狂気の戦場
松本陥落―――
世界はその事態に嘆いている暇を与えられなかった。
松本基地陥落の報と、ほぼ同時に世界に伝えられたのは、中華帝国軍によるこれまでで最大規模の侵攻だ。
ベトナムの南北線(ハノイ-ホーチミン。1726キロ)をはじめ、占領地域の鉄道と国道を駆使。
地元住民を強制労働させてまで兵力・物資移動を実施した中華帝国軍は、開戦時の勢力を復活させた。
一方、マラッカ海峡を抑えられ、南シナ海が“中国人の海”になることを恐れる各国から派遣された艦隊が、この阻止に向けてスンダ海峡沖に集結しつつあった。
戦火に焼かれた東南アジア一帯において、人々は助け合うのではなく、まだ殺し合おうとしていた。
だが、人々はわかっていた。
この状況が、間違いであることを。
●フィリピン沖
大日本帝国第二機動艦隊 旗艦「飛龍」艦橋
「松本が陥落しました」
参謀長の報告に、艦隊司令となったばかりの小沢提督は、難しい顔を崩さないまま、無言で頷いた。
「残念だが陸軍に期待しよう。我々は、与えられた任務をこなせばいい」
「はっ」
小沢は作戦モニターに映し出された海図を睨む。
「追撃している中華帝国海軍の機動部隊、規模と場所は把握しているか?」
「空母3、護衛艦25、米軍の軍事衛星が追跡中です」
「どこだ?」
「シンガポール沖合―――おそらく、こちらがマラッカ海峡を攻めると予測していたのでは?」
参謀長が、海図に艦隊を示す駒を置いた。
「おそらく」
「どちらにせよ、両軍の航空部隊の勢力圏です」
「……」
ふうっ。
小沢は、ため息混じりに甲板を見た。
今、甲板に並ぶのはジェット戦闘機ではない。
プロペラ機だ。
かつての赤色戦争当時の海軍主力戦闘機“烈風”と“スカイレーダー”のリファインモデル機達だ。
Su-35を見慣れた眼には、何の冗談だろうとしか思えない光景ではある。
狩野粒子の影響で、スピードと攻撃力に勝るものの、レーダーと電子装備が使えなければ無駄に図体がデカイだけのジェット戦闘機は使い物にならない。
所詮、ジェット戦闘機は音速が出ようと出まいとミサイル運搬機に過ぎない。
その理屈はわかる。
実際、米軍がF8Fを。英国軍と中華帝国軍がスピットファイアやファイアフライ、陸上機ではモスキートやB-29までを復活させている。
それもわかる。
無論、最新の技術をふんだんに取り込んだ大日本帝国側国連軍と、昔の設計のまま悪戯に量に頼む中華帝国側枢軸軍では、性能に相応の差が出ているのは事実だ。
例えば、英国軍スピットファイアと中華帝国軍のスピットファイア同士の空戦では、キルレシオは1:2とされているし、これが格闘戦に最も強いベアキャットで1:4。総合力でダントツ性能を誇る烈風で1:5は確実とされる。
プロペラ機になったところで、連合側の優位はそう簡単には崩れないのだ。
……数以外では。
「……米軍はどうしている?」
「わが艦隊の南西50キロに展開中」
「……馬鹿げているな」
「はっ?」
「すでに魔族相手に何億もの犠牲を出す中で、こんな所で人類同士で戦い続けるなぞ、馬鹿げている」
「……」
「早く、一刻も早く、人類同士の殺し合いを止めなければ」
「帝国政府は、事態の早期打開にむけ、主体的に活動すると」
「あんな馬鹿共に何が出来るというのかね?」
小沢は、あざけるように口元を歪め、参謀長を見た。
「いいか?役人共の言う、主体的にという言葉は、子供が精一杯頑張りますというのと同レベルだ。奴らが国際的に主体的に動いて、成果が上がったなぞ、聞いたことがあるか?」
「……ありません」
「そういうことだ」
小沢は、視線を真っ暗な海に戻した。
「奴らが主体的に動くより、我々が主体的に武力を用いる方が、圧倒的に事態の打開につながる」
「はっ」
小沢がさらに何かを言おうとした時だ。
「司令!」
通信参謀が報告をあげた。
「米軍からです―――夜明けと共にカムラン湾の中華帝国艦隊に対し、総攻撃を開始。これを撃滅する!」
「米軍へ返信。貴信了解。これより準備にかかる。以上だ」
「はっ!」
「参謀長」
「はっ!―――総員起こせ!戦闘態勢!合戦準備だ!」
中華帝国軍による狩野粒子大量散布の代償として、航空機や船舶の航行が危険になった南シナ海海域における日米連合軍と中華帝国の戦いは、中華帝国本土から発進した攻撃機まで加わり、混戦の様相を呈しつつあった。
帝国海軍の烈風と米軍のベアキャットがスピットファイアやモスキートと空中戦を繰り広げ、接近する攻撃機に対する対空防衛のため艦艇が火砲を打ち上げ応戦する。
帝国軍空母2 航空機120機
米軍空母2 航空機140機
中華帝国空母3 航空機160機
未だに両軍が航空戦―――つまり、間合いをとっているのにはきちんとした理由がある。
メサイアだ。
互いにメサイアの数がわからない状態で間合いを詰めれば全滅に追いやられる。
それを知る以上、うかつに手が出せない。
下手に手を出せば、一瞬で全てが終わる。
互いに、それを知っているのだ。
ズンッ!
中華帝国海軍のスピットファイアが撃墜され、海面に激突する。
「海軍の意地にかけて、敵機を通すな!」
第二機動艦隊所属の駆逐艦「初霜」の艦橋で艦長が怒鳴る。
「11時方向、機数6、来ますっ!」
「落とせぇっ!」
20ミリバルカン砲が咆哮をあげ、76ミリ対空砲が叫ぶ。
「空母をやられたら終わりだぞ!」
「大型の飛行物体―――メサイア、マジックレーダーコンタクト、来ますっ!数10!」
「よし来た!シールド展開!」
駆逐艦「初霜」の艦中央部に設置された不格好な装置がうなり声をあげる。
すると、「初霜」の艦構造物の中でも重要施設の真横にあたるカ所で光の爆発が発生したが、艦には傷一つつけていない。
七八式簡易魔法障壁装置。
中型飛行艦が搭載する魔法障壁―――対MLバリアを発生させる装置だ。
近衛が狩野粒子下でも機能する魔法技術応用型レーダー“マジックレーダー”と共に、海軍向けに高額でリースした代物だ。
艦隊全部に配備したらリース料だけで往復の燃料代が支払える程だが、このおかげで、「初霜」はML攻撃から身を守ることが出来る。
何より、各艦のCIC要員が仕事を失わずに済んでいた。
「米軍、グレイファントム、前面に出ます!」
「近衛のあのガキ共は!?」
「―――赤兎6を狙撃!赤兎4、レーダーロスト!」
「近衛、メサイア隊が出ますっ!」
「行くよ二人とも!」
そのかなり後方に展開していたFly rulerで編成されたラグエル隊―――神城三姉妹の長女、一葉が怒鳴る。
「この私のナイスバディ見て、ガキ扱いした司令部のオヤジ共を見返すんだから!」
「お姉……聞いてて惨めになるからやめようよ」
「同感」
「いいからやる!空戦なら赤兎なんてメじゃない!」
「了解」
「やっちゃおう!」
Fly rulerから放たれるMLが艦隊上空を越え、艦隊に迫る中華帝国のメサイア、赤兎に吸い込まれるように命中。
赤兎が爆散した。
「双葉、光葉!」
光葉の耳に、一葉からの通信が入る。
「空母をやるよ!?」
「私達が!?」
「スゴっ!」
「座標把握出来てるよね!?空母の弾薬庫狙って!三騎主砲最大出力で狙撃!」
「了解!」
双葉の目の前で、主砲出力が増大していく。
「主砲、臨界点!」
「撃てっ!」
編隊を組むFly rulerの主砲から放たれたML。
その光は、中華帝国空母の艦体に突き刺さった。
艦乗組員は、何が起きたか全くわからない。
ただ、強い光が来たと思ったら、空母の艦体に大穴が開いた。
その程度しかわからない。
ML攻撃とは、そういう代物だ。
甲板にいた者は、随伴するもう一隻の空母にも光が刺さったのを目撃した。
そして、自分の艦に開いた大穴に海水が流れ込む音とは別に、
ギュィィィィィンッ!
乗組員の多くが聞いたこともないような音が艦の中から響くのを聞いた。
そして―――
空母はくの字にへし曲がった。
艦内の航空弾薬が次々と誘爆し、艦内のあらゆる構造物を破壊。
あちこちに開いた破孔から、艦の構造物と人間の破片を吹き出した。
ダメージコントロールに必要な機材を、それを操作する乗組員ごとズタズタにされた空母に、自らの運命を変える力は残されていなかった。
ML攻撃から5分後、空母は横転、沈没した。
中華帝国艦隊の悲劇は、それだけで終わらない。
赤兎を突破したグレイファントム部隊が、生き残った艦隊に襲いかかったのだ。
何とか海域から脱出しようともがく空母に襲いかかったグレイファントムを操るのは、あのステラだ。
「このおっ!」
ステラはグレイファントムの127ミリ速射砲を乱射しつつ、空母の甲板にスライディングで突っ込み、甲板に並んでいた艦載機をなぎ払い、艦橋を蹴り潰した。
「よくも一々!」
手にした127ミリ砲を艦橋めがめて情け容赦なく撃ち込み、艦橋そのものを倒壊させた。
甲板上に並んでいた航空機に搭載されていた武器弾薬、そして燃料が次々と誘爆する。
「前線でみんな苦しんでるってのに!」
ステラは、甲板を逃げまどう乗組員を何の躊躇もなく踏みつぶしながら甲板を移動した。
そして、先程の攻撃のせいで半ばまで上昇したまま、停止していたエレベーターに乗った。
艦の中、格納庫が丸見えだった。
「魔族の味方!人類の敵がぁっ!」
格納庫の中に127ミリ砲の残弾すべてをたたき込み、置き土産として、サーモバリック爆薬の詰まったロケット弾を撃ち込む。
「くたばれ!死んでわびろ!この裏切り者共!」
それでも満足できないのか、足下のエレベーターを蹴りつけると、サーモバリック爆薬の爆発が発生する前に、ステラのグレイファントムは空母を離れた。
艦内で発生した気化爆発のダメージは、艦の竜骨にまで達し、空母は横転する余裕もなく爆沈した。
ステラは、その爆発をモニターで見るなり、歓声を上げた。
「キャッホーッ!ザマぁ!」
「ステラ!」
イルマが怒鳴る。
「な、何よ!」
ステラは口をとがらせて抗議した。
「あいつら、魔族の尻馬に乗って」
「違っ!―――もうっ!」
ステラの目の前で、FCSがMCに移ったことを意味する表示が点滅、グレイファントムから何本ものMLの光が雲の向こうへと飛んでいく。
「何?」
雲の向こうはステラには見えない。
だが―――
雲を突き破って襲ってきた存在だけはわかった。
鼓膜が破れそうな爆音
衝撃波
「ぐっ!?」
とっさにシールドで騎を守るが、確実に高度が数十メートル落ち、あと一歩で海面に叩き付けられるところだった。
ピーピーピーピー!
騎体を立て直すのに四苦八苦するコクピットに、聞き慣れない警告音が響き渡る。
「な、何!?」
「中性子および放射線警告!」
イルマが悲鳴に近い声をあげる。
「敵、反応弾使用!」
「馬鹿なっ!」
反応弾。
我々の言うところの核兵器。
中華帝国は、それを使ったというのか?
「大陸から発射されたミサイル。衛星でも確認されている!数12、残りは全弾撃破!」
「人類の存亡より、自分ん所の領土広げるほうが大事なの!?」
ステラはコントロールユニットを殴った。
「あいつら―――狂ってる!」
「艦隊に戻るわ。これ以上、ここにいるのは危険すぎる」
イルマの言葉を裏付けるように、司令部からの緊急帰投信号を受信した。
「海上の中華帝国の兵は?」
進路を艦隊展開海域に向けながら、ステラはそう訊ねた。
炎上する艦の残骸
艦や航空機の破片
そんなものと一緒に海上を漂うのは、
人間だ。
不安げな顔で空を見つめている。
彼らの上に白い何かが舞い降りようとしていた。
「すぐ、フォールアウトが始まるわ。助からない」
「……」
ステラは、中華帝国の誇る空母機動艦隊の終焉の地となった海を忌々しげに睨むと、艦にもどるべく、コントロールユニットを握りなおした。




