新型騎 第二話
夜
皆と食事を済ませた美奈代の脚は、自然とハンガーへと向かう。
行くところがないわけじゃない。
仕事がないわけでもない。
ただ、気になって仕方ないのだ。
“D-SEED”
“征龍改”と比較にならない?
それを祷子が動かしている?
何がどうなっているんだ?
「壮観だな」
居並ぶメサイア達を前に、いつの間にか横にいた宗像が感慨深げに言った。
エンジンこそまだ搭載されていないが、その優美にして力強いデザインは、宗像の嗜好にマッチしていた。
「“白龍”開発計画、白紙になったそうだな」
「よく知ってるな」
“白龍”―――近衛の最重要機密指定を受ける開発中メサイア。
その名が宗像の口から出たことに、美奈代は少し驚いて宗像を見た。
「まぁな」
視線をメサイアに向けたままの宗像の中性的な横顔は、美奈代もみとれるほど美しい。
宝塚にでも行けば、かなりのスターになれるだろうと、美奈代はつくづく思う。
だが―――
「開発局の恋人が教えてくれた」
……こういうのだけは受け入れがたいものがある。
「ベッドの中で?」
「ああ。それが?」
「聞いた私がバカだった」
二人がいるのは、壁を何段にも走る通路の途中。
丁度、整備を受けるメサイアが一番よく見える位置になる。
「ただ、あの子でさえ、量産化の一歩手前の“白龍”開発計画が、どうして白紙に戻ったかはわからんそうだ」
「そうか―――よっぽどのことがあったんだな」
美奈代はそう言って、通路の手すりにもたれかかった。
「しかし」
目の前で、装甲が運ばれていく。
「そのおかげで、“白龍”用に用意されたパーツを、我々が使うことが出来る」
「開発再開の時に、このパーツが使われている保証はないが?」
「現段階の“白龍”でも十分だ。私はそう思う」
「……そうだな。ただ」
宗像は壁にもたれかかった。
「残念なのは」
宗像は言う。
「“白龍”のエンジンが使えないことだ」
「津島中佐が、我々の騎のエンジンをパワーアップしてくれるんだろう?」
「“白龍”用エンジンは、“幻龍改”用エンジンと比較して桁外れの出力を誇ると聞く」
紅葉の言葉を思い出し、美奈代は無言で頷くと同時に、宗像が“白龍”にこだわる理由がわかった気がした。
そんなに高い出力を誇るエンジンを搭載したメサイアなら、どんな敵を相手にしても戦えるはずだ。
「ああ―――騎体がエンジン出力についていけず、それ故に開発が難航していたそうだ」
「むぅ……」
「欲しいだろう?」
「否とは言いづらいが……“さくら”と離れるのは辛い」
「成る程?」
宗像が口元をゆるめた時だ。
「ちょっと」
通路の真下から突然顔を出したのは紅葉だ。
「ち、中佐!?」
自分達の足下から睨み付ける紅葉を前に、二人は驚いて後ろに後ずさった。
「ど、どうしたのですか?」
「どうもこうも―――よいしょっと」
通路によじ登りながら、紅葉は言った。
「いくらここでも、軍事機密を気楽に話さないでよ」
「あの子は、津島中佐から聞いたと言っていましたが?」
「むぅ。相手が誰かは大体、推測がついた」
「ところで中佐」
「何?」
「敵の大出力MLへの対抗は可能ですか?」
「“鬼の洗濯板”にも使われた魔法障壁コーティングはしてある」
ほう。
宗像は感心したように、美奈代は安堵のため息として、
同じ言葉を口から出したが……、
「メースの攻撃には意味無いけどね」
紅葉はあっさりと言ってのけた。
「メース?」
「敵のメサイアのこと」
「あのオレンジ色のヤツですか?」
「ううん?私達が言う、魔族軍メサイアと同義語」
「……」
「敵の兵器調べてわかった。あいつらが使う攻撃は、私達の言うMLとは異なる。荷電粒子砲とプラズマ砲くらいの違いがある。その前では、魔法障壁コーティングはその前には気休めね」
「それこそ軍事機密では?」
「うるさい。ためになるお話と言え」
「はっ。感謝します」
宗像は真顔で敬礼した。
「あんたがやると、イヤミにしか見えない」
「その通りです」
「……」
「それで?中佐は何かご用ですか?」
「怒りで一瞬忘れたけど―――」
紅葉は大きく深呼吸して、
「お姫様が来るわよ?」
「お姫様?」
美奈代は首を傾げた。
「麗菜殿下が?」
「天儀少尉よ」
「天儀が?」
「“D-SEED”と、“S4”のオーバーホールのため。あと少しで」
「それで」
美奈代は驚いて訊ねた。
「戦線、大丈夫なんですか?」
「お姫様達だけで戦争は出来ないわよ?」
紅葉は冷たい視線を美奈代に向けた。
「それとも、お姫様達に全部押しつけるつもり?」
「け、決して、そんな意図は」
「―――まぁ、いいわ」
「それより、中佐。その“S4”とは?」
「宗像准尉。マヌケにもあんたがぶっ壊した幻龍改をβタイプに改装したタイプ。
“白龍”が間に合わないから、天皇護衛隊向けに作ってあげたのよ。これからだけど、レイナガーズも全てこのタイプに改装する」
「出来るのですか?」
「この私が出来るって言ってんだから、出来るのよ」
「エンジンの改装ですか?」
「ぶっちゃけ、そう。というか、それに合わせた改装しかしてない。大体、魔晶石エンジンの要は魔晶石。
こればっかりはどうしようもないじゃない。
問題というか、エンジン出力を決めるのは、魔晶石から放出される魔力をいかに効率よくエネルギーに変換するか、まさにその変換システムにかかっている。
知ってるでしょう?」
「はい。中佐はその分野でも第一人者だと言うことと共に」
「やだぁ!おだてないでよ!」
照れ隠しだろう。
宗像の言葉に、紅葉は何度も宗像を叩きながら言った。
「ちょっと、人の百億倍どころか1京倍、才能があるだけなんだから♪」
「はい。その通りです」
ほほえむ宗像が、後ろ手にした右手の中指を立てているのを、当然ながら紅葉は知らない。
「でね!?あんた達のエンジンも、改装は進めてあげてるから!」
「我々の?」
「そう!元々の規格があるから、“白龍”並ってわけにはいかないけど、グレイファントムを一撃で粉砕できるわよ?」
「“白龍”以下ですか?」
宗像は不満げだ。
「何故?エンジンのサイズは同じだと、中佐ご自身が」
「同じサイズでも、構造全部違うし、“白龍”用のエンジン周りのパーツは門外不出なんだもん」
「コピーを作るとか」
「考えたけど、だめ。やるなら、精霊体を一度殺さなくちゃいけないんだもん」
「精霊体を―――殺す?」
美奈代には意味がわからない。
「エンジンを破壊するとも聞こえますが?」
「そう。その通り」
紅葉は頷いた。
「それほどの“処置”が必要だし、それだと、これまでの精霊体の戦闘データがすべてオシャカだもん。そっちの方が問題」
「では、“さくら”はそのままで、出力だけ高めると?」
「“幻龍”から“幻龍改”への改装で実績あるから安心して」
紅葉はにこりとほほえんだ。
「そんなこと、この近衛、そして、この私じゃなきゃとても無理だけどね♪」
「ありがとうございます!」
美奈代は喜んで頷いた。
「で、どれほどのパワーアップが?」
宗像は事務的なまでの冷たさで訊ねる。
「“白龍”と張り合える?」
「無理」
紅葉はきっぱりと、そう断言した。
「次元が違うんだから」
「……」
「宗像、“白龍”にこだわりすぎ」
「しかし……」
「目の前のこの子達は」
紅葉がメサイア達に優しげな、どこか誇らしささえ感じさせる視線を向ける。
「私が開発した、“私の白龍”達。エンジン以外なら、開発停止直前の“白龍Ver-5”より上。S4を圧倒出来る」
「エンジンが問題だと?」
「はっきり言ってあげる」
紅葉は優しげな口調で宗像に言ってのけた。
「“白龍”は、今のあなた達じゃ、天地がひっくり返っても扱いこなせない」
「っ!!」
宗像の顔が険しくなる。
「自分の騎体を破壊するほどのパワー。それを使いこなすにはよほどの才能が必要。だいたい、Ver-5の時点で、“白龍”を使いこなせる近衛騎士は、二宮中佐を含めて」
紅葉は宗像に指を開いた手をつきつけた。
「これだけ」
「五人だけ?」
「そう。メサイア使いとしては世界トップの近衛。その精鋭中の精鋭の中でさえ、これだけ」
ぐいっ。
紅葉は宗像にさらに手を突きつけた。
「自分が、そこに入るとは思っていないでしょう?」
「―――っ!」
「思い上がるな。バカ。たかが数回の実戦で、生き残ったからって、粋がるのもいい加減にしろ」
「宗像」
震える拳を握りしめる宗像の肩を美奈代が掴んだ。
「中佐のおっしゃるとおりだ」
「―――わかっている」
重いため息と共に、宗像はやっとそう言った。
「自分が最強だなんて思っていない」
「そう」
紅葉は満面の笑みで頷いた。
「最強じゃない―――だから、最強になるの」
「?」
「安心して。この子達、あなた達に預ける以上、あなた達は、最強に最も近い所までいける―――生き残ったらね」
「……生き残ったら」
「そう。生き残ったら。それが絶対条件。どんな状況でも、生き残った者が最も強いのよ」
「中佐」
宗像は、眉をひそめながら訊ねた。
「中佐がおっしゃる最強と、私の考える最強は、違うのでは?」
「わかってるわよ」
紅葉は頷いた。
「アニメのヒーローみたく、敵をばったばった倒すのが最強ってのが、あんたの考え。私の言う最強は、そんな幼稚なレベルじゃなくて、もっと大人の考える意味での最強」
謎かけとも詭弁とも、どうとでもとれる言葉に、宗像は困惑気味に訊ねた。
「……それは?」
「見つけなさい」
紅葉は床を蹴ると、宙を舞った。
「それをわかって、体現出来れば、あなたは最強に―――“白龍”を任せるに足る騎士になれる」
ビーッ!
ビーッ!
サイレンが工房内に響き渡った。
「工房内全作業員に警告!メサイアが工房内に入る!各員、事故防止に留意せよ!繰り返す」
重々しい音を立て、工房の巨大なドアが開き、白いメサイア達が搬入されてくる。
「各員かかれっ!」
号令一下、白いメサイア達に向かって整備兵が近づく。
「八八特務隊か」
美奈代はメサイア達の先頭に立つその騎に見覚えがあった。
“D-SEED”
川中島強襲の際に見た騎に間違いない。
「ひどくやられている」
宗像は、各騎の装甲を見て口元を歪めた。
各騎の装甲は傷と煤に汚れきっていた。
深い傷が走り、へしゃげた装甲をかろうじて着けている騎も少なくない。
「かなり派手にやりあったな」
美奈代はしきりに感心した様子で、一連の光景を見入る。
「天儀は特に」
「なあ……和泉」
「……それはわからない」
「まだ何もいっていない」
「天儀が、津島中佐のおっしゃった5人の一人に入ると思うか?そう聞きたかったんだろう?」
「先読みのしすぎだ」
「違っていたか?」
「チッ」
「最強を目指すなら、そうもさもしいことにこだわるな」
美奈代は諭すように言った。
「二流は他人を追う。超一流は己を追う」
「何だ?それ」
「私の父の言葉だ。誰かを目標にとか、誰かがこれだけ強いとか、視線を他に向けている限り、二流で終わる……父はよく言っていた」
「……私は二流か?」
「他人に動じるな。お前は一流以上だ」
「……だが」
宗像はあくまで最強という言葉にこだわる。
自らが強者であることにこだわる。
美奈代は、それが危険だとわかっている。
「己の理想は、己の中に求めろ。他人がどうこう言うのは、言い訳にもならん」
「……」
「他人が気になるから、ならなくなるまで己を磨け。お前になら出来る。麗菜殿下も、それを期待していたからこそ、アリアをお前に託したのだろう?他人や“白龍”にこだわっている、今のお前の姿は、殿下への反逆に等しいぞ」
「……」
「お前は最強の器なんだ。せっかくの器を、つまらん感情で傷つけるな」
「そんなつもりはない」
宗像は言った。
「死にたくない。だが、生きているなら、上を望む。それだけだ」
白いメサイア達のハッチが開き、騎士達が出てくる。
遠目に見ても貫禄のある騎士達が二人の目に映る。
それは、近衛メサイア使いのトップ―――天皇護衛隊から抜擢された、文字通り超一流の騎士達。
二人の目標を具現化した存在だ。
「私はいつか」
宗像は言う。
「あそこに立ってみせる」
「……」
美奈代は無言で宗像の目を見た。
その目は、決意にあふれている。
「お前は危険だというだろう。だが、私はその危険の先にあるものを手にしてやる」
「死ぬぞ?」
「死を越えた先にあるんだ。死を恐れて何が出来る?」
ハァッ。
美奈代はため息を抑えられなかった。
宗像に失望したのではない。
決意はわかる。
だが、美奈代には、宗像の決意が、単なる権力志向にしか思えないのだ。
生死をかけた戦場に持ち込むべき決意ではない。
危険すぎる。
その先に待つのは、確実な破滅だとわかる。
にもかかわらず、美奈代は宗像を止められない。
そんな自分自身に失望したのだ。
「栄光も名声もいらん」
「えっ?」
「私はあくまで自分が満足するレベルまで行きたいだけだ。いいか?私は出世なんてどうでもいいんだ。騎士として、メサイア乗りとして、いきつく所まで、高みまで登りたいだけだ」
「……」
「楽しみは個人的に、私はいい意味で個人主義者だぞ?」
宗像はそう言って小さく笑う。
その笑みを見た美奈代は、ようやく落ち着くことが出来た。
そして、自らを恥じた。
友の心が読めない自分を、恥じた。
「私はまだまだだな」
「ん?」
「何でもない」
そう答える美奈代の視線の先。
髪の長い女性が騎士達に取り囲まれている。
恭しいまでの態度で扱われる女性は、間違いなく祷子だ。
騎士達の顔は、祷子に傅くことそのものに誇りを感じている。
そんな表情を浮かべている。
―――無理もない。
美奈代は祷子を見てそう思う。
美奈代の目には、何だか、祷子には圧倒されそうな気品というか、高貴ささえ感じられるのだ。
騎士達に傅かれる様こそ、祷子にふさわしい。
同性の美奈代の目にも、そう映る。
紅葉ではないが、確かにこれでは“お姫様”だ。
「どうした?」
「……ああやって、オトコ共に傅かれるのが宗像の目的かと思ったぞ?」
美奈代は悪戯っぽくそう言ったが、
「私はオトコは大嫌いだ」
宗像は言い切った。
「傅かれるなんてとんでもない。その屍の上に立つほうが、私の望みに近いぞ?」




