“サライマ”のオレンジ色の騎体を見上げながら、カヤノは思いつくままに、目の前の少女にメースについて説明した。
「魔界に住む魔族は、大きく分けて東西南北と中央の5つの部族からなる。私は北方部族の出なの。
私達の住む所は、切り立った山脈ばかりの寒い地方で、農業には適さない分、地下資源が豊富で、魔界ではトップクラスの科学技術の集積地でもある。
でもね?北方は同時に、巨人族の住処でもあるの。メースが生まれる昔は、食料が乏しくなると、巨人族は魔族の住処を襲ってきた。わかる?メースは巨人達の平均サイズを元にしたから、こんな大きなサイズなのよ?」
「……」
楓は、メースの天辺からつま先までを何度も視線を往復させたが、どうしてもこんなバケモノじみた生き物を想像することさえ出来なかった。
カヤノは続ける。
「何千年、何万年も、私達、北方の魔族達は、巨人族のエジキにされてきた……酷い時には、数十万の単位で食料にされたことだってある。それこそ毎年のようにね」
「そ、そんなに?」
「ええ……私達北方部族は、中央部族のような飛行能力や魔法の力はない。人間の騎士と同じくらいの力しかない。
だからというわけでもないんでしょうけど、幾度と無く巨人達にせっかく作った作物を荒らされ、住処を台無しにされた。
最悪で部族の7割が死んだとされる“死の冬”の伝説は、子供心に恐ろしかった。
巨人は食欲しかないような連中だけど、反面、強靱な肉体はどんな毒にも耐えるし、私達の手で扱える武器は通じない。
つまり、ご先祖達には、巨人に対抗する手段がなかったのよ。
だから、私達北方部族のご先祖達は考えた。
どうしたら、生き残れるか?
どうやったら、巨人族にうち勝つことが出来るか?
―――その答えが、これ」
カヤノは“サライマ”を見上げた。
その視線は、どこか誇らしげにさえ見える。
「巨人族を相手にするなら、巨人族と同じ巨大な機械を作ればいいって発想ね。
持っていた科学技術の粋をかき集めて作られたのが、このメース。
そして、私達のご先祖はみんな、メースに乗って戦った。
部族の生き残りを賭けて。
部族の未来のために。
―――結局、巨人族が北方部族を襲った最後の記録が残っているのは、メース完成から千年後のこと。
だから、この間のことを、“千年戦争”とか“巨人戦争”って呼ぶ人もいる。“サライマ”は、その戦争中に活躍したメース使いの英雄なの」
「へぇ?」
「―――ま、私達北方部族にとって、メースは神様みたいモノ。これに乗れて一人前って言われているわ。男も女も」
「じゃ、カヤノさんも?」
「まぁ、ね」
楓の前で、カヤノははにかんだような、苦笑しているような、複雑な顔をして頷いた。
「私は―――そんな立派なメース使いじゃないけどね」
「ふぅん?」
カヤノの戦果を知らない楓にとって、カヤノがそう言えば、そういうものかと考えるのが精一杯だ。
「せっかくだから、コクピット入ってみる?」
「いいんですか?」
楓が興味深そうに頷いた時、
「おーい。カヤノ……じゃねぇ、カヤノ大尉」
オイルまみれの作業服に身を包んだ整備兵が手を拭きながら近づいてきた。
「“ヤクト・エッジ”の組み上げ、終了したぜ?試運転頼むわ」
「え?今ちょっと」
「えーっ!?関節の当たりを今日中とらねぇと、後に響くんだわ」
「っていうか、もう来たんですか?」
「ああ。あんな役立たずと一緒にな」
「役立たず?」
「アレだ」
整備兵が顎でしゃくった先には、装甲を完全に外され、内部が丸見えのメースがあった。
整備途中なのか、右腕をはじめ、あちこちのパーツが外されていた。
「あれって?」
「試しに組み上げてみたんだけどよ―――龍人族向けのメースさ」
「龍人族の?」
あ、龍人族ってね?龍みたいな翼と尻尾のある種族のことよ。
カヤノは楓にそう説明しつつ、そのメースを見た。
成る程。
普通のメースにはない尻尾があった。
しかも、隣で組み上げ中のツヴァイと比較してもかなり大型だ。
「最新鋭は最新鋭なんだけどよぉ。何しろ俺達が使いこなせるシロモノじゃねぇし」
「操縦システムを換装すれば?」
「ダメだダメだ」
整備兵は手をパタパタ横に振った挙げ句、肩をすくめた。
「中佐が挑戦したけど、腕一本動かせねぇ」
「そんなにクセが?」
「ああ。恐ろしくな。どうせ伝票ミスで送り込まれてきたシロモノだ。送り返して、もう一騎、ヤクトエッジ仕入れてやろうかって話になってる」
「もったいないですねぇ……あれ、ヤクトエッジより高性能だって聞きましたよ?」
「ああ。広域制圧任務用だからな。本気になればそりゃスゴいさ。
だけどよ?その分、コストが高すぎるわ、ジェネレーターの冷却システムが追いつかないわで、欠点ばっかりさ。
実験機1騎で製造中止になったのもムリはねぇ。
そんなシロモノだ。
まぁ……完全状態で、あれ一騎、まともに投入すれば、メース1個中隊でも止められるかどうか」
「……それにしては」
「ん?」
「よく動いてるじゃないですか」
「へ?―――なっ!?」
整備兵が驚いたのも無理はない。
さっきまで誰も動かせないとサジを投げられていたメースが、立ち上がろうとしていたのだ。
「お、おいっ!誰が動かしている!?」
「―――あれ?」
その時になって、カヤノは青くなった。
いつのまにか、楓の姿がなかったのだ。
「ま……まさか!?」
-----用語解説---------
ヤクトエッジ
・魔族軍でも配備が始まったばかりの量産型現役騎。
・分類は重駆逐メース。
・サライマより大型。
・武装の幅は広く、メース用に開発された兵装の8割が搭載可能。
・ヴォルトモード軍には徐々にだが配備が進んでいる段階。
・操縦にクセがあるため、使い手を選ぶとされる。
・外装は漆黒。
【ネタバレ】
・イメージは『機動戦士ガンダムUC』のシナンジュ。




