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松本市、陥落 第一話


「よく帰ってきたものね」

 ドック入りした“鈴谷すずや”に着艦出来ないため、臨時の根城となった開発局葉月開発センターに戻った美奈代騎の収容作業を見ながら、二宮は小さくそう呟いた。

「真理?」

 横に立つ美夜が笑いをかみ殺しながら言った。

「お顔がにやけてる」

「……」

 パンパンと軽く頬を叩き、口元を締めた二宮がわざとらしく言った。

広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムを喪失したことについては、きつく言っておかねばな」

「そういうのは大目に見てあげなさい」

「ダメよ!」

 二宮は目を見開いた。

「つけあがったらどうしてくれるのよ!」



「そのままで聞けっ!」

 美奈代騎の受け入れ作業のため、ハンガーを駆け回る整備兵達が、動きをとめることなく、メガホン片手に怒鳴る坂城整備隊長の声を聞く。

 ―――動きを止めなくていい。だが、聞き逃すな。

 メサイアと機械の爆音の中で整備任務に従事する整備兵にとって、手順無視と警告を聞き逃すことは、直接的に死を意味する。

 整備兵達は、坂城から日頃、徹底してそのことを叩き込まれている。

 しかし―――

「225号騎のスコアが確定した!」

 自分達が死ぬ思いで整備する騎がどれほどの戦果を上げたか。

 それだけはさすがに人として興味がある。

 皆が、配置につくフリをして、耳をそばだてる。

「―――戦果、メサイア5、中型妖魔7、小型妖魔500以上!全て戦果確認である!」



 整備兵達の歓声が、風に乗ってハンガーから二宮の耳にまで届く。

「だからぁ……」

 美夜はあきれ顔で二宮に言った。

「そのにやけ顔、どうにかならないの?」

「……」

 二宮が頬を叩いて顔を引き締めるが、すぐに顔が緩む。

「教え子の戦果、そんなに嬉しいんだ」

「当たり前でしょう?」

 二宮は嬉しそうに頷いた。

「少尉任官前にエース認定受けたと思ったばかりなのに、もう柏葉付きよ!?スコアは驚異の30騎越え!いくらなんでも、これほどの戦果、新人で上げたなんて、他にいるもんですか!」

「―――まぁ、制圧掃討任務装備でメサイア5騎返り討ちだものねぇ……」

 美夜はプリントアウトされた戦況データを見ながらコーヒーに口を付けた。

広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムでメサイア3騎撃破……スゴイ技もってるのね。この子」

「そうでしょ?」

 うんうん。と、二宮は緩んだ顔で頷くだけだ。

「観測隊の報告だと、青木村方面に展開していた魔族軍メサイア部隊が一斉に動いたというわ。付近には、フランス部隊がいたというのに!」

「目先に迫る部隊より、和泉騎の方が危険だと判断した」

「そうっ!」

 二宮はパンッ!と膝を叩いた。

「敵に脅威と認められるほどの活躍っ!」

「―――あ、そう」

 美夜は呆れた顔で数回、頷いた。

「とりあえず、話を続けるわよ?」

「―――ええ」

「つまり」

 美夜はテーブルに広げられた地図に置きっぱなしになっていた指示棒をしまった。

「東信地域一帯を囲む山間部が邪魔をしてくれているおかげで、魔族軍は思うように移動が出来ないというわけ」

「長野県から新潟県にはあれほど派手に出たけど?」

 二宮が、当然の疑問を口にしたが、

「あっちはそれほどの山がない。特に、千曲川沿いに進めば、そのまま新潟―――近隣の県へは、海岸線沿いに進めればいい。それだけよ」

 平野はそう答えた。

「山がなければ?」

「日本中が魔族に制圧されている」

「自然に感謝……か」

「敵の当面の目的は、長野県全域の確保。その試金石になるのが、松本市」

「人類側の最前線基地だから……当然か」

 二人の前にある地図を前に、二宮が腕組みをする。

「そう。敵としても、北陸方面への再度の進出を、当然、想定しているはず。だから、松本は邪魔なのよ。いろいろと」

「だけど、こっちにとっては頼みの綱よ?」

「そう。山越えで敵地に攻め込むには、松本と諏訪の二つが有力ルート。

 だから、魔族も松本を攻める。

 攻略ルートは、東信地方から松本に通じる青木峠方面か、諏訪に通じる和田峠のどちらかになるはず。近衛はそう見ている」

「三才山は?有料道路がある。高速も」

 二宮は地図を指さすが、

「途中の橋やトンネルをいくつか爆破済み。特に三才山は、かなり険しい山の中を作った道だから、橋を通らなければ普通の山を移動するのとかわらない。逆に困難よ」

「……互いに戦力を集中した上で……かなりの攻防戦になるわね」

「ええ……代わりのルートは青木峠と和田峠。どっちにしても、防御陣地の構築は急ピッチで進んでいるけどね」

「肝心の防御兵器は?」

「陸軍がやっと頭数揃えることが出来た戦車、自走砲、対空砲が、東海方面から移動中」

「―――後手後手か」

「仕方ないでしょう?むしろ、ここで新型を投入できるのは賞賛すべきよ」

「まぁ、ね」


 互いに笑いあった時だ。


 ピーピーピー

 インターフォンの呼び出しが鳴った。

 艦橋からだった。

「艦長だ」

 インターフォンをとったまま、平野は何故か凍り付いた。

「そうか……司令部からは……わかった。すぐに行く」

 カチャ。

 平野は、インターフォンを戻すと、うつむいたまま黙ってしまう。

 二宮の目には、テーブルに両手を突っ張って、ようやく立っているようにも見えた。


「どうたの?」


「二宮中佐」

 固く、震えた声で平野は言った。

「いくわよ」


「だから、何?何が起きたの?」


「松本が」


「ええ」



「―――陥落した」






●長野県松本市


 国連軍最前線基地―――松本基地


 陥落時、施設だけでみれば、完成度が50%をようやく上回る程度に過ぎなかったのは確かだ。

 とはいえ、兵力7万、メサイア150騎、飛行艦20隻を誇る、下手をすれば一国の軍隊並の規模を松本基地は誇っていた。

 つまり、魔族軍襲撃時の兵力は、のべ10万近くに上るのだ。

 それほどの兵力を誇りながら、松本は半日で陥落した。

 何故?

 魔族軍の攻勢か激しかった?

 是であり否

 国連軍に問題が?

 是

 理由は―――中華帝国にある。

 自国への魔族軍攻撃への報復として、中華帝国がとった手段。

 それは、魔族軍展開地域への大陸間弾道弾攻撃。

 各地に配置された魔族軍長弓兵に片端から撃墜された中、一発が奇跡的、というか、皮肉なことに長野県内に被弾、墜落した。

 墜落場所は、松本基地付近の工場跡。

 調査の結果、弾頭部の起爆装置が最初から故障していたため、不発だったことが判明したのは、まだよしと出来る。


 問題は、その弾頭だ。


 魔力反応爆弾マジック・リアクター・ボンブ

 別名、セルフ・ギロチンであることが判明したのだ。


 魔力反応爆弾マジック・リアクター・ボンブ

 

 魔力爆発反応を利用した兵器。

 核物質利用の反応弾より圧倒的破壊力が望めはするが、被爆地点を魔力異常地帯とすることで、半永久的に生物の住めない土地に変える恐怖の代物として、国際法によって開発から所持、使用の一切が認められていない、禁忌の兵器。

 この兵器が使用された事態に、司令部以上に恐怖したのは、基地の兵士達だ。

 中華帝国の攻撃が、自分達を巻き添えにすることを厭わない形で実行された。

 皮肉なことに、魔族軍がミサイルを阻止してくれたおかげで助かったが、そうでなかったら、皆がとうの昔に死んでいたことになる。



 魔族軍の前に中華帝国に殺される!


 兵士達はこぞって松本からの撤退を司令部に要求し、反乱寸前まで基地を恐慌状態に陥らせた。

 魔族軍に向けられていた砲口が基地司令部へと向き直った時、各部隊指揮官は部隊の統率が出来なくなった。

 司令官執務室に乱入した兵士達の銃口に促される形で国連軍司令官は、全部隊に対し、諏訪への“転進”を発令。

 各地に造成されつつあった防衛戦線は放棄され、兵力が次々と諏訪へ向け移動を開始する中、松本は魔族軍の襲撃を受けたのだ。

 移動命令に従い、兵士達や物資を満載した輸送機が離発着を繰り返すのを、順番待ちする中に、英兵の一人、キースがいた。

 松本空港に通じる道は長い行列が出来、キースは部隊と共に、その列に加わっていた。

 すでに日が暮れていた。

 灯火管制が敷かれ、滑走路を照らし出す光も最小限度のレベルに抑えられ、辺りは暗闇同然。彼は、国道を経由して移動する部隊ではなく、輸送機で移動する部隊に回されたことに、言いしれぬ不安を感じていた。


 狩野粒子は影響を及ぼしていない。


 上官達はそう言う。

 信じるというより、信じるしかない。

 爆音を轟かせ、延長された滑走路めがけてC-130が移動を開始するのを見ながら、キースはぼんやりと、


 コーヒーが飲みたい。


 そう思ったが、作戦中の今では望むべくもない。

 ひんやりとした夜気に誘われるように、キースは空を見上げることしかできない。

「?」

 空に黒い何かが浮いている。

「おい」

横にいた仲間を肘で突き、

「アレ、何だ?」

 空を指さした。

 およそ10メートルほどの黒い球体が、風に乗って流れてくるのが、暗闇に慣れた目には、星明かりでわかる。

「向こうからアドバルーンが流れてきたんじゃないか?」

 横にいた兵士はそう言うが、

「数が多いぞ?」

 兵士達も何人かが、アドバルーンに気づいたらしい。

 あちこちで空を見上げ、何事かを話し合っている。

 キースが見つけたアドバルーンの数は優に十以上。もしかしたら、それ以上かもしれない。

「輸送機の離陸の邪魔にならないか?」

「まだ滑走路にはかかっていない」

 そういうものか。

 キースが首を傾げながらそう思った瞬間、


 バッ!


 フラッシュをまとめて焚いたような閃光が、世界を支配した。


 とっさに腕で目を守ったキースの周りは、一瞬でパニックになった。


「敵襲っ!」

 誰かが叫び、あちこちで明後日の方角への射撃が始まる。

「撃ち方やめっ!」

「撃つな!撃ってどうするんだ!」

 キースが、その中に入らずに済んだのは、すぐ間近で小隊長が怒鳴ったからだ。

「撃ち方やめろっ!このメス豚共!誰か敵を見たのか!?」

 撃ち方やめ。

 その命令が伝言ゲームのように各所に伝わり、銃声だけは止まった。


 先程の閃光で離陸を止めたC-130が再び、離陸体制に入り、そして、機体が離陸する光景が、キースの目に入った。

 少なくとも、あれに乗れれば、横田か厚木まで移動できる。

 生き延びることが出来るんだ。


「あれが戻ってきたら、俺達が乗る!」

 小隊長は恐ろしくドスの効いた声で怒鳴るが、

「おいっ!」

 誰かが驚いて叫んだ。

 皆が、輸送機を指さす。

 その前で、離陸を開始したC-130が突然横転。垂直尾翼が地面に接触、そのまま爆発した。

「何だ!?」

「敵か!?」

 中に何人が乗っていたかは知らない。

 だが、あの墜落の仕方では、無事では済まない―――いや、全員絶望だろう。


 航空燃料がC-130と乗員達を盛大に火葬する光景を兵士達は呆然と見るだけだ。


 整備不良?

 過積載?

 操縦ミス?


 様々な原因が兵士達の間で語られる中、


「狩野粒子だ!」


 誰かが叫んだ。


「狩野粒子だ!―――敵が来る!」


 キースの小隊で最も臆病とされるジョンだ。


 臆病者ジョンの戯言。


 普通なら、そう一笑に付す兵士達も、この時ばかりは青くなった。

 それが、どういう意味かわかるからだ。


 タキシング中の輸送機が次々とエンジンを止め、輸送機から兵士達が転がり出てくる。

 輸送機が放棄されたのだ。

 この場から逃げる方法は、歩くか―――


「車両を奪え!」

 小隊長の命令に、兵士達が近くに止まっていたトラックの運転席によじ登る。

「な、何をするっ!」

 トラックの運転席にいた兵士が殴られ、引きずり落とされ、代わりに別な兵士がトラックの運転席に座る。

「乗れっ!乗れる限り乗れっ!」

 運転手になったのは、小隊長だ。

 ―――電子装備を完全に外したオンボロではあるが、これに頼るしかない。

 ―――エンジンがかかっているだけ、ここでは奇跡に近いんだ。

 他の兵と一緒に、キースはトラックの荷台によじ登りながらそう思う。

 乗せろ!

 乗せろよ!

 乗せてくれ!

 兵士達がトラックや、あらゆる車両に殺到する。

 軍用トラック

 放置されていた自家用車

 工事現場に遺棄されたダンプ

 一部では一台の自転車を巡って何人もの兵士が殴り合いを演じている。

 狩野粒子下でも走れる限り、根こそぎ現地徴用された車が兵士達に埋め尽くされる。

 くそったれ!

 キースはその光景を見ながら毒づいた。

 肝心のメサイア部隊を真っ先に下げた司令部の怠慢だ!

 メサイアで防衛しながら、俺達歩兵が逃げるのが筋道だろうが!

 動ける車両が次々と兵士達を満載し、ヨロヨロと動き出し、飛行艇がその腹に兵士達をたらふく貯め込み、地面から離れた時―――


 ズズズズズッ!


 地面が揺れた。


「何だ?」

「見ろっ!」


 走り出したトラックの荷台から、キース達は確かに見た。

 あちこちで盛大に地面が爆発し、土煙の向こうから何かがはい出してくる巨大なバケモノ共の姿を―――

 それは、キース達が初めて見る敵の姿だった。

 50メートルでは効かない、まるでメサイアを四つ足にしたようなバケモノ共の姿。

 まるでダンゴムシだ。

 イルミネーションのように赤い光が体のあちこちで光っている。

 その敵が、続々と穴から這い出ると、ゆっくりとこちらに向かって移動してくる。

 そんな光景を前に、キースに出来ることは、自分が生き残れるよう、神に祈るしかなかった。





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