表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/338

新型騎 第二話

 夜

 皆と食事を済ませた美奈代の脚は、自然とハンガーへと向かう。

 行くところがないわけじゃない。

 仕事がないわけでもない。

 ただ、気になって仕方ないのだ。


 “D-SEED”


 “征龍改”と比較にならない?

 それを祷子が動かしている?

 何がどうなっているんだ?



「壮観だな」

 居並ぶメサイア達を前に、いつの間にか横にいた宗像が感慨深げに言った。

 エンジンこそまだ搭載されていないが、その優美にして力強いデザインは、宗像の嗜好にマッチしていた。

「“白龍”開発計画、白紙になったそうだな」

「よく知ってるな」

 “白龍はくりゅう”―――近衛の最重要機密指定を受ける開発中メサイア。

 その名が宗像の口から出たことに、美奈代は少し驚いて宗像を見た。

「まぁな」

 視線をメサイアに向けたままの宗像の中性的な横顔は、美奈代もみとれるほど美しい。

 宝塚にでも行けば、かなりのスターになれるだろうと、美奈代はつくづく思う。

 だが―――

「開発局の恋人が教えてくれた」

 ……こういうのだけは受け入れがたいものがある。

「ベッドの中で?」

「ああ。それが?」

「聞いた私がバカだった」


 二人がいるのは、壁を何段にも走る通路の途中。

 丁度、整備を受けるメサイアが一番よく見える位置になる。


「ただ、あの子でさえ、量産化の一歩手前の“白龍”開発計画が、どうして白紙に戻ったかはわからんそうだ」

「そうか―――よっぽどのことがあったんだな」

 美奈代はそう言って、通路の手すりにもたれかかった。

「しかし」

 目の前で、装甲が運ばれていく。

「そのおかげで、“白龍”用に用意されたパーツを、我々が使うことが出来る」

「開発再開の時に、このパーツが使われている保証はないが?」

「現段階の“白龍”でも十分だ。私はそう思う」

「……そうだな。ただ」

 宗像は壁にもたれかかった。

「残念なのは」

 宗像は言う。

「“白龍”のエンジンが使えないことだ」

「津島中佐が、我々の騎のエンジンをパワーアップしてくれるんだろう?」

「“白龍”用エンジンは、“幻龍改”用エンジンと比較して桁外れの出力を誇ると聞く」

 紅葉の言葉を思い出し、美奈代は無言で頷くと同時に、宗像が“白龍”にこだわる理由がわかった気がした。

 そんなに高い出力を誇るエンジンを搭載したメサイアなら、どんな敵を相手にしても戦えるはずだ。

「ああ―――騎体がエンジン出力についていけず、それ故に開発が難航していたそうだ」

「むぅ……」

「欲しいだろう?」

「否とは言いづらいが……“さくら”と離れるのは辛い」

「成る程?」


 宗像が口元をゆるめた時だ。


「ちょっと」

 通路の真下から突然顔を出したのは紅葉だ。

「ち、中佐!?」

 自分達の足下から睨み付ける紅葉を前に、二人は驚いて後ろに後ずさった。

「ど、どうしたのですか?」

「どうもこうも―――よいしょっと」

 通路によじ登りながら、紅葉は言った。

「いくらここでも、軍事機密を気楽に話さないでよ」

「あの子は、津島中佐から聞いたと言っていましたが?」

「むぅ。相手が誰かは大体、推測がついた」

「ところで中佐」

「何?」

「敵の大出力ML(マジックレーザー)への対抗は可能ですか?」

「“鬼の洗濯板”にも使われた魔法障壁コーティングはしてある」

 ほう。

 宗像は感心したように、美奈代は安堵のため息として、

 同じ言葉を口から出したが……、

「メースの攻撃には意味無いけどね」

 紅葉はあっさりと言ってのけた。

「メース?」

「敵のメサイアのこと」

「あのオレンジ色のヤツですか?」

「ううん?私達が言う、魔族軍メサイアと同義語」

「……」

「敵の兵器調べてわかった。あいつらが使う攻撃は、私達の言うML(マジックレーザー)とは異なる。荷電粒子砲とプラズマ砲くらいの違いがある。その前では、魔法障壁コーティングはその前には気休めね」

「それこそ軍事機密では?」

「うるさい。ためになるお話と言え」

「はっ。感謝します」

 宗像は真顔で敬礼した。

「あんたがやると、イヤミにしか見えない」

「その通りです」

「……」

「それで?中佐は何かご用ですか?」

「怒りで一瞬忘れたけど―――」

 紅葉は大きく深呼吸して、

「お姫様が来るわよ?」


「お姫様?」

 美奈代は首を傾げた。

「麗菜殿下が?」

「天儀少尉よ」


「天儀が?」


「“D-SEED”と、“S4”のオーバーホールのため。あと少しで」

「それで」

 美奈代は驚いて訊ねた。

「戦線、大丈夫なんですか?」


「お姫様達だけで戦争は出来ないわよ?」

 紅葉は冷たい視線を美奈代に向けた。

「それとも、お姫様達に全部押しつけるつもり?」


「け、決して、そんな意図は」


「―――まぁ、いいわ」


「それより、中佐。その“S4”とは?」


「宗像准尉。マヌケにもあんたがぶっ壊した幻龍改をβタイプに改装したタイプ。

 “白龍”が間に合わないから、天皇護衛隊オールドガーズ向けに作ってあげたのよ。これからだけど、レイナガーズも全てこのタイプに改装する」


「出来るのですか?」


「この私が出来るって言ってんだから、出来るのよ」


「エンジンの改装ですか?」


「ぶっちゃけ、そう。というか、それに合わせた改装しかしてない。大体、魔晶石エンジンの要は魔晶石。

 こればっかりはどうしようもないじゃない。

 問題というか、エンジン出力を決めるのは、魔晶石から放出される魔力をいかに効率よくエネルギーに変換するか、まさにその変換システムにかかっている。

 知ってるでしょう?」


「はい。中佐はその分野でも第一人者だと言うことと共に」


「やだぁ!おだてないでよ!」

 照れ隠しだろう。

 宗像の言葉に、紅葉は何度も宗像を叩きながら言った。

「ちょっと、人の百億倍どころか1京倍、才能があるだけなんだから♪」


「はい。その通りです」

 ほほえむ宗像が、後ろ手にした右手の中指を立てているのを、当然ながら紅葉は知らない。


「でね!?あんた達のエンジンも、改装は進めてあげてるから!」


「我々の?」


「そう!元々の規格があるから、“白龍”並ってわけにはいかないけど、グレイファントムを一撃で粉砕できるわよ?」


「“白龍”以下ですか?」

 宗像は不満げだ。

「何故?エンジンのサイズは同じだと、中佐ご自身が」


「同じサイズでも、構造全部違うし、“白龍”用のエンジン周りのパーツは門外不出なんだもん」


「コピーを作るとか」


「考えたけど、だめ。やるなら、精霊体を一度殺さなくちゃいけないんだもん」


「精霊体を―――殺す?」

 美奈代には意味がわからない。

「エンジンを破壊するとも聞こえますが?」


「そう。その通り」

 紅葉は頷いた。

「それほどの“処置”が必要だし、それだと、これまでの精霊体の戦闘データがすべてオシャカだもん。そっちの方が問題」


「では、“さくら”はそのままで、出力だけ高めると?」


「“幻龍”から“幻龍改”への改装で実績あるから安心して」

 紅葉はにこりとほほえんだ。

「そんなこと、この近衛、そして、この私じゃなきゃとても無理だけどね♪」


「ありがとうございます!」

 美奈代は喜んで頷いた。


「で、どれほどのパワーアップが?」

 宗像は事務的なまでの冷たさで訊ねる。

「“白龍”と張り合える?」


「無理」

 紅葉はきっぱりと、そう断言した。

「次元が違うんだから」


「……」


「宗像、“白龍”にこだわりすぎ」


「しかし……」


「目の前のこの子達は」

 紅葉がメサイア達に優しげな、どこか誇らしささえ感じさせる視線を向ける。

「私が開発した、“私の白龍”達。エンジン以外なら、開発停止直前の“白龍Ver-5”より上。S4を圧倒出来る」


「エンジンが問題だと?」


「はっきり言ってあげる」

 紅葉は優しげな口調で宗像に言ってのけた。

「“白龍”は、今のあなた達じゃ、天地がひっくり返っても扱いこなせない」


「っ!!」

 宗像の顔が険しくなる。


「自分の騎体を破壊するほどのパワー。それを使いこなすにはよほどの才能が必要。だいたい、Ver-5の時点で、“白龍”を使いこなせる近衛騎士は、二宮中佐を含めて」

 紅葉は宗像に指を開いた手をつきつけた。

「これだけ」


「五人だけ?」


「そう。メサイア使いとしては世界トップの近衛。その精鋭中の精鋭の中でさえ、これだけ」

 ぐいっ。

 紅葉は宗像にさらに手を突きつけた。

「自分が、そこに入るとは思っていないでしょう?」


「―――っ!」


「思い上がるな。バカ。たかが数回の実戦で、生き残ったからって、粋がるのもいい加減にしろ」


「宗像」

 震える拳を握りしめる宗像の肩を美奈代が掴んだ。

「中佐のおっしゃるとおりだ」


「―――わかっている」

 重いため息と共に、宗像はやっとそう言った。

「自分が最強だなんて思っていない」


「そう」

 紅葉は満面の笑みで頷いた。

「最強じゃない―――だから、最強になるの」


「?」


「安心して。この子達、あなた達に預ける以上、あなた達は、最強に最も近い所までいける―――生き残ったらね」


「……生き残ったら」


「そう。生き残ったら。それが絶対条件。どんな状況でも、生き残った者が最も強いのよ」


「中佐」

 宗像は、眉をひそめながら訊ねた。

「中佐がおっしゃる最強と、私の考える最強は、違うのでは?」


「わかってるわよ」

 紅葉は頷いた。

「アニメのヒーローみたく、敵をばったばった倒すのが最強ってのが、あんたの考え。私の言う最強は、そんな幼稚なレベルじゃなくて、もっと大人の考える意味での最強」

 謎かけとも詭弁とも、どうとでもとれる言葉に、宗像は困惑気味に訊ねた。


「……それは?」


「見つけなさい」

 紅葉は床を蹴ると、宙を舞った。

「それをわかって、体現出来れば、あなたは最強に―――“白龍”を任せるに足る騎士になれる」



 ビーッ!

 ビーッ!


 サイレンが工房内に響き渡った。


「工房内全作業員に警告!メサイアが工房内に入る!各員、事故防止に留意せよ!繰り返す」


 重々しい音を立て、工房の巨大なドアが開き、白いメサイア達が搬入されてくる。


「各員かかれっ!」

 号令一下、白いメサイア達に向かって整備兵が近づく。


「八八特務隊か」

 美奈代はメサイア達の先頭に立つその騎に見覚えがあった。

 “D-SEED”

 川中島強襲の際に見た騎に間違いない。


「ひどくやられている」

 宗像は、各騎の装甲を見て口元を歪めた。

 各騎の装甲は傷と煤に汚れきっていた。

 深い傷が走り、へしゃげた装甲をかろうじて着けている騎も少なくない。


「かなり派手にやりあったな」

 美奈代はしきりに感心した様子で、一連の光景を見入る。

「天儀は特に」


「なあ……和泉」


「……それはわからない」


「まだ何もいっていない」


「天儀が、津島中佐のおっしゃった5人の一人に入ると思うか?そう聞きたかったんだろう?」


「先読みのしすぎだ」


「違っていたか?」


「チッ」


「最強を目指すなら、そうもさもしいことにこだわるな」

 美奈代は諭すように言った。

「二流は他人を追う。超一流は己を追う」


「何だ?それ」


「私の父の言葉だ。誰かを目標にとか、誰かがこれだけ強いとか、視線を他に向けている限り、二流で終わる……父はよく言っていた」


「……私は二流か?」


「他人に動じるな。お前は一流以上だ」


「……だが」

 宗像はあくまで最強という言葉にこだわる。

 自らが強者であることにこだわる。

 美奈代は、それが危険だとわかっている。

「己の理想は、己の中に求めろ。他人がどうこう言うのは、言い訳にもならん」


「……」


「他人が気になるから、ならなくなるまで己を磨け。お前になら出来る。麗菜殿下も、それを期待していたからこそ、アリアをお前に託したのだろう?他人や“白龍”にこだわっている、今のお前の姿は、殿下への反逆に等しいぞ」


「……」


「お前は最強の器なんだ。せっかくの器を、つまらん感情で傷つけるな」


「そんなつもりはない」

 宗像は言った。

「死にたくない。だが、生きているなら、上を望む。それだけだ」


 白いメサイア達のハッチが開き、騎士達が出てくる。

 遠目に見ても貫禄のある騎士達が二人の目に映る。

 それは、近衛メサイア使いのトップ―――天皇護衛隊オールド・ガーズから抜擢された、文字通り超一流の騎士達。

 二人の目標を具現化した存在だ。


「私はいつか」

 宗像は言う。

「あそこに立ってみせる」


「……」

 美奈代は無言で宗像の目を見た。

 その目は、決意にあふれている。

「お前は危険だというだろう。だが、私はその危険の先にあるものを手にしてやる」


「死ぬぞ?」


「死を越えた先にあるんだ。死を恐れて何が出来る?」

 ハァッ。

 美奈代はため息を抑えられなかった。

 宗像に失望したのではない。

 決意はわかる。

 だが、美奈代には、宗像の決意が、単なる権力志向にしか思えないのだ。

 生死をかけた戦場に持ち込むべき決意ではない。

 危険すぎる。

 その先に待つのは、確実な破滅だとわかる。

 にもかかわらず、美奈代は宗像を止められない。

 そんな自分自身に失望したのだ。


「栄光も名声もいらん」


「えっ?」


「私はあくまで自分が満足するレベルまで行きたいだけだ。いいか?私は出世なんてどうでもいいんだ。騎士として、メサイア乗りとして、いきつく所まで、高みまで登りたいだけだ」


「……」


「楽しみは個人的に、私はいい意味で個人主義者だぞ?」

 宗像はそう言って小さく笑う。


 その笑みを見た美奈代は、ようやく落ち着くことが出来た。

 そして、自らを恥じた。

 友の心が読めない自分を、恥じた。


「私はまだまだだな」


「ん?」


「何でもない」

 そう答える美奈代の視線の先。

 髪の長い女性が騎士達に取り囲まれている。

 恭しいまでの態度で扱われる女性は、間違いなく祷子だ。

 騎士達の顔は、祷子に傅くことそのものに誇りを感じている。

 そんな表情を浮かべている。


 ―――無理もない。


 美奈代は祷子を見てそう思う。

 美奈代の目には、何だか、祷子には圧倒されそうな気品というか、高貴ささえ感じられるのだ。

 騎士達に傅かれる様こそ、祷子にふさわしい。

 同性の美奈代の目にも、そう映る。

 紅葉ではないが、確かにこれでは“お姫様”だ。


「どうした?」

「……ああやって、オトコ共に傅かれるのが宗像の目的かと思ったぞ?」

 美奈代は悪戯っぽくそう言ったが、


「私はオトコは大嫌いだ」

 宗像は言い切った。

「傅かれるなんてとんでもない。その屍の上に立つほうが、私の望みに近いぞ?」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ