新型騎 第一話
第十一次白州防衛戦の被害は以下の通り。
大日本帝国 投入メサイア14 02喪失、同06大破
英独連合軍 投入メサイア38 26喪失、同6大破
鬼の洗濯板防衛ライン 中破
結局、八ヶ岳に展開していた八八特務隊―――祷子達の参戦により、決定的な事態だけは回避することが出来たにすぎない。
こと、英独の被害は、国連軍による、戦略戦術的視点の欠落した無謀な戦線投入が原因だったとして、世論の批判を浴びることになる。
●“鈴谷”整備ハンガー
「こりゃ……ダメね」
ようやく改装が終わり、ドックから出た“鈴谷”。
そのハンガーが出迎えたのは、残骸になったかつての所属騎達。
そのメサイアのなれの果てを前に、紅葉はため息をついた。
「修復って言われても……再組立てとレベル変わんないわよ?」
「ですよねぇ」
紅葉につられるようにため息をつく白石の前。ウィンチに吊された長野教官騎の上半身は、床に転がされた下半身と泣き別れしている。
他の騎も、ほとんどが胴体に大きな風穴が開いている。
「脊椎、ダメですね。あれ」
「……開発局に持ち込んで、使える部品取りにするのが精一杯ね」
「あ、津島中佐!二宮中佐がお呼びです!」
「わかった、今行く!」
●“鈴谷”ブリーフィングルーム
「ま―――よく生き残ったって、そう褒めてあげるのが人情でしょうけど」
紅葉は居並ぶ面々を前に言った。
場所は鈴谷艦内ブリーフィングルーム。
血のにじむ包帯を巻いた二宮達がその前に座っている。
「はっきり言って、使える騎は一騎もない」
「……」
「征龍改、鳳龍、“アリア”―――全部、スクラップ」
「……」
「エンジンが回収出来たのが不幸中の幸い。あれが無くなっていたら、弾一発だけ入った拳銃手渡されて、どこかの部屋に押し込められる程度じゃ済まないわよ?」
「……あの」
挙手をした美奈代がおそるおそる訊ねた。
「征龍改も、ダメなんですか?」
「ダメ」
紅葉はいらだった様子で答えた。
「メサイアの脊椎はメサイアの基幹システムが納められている。そこが切断されてる。脊椎を作り直して再セッティングするなんて、もう一回組み上げるのと変わんない。
第一、これだけの数の脊椎を実験部隊に回せる余裕は、今の近衛にはない」
「……そ、そんな」
「一体、誰のせいか言わなくてもわかるでしょ?」
「……」
「これからの予定を通達します」
紅葉は事務的に言った。
「部隊は、本日1200、葉月市の開発局へ移動を開始します」
「開発局へ?」
「そう、部隊は実験小隊の任務を継続してもらう―――何人死んでも、やってもらう」
紅葉の目は冷たい。
「わかってる?メサイアは私達開発者にとって子供なの。その子供、8体も墓場に送られて、無事で済ませるつもりはない―――覚悟していて」
紅葉は、そう言い残してブリーフィングルームを出ていく。
メサイア8騎喪失。
全滅した部隊。
その烙印を押された331小隊の面々は、それを黙って見送るしかなかった。
●“鈴谷”整備ハンガー
ハンガーはメサイアの残骸で埋め尽くされている。
通路からそれを眺めるのは、美奈代達だ。
「そうは言われても」
都築がぼやく。
「あれほどの敵だぜ?」
「それを倒すために、我々は給料もらってるんだ」
「俺、初任給、手をつけていないんだぜ?」
「私だってそうだ。だがな?」宗像が言った。
「せっかく、敵がミスしたおかげで残った命だ。大事にしろ」
「何?」
●“鈴谷”食堂
「敵が、ミスをした?」
鈴谷艦内の食堂で好物のオムライスにかぶりつく紅葉を前に、二宮と長野が怪訝そうな顔をした。
「もぐもぐ……そう」
紅葉は口の周りをケチャップで真っ赤にして頷いた。
「おかげで、敵のメサイアは標準的にコクピットがどこにあるかわかったけどね」
「……胴?」
「そう。敵がくどいほど胴への攻撃にこだわったのは、コクピットの破壊を狙ったから」
「……」
「幸い、こっちのメサイアの胴回りは、駆動系システムと脊椎以外、何もないし、胸部のコクピットは厳重な装甲に守られているから、お腹に風穴開けられた程度じゃ、死人だけは出ずに済んだ―――メサイアはダメだけど」
「……」
「……」
「あの乱戦で、それだけはしっかりやってのけた。大した腕よ。あのミカン野郎のパイロット」
「……それで、我々は」
長野は心配そうに訊ねた。
「どう、なるのですか?」
「331小隊の本来の任務は新鋭兵器の実験だけど、もうそんなこと言ってる余裕は全くない。近衛は、クック・クレイギー計画に沿って、試作騎・試作兵器を作らず、まず量産型として前線に投入する方針に転換した」
「そんな無茶な」
「そう。無茶なのよ。おかげで私達開発者はエライ目にあってるんだから」
紅葉はスプーンをクルクル回しながらため息をつく。
「はぁっ……それでね?あんた達の新しい騎体なんだけど」
「あるのですか!?」
「―――あっちゃ悪い?」
「いえ!」
「中佐、それはまさか」
「長野大尉、多分、その通り。私の開発した試作騎よ。10騎組み上がってる。エンジン以外」
「それ……ちゃんと動作テストとか」
「エンジンないのにテストなんて出来るもんですか」
紅葉は恐ろしいことは笑いながら言ってのけた。
「征龍改からアリアまで、エンジンのサイズは同じだし、出力差は技術でカバーしてもらうしかないわ。他にもう、即時投入可能なメサイアはないんだから」
「……」
「一体、どんな代物で?」
「敵のメサイアの構造とか、ある程度わかったから、それをフィードバックしている」
ポンッ
紅葉はテーブルの上に一冊のファイルを放り投げた。
―――MDIJXβ-022改仕様書
そう書かれたテプラが貼り付けられていた。
「MDIJXβ-022改?」
「本当は、βタイプじゃないの」
紅葉は苦笑いを浮かべた。
「私が勝手にβタイプに分類しただけなんだけどさ……さすがに敵のメサイアを参考にしたら、ねぇ?」
「どういうことです?」
「機密」
「中佐」
「……」
「……」
じっ。と、二宮に睨み付けられた紅葉が、我慢出来ずに口を開いた。
「機密中の機密なのよ」
「教えてください」
「他言無用出来る?バレたら私達、仲良く銃殺台よ?」
「私達には部隊幹部としての責務があります」
「……あのね?」
紅葉は、ポケットから何かを取り出した。
盗聴防止装置だ。
その動作を確認すると、小声で言った。
「魔族側からの技術供与があったのよ」
「なっ!?」
何事かを叫びそうになった二宮の口を、長野と紅葉が抑える。
「……落ち着いて。魔族って言っても、ヴォルトモード軍じゃない」
「―――へ?」
「今、私達が戦っているのは、魔族全体じゃなくて、二千何百年前に封印された部隊に過ぎない。いわば、魔族にとっても始末に困る連中なのよ」
「そ、そんな情報、どこから」
紅葉の妄想かと、二宮は半ば本気で勘ぐっていた。
「御前会議」
「どこから!」
再び、口を塞がれる二宮。
「私も呼び出されたのよ。……口が軽いから言いたくないって、きっぱり言われたけど」
「それは正しい見方です」長野は言った後で口を閉じた。
「むぅ……本題に戻るわよ?魔界、魔族の住む世界の方、そこから陛下へ技術供与があった。向こうではメースっていわれている、メサイアの技術の一部。さすがに限定的だけど、動力、駆動系……近衛のメサイア技術はかなり進歩したわ。……せっかく完成度75%まで行った“白龍”は全部バラして開発やりなおすハメになったけど」
「でも……どうして」
「魔界のエライ人、今回の件について、なんだかとても後ろめたいところがあるみたい」
「……」
「それで」長野が訊ねた。
「中佐は、その技術をメサイアにフィードバックすると?」
「全部は無理」紅葉は笑った。
「実現に必要な素材がこの世界にないんだもん」
「……」
ハァッ。
二宮と長野が同時にため息をついた。
「とりあえず、代用品でやれる範囲はやった。後は、乗って使えるかを判断してもらうしかない」
「大丈夫なんですか?」
「まぁ、何とかなるんじゃない?」
紅葉はあっさりと言い切った。
「それしかないんだから」
●東京都葉月市 近衛軍開発局開発センター
東京都葉月市。
幕末動乱の際、魔法騎士同士の戦闘における魔力暴走の結果誕生したクレーター“葉月湾”に面した軍事都市。
日本最大の軍需メーカー“狩野コンツェルン”のお膝元だ。
その葉月市には、近衛軍の施設が多数存在する。
その内の一つ、開発局。
その奥に、紅葉の研究施設がある。
「これが?」
美奈代は、目の前に並ぶメサイアを見上げた。
幻龍改や征龍改より妙に迫力がある、不思議な感覚を抱かせるメサイアが、そこに並んでいた。
「MDIJα-022“紅龍”の改装騎」
紅葉は、美奈代達にそう説明した。
「米軍が開発……昨日、先行量産型が東南アジア戦線と東海防衛線に投入されたっけ……とにかく、米軍の可変メサイア“プラッティ・ファントム”に対抗する意味で作り上げたのが、この騎」
「……すげ」
都築は感心したようにメサイアを見上げた。
「まるでバケモノだ」
「そうよ?―――コイツは、“紅龍”として開発された基本フレームに、設計見直し直前の“白龍”のパーツを組み込んでいる。結果、関節駆動系、推進系は今までとは次元が違う代物になっている。理由?魔族軍のメサイア、メースに勝つためよ」
「……」
「メースの恐ろしさは肌身でわかっているでしょう?相手がメサイアならこんなバケモノ作りはしない」
「それほどまでに」
「死にたいなら、拳銃口にくわえて引き金引きなさい。
それですぐ死ねる。
でも、あんた達には意地でも勝ってもらう。
勝って死んでもらわなきゃいけないの!
そのためには、ここまでやらなきゃいけないのよ!」
紅葉の目に宿る炎は美奈代達を黙らせるのに十分すぎた。
「―――はい」
そう答えるしかなかった。
それからすぐ。
一応の解散が命じられ、皆が三々五々、思い思いに解散したが、その中で、美奈代だけは、次に自分の騎になるはずのメサイアの側を離れようとしなかった。
いや、離れられないのだ。
何が出来るわけじゃない。
ただ、側にいたいだけなのだ。
「何?解散は命じたはずよ?」
側を通りかかった紅葉がそう言う。
「は……申し訳ありません」
「気になる?この子」
美奈代の横に立つ紅葉が整備を受けるメサイアを見上げる。
「……はい」
美奈代もつられてメサイアを見上げる。
「可変メサイアっていうから、変形するんですよね」
「はっきり教えてあげようか」
「何を、ですか?」
「“紅龍”は名前だけ。こいつらは可変メサイアとして開発されていない」
「え?」
「“紅龍”なんて、完成騎はほんの数騎」
「……そ、それは、どういう?」
「二宮中佐にまで内緒なことよ?黙っていてね?」
「はぁ?」
「ここに並んでいるのは、予算がらみで“紅龍”の名前を借りているだけの代物。むしろ、予算をちょろまかしてでも私が作りたかった“鳳龍”なのよ」
「ど、どういうことですか?“鳳龍”は都築の」
「そう。都築准尉の搭乗した“鳳龍”は、私の概念設計したものを、赤木博士が性能向上の建前の元、思いっきりデチューンしてくれたどうしようもない代物……言ってて腹立ってきた」
「そうなんですか」
美奈代は言った。
「でも、都築は立派に操縦――」
「それほど、性能落とされたのよ!」
紅葉はそれにムキになって反論する。
「あのバカ女、理解できないからって人の設計めちゃくちゃにした挙げ句、自分の設計だなんて言い張りやがって!」
「……」
「で、アタマに来た私が陛下に直談判して“鳳龍”の可変騎バージョンってことで設計が許されたのが、“紅龍B”。これが可変メサイアってワケ。
でも、それさえバレたら赤木のババアに量産計画を潰された。
だからさ、陛下にねじ込んだのよ」
「ま、まさか!」
意外な名にびっくりするしかない。
「今、目の前に並ぶまでに至ったのは、私から言わせれば、本来あるべき“鳳龍”なのよ。無論、タダじゃないわ。次期天皇騎、タダで設計するからって条件ついてるんだから」
「次期天皇騎?」
「そう。“皇龍”っていうの……“白龍”の指揮官騎でもある。下手なもの作れないから、神経使うのよ?」
「……はぁ」
「どっちにしても、この子達にエンジンを組み込めなかったのは、私が極秘にやっていたから。
まぁ、安心して?
決して非合法じゃない。
フレーム研究用ってことで、別口の許可だっていくつも得てるんだから」
「戦えるんですか?」
「ストレートね」
「申し訳ありません」
「戦えるから回すんでしょ?まぁ、“D-SEED”ほどじゃないけど、かなりいけるわよ?」
「それは、天儀の騎ですね?」
「そう。あのお姫様の」
「戦力的には……たとえば、征龍改とでは、どの程度違うのですか?」
「カタログスペック?騎士の差?どっちにしても、どのくらいになるかわからない」
「はっ?」
「“あれ”は普通の騎士じゃ動かせる代物でさえないわ」
「それを、天儀が」
「言っておくけど」
美奈代の考えがわかるんだろう。
紅葉がフォローするように言った。
「技術云々の問題じゃないからね?」
「え?」
「そりゃ、お姫様の戦闘能力は、正直、芸術レベルだけど、それだけじゃないんだから」
「もう少し詳しく!」
「軍事機密」
「……」
「とりあえず」
紅葉は話を切り上げるように言った。
「“D-SEED”だって」
紅葉の顔が曇った。
「必ずしも、メースに勝てるとは限らないわよ?それにもこいつだって、フレームの基本性能は、“白龍”に準じる。
ただ、エンジン出力の関係で、各騎にバラツキが出るのは仕方ないわよ。
そこら辺は、後で個別に説明する。エンジン組み込み完了までは3日。それまでに白石が作ったマニュアルは読んでおいて―――参考にもならないでしょうけど」




