ビームライフル
ヴォルトモード卿の城から1キロと離れていない、かつて新興住宅街が広がっていた場所。
道路のアスファルトは、大型妖魔やメースの移動でめくれ上がり、かつては軒を連ねていただろう建て売り住宅達は、土台でようやく間取りがわかる程度まで破壊されている。
その一角に立つのは、グレイファントムだ。
アメリカ軍のメサイア、グレイファントム。
魔族軍の支配地域にその騎が立つ。
アメリカ人が知ったら驚喜するだろうが、事情はそう簡単ではない。
グレイファントムは立っているのではない。
立たされているのだ。
背後を見ればいい。
地面に突き刺された太い柱がそこには見える。
グレイファントムは、その柱に固定され、立たされていることがわかるだろう。
そして、そのグレイファントムから少し離れた場所。
かつての小学校校庭跡に立つのは、漆黒のメース。
その手には巨大な銃が構えられている。
「別所小学校 寄贈 ○○年卒業生一同」
そう書かれた天幕の中の下、計器類の乗ったテーブル越しにメースを見上げるのは魔族達。
その中の一人が通信機に怒鳴った。
「撃てっ!」
メースの構える巨大な銃からグレイファントムめがけて火線が走る。
すさまじい音と共に、グレイファントムの装甲が引きちぎられていく。
「撃ち方やめっ!」
号令が火線を止める。
グレイファントムは正面の装甲のほとんどを撃ち抜かれ、右腕は数本のケーブルでぶら下がっているような有様だ。
その光景に満足したらしい魔族が、力強く頷きながら命じた。
「よし!カヤノ大尉、降りてこい」
グレイファントムが騎体を分解させながら崩れ落ちたのは、その時だった。
「これ、何ですか?」
天幕に入ったカヤノは、自分の騎が持つ不思議な兵器を見上げた。
「人間の言う所の機関銃さ」
「機関銃?」
「ああ。金属の弾を連続して発射する装置のことだ」
魔族は、どこから取り出したのか、カヤノの前にM-16自動小銃を取り出すと、グレイファントムの残骸めがけて引き金を引いた。
連続した射撃音と共に、弾丸が連続してグレイファントムの残骸に命中するのがわかる。
「―――な?こっちは人間用で化学反応を用いる。大尉が撃ったのは、魔法反応を利用している」
「はぁ」
カヤノは首を傾げた。
「でも、どうしてこんなモノを?」
「ん?」
「メースの機動力を考えれば、金属弾なんて、避けられるほどトロいじゃないですか」
カヤノの目は、M-16から飛んでいった弾丸すべてを個体として認識していた。
「俺達が未だに弓兵隊を配備する理由と同じさ」
魔族は、M-16を、それ以上興味ない。といわんばかりに放り捨てた。
「弾幕ってヤツ?」
「ああ―――成る程?」
「こいつが持っているのも、要するには魔法弾発射筒の一種さ。サライマが搭載する魔法弾発射筒より破壊力は落ちるが、速射性能が圧倒的に上。それで貫通力は高いから、デミ・メース相手なら、かなりやれる」
「そう、ですね」
効果は目の前のグレイファントムの残骸が証明してくれた。
これなら乗っているパイロットが気の毒だ。
「業者経由で、正規軍の装備がかなり入ってきた。中にゃ、こういう人間界の兵器を参考にしたモノも多い。“ヤクト・エッジ”は、武装、装甲共に搭載出来る幅が恐ろしく広い。だから、リスト見て使えると思ったら申請してくれ。回すぜ?」
「感謝します」
飛び道具を研究していたのは、別に魔族軍だけではない。
こちらは人類側、葉月演習場。
ズダダダダッ!
メースの残骸から外した装甲に、連続して機動速射野砲の35ミリ機関砲弾が命中する。
「―――ダメか」
紅葉達はその光景に苦虫をかんだように顔をしかめた。
「なんて装甲よ」
「戦車相手に拳銃撃つようなものですね」
白石もあきれたような声になる。
「こりゃ―――凄い」
砲弾の嵐を受けた装甲は、かるく凹んだだけだ。
「主力戦車《MBT》の正面装甲顔負けですねぇ」
「そんなヤワなもんじゃないわよ」
紅葉は、目の前の装甲を睨む。
別に紅葉の眼力で動いているのではないが、ワイヤーで吊された装甲が風に揺れた。
「厚さ3ミリよ?たった3ミリでMBTの正面装甲と同等って……魔界の金属って、どういう代物よ」
「成分分析しても、半分が不明。有効口径が200ミリ徹甲弾じゃねぇ……ビームバズーカはどうなんです?」
「拠点防御用に勢いだけで作ったアレじゃ野戦に回せないでしょ?第一、パワーをどうやって?」
「あの―――そこなんですけど」
白石は、ものすごく言いづらそうに言った。
「ようするに、ビームバズーカがあれだけ大きいのは、飛行艦の主砲並の破壊力を確保しようとしたせいですよね?」
「そうよ。実体弾にしたら口径300ミリ相当よ」
紅葉は顔をしかめた。
「い、いやあの!」
白石は、紅葉の顔を見て青くなった。
「破壊力を落として、メサイア搭載のML並に落とせばどうかなぁって」
「―――あ・の・ねぇ」
紅葉はポケットからハンマーを取り出すと、柄の握り具合を確かめ始めた。
「パワー、どうやってとるのよ。え?空気からでもとる?それともお日様?風?」
「ま、魔晶石です」
白石は後ずさりながら言った。
「メサイアの場合、余剰エネルギーを回す関係上、下手すると騎体のパワー不足を招きかねない危険性があります。ですが、パワーを騎体エンジン以外の魔晶石にあらかじめ充填すれば、どうでしょうか」
「あ?」
「ほら、ビームバズーカは、大出力の関係上、どうしても飛行艦並のエンジンからのエネルギー供給が必要でしょう?
でも、メサイア搭載のMLクラスなら、かなり小型の魔晶石に充填しておくことが出来ます」
「……仮にTACのエンジン搭載タイプをいじったとして、幻龍改搭載タイプのMLの出力を撃つとする。装弾数は10発程度よ?何?魔晶石をマガジンにして交換すればいいって発想?」
「そ、そうですけど」
「アホ」
紅葉はハンマーで机をぶん殴った。
「TAC用でも、魔晶石一個がいくらするかわかってんでしょうね?最充填してリサイクルするにしても、コストがかかりすぎ。それに、私が欲しいのは、速射性能を持つ、メースに有効な兵器」
「赤木中佐が」
白石は覚悟を決めた。
「中佐の実用化したDクラス魔晶石応用の低コストエネルギー封入技術を」
「バカっ!」
紅葉は今度こそ白石めがけてハンマーを振り下ろした。
「あんた、あれがどういう目的で作られた代物かわかってんの!?」
「え?」
ハンマーをなんとかかわした白石が、きょとんとした顔で、
「だ、だから―――レベルが低すぎてエンジンに使用できないクズ魔晶石にエネルギーを」
「あのババアが、そんな代物、何に使うつもりだったかわかってんのかって、そう聞いたのよ!」
「も、紅葉様?」
「近衛が、あれを意地でも認めない、あの技術発表後、魔晶石関連の開発から赤木のババアが追放されたのはねぇ」
ハンマーを振りかぶった紅葉が言う。
「あの技術が、禁忌だからよ」
「禁忌?―――あの」
「足りない脳みそ総動員なさい。時間は三秒」
紅葉は言う。
「いい?そこに封入した魔晶石の魔力を一気に解放すれば、どうなるか。いってごらん?」
「えっと、原子崩壊に近い……」
白石は、自分の言葉で青くなった。
「ようするに……」
「魔力反応爆弾」
その華奢な腕に持つにはハンマーは重すぎるのか、紅葉はハンマーを降ろした。
「その弾頭そのものの理屈なのよ。
―――いい?あのババアがどういうつもりだったかは知らない。
でも、結果としてそれは、国際的に禁忌とされる、あの爆弾の開発となるの。
しかも最悪なことに、あんまりに簡単だから、魔法技術に少しでも長けたテロリストに渡ったらどうなるか……。
近衛がそんな研究してたなんて知れてごらん?
世界中が敵になるわよ?」
「セルフギロチンですからね……」
白石は真顔になった。
「しかし」
「わかってるわよ」
紅葉は言った。
「絶対に爆発させない、安全でクリーンな方法を開発しろっていうんでしょう?」
「え?」
「あんたの考えてることなんて、この私には全てお見通しなんですからね?」
紅葉は少しだけ悪戯っぽく笑った。
「はははっ……さすがです。紅葉様」
「じゃ、白石」
「はい」
「倉庫行って12番コンテナ持ってきて」
「12番コンテナ?」
「その魔晶石を使ったマガジンの試作版が入ってる」
「も、紅葉様!?」
「うるさいわねえ」
紅葉は煩わしそうに手をパタパタ振った。
「あんたの案なんて、結局は、別な連中が歩兵携帯用のマジック・ブラスターとして実用化してるのよ?もうそろそろ、先行量産型が近衛兵団に配備されるはずだし」
「へ?そうなんですか?」
「他の部署の研究にも目を通せって、何度言ったのよ……」
「すみません。でも、それって?」
「あっちは、魔晶石エンジン作る時に出た魔晶石の破片。5ミリほどだけど……それに魔力封入して、単発の魔法の矢を発射出来る仕組みにしたの」
「結局、紅葉様が作ったんじゃないですか!」
「うるさいわねえ。TAC搭載用マジック・ブラスターはエンジンから直だけど、単発ならそれで間に合うでしょう?」
「ううっ……何だか僕、バカみたいです」
「みたいじゃなくて、その通りなのよ」
「くっ……」
「ほら、さっさと12番コンテナ持ってきて。マジック・ブラスターをメサイアサイズにサイズアップしたのが入ってる」
「コストとか……いろいろ言ってたのに」
「赤木のババアの理屈なんて無くても、同じこと以上を考えるヤツはいるのよ?」
紅葉は自分を指さした。
「詳しい理屈は教えてあげないけど、とにかく、攻撃レーザー変換直前の魔力を保持・蓄積することには成功している。
だから、あんたの言いたい所の、MLのエネルギーマガジンとしては、実用レベルにあることは確か」
「よくそんなものを」
白石はあきれるしかない。
破壊用の魔力を一カ所に封印するなんて、並大抵の技術ではないのだ。
それを目の前の子は、実用化したのだ。
「ま、あんたが気づかせてくれたおかげだけどさ」
「え?」
白石は意味がわからない。
「勢いで作って」
紅葉は心なしか、頬を赤くした。
「何かに使えるだろうって……そのまま忘れてたのよ」
「ははっ……」
白石は思う。
「紅葉様らしいです」
「イヤミ?」
「褒めてます」
「……まあいいわ。急ぎなさい」
「はい」
「木曽福島戦線は防衛に成功した」
二宮は告げた。
「敵の一方的撤退によるものだが、おかげで、我々は新たな戦いに備えることが出来る」
「まぁ、敵が次の攻勢に備えていると見る方が正しいでしょうね」
壇上で、二宮の横に立っていた紅葉が言った。
「魔族側の兵力不足なんて楽観論は厳に戒めるべきよ?」
その通りだと、美奈代達も思う。
そんなに楽な相手と戦争をしているつもりは、ない。
「……ま、あんた達の場合、そんな記事は検閲で読めないか」
軍では、新聞を反戦・反軍的な記事は全て戦意維持の妨げとして削除したものを兵士達に配布するのが普通だ。
下手すれば2、3ページが白紙ということもある。
多くの飛行艦の場合、艦隊司令部経由で送られてきた新聞は、最後には艦長の検閲を受け、艦長にとって都合のいい記事だけが壁新聞となって兵達に伝えられる。
艦長以下、乗組員が男ばかりの飛行艦ではギャンブル記事とエロ記事が壁一面に公然と貼り付けられる。結果、乗組員達は、一般的な出来事には疎いが、ウマと風俗にはやたら詳しくなるという。
―――話を戻す。
「いい?あなた達が感じていいのは、この状況がまたとない建て直しのチャンスだってことだけ。―――さて」
紅葉は、背後に立つメサイアを見上げた。
美奈代達が注目するのは、その手に握られた銃だ。
「制式化されてないから、仮称“ビームライフル”」
紅葉はふと思い出したように、隊員達を睨み付けた。
「……まんまだとか、アニメの見過ぎだとか、思ってんじゃないでしょうね?」
隊員達は無言だ。
「少しは突っ込んでよ……さみしいじゃない」
「中佐」
二宮が言った。
「先をどうぞ」
「何よ……面白くないわねぇ……パワーは近衛標準規格の艦砲と同程度。
エネルギーは新開発の“Mパック”からとる。
1つのパックの装弾数は標準弾で30発。
パックは破壊されようが切断されようが、とにかく爆発しないから安心して」
「試したんですか?」
「長野教官がやってくれた」
紅葉の言葉に、全員の視線が長野大尉に向かう。
長野はきょとん。としているが……。
「昨日の夜にやってもらったのよ」
そういえば……。
美奈代は、昨晩、夜遅くにメサイアの駆動音を聞いたのを思い出した。
「あ、あの……」
長野は首を傾げながら言った。
「自分は昨晩、メサイアに搭乗した覚えが」
「あれだけ飲んでればねぇ」
紅葉はニヤニヤした、チェシャ猫の様な笑みを浮かべた。
「飲み屋で捕まえて飲ませたけど、二宮中佐と奥さんが聞いたら無事じゃ済まないようなこと、いろいろと喚いていたし」
「中佐ぁっ!」
長野《ちなみに御歳45、家族構成は両親、妻、子供二人》は青くなって叫ぶ。
「か、勘弁してくださいっ!」
「ププッ……記録はあるからね?」
「あ……悪魔」
「何とでも。予めはっきり言っておく。このMパック……原理は魔力反応爆弾に極めて類似、っていうか、ほとんど同一だから」
ザッ!居合わせた全員が一斉に後ろに下がった。
「―――何よ」
紅葉が眉をひそめた。
「昔みたく、反応弾からエネルギーとろうってわけじゃないんだからね?」
「あれ、アメリカでやって」
美晴が言った。
「か、核爆発が起きたって聞きましたけど」
「だから最初から壊してみたんだって―――私はしっかり逃げたけど」
「と、とにかく」
二宮は何度も深呼吸しながら言った。
「安全なんですね?」
「これから試験射撃をするから、よく見ていて」
“幻龍改”は、まっすぐ伸ばした右腕にビームライフル、左腕にはコクピット前に3重に重ねたシールドを構える。
それがどういう意味か、美奈代達はイヤでもわかる。
「わ、我々は?」
「祈って」
その返答に、皆が一斉に逃げ出した。
キュィィィィン―――
ビームライフルの銃口に光が集まり、
ギュインッ!
ML特有の独特な射撃音を残し、光弾が走った。
的になったのは、メースの残骸だ。
「―――よっし!」
紅葉は、その光景を見て満足そうに頷いた。
「撃ち抜いた!―――こら」
近くの車の陰に隠れていた美奈代達に、紅葉は冷たく言い放った。
「敵前逃亡を類推適用するわよ?」
「冗談じゃねぇ!」
都築は震える声で言った。
「ビビるなって方が無茶だ!」
工房の隅にある自販機の前。
都築は震える手で強引に紙コップに残ったコーヒーをあおった。
「あ……あれ、冗談じゃなかったんですよね?」
さっきまで恐怖のあまり泣いていた美晴は、山崎に頭を撫でられてようやく平常心を取り戻しつつあった。
「しかし、よく考えたな」
宗像は仕様書のコピーに何度も目を通しながらしきりに頷く。
「メサイアに内蔵しているMLは、中佐が言う通り、パワーダウンを招く以上、性能的には、あくまで対人、対装甲車両掃討用で、メサイア戦では緊急用以外の使用は禁止されている……だが、これなら」
「……なぁ」
都築は訊ねた。
「飛行艦はどうして大丈夫なんだ?向こうの方がデカイML積んでるのに」
「飛行艦は砲撃用の魔晶石エンジンを装備しているんだ」
美奈代が言った。
「推進用・発電用・砲撃用……この3つのシステムを一つにして、艦艇用魔晶石エンジンが作られているし、ここに魔法障壁展開用の別システムを組み込む場合もある。
だから、メサイア用と比較して、飛行艦用は圧倒的にデカいんだ。
仕組みに関しては、同じことがTACにもいえるがな」
「TACって……そんなに大きくねえじゃん」
TACは、陸軍の兵員輸送用装甲車両を二周りほど大きくした程度のサイズが標準だ。
中に入ったことはあるが都築はそれほど狭いと思わなかった。
「たかが基本重量20トン程度の代物。そんなにデカイエンジンはいらん。
精霊体が発生する以前のサイズで十分事足りる。
MLだって、低出力だし。
だが、それだけで、近衛のTACは50トンの爆装したまま、戦闘機顔負けの戦闘機動さえ出来るんだ」
「ふぅん?」
「都築……座学の基礎講座で習ったことだぞ?」
美奈代は心底情けないという顔だ。
「よく聞いてたな」
「都築ぃっ!」
「まぁ待て和泉」
都築につかみかかった美奈代を全員で引き離し、宗像は諭すように言った。
「どっちにしろ、我々はあのメース相手に有効な兵器を手に入れることが出来たんだ」
「……それはそうだが」
美奈代は両手をあげて“降参”する都築を苛立たしそうに睨む。
「このバカだけは救いようがない」
「調教しておけ。速射砲とこれを使い分けて、戦場に出ろってことだ」
「ああ。バカと火器は使いようだ」
「上手いな」
「あっ。みなさん」
どこかおっとりした声が聞こえた。
「こちらでしたか」
祷子だった。




