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後藤隊長、着任

●葉月演習場。


「なぁぁぁぁぁぁっ!」

 メサイアのコクピットで、美奈代が悲鳴を上げる。

 ピーッ!

 ビーッ!

 ピピピピピッ!

 コクピット内にはあらゆる警告音が鳴り響き、警告表示がいくつも美奈代の網膜に表示される。

「このぉっ!」

 何とか強制的にメサイアを停止させることには成功した。だが、急制動に対して、慣性制御システムが消化出来なかったGにモロに襲われ、骨から根こそぎ肉を引きはがされたような感覚まではどうにもならなかった。

 ぜぇっ

 ぜぇっ

 荒い息を整え、美奈代はたまらずに叫んだ。

「な、何なんだこれは!?」


 美奈代達にとって待望の新型メサイアの初乗りは、わずか15分で停止した。


 コクピットから降りて来て満足そうな顔をする者はいない。

 地獄の釜の中でものぞき込んだような顔がほとんどだ。


「俺達を殺す気かっ!」

 都築に至っては、怒り狂って開発者の紅葉に詰め寄った程だ。

 美奈代はそれを止める気力すら残っていなかった。

 むしろ、都築にああも文句を言う体力のあることが信じられない。

 都築と紅葉がギャーギャー怒鳴りあうのを後目に、美奈代はその場にへたり込んで、重い首でようやく自分が降りてきたメサイアを見上げるのが精一杯だ。


「こ……こんなモノ」

 冗談じゃない。

「こんなバケモノ……使いこなせるか」


 征龍改のエンジンを改装して搭載している。

 そう聞かされただけで搭乗した。

 開発者の紅葉が詳細を告げなかったのは、メサイアの操縦に関して、紅葉が「メサイアの操縦は、考えるな。感じるんだ」と、どこかのカンフー映画の名台詞を引き合いに出してまで、口で言うより肌身に感じさせる方が有益だという立場にいるからだ。


 ―――だが……


「地雷原が目の前にあるなら、警告するのが人情だろうが!」

 という都築の意見の方が正しいし、支持したいと思う。

「慣れればどうってことないって!」


 そう。

 

 美奈代達は、メサイアから生じる圧倒的なまでのパワーに振り回され続けたのだ。

 指一本動かすだけでも、それまでの愛騎とは勝手が違う。

 丁度、プロレスラーの体に小学生の頭脳を移植したような、そんな感じだ。

 とにかく、メサイアの力を理解することさえ出来なかった。

 動かして、止めるのが精一杯だった。


 ガンッ!

 ぐおっ!?

「情けないわねぇ」

 都築の股間をハンマーでぶん殴って沈黙させるという荒技を見せた紅葉が、股間を押さえて泡を吹く都築の顔を踏みつけながら言った。

「特に宗像―――あんたねぇ」

 おそらく、コクピット内部で吐いたんだろう。

 しきりに口元を抑える宗像に紅葉は容赦がない。

「コレが使えなくちゃ、“白龍”は無理よ」

「……やって……みせます……ウッ」

「あーあ。こんなところで吐かないでよ。ほら、水飲んで」

 紅葉はポケットからペットに入った水を宗像に手渡すと背中を撫でる。

「いい?口、ゆすいだら、再度搭乗だからね?」

 美奈代達は目で拒否するが、

「ここは軍隊よ?」

 紅葉は情け容赦なく、そう言った。

 反論が言葉にならない中、美奈代は別な場所から風に乗って聞こえてくるメサイアの駆動音を聞いた気がした。



「真理も残酷なことするなぁ」

 メサイアのコクピットに入った通信が、二宮を非難する。

「児童虐待だ」

「わ、私が命じたわけではありません」

 対峙するメサイアから突然入った通信に、二宮はバツが悪そうに答えた。

「これは成り行きです」

「それでもさぁ」

 どこか軽さが先走る男の声。

「まだ殻付きのヒヨコだ」

「それでも、扱ってもらいます」

「母親としては、子供達を信じたいわけだ」

「当然じゃないです―――かっ!」

 二宮が騎を突撃させ、振りかぶった剣をメサイアめがけて振り下ろす。

 ガンッ!

 その一撃をあっさりかわしたメサイアの左腕が、振り下ろされた二宮騎の腕を押さえる。

「はい終わり」

 二宮は、自分の騎の首筋につきつけられた剣を前に、敗北を知った。

「―――くっ!」


「それにしても」

 

 音声:2騎限定


 その表示と共に男の低い声が二宮の耳に届く。


「無茶しやがる」

「あの子達は、実戦を生き延びてきたんです」

「聞いてるさ。さっすが真理の子供だって褒めてやりたいよ」

「……」

「親バカは時に子供を殺すっていうぜ?」

「βタイプ普及のためのテストケースとしては不可避です」

「そうやって―――子供を騙すのか?」

「……」

「フウッ……命令、なんだろ?」

「……」

「真理はそういうオカタイ所が魅力なんだけどなぁ」

「……」

「ハメ外して暴走した方がよっぽどらしいぜ?」

「褒めてます?」

「あれ?聞こえなかった?」

「全っ然」

「へへっ―――ま、かつての恋人が一人で頑張ってるからって、こうして将来棒に振ってまで来たんだ。歓迎くらいはしてほしいもんだね」

「一つ、言っておきましょうか?」

「愛してるって?」

「女にとって、前のオトコって、歴史書の存在にすぎないんです」

 つまり、昔のオトコはずっと昔の存在にすぎない。

 そう言ったのだ。

「へぇっ。そいつは!」

 だが、言われたオトコはそうとらなかった。

「歴史書に載せてくれるほど、大切な存在ってわけだ!」

「ちがっ!」

「じゃ、今晩は歓迎会してくれよ。ベッドの上で」

「ば、バカっ!」

 赤面して怒鳴る二宮は、オトコがコクピットの中で悪戯っぽくウィンクしている様子を、メサイアの装甲越しに確かに見た気がした。




 結局、この日の訓練は日没まで続けられた。

「こ……コツがわかったぜ」

 へへっ。

 都築はその場にひっくり返りながら言った。

「な……なんだ。大したことねえな」

 都築の口がモゴモゴと動くが、もう言葉にならなかった。


「み、美晴さん?生きてます?」

「……山崎君、私もう死にたい。死んだ方がマシ……死んだ」

「靖国は近いです。頑張りましょう」

「あたし、家がお寺だから、十万億土といって」


「……美奈代、生きてる?」

「美晴じゃないが、死んだと思ったぞ?早瀬こそ大丈夫か?」

「胃液が出なくなるまで吐くなんて……何ヶ月ぶり?」

「今日は何も食えないな……というか、いらん」


 身動きすらままならない面々の前で、次々とメサイアがハンガー入りしていく。

 1騎はD-SEED。

 3騎は自分達と同じメサイアだ。


「二宮教官と長野教官、よくもああ平然と動かせるもんだ」

「残り2騎は?」

「さぁ?」


「生きてるかい?」


 聞き慣れない声に美奈代が振り向いた先。

 そこには、昼行灯という言葉がしっくり来るような男が立っていた。

 猫背にポマードで固められた時代遅れの髪型、ぼんやりとした三白眼。

 だらしない中年サラリーマンといえば、これほどしっくり来る人物もそうはいないだろう。


 まるでよく聞く昼行灯だ。


 ただ、襟の階級章は中佐。


 はっきり、美奈代達にとっては雲の上の人物だ。

 美奈代達は何とか立ち上がろうと動き出す。


「ああ。いいよ?二宮さん達が来るまで休んでて」

 男は、手で美奈代達を制止する。

 とぼけた口調だが、どこか人を従わせる不思議な声だと、美奈代は思った。

「鬼のいぬ間のなんとやらって言うじゃない?」


「あ……あの」


「ああ。俺?」

 男は自分を指さしながら言った。

「後藤。後藤中佐―――ああ、だから敬礼いらないって……あらら。やっちゃったからにはしかたないか。ご苦労さん」

 後藤中佐はだらしない敬礼の後に言った。

「君たちの配属される新部隊の隊長に任命されたから、よろしくね?」



●翌日

「このぉぉぉっ!」

「ふんっ!」

 ガンッ!

 殺気だった声をあげる美奈代と宗像が駆るメサイア同士が激突する。

 互いの模擬刀、ILSイミーテション・レーザー・ソードが火花を散らし、両騎は即座に離れる。

 派手に発生した土煙が騎体を覆い隠す。


「うわぁ……派手だねぇ」

 演習場を見渡せる、小高い丘の上。

 そこに停車したCPコマンド・ポスト仕様の半軌道装甲車の上にあぐらをかいた後藤が感心したともあきれたともつかない声をあげる。

「メサイアを手足のように使ってるよ」

「……」

 CPの横に立つ二宮が双眼鏡を手に教え子達の活躍を見守っている。

「やっこさん達、よっぽど頭にきたんじゃない?二宮さん」

「え?」

 後藤から声をかけられたと知った二宮が振り返った。

「二宮さんの小隊長解任が悔しいってことさ」

「……しかし」

 二宮は視線をメサイア達に戻しながら言う。

「小隊の全滅は否定出来ない事実です」

「―――他国相手なら自決命令もんだからねぇ」

「だから」

「だから」

 後藤はなぜか靴を脱ぎながら言った。

「そんな失態を母親に味わわせたことが悔しいんだよ。子供として。見てごらんよ」

 メサイア同士が互いの技量を尽くして剣を交えている。

「昨日まで使いこなせないって泣いていたメサイアであそこまでやっている。泣かせるじゃないの」

「そう……ですね」

「まぁ、こっちもこっちで?あんた立てて後ろでのんびりしたいってのが本音だから、よろしくね?」

 靴下を脱いだ後藤は、ポケットから何か薬を取り出した。

「足、負傷でも?」

「ああ、これ?水虫―――やる?」

 後藤は薬―――タムシチンキを二宮に突き出す。

「結構です」

「ま、そうだよね。―――そういや、あのメサイア。IDインペリアル・ドラゴンシリーズには認定されなかったね」

「しかたありません。“白龍”ベースとはいえ、やはり」

「スクラップを寄せ集めたハリボテ―――上層部えらいさんの評価ってのは辛辣だ」

「……」

 二宮は、内心で複雑な思いがした。

 確かに目の前のメサイアは他のメサイアからパーツをかき集めた寄せ集めだ。

 それは否定しない。

 だが、目の前で動くメサイアが、上層部の言う通りにスクラップなら、それが扱いこなせないと嘆く教え子達は、一体何なんだろう?

「どうせ」

 二宮は、教え子をフォローするつもりで言った。

「政治的な理由を隠す方便でしょう?赤城博士あたりが随分、暗躍していると聞きますが?」

「お堅いねぇ」

「“白雷はくらい”―――そう、命名だけはされたそうです」

「不肖の子にも名前だけはくれてやる……か」

 後藤は興味がないかのように、足にタムシチンキをつけ、

「痛てててっ―――フーッ、フーッ!」

 悲鳴を上げると、息を吹きかける。

「中佐」

 二宮がたまらずに言う。

「不謹慎です。今は仕事中ですよ?」

「痒いもんは痒いんだもん」

「もうっ……あらっ?」

 演習場に新たに現れたのは4騎の“白雷はくらい”だ。

 装備するのは剣ではなく、薙刀にハルバード。そして槍。

「えっと?薙刀が柏准尉と神谷中尉、それとハルバードが山崎准尉、槍が早瀬准尉だっけ?」後藤が双眼鏡を除きながら訊ねる。

「はい」

 二宮は答えた。

「元々、柏や早瀬は、実家が道場をやっているほどで、剣より余程慣れています。山崎は山暮らしでやはり斧系が」

「成る程?―――生活感にじみ出てるのがいるねぇ」

「まぁ、山崎は……そうですね」

「騎士の力できこりか……いい生活だ」

「今回、部隊配属された神谷中尉は」

「そりゃ、あんた」

 後藤はあきれたように言った。

「元はあんたの部下でしょ?」

「……いえ、そうじゃなくて」

 二宮は言葉を間違えたことに気づいた。

「彼女も槍が得意ですから、武器の選択は間違っていないと」

「成る程?天皇護衛隊オールドガーズにいた瀬音せおと少佐の弟子でもあるし。何より、少佐自身もいる」

「あ、あんなのは……」

 言葉を詰まらせる二宮の目の前で、薙刀やハルバードを持った“白雷はくらい”達が演習を開始する。

「いい動きをする」

 後藤は靴下をはきながら言った。

「―――ま、ここは戦場だから?私情の持ち込みはやめましょうや。中佐」

「私は任務に私情を挟むような―――」

「例え教え子とはいえ、部下の素性を興信所に探らせたのは?」

「……」

「二宮さん……俺達は管理されているんだ」

 後藤はポケットからタバコを取り出した。

 吸う?

 箱を二宮の前に出した。

「部下に疑問があれば調べるものです」

 一本、箱から取り出すと、二宮はポケットからライターを取り出した。

「……私がタバコを吸うの、よくご存じでしたね」

「調べましたから。メンソールって、よく吸えるね。俺はもうピース一筋ん十年」

「……元は情報部に?」

「過去の事なんて忘れちまったよ……で?」

「彼女のことですか?」

「そう。どこまでわかった?」

「ご想像にお任せします」

 二宮は挑むように言った。

「どうせ、私の手にした情報なんて、とうにご存じでしょう?」

「教官としての意見も欲しいんだけどなぁ……」

「……メサイア乗りとしては申し分ないでしょう」

 二宮は言った。

「ただ……戦闘能力は、はっきり異常です」

「……まぁ、そうだろうね」

 後藤は言った。

「前線のベテラン達をビビらせたほど、敵をなぎ倒しまくった挙げ句が、“姫さん”なんて異名をとったんだもんねぇ」

「正直、その戦果が、天儀の素質か、あのD-SEEDというメサイアのせいか、判断つきかねています」

「……成る程?」

「後藤中佐は」

「後藤でいいよ?」

 仲良くやりましょうや。と、後藤は口元を歪めた。

「……後藤さんは、どこまで調べたのです?その……部下のこと」

「さぁ?」

 後藤は肩をすくめてみせた。

「俺、そういうの興味ないの」

「……そういう姿勢が、組織で長生きする秘訣ですか?」

「わかってるねぇ」

「わかりました。私も見習うとします―――天儀のことは、何も知りません。興味もありません」

「……そう」

 頷いた後藤の顔は、ぞっとするくらい冷たかった。

「リストに載りたくなければね」

「……そのつもりです」






------キャラクター紹介--------

後藤隆介【ごとう・りゅうすけ】

・東京都出身。

・元警視庁に所属する警察官僚。

・特殊能力「推測する者」の能力を持つ。

・『カミソリ』の異名を取る切れ者として知られる反面、上層部から煙たがられた結果、ある事件をきっかけに、近衛との人材交流プログラムにより実質的に警視庁を追放された過去を持つ。

・近衛移籍後は少佐からスタートし、現在は中佐。

・“特別高等管理局”―――別名“特高”に所属し、かなり血なまぐさいことをやってきたところで皇后の目にとまり、その狗となる。

・昼行灯で、愛煙家。

・水虫に悩まされており、基本はサンダル履き。

・あまりデリカシーがなく、女性関係は爛れている。

・近衛や警察以外にも幅広い人脈を持ち、意外なコネを用いることが出来る。

・放任主義で強制を好まず、各人の自主性を引き出す方針を取るが、それは表面的な話で、管理職としてはかなり厳しい部類に入る人物(紅葉曰く美奈代の人事評価は辛らつな言葉の見本帳状態)

・独自の正義を持ち、その実現のためには手段も何も選ばない厄介者。

・戦略家であり策士。基本的に現場指揮は美奈代達に任せ、事前のミーティングで部下に状況を理解させるのみで直接、指示を出すことは余りないが、ここぞという時には決定的に重要な指示を出すことが出来る。

【ネタバレ】

・イメージは、言うまでも無く「機動警察パトレイバー」の後藤喜一。


-----用語解説----------

「推測する者」

・特殊能力。

・天才的なプロファイリング能力のことで、「一を聞いて百を知る」ことが出来る。

・この世界で名探偵と呼ばれる人物は、多かれ少なかれこの才能を持つ。

・この作品の登場人物では後藤と美奈代が持っていることになっている。



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