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上田市強行偵察 第二話

 哨戒隊が千曲川を越えた辺りで、カヤノは悲鳴を聞いた。

「な、何ですか!?」

 一瞬、強い光が走ったかと思うと、人間達の巨大な建造物が消滅した。

「なっ!?」

『じ、人類めっ!?』

『な、何をした!?』

 ガバラ達にも事情が分からないらしい。通信の声色が明らかに狼狽していた。

 カヤノはその時、センサーが1万度を超える熱を捉えていたのを見た。

 メースの装甲でさえ、そんな熱を受けたら危険だ。

 ガバラ達がそれに気づいているのかわからない。

 だが―――殴られたくもない。


『ガオ、ニアメとカンガンで仕留めろ、昨晩のカードはそれでチャラだ』

『おうっ!』

 ガオ副長騎が後続の2騎と共にカヤノを追い抜いていく。

 隊長騎と副長騎が二つの部隊に別れた。

 一体、どっちについていけばいいんだろう。

 躊躇するカヤノを後目に、ガバラ達の騎が抜刀、突撃していくのを、カヤノは黙って見ているだけだ。

 もし、下手に一緒に突撃したら、後で殴られる。

 カヤノは経験から、それを知っている。

 メースと同調している手足が、動きたくてウズウズしているのを、カヤノは堪えるしかない。


 建物が消滅した先。

 千曲川方面からだと丘陵の上にあたる場所。

 カヤノは知らないが、ショッピングセンターがあった場所に立ったのは、カヤノが初めて見る、人間側のメース―――デミ・メースだった。

 巨大なタンクを背負い、恐ろしく長い筒を持っている。

 それが、カヤノ達の見た敵の姿だった。


『あいつ、剣をもっていないぜ!』

『ありゃ槍か!?』

『たんなる筒だ!』


 ガオ副長騎達の通信が、勝ち誇ったような声になる。

 ただ、カヤノの何かが、早鐘のように叫んでいた。


 ―――あの敵は危険だ!

 そう、告げていた。



 敵はまだこっちに気づいていない。目的を果たしたのか、そのまま移動を開始した。

 奇襲のチャンスだ。

 カヤノの目の前で、丘陵の斜面をホバー移動で一気に駆け上ったメースがデミ・メースに躍りかかった。



「っ!」

 美奈代はとっさに騎体を後退させた。

 神社の社殿を踏みつぶして停止した所で、美奈代は自分が何に襲われたかを知った。

 魔族軍のメサイアだ。

「―――ちっ!この装備の時にっ!」

 美奈代は“征龍改”が手にしているフレイムノズルを恨めしく睨んだ。

 普通、広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムなんて、対メサイア戦で使える代物ではない。

 ―――放棄するか?

 美奈代がそう思った時には遅かった。

 スクリーン一杯に3騎のメサイアが自分めがけて襲いかかってきていた。

「くそっ!」

 美奈代は騎体を急加速でホバー移動させ、民家を薙ぎ払いながら間合いを取った。

「この辺―――無傷だったんですけどねぇ」

 牧野中尉が呆れたような声をあげた。

「准尉が暴れたおかげで壊滅状態―――どうするんです?」

「知るもんですかっ!」

 美奈代は怒鳴った。

「大体、なんてこというんですか!?」

「本当のことでしょう?」

 美奈代は敵の執拗な攻撃をかわしながら怒鳴った。

「やれっていうからっ!」

「責任のなすりつけはいけませんよ?」

 美奈代は鷹匠町の中部電力の施設を楯にすることに成功した。



「しゃらくせぇっ!」

 ガオ副長は怒鳴りながら敵が回り込んだビルに襲いかかった。

 彼が駆るメース、ツヴァイが手にしているのは巨大な戦斧。

 人間のビルを余裕で叩き斬れることは実証済みだ。

 ガオ副長は、本気でビルごとデミ・メースを叩き斬るつもりで戦斧を振りかぶった。

 今、まさに戦斧が振り下ろされようとするその瞬間、


 ビルの背後から敵が飛び出してきた。


 デミ・メースの持つ恐ろしく長い筒先から、強い光が放たれたのは、その瞬間だった。



「きゃっ!?」

 強い閃光に襲われたカヤノは、思わずメースの腕でメインカメラをガードした。

 高い建物の背後に回り込んだデミ・メースに、ガオ副長達が襲いかかった直後のことだった。

 警報が鳴り響いたほどの強い熱風がカヤノ達のメースの周囲を突き抜けた。

「な―――何?」

 キョロキョロと周りを見回したカヤノは、敵が何かとてつもない兵器を使用したことだけはわかった。

 わからなかったのは、ガオ副長達の姿が消えたことだけだった。



「こういう使い方……」

 牧野中尉はあきれ顔で言った。

「准尉が初めてです」

「それ、褒め言葉ですか?」

 “征龍改”は大きく跳躍すると上田駅お城口前ロータリーに着地した。

「半分は褒めてます」

 牧野中尉は頷いた。

広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムの炎を槍の代わりにして突き出したなんて、聞いたことがありません」


 そう。

 美奈代は広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムから吹き出した炎を単なる面の制圧に使わなかった。

 フレイムノズルのノズル幅を絞って、プラズマ火炎を集束、炎を槍の穂先状にして敵メサイアに突き出したのだ。

 さすがの魔族側メサイアも、1万数千度の高温には耐えられなかった。

 直撃を喰らった敵メサイアは、一瞬で上半身を蒸発させた。

 美奈代はその瞬間、ノズル幅を最大に拡大し、掃射モードに切り替え、残り2騎にノズルを向けたのだ。

 指揮官騎が一瞬で倒され、状況がわからない2騎に、それをかわすことは出来なかった。


「交戦時間ジャスト30秒で3騎撃破ですよ?」

「それより」

 美奈代は言った。

「ガドリング砲準備してください」

「―――了解」

 駅前ビルを飛び越えて襲いかかって来たのは、ガバラとギーンの騎だ。

 広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムではそのスピードには対処出来ない。

 美奈代は牽制のために左腕にマウントした多銃身機動速射野砲を2騎に向けた。

 駅前ビルを粉砕しながらガラバ騎を襲った35ミリ砲弾の雨だったが―――

「痒いわっ!」

 数発が命中したが、ガバラ騎の装甲で派手な音を立ててはじき返されてしまう。

 まるでからかうように機関砲弾を受けつつ、ガバラ達の騎は、上田駅の向こうへと消えた。

「この程度の力で―――っ!」

 上田駅に停車したまま放棄された長野新幹線の車両を、駅のホームごと美奈代騎から放たれる機関砲弾が破壊するが、ガバラ達にとってはどうでもいいことにすぎない。

 ガバラは腰にマウントしていた魔法弾発射筒を引き出し、肩に構えた。

「なめるなぁっ!」

 魔法弾発射筒、つまり、一種のバズーカは上田駅をぶち抜いて美奈代騎に逆襲した。

 寸前でかわせたものの、発射された一撃は、駅前ビルの中に飛び込んで爆発。

 衝撃で、残っていた駅前ビルの窓ガラス全部が炎と共に吹き飛んだ。

 ガバラは魔法弾発射筒を放棄すると、戦斧を構えた。

「ギーンっ!かかるぞっ!」

「おうっ!」



「―――ちぃっ!」

 背後からの爆発は考えなくていい。

 美奈代はそう判断して、あえて視線を上田駅方面から離さなかった。

 案の定、敵は再び上田駅を飛び越えて襲ってきた。

 美奈代は広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムを再び構えた。




 ―――ああ、2騎がシールドで押して首をとるつもりだな。


 カヤノはその光景を少し離れた場所から、見物していた。

 他にすることはない。

 下手なことをすれば、ガバラ隊長に殺される。

 それはイヤだ。

 カヤノの目の前で、ガバラ騎とギーン騎が連係プレーで敵を押している。

 敵はロータリーの中を器用に逃げ回っている。

 間合いを詰められるのを嫌っているのだ。

 

 そして、駅前の交差点から別道に入り込んだデミ・メースが迫るガバラ騎に長い筒先を向けた。


「!!」


 それは偶然といえば偶然だ。

 カヤノの目は、その瞬間、その筒先に走った光を見逃さなかった。


 ―――危険だ。


 考えるより早く、カヤノはメースに内蔵されているMLマジックレーザーを発砲した。

 両肩に装備されたMLは、ガバラとギーン、それぞれの騎の真横をかすめ、目標―――広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムのリキッドホースに命中した。


「当たった!」


 敵騎が筒を離し、ガバラ騎を突き飛ばした瞬間―――

 それまで敵のいた場所で大爆発が発生。ガバラ騎を、荒れ狂う炎の嵐が襲った。

 デミ・メースはあからさまな狼狽を見せている。

 しかも丸腰だ。

 今ならやれる!

 カヤノは、メースの剣を抜いたが―――


『カヤノ!』

 ガバラの怒鳴り声が響き、カヤノはメースの操縦を止めた。

『テメエ!余計なマネすんな!』

「で、でも!」

『見てればいいんだよ!』

戦斧斧を装備するガバラが、再び、デミ・メースに襲いかかった。

デミ・メースは、シールドでガバラの斧の受け流し、間合いをとる。


 ―――ダメだ!


 カヤノは、一瞬でデミ・メースがガバラより圧倒的に上手であることを見抜いていた。

 敵の動きは、粗暴さが滲み出ているガバラに対して、まるで流れる水のように滑らかだ。

 そこにはほとんど無駄がない。

 斧を振り回し、デミ・メース達を近づけまいとするガバラの動きは、品性のカケラもない。むしろ野獣そのものだ。

 対する敵は、まるで猛獣を罠に追い込もうとする狩人の如く、無駄の少ない動きをする。

 カヤノの目には、デミ・メースのパイロットは、かなりの使い手に見えた。

「人類は……ここまで」

 もう、カヤノは感心するしかなかった。

 自分達がゲートに封印されてから数千年の年月が流れたことは知っている。

 その間に、人間は、ここまでのモノを作り上げ、そして使いこなしているというのか……。

 カヤノが不思議な感慨を胸に、目の前の光景に見入る中、事態が動いた。



「ちいっ!」

 振り回される斧をシールドでそらした美奈代が、シールドに装備していた斬艦刀を抜いた。

 突き技を繰り出した。

 敵は、その一撃を騎体をひねってかわす。

 それが、美奈代の狙い目だった。

「そこっ!」

 攻撃をかわすことで体勢を崩した敵に、再び斬艦刀の一撃が襲った。


「ぬぉっ!」

 その一撃をシールドで受け止めたガバラだったが―――


 ズンッ!!


 敵の一撃は、シールドを突き抜けた。


「何だと!?」

 シールドと左腕を突き抜けた白く輝く切っ先が自分めがけて襲いかかってくる。

「ぐっ!―――このおっ!」

 騎体胸部に切っ先が突き刺さったのを感じつつ、ガラバは自分のメースに剣を突き立てた相手を殺そうと藻掻いた。

 腕を動かし、メースを後退させることで、何とか胸に突き刺さった剣を抜こうとする。

 そして、


「俺一人が!この俺一人が死ぬことなんて―――あるもんかぁぁぁぁっっっ!」


 剣が抜けないと知るや、剣めがけて何度も斧を振り下ろした。

 斧が斬艦刀にぶつかる度、斧が砕けていく。

 それでも、ガラバは斧を振り下ろすのを止めようとはしない。


「俺は死なん!俺は死なんぞぉぉぉっっ!」


『ガラバ隊長!』

「カヤノ!お前は下がれっ!本部へ、本部へ―――!」


「ガラバ隊長!」

 カヤノの目の前で、ガラバの騎から巨大な剣が抜かれ、再び、深く、そして強く突き刺された。

 その衝撃か、ガラバの騎の足は宙に浮き、その手から斧の柄が落ちた。

 正面から撃ち込まれ、背を貫く剣は、間違いなくメースのコクピットを貫通していた。


「……なっ……」


 ガンッ!


 その音に気づいたカヤノは、さらに酷い光景を目にすることになる。

「ギーンさんっ!?」

 隊長騎が倒されたことで我を忘れたのか、反応が遅れたギーンの騎が、シールドと剣で上からの攻撃に備える姿勢をとっている。

 その前方では、ガバラを仕留めたデミ・メースが、ギーンを前に、何もしていない。

 いや。

 正面の騎は、巨大な剣を振り下ろした姿勢になっている。

「ギーン……さん?」

 呆然とするカヤノの目の前で、ギーンの騎が真っ二つになって崩れ落ちた。

「っ!!」


 ギーンを斬ったデミ・メースが立ち上がり、その視線を、カヤノに向けた。


「ほ、本部!本部!」

 カヤノは悲鳴を上げながら、本陣を呼び出す。

「こちら第189哨戒隊!敵のデミ・メースに襲われ、ガラバ、ギーン両名が戦死!」

『こちら本陣。すでに増援が動いている!かまわん!貴官は後退せよ!』

「了解!」


 後退せよ―――


 その命令がなければ、カヤノはそのまま、だまって敵に殺されていたかもしれない。


 今のカヤノに出来ること。

 それは、迫り来るデミ・メースに、


「このおっ!」


 攪乱爆弾ジャミング・ボム煙幕弾スモーク・グレネードをありったけ叩き付けるだけ。


 カヤノは一気に本陣に向けてメースを後退させた。



 あれが―――敵なんだ!

 

 カヤノは、背後から飛び来るMLをかわしつつ、自覚した。

 あれだけ、威張っていた。

 あれだけ、過去の武勲を自慢していた!

 それでも、こうもあっさりと死ぬ。

 死んでしまう!

 これが―――戦場なんだ!



 本陣が見えた所で、カヤノはメースを着地させた。

 相当な距離をメースが滑ったらしい。

 カヤノのメースの背後には、メースがほじくり返した跡が長々と残っている。

 一方、メース達が並ぶ陣では、次々とメース達が動き出している。

 味方の姿に安堵したカヤノは、その時初めて、自分が震えていることに気づいた。



「敵大規模部隊が接近中。どうします?」

「逃げます」

 美奈代はそう言うと、敵が迫り来る千曲川方面から背を向け、ブースターを全開にした。

「あれだけ敵がいるってわかっただけで、任務は終了したものと判断します」

「―――賢明です」

 牧野中尉は満足そうに頷くと、上空をみつめた。

 ―――まさか、准尉も。

 その高度1万メートルに何が潜んでいるか知っているのは、この場では彼女だけだ。

 ―――実は、自分がオトリだったなんて知ったら、どうするかしら?

 牧野中尉は、こっそりとメサイアの“眼”を上空に向けた。

 情報はMCLメサイア・コントローラー・ルーム内のみに限定。

 ―――いた。

 コンシールされたメサイア特有の空間の微弱なゆがみ。

 普通なら熟練のMCメサイアコントローラーでさえ見逃してしまうそんな現象を、牧野中尉は見逃さなかった。

 開発局のテスト用メサイア―――紅龍B。

 近衛軍の試作可変メサイアのベースモデルであり、あのFly rulerとは姉妹騎にあたる。 その騎に情報収集ポッドを満載し、美奈代達、つまり、自分達を見張っているのだ。

 理由は様々だ。

 自分達をオトリにして、魔族軍の展開に要する時間を測定したり、戦闘に必要な情報を確保したり、オトリが脱走しないように監視したり―――。


 脱走。


 そんな言葉が脳裏を横切った牧野中尉は、小さく笑った。

「大丈夫です」

 かつて、女として死んでも忘れられないほどの屈辱を与えてくれたその言葉。

「私……もう逃げませんから」

 牧野中尉は空に向かって小さく―――誓った。

「そう約束したじゃないですか……後藤中佐」


 美奈代達の背後で、上田市が遠ざかっていった。


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