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貧乏くじ

●大日本帝国領内 近衛軍葉月演習場


「ターゲット・ロックオン」

「射撃開始」

 美奈代の乗る征龍改が演習地の一角に立てられた的めがけて射撃を開始する。

 39式35ミリ機動多砲身機関砲が咆哮をあげて的を食い破る。

 照準の調整は悪くない。

 設定に苦労した甲斐があったと、美奈代が口元をゆるめた時、


 キィーン

 キィーン


 コクピットに警報が鳴り響いた。


「接触警報?」


 広い演習地とはいえ、射撃訓練中の騎体への接触は禁止されているはずだ。

 センサーに異常か?


「なんだ―――ぐっ!?」


 ガンガン!

 センサー情報に視線を移した途端、激しい振動が征龍改を揺るがした。

「な、何だ!?」

「背部、演習弾命中!」

「え、演習弾?―――誰が、誤射?」

「索敵レーダーは感知していました―――騎数8、6時方向より接近中!警戒!」

「なっ!?」

 驚いて振り返った美奈代は、さらに激しい振動に襲われた。

「きゃあっ!」

 征龍改のコクピットが激しくシェイクされ、背中に走る痛みに息が止まる。

 一瞬、本気で意識を失いかけた美奈代は、はっきりしない眼でモニターを見た。

 赤い人が映っている。

 人?

 違う。

 メサイアだ。

 赤いメサイア―――

「!!」

 美奈代の脳裏に浮かんだのは、あの“サライマ”だ。

 “サライマ”が自騎を押し倒し、胸を脚で押さえつけている。

 それが、美奈代の下した状況判断だ。

「このっ!」

 狼狽する美奈代の体は、敵と認識した相手に対し、即座に動いた。

 腰にマウントされた光剣を抜き、脚を切り払いにかかる。

 ブンッ!

 “サライマ”の脚を狙った一撃が空を斬り、“サライマ”の脚が美奈代騎から離れた。

「中尉、MLマジックレーザー!」

 立ち上がり様、速射野砲を“サライマ”めがけて乱射する美奈代は牧野少尉に命じた。

 “サライマ”は後退し、間合いをとっている。

「―――仕留めますっ!」

「ま、待ってくださいっ!」

 牧野少尉は言った。

「あれは―――友軍ですっ!」

「見たことない!」

 “サライマ”は、信じられないほどの機動性で35ミリ機関砲をかわしつつ、ホバー移動で美奈代に襲ってくる。

「友軍が何でここで襲ってくるんです!」

「向こうに聞いてください!」

 “サライマ”が光剣を抜いた。

「ほらぁっ!」

「あれはILSイミテーション・レーザー・ソードですっ!」

「い、イミ?」

「こっちは真剣抜いてるんですっ!やめてくださいっ!」

「そのイミなんとかって―――演習用の光剣のことですか?」

「訓練で使ったでしょう!?」

 美奈代は光剣を腰へマウントさせつつ、騎体を急速後退させた。

「私達の時は、模擬光剣って呼ばれてました」

「二宮教官……それ、ん十年前の呼び方……」

「とにかく―――宗像、柏、早瀬、山崎、どうでもいいが都築!」

 美奈代は通信機に怒鳴った。

「生きていれば返事しろ!」

「生きてはいる!」

 返事は宗像からだ。

「生きてはいるが、襲われている!」

「どこだ!?」

「和泉の騎から見て4時方向、2騎に襲われて―――なっ!?」

 プッ

 宗像からの通信が切れた。

「宗像っ!―――ちっ!」

 目の前の“サライマ”が剣を振りかざして襲ってきた。

 騎体をひねってその一撃を回避すると同時に、エッジアタックをかける。

 エッジが命中する直前。

“サライマ”は自騎のシールドを巧みに駆使して、美奈代のシールドの切っ先をそらしてしまう。

「かわした!?」

 驚きに目を見開く美奈代の前で、“サライマ”がスクリーン一杯に映った。



「これは一体、どういうことです!」

 コクピットを降りた美奈代達の目の前で、二宮と長野が顔を真っ赤にして怒鳴っている。

 怒鳴る相手は、赤木博士と騎士達だ。

「規定違反は明白ですよ!?」

「―――敵はいつ、どこから来るかわからない」

 赤木博士は、冷たく言い放った。

「常在戦場―――おたくの部下はその程度の心構えも出来ていないだけでは?」

「私の教え子は戦争狂じゃない!そこに並ぶガイキチ共と一緒にしないでいただきたい!」

「ガイキチ?」

 赤木博士は鼻で笑った。

「戦技教導隊ですわよ?部隊名も覚えられなくて―――」

「ガイキチで十分です!こっちは実験小隊です。戦技教導隊といえど、無闇な接触は禁止されているのですよ!?いいですか!私達の部隊は、一般部隊とは違うのです!」

「演習中であることにかわりはないでしょう?」

「演習ではなく、兵器の性能評価任務です!」

 二宮は、各騎の装備した機動速射野砲を指さした。

「性能評価中の騎体への接触は処罰対象です!法務へは申請しますよ!?」

「ふ―――ふん」

 法務―――つまり、憲兵隊の名を出された赤木博士は、さすがに旗色が悪いと思ったのだろう。

「ちょっと奇襲を受けただけで、満足に抵抗も出来ずに倒されたヒヨコちゃんで構成されるなんて、情けない実験部隊もあったモノですわ」

 そう捨てぜりふを残してきびすをかえした。

「そのヒヨコ相手に」

 去っていく赤木博士に二宮は怒りを押さえた声で言った。

「ここまで反撃された戦技教導隊は?」

「……」

 赤木博士は答えなかった。



「―――ご苦労だった」

 未だ怒りが残る顔で、二宮は居並ぶ教え子達に言った。

 美奈代達の目の前には、美奈代が“サライマ”と誤認した赤い迷彩を施されたメサイア達が8騎、並んでいた。

 それを眺めながら、美奈代は首を傾げずにはいられない。

 よく見れば、幻龍や征龍の方がデザイン的には近い。

 それを何故、敵のメサイアだと思ったんだろう?

 ……。

 結局、乗っている連中の悪意がにじみ出ていたせいだと、美奈代は結論づけた。


 そして、その足下には、こちらへニヤニヤとした視線を送ってくる一団がいた。


「いいか?」

 二宮はそれを一瞥した後に、彼らにも聞こえる声で、

「絶対に関わるな。あいつらとの一切の会話を禁止する」

 そう、命じた。

「破ったら、次の任務まで独房だぞ!?」


 ―――とはいえ。


 この手の命令は、あらゆる命令の中でも、最も守られない類の命令であることは、誰にだってわかるだろう。

 何しろ、自分達が守ろうとしても、相手が守ってくれないのだから。

「まぁ、移動しよう」

「そうだな」

 ブリーフィングルームへ移動しようとした都築が、肩を掴まれた。

「おい」

 都築は乱暴にその手を払いのける。

「待てコラァ!」

 バキッ

 ドカッ

 都築の頬に拳がめり込むが、反対に都築の拳が相手の鼻へめり込んだ。

「やめろ都築っ!」

 美奈代が慌てて止めに入った時には遅かった。

 都築は二人目の顎めがけてアッパーカットを決め、山崎の太い足が別の男をまともにとらえていた。

「宗像―――って!」

 宗像は宗像で、一人の股間を見事に蹴り上げ、美晴とさつきは、山崎の背後で二人がかりで相手に襲いかかっている。

「お前までっ!」

「この野郎っ!」

「私は女だっ!」


 ケンカだケンカ!

 おっ、チャンスだ!

 いつもいつも!

 やっちまえ!畳めっ!

 気が付けば、何か恨みでもあるのか、整備兵までがこの騒ぎに乗じて相手に襲いかかっている。

「や、やめろ貴様等っ!」

 8対8がそれこそ50対8位の、むしろ戦技教導隊へのつるし上げ、もしくは袋だたきに発展している。

「もうっ!」

 状況を制するため、美奈代はやむを得ず、ホルスターから拳銃を抜いた。

「えっと―――」

 床を撃つべきか?それとも天井?

 床だと跳弾が心配だし、天井だと何かが落下する恐れがある。

 そう美奈代が躊躇していたら、


 ダンッ!


 鋭い銃声が辺りを制した。

 皆が動きを止めた。


 美奈代は銃声のした方を見た。

 場所は、赤いメサイアの肩。

 そこには、肩に登って妙に決めポーズをとる騎士がいた。


 高い背、細身だが筋肉質の体つき。

 やたらと怖い外見。

 サングラスでもしていたら、マル暴以外には見えない。

 本能的に近づきたくない顔。

 そんな男だ。


 その男が、ジロリと乱闘の場を睨むと、肩から飛び降りた。

 ちなみに高さは約30メートルだ。


 おおっ!

 下からは歓声が上がる。

 歓声を浴びながら、男は、数回、とんぼをきって床に着地した。


 重力慣性切れてるの、知らなかったんだ。

 あれ、脚にかなりの衝撃受けてるぜ?

 痛いんじゃね?

 顔や態度に出ないだけだ。

 すげえな!―――いろいろと。


 皆が好き勝手なことを言う中、男は乱闘の中へと近づいてくる。

 美奈代は、その時、その男の階級が大尉であることに気づき、皆と共に道をあけた。

「た……大尉」

 鼻から血を流し、床に倒れる騎士の前まで来ると、男、つまり大尉はその騎士の胸ぐらをつかみあげ、有無を言わさずに殴りつけた。

「このバカモノっ!」

 思わず耳元を押さえたほどの大音声が辺りに響き渡る。

「教導隊の名を汚すようなマネをしおって!恥を知れっ!」

 居丈高な声が騎士達を容赦なく罵る。


 それを、美奈代は呆然と聞いていた。

 まるで死んだ父親と同じ怒鳴り声なのだ。


「ちょっと―――美奈代、美奈代ってば」

 肩を乱暴に揺すられなければ、美奈代はいつまでも大尉の説教に聞き入っていたかもしれない。

 皆がそっと逃げ出す中、気が付けば美奈代とさつき、そして、いつのまに捕まったのか、大尉にヘッドロックを喰らって逃げられない都築だけが取り残されていた。

「逃げよう?」

「しかし、都築が」

「俺のことは放っておけってさ」

「そうか」


 言ってねえよ!

 都築は眼で訴えている。


「こんな殻付きのヒヨコ共に言い様に殴られおって!」

 やばっ。

 美奈代達は、大尉の説教がマズイ方に流れたことを察し、即座に逃げようとした。

「待てっ!」

 その声に、全力疾走の姿勢で固まった。

「敵前逃亡は銃殺だぞ!」

「は、はいっ!」

 美奈代は直立不動の姿勢で答えた。怖くて後ろを振り向くことが出来ない。

「……おい、青二才」

 背後の様子はわからないが、どうやら絡まれているのは都築のようだ。

「部下が迷惑かけて―――悪かった、なっ!」

 ドカッ!

 ぐっ!

 ガンッ

 ぬぉっ!

 バキッ!

 がっ!?

 美奈代の横を都築がスライディングしながら吹き飛んできた。

「つ、都築っ!?」

 ぴくりとも動かない都築に駆け寄った美奈代に、大尉が怒鳴る。

「そこの女っ!」

「は、はいっ!?」

 一度抱き起こした都築だったが、美奈代が直立不動の姿勢をとったため、都築は頭から床に落ちた。

「そいつを医務室へ連れて行け……それから、目が覚めたら伝えておけ。“この借りは必ず返す”とな!―――総員搭乗!」

「はっ?」

 驚いて振り返った美奈代の前で、戦技教導隊の騎士達が大尉を囲むようにしてメサイアへ向かう。

「?」

 美奈代は、何故か内股というか、前屈み気味に歩く大尉が気になってしまった。

「何だろう?」




「……とんでもない貧乏くじ引いてくれたな」

 それから数時間後、乱闘騒ぎを引き起こした教え子達を前に、椅子に座る二宮は苦々しげに言った。

「教官」

 美奈代が訊ねた。

「自分達の不祥事は自覚しております。しかし、それが何故?」

「戦技教導隊の連中は、わざとお前等に殴らせたんだ」

「はっ?」

「いいか?熟練のあいつらがお前等風情で相手になるわけはないだろう?」

 二宮は顔を真っ赤にして席を立った。

「何!?私、そんなに難しいことを言ってる!?もめ事を起こさないことが、貴様等はそんなに難しいの!?」

「し、しかしっ!」

「殴ってきたのは向こうですっ!」

「階級は向こうが上だぞ」

 長野はあきれ顔で言った。

「戦技教導隊は騎士の負傷を理由に次の作戦行動不能とぬかしやがった。いいか?お前等のせいだと言っているんだ」

「そんな理不尽な!」

 唖然とする美奈代に、二宮が言った。

「奴らの任務は確かにヤバい。だから、奴らは我々に目をつけた。代わりに作戦に従事させるために。だからやめろといったろう!」

「……っ」

「先程まで、長野大尉と共に上層部に呼びつけられ、加藤大尉ともう一人は、股間に大ダメージを受け、静養が必要だとか、こじつけだとしか思えない理由の羅列をつきつけられた」

「いや……加藤大尉の方はマジかなって」

 都築のボヤキは聞こえていない。

「……とにかく」

 二宮は深呼吸した。

「奴らの相手にケンカしたバツだ。すべての任務を切り上げ、明日、我々は山梨県へ移動する」

「山梨へ?」

「そうだ―――任務は地獄の門番だ」

「地獄の門番?」

 美奈代はふと、魔法騎士で編成される近衛左翼大隊のエンブレムを思い出した。

 地獄の番犬―――ケルベロス。

 力と恐怖の代名詞たる黒服と共に、その紋を身につけられるのは―――。

「……魔法騎士大隊が何か?」

「……地獄の門の前で扉を守るのが任務だ。精神が地獄の向こう側の住人は関係ない」

「具体的に」

「説明する。気をしっかり持て?」


 二宮は告げた。


「我々の次の任務は―――数千、数万単位と予想される魔族軍の進軍を、我々だけで喰いとどめることだ」


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