表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/338

川中島撤退戦 第二話

 希望は淡い夢と消えた。

 ザッ!

 特務隊の背後を美奈代達の視線から覆い隠したのは、大型妖魔の群れだ。

 今までの中で最大規模の大型妖魔達の作り出した壁が、美奈代達の前に立ちはだかる。


「どけえっっっ!」

 美奈代はトリガーを引くが、


 Voooo……ガランッ!……ガラガガラガラッッッ……キュィン……


「弾が!?」


「機銃残弾切れ!パージ!」


 バンッ!


 爆破ボルトが作動、騎体から機関砲が落ちていく。

「火砲アウト!」

「斬艦刀を!」

「了解!」

 征龍改の右腕が斬艦刀をつかむ。

「このぉぉぉぉぉっ!」

 征龍改の一撃が、最前列にいた妖魔の脳天を砕き、その背を蹴りつけ、宙を舞った時だ。

ML(マジックレーザー)反応!」

 牧野少尉からの報告は、遅かった。

「なっ!?」

 ドンッ!

 左から来た攻撃が、征龍改のシールドを直撃。

 征龍改が吹き飛ばされた。

「ぐうっ!?」

 歯を食いしばって衝撃に耐えた美奈代だったが、征龍改は横を移動中の鳳龍に激突した。

「いっ……」

 大地に叩き付けられた騎体のあちこちからダメージを知らせる警報が鳴り響く。

 左側モニターは修正が追いつかないのか、ブラックアウトしたままだ。

 戦略モニター上の部隊は停止した。

「く……くそっ」

 騎体は動く。

 それだけで十分だ。

 自分のミスで、部隊を止めてしまった!

 美奈代には、それで十分だった。

「和泉っ!」

 都築の叫びと共に、鈍い衝撃が騎体を揺るがす。

 美奈代は知らないが、地面に転がった征龍改を踏みつぶそうとした大型妖魔を、都築が力任せに粉砕した衝撃だった。

「立てっ!」

 鳳龍が征龍改の腕を掴んで立ち上がらせる。

「左腕が無くても、戦えるだろう!?」

「なっ!?」

 美奈代は驚いてステイタスモニターを見た。


 喪失 左腕部

 喪失 シールド

 喪失

 喪失

 喪失



 喪失。


 その言葉がモニター上に並んでいる。


 腕がなくなった。

 戦う手段が減った。

「……うっ」

 震える手が、脱出装置のレバーを掴む。

 一瞬、パニックになりかけた美奈代を、現実にすがりつかせることに成功したのは、牧野少尉の怒鳴り声だ。

「准尉!まだやれますっ!」

 牧野少尉は怒鳴った。

「私とさくらが、どこまでも守りますっ!

 ―――私達を、信じてくださいっ!」

「そうだよ、マスター!」

 さくらの目は、いまだに戦いを諦めていない。

「まだ大丈夫!私、まだやれるよ!?」

「―――よしっ!」

 さくらの決意を秘めた目を見た美奈代は、征龍改を立ち上がらせ、斬艦刀を振った。


 美奈代達を包囲している大型妖魔の一体がその一撃で吹き飛ばされる。


「大丈夫か!?」

 征龍改の背後をガードするポジションについた都築が、

「負傷しているのか!?」

「大丈夫だ!戦闘は可能!」

「よし!それでこそ女房だ!」

「女房をこんな目にあわせておいて、亭主面するな!」

 美奈代は大型妖魔達に斬り込んでいった。

「あっ!おいっ!」

「全騎!和泉に続けっ!早瀬、宗像は和泉の横に出ろっ!」

「離婚だ!早瀬にくれてやるっ!」

「何っ!?都築、いつの間に!?」

「宗像、マジにとるな!和泉、いつ俺が!?」

「自分で考えろっ!」

「だから、そう熱くなるなっ!」


 片腕が無くても!


 美奈代は死にものぐるいで斬艦刀を振るい続けた。

 自分がパニックになっていることなんて気づきもしない。

 剣が唸るたびに、大型妖魔達の肉片が宙を舞い、断末魔の叫びが当たりにこだまする。

 それは、恐怖を知らないはずの大型妖魔達に、本能的なレベルで美奈代騎を襲うことを躊躇わせる。


 まさに鬼神の如き戦いを見せる美奈代は、内心で完全に焦っていた。


 なんてザマだ!

 真っ先に騎体を壊し、

 仲間を窮地に追いやるなんて!

 あってはならない!

 あってはならないことだ!


 それを―――


 それを私はっ!


 この失態、必ず帳尻を合わせるっ!


「准尉っ!」

「マスター!ダメッ!」

 牧野少尉とさくらの声さえ、今の美奈代には効果がない。

「右肘関節部が焼き付きます!」

「右腕がなくなったら!」

「うるさいっ!」

 美奈代は血走った目で怒鳴った。


「敵陣を突破しなくては!」


 それしかないのだ。


 斬艦刀で大型妖魔をなぎ払い、

 倒れた妖魔の分だけ開いた道を突き進む。



 そうでもしなければ……


 そうでもしなければ!


 みんなが死ぬ!


 それだけは……


 それだけは!!



「和泉っ!」

 二宮が怒鳴った。

「戦争を一人でやるつもりか!?」

「しかし!」

「貴様のせいで全滅してたまるか!和泉、中衛に入れ!早瀬、宗像、前面に出ろ!牧野中尉、これ以上和泉が暴れたら、コントロールを取り上げろ、指揮官命令だ!」

「―――くっ!」

「准尉―――悪く思わないでください」

 ピーッ。

 警告音と共に、モニター上にコントロールがMCメサイアコントローラーへ移管されたことが告げられた。

 モニターの全てが停止し、コクピットが真っ暗になる。

 その間に、牧野中尉のコントロールで騎体が後退、さつき達が前衛に出る。

「和泉……仲間を信じろ」宗像が言う。

「一人で全部抱え込むのが、おまえの悪い癖だ」

「和泉―――死に急いでるのは、あんただよ」

 さつきが努めて明るい声で言った。

「それじゃいけないって言ったのは、あんただよ!」




「……」

 コクピットでうつむいて歯を食いしばる美奈代の体が小刻みに震えている。


 ヒクッ……


「……マスター」

 おそるおそる近づいたさくらは、突然、自分の体を美奈代に抱きしめられたことに驚愕した。

「ま、マスター!?」

 びっくりした顔のさくらだったが、自分の服を何かが濡らしていることに、そして、それが何かを知り、言葉を失った。


 それは……美奈代の涙だった。


「さくら」

「うん」

 慈しみさえ浮かべたさくらが、そっと美奈代の頭に手を置いた。

「がんばったね。マスター……偉いっ!」

「……すまん。こんな……結果になるなんて」

 ステイタスモニター上の騎体はもうボロボロだ。

 喪失した左腕。

 加熱して焼き付く寸前の右腕。

 斬艦刀も使用限界に達している。

 冷静な時の美奈代なら、戦闘不能の判定を下す状況だ。


 冷静な状態。


 それは、今の美奈代には辛すぎるほど痛い言葉だ。


 戦場で自己を見失った者は死ぬ。

 だから、常に冷静たれ。


 その父の言葉が、

 それに背いたことが、

 美奈代を容赦なく追いつめる。

「大丈夫!」

 さくらは、そんな美奈代を励まそうと、元気いっぱいに言った。

「仲間を助けようって、頑張ったんだもんっ!さすが私のマスター!」

「……すまない」

 全ての緊張の糸が切れた美奈代は、声をあげて泣いた。

 入営以来、今まで、どんな苦難を前にしても泣いたことのなかった美奈代が、傷ついた征龍改の中で―――泣いたのだ。



「さあっ!美奈代がここまでやってくれたんだ!」

 さつきが震える声を気丈なまでに張り上げた。

「あとは私達が!」

「一緒に暴走しろ」

 宗像はそっけない。

「……とはいえ、確かに、よくやったよ」

 美奈代が斬り込んで切り倒した大型妖魔の数はかるく見積もっても10体や20体ではきかない。

 美奈代騎の通った後は無惨な妖魔の死骸だらけ。

 妖魔達の包囲網の半ば以上まで部隊がこれたのは、間違いなく美奈代の功績だ。

「あれを、冷静さを維持したままやってのけたら勲章モノだ」

「美奈代、あれで結構、熱血だから」

「さつきと同類か?」

「時々、シンパシー感じちゃう―――あんたもだけど」

「熱血青春時代のまっただ中だからな。教官にはわかるまいが」

「あははっ!言えてる言えてるっ!」


 軽口を叩きながら敵陣を切り開く二人。


「はぁっ!」

「ふんっ!」

 二人の気迫と共に振るわれる斬艦刀。

 敵は確実にその数を減らしていく。


 だが―――


 それさえ、敵の狙いだったと気づくのは、すぐのことだった。



「特務隊だ!このバカ!」

 戦隊長から通信が入った。

「遅れるなと言ったろう!?」

「あなた達が非常識すぎるんです!」

 二宮が部下をかばう。

「機動力が違うんですから!」

「ついてこいと上官が命じたら、ついてくるのが部下の務めだろうが!」

「リストラされたら絶対、再就職できないタイプの発言避けてくださいっ!」

「こっちも戻っている!」

「気にしてるなら直しなさいっ!」

「何の話だ!俺はお前の元彼だぞ!?」

「だから別れたのよっ!一週間も私の彼氏が勤まらなかった癖に!」

「一週間もったら奇跡だぜ!」


「右から来るっ!」

「側面より前方に火力を集中すればいいっ!都築、“クラッカー”を使えっ!」

 全員が戦闘不能になった和泉を守るために懸命に斬艦刀を振るい、血路を開こうとする。


 それを、戦場のすぐ近く。

 妖魔達になぎ倒されるのを免れた木の枝から見物している者がいた。

 妖魔達をメサイア達がなぎ倒し、妖魔達は開いた穴を数で塞ぐ。

 そんな攻防が続く光景を、ずっと見物していた。


「あっ」

 近くの廃墟で見つけてきたポテトチップスの袋に突っ込んだ手を止めた。

 妖魔の一部が、動きを変えた。

 メサイア達に群がる妖魔達とは違うその動き。

 それが、何を意味するか、はっきりとわかる。


「いけない」

 小さな影が、ポテトチップスの袋を放り捨てると、木の枝から飛び降り、宙に飛んだ。



「救援が来る!」


 救援。


 それが、全員の励みであり、希望になった。

 少しでも、

 少しでも、特務隊に、救援に近い場所へ!


 さつき達は斬艦刀を振るい続けたが―――

 MCメサイアコントローラー達が、ほぼ同時に、悲鳴に近い声をあげたのはその時だった。

「斬艦刀、コンデンサー供給出力低下!出力が維持出来ませんっ!」

「斬艦刀、使用限界、コンデンサーが!」

 見る間に斬艦刀の刀身を形作っていた光が失われていく。

「ちいっ!」

 斬艦刀の最後の力を使って、斬艦刀そのものを大型妖魔の体半ばまで突き立てた宗像は、そのまま斬艦刀を放棄、空いた右腕で実剣を掴み、居合いの一撃で別な大型妖魔を切り倒した。


 他の騎も、続々と斬艦刀を放棄し、実剣や光剣に主要武装を切り替える。


「斬艦刀の使用限界が早すぎる!」

「カタログスペックを維持出来ないなんて!」

 山崎と美晴は、斬艦刀を放棄すると、背面にマウントしていた長刀を装備、敵と渡り合った。

「敵の数が、大分に減ったみたいだけど―――」

 美晴には、そう見えた。



 何故、減った?


 その答えを真っ先に知ったのは、各メサイアのMCメサイアコントローラー達だ。


「敵、間合いをとっています!現状の敵による阻止線を突破すれば」


 つまり、半円の陣形を展開し、遠巻きになっている。


 何故?


 攻撃の可能性は?


 MCメサイアコントローラー達が、その結論に達するより早く、敵陣を突破するドアを叩いたのは、さつきだった。


 唐竹割の一撃を喰らった妖魔が倒れ、その背後に、月夜に照らし出された青白い暗闇が生じたのを、さつきは確かに見た。


「開いた!」

 感激のまなざしは、すぐに驚愕のそれにとって変わった。


 大型妖魔達。

 その額に生じる光を見たからだ。


「敵、大規模ML反応っ!」

 MCメサイアコントローラーからの悲鳴のような報告に、二宮はようやく合点がいった。

 ML(マジックレーザー)のエネルギーを収縮して、最大出力の一撃を、自分たちにお見舞いするつもりなんだと。

「和泉を吹き飛ばした一撃は、やつらの攻撃か!」


 そう。

 メサイアのシールドを腕ごと吹き飛ばした一撃。


 メサイアを蒸発させるあのサイの一撃に比べればたいしたことがないとはいえ、破壊力は圧倒的だ。それが最大出力で?

 そんな集中砲火を受けたら―――!


 敵は仲間を犠牲にしても、我々を殺すつもり。

 それはわかる。

 わからないのは、それをどうやって回避するか。


ML(マジックレーザー)でやれるか!?」

「はいっ!」

 二宮騎からML(マジックレーザー)が放たれるが、


 ビインッ!


 ML(マジックレーザー)は妖魔の前で弾かれた。


「敵、マジックシールド展開っ!」

「どこまで器用な奴らだ!?」

 それでなくても、周囲は敵だらけ。

 切り倒し続けなければ倒される。

 ML(マジックレーザー)攻撃を避けるには、周りが制限されすぎている。

 ここで死ぬか。

 ML(マジックレーザー)で蜂の巣にされるか。

 嫌な二択だが、どうしようもないのだ。

「特務隊は!?」

「間に合いませんっ!」

 妖魔達の前に生じている光が、より強くなる。

「―――くっ!」

 ここまで来て!

  二宮は、唇をかみしめながらその光を睨んだ。


 回避不能。


 全滅


 死


 そんな言葉が頭の中で駆け回る。



 そして―――





 ズンッ!



 幾重にもガードされたメサイアの目をしても、ホワイトアウトを免れなかったほどの強い光と激しい振動が、二宮達を襲った。

「くっ!?」

 思わず腕で目をかばい、その光と衝撃に耐える。

「な、何が!?」

 光が去り、元の暗闇が支配権を取り戻す。

「―――えっ?」

 二宮は、その光景に対して、やっと言えたのは、それだけ。

 それまで、居並んでいた大型妖魔達が、その姿を消していたのだ。

「ど、どこに!?」

「敵包囲網、全滅!」

 MCメサイアコントローラーからの報告に、二宮だけではなく、居合わせた全員が混乱した。

 いや。

 人間だけでなく、大型妖魔達までが動きを止めていた。

「な……何が?」

「周囲20キロ。移動した形跡なし。可能性は―――消滅」


 大型妖魔。

 全長数十メートルの大質量を消滅させた?


「馬鹿な!」

「隊長!」

 さつきが怒鳴った。

「その前に、周囲にコイツ等を!」

「はっ!そ、そうだな!」

 現実に立ち戻ったのがわずかに早かった人間達が、妖魔達に剣を振り上げた。




「……ふう」

 最後の一体が倒され、メサイア達が前進を開始。

 向こうには敵はいない。


 長野市方面からの増援に襲われる前に逃げ切れるだろう。


「やっぱり……」

 月夜に照らし出された銀色の髪が美しいまでに輝く。

 それを嫌うように、ウィンドブレーカーのフードをかぶる。

「サイクロトロン……発射の手間、どうにか考えないとなぁ……」


 マジックサーチャーやマジックレーダーから逃れる方法もとっていたから、メサイア達が気づくことはなかったろう。


 それにしても、


 新潟からの帰り道。


 久々に生きた人間と出会えたっていうのに、あんなモノに乗っているなんて。


「―――ま、いいか」

 ポケットから市販の地図を取り出し、月夜に照らす。

「お父さんも、何で歩いて帰ってこいなんていうんだろ。飛行やテレポート、なんで駄目なんだろ」

 あちこちに、人間以外の言葉で書き込みのある地図。

「えっと……今、川中島だから、明日にはたどり着くよね」


 ―――クゥッ


 お腹の鳴く音が小さく響く。


「お腹空いたな……」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ