川中島撤退戦 第一話
蛇とヒラメの間の子のような不気味な銀色の妖魔が夜空を舞い、
筆舌に尽くしがたい異形の存在が地を埋め尽くす。
美奈代達は、そんな世界のまっただ中にいた。
逃げ場は、どこにもない。
「戦隊長より戦隊各騎!」
八八特務隊長騎から通信が入った。
「国連軍が攻勢に出る!その隙に一丸となって敵陣を突破する!」
無茶だ。
美奈代はそう思った。
鳥井峠の時は、防御に徹した。
それでも、砲撃支援が無ければ、確実に全滅していたのだ。
今回は、戦況モニターに映し出される着弾予想地点は、自分達の展開地点を大きく外れている。
間違いなく、国連軍の展開は自分たちを支援するものじゃない。
つまり……
砲撃支援は―――ない。
「演技を終えた役者は舞台を去る―――何」
瀬音と呼ばれた男は、喉で笑いながら言った。
「俺達にゃ、観客の拍手の代わりに砲弾や牙が飛んでくるだけだよ」
「舞台じゃなくて人生の間違いでは?」
宗像はそう言うし、美奈代のその通りだと思う。
「最後は、妖魔に喰われて、クソになるのがお望みか?」
「い、いえ」
「あいにくだか、俺の場合、人生の最後は、美女とベッドで迎えると決めている」
「隊長、お供いたします」
「宗像だったな」
「はい」
「いい趣味だろう?」
「感涙です。山紫水明以上の何かを感じました」
「よろしい―――真理」
「はい」
「行くぞ?俺達“オールド・ガーズ”が先陣を勤める。ヒヨコが迷子にならないよう、しっかり保母さんやってくれよ?」
「了解です―――各騎!」
二宮が命じる。
「色魔共がお通りだ!背後につく!―――個人的に、近づくのさえ心底ごめんだが、やむをえない。伝染ったり、孕まされないよう、注意しろ!」
「おいおい、二宮さんよぉ!」
八八特務隊から抗議が入る。
「そりゃないぜ!」
「二十歳前の子供達の前で、過去の悪行の数々をばらされたいのですか!?」
「“内親王護衛隊”に入る前にゃ、ご同僚様だろう!?」
「今となっては過去の汚点ですっ!」
「クェッ……相変わらずだねぇ……」
「それによぉ……真理ちゃん」
「に・の・み・や・ちゅ・う・さ!!」
「八八特務隊にゃ、真理ちゃんの娘がいるんだぜ?」
「独立愚連隊とまで言われたあなた達の下に送られるなんて知っていたら、無理矢理にでも止めました!」
二宮はもう半泣きだ。
「天儀をお嫁にいけない体にしてないでしょうね!?」
「お姫様は俺達の女神様だぜ!?」
心外極まりない。という声があがった。
「そういうことだ」
戦隊長が騎を移動しながら、自信満々に言った。
「俺達は紳士なんだよ」
そうそう!
ゲヘヘヘッ
背筋の寒くなるような笑い声が戦隊長の言葉を認めるように響く。
「ど、どこが……」
二宮は心底信じられないという声だが、
「二宮教官」
特務隊側から聞こえてきた落ち着いた女性の声に二宮は言葉を止めた。
「お久しぶりです。天儀です―――大丈夫です」
鈴が転がったような、優雅ささえ感じられる声が二宮の怒りさえ打ち砕いた。
「みなさん、いい方々ばかりです」
うぉーっ!
背後で特務隊の面々が粗野な歓声を上げた。
「戦隊長がおっしゃるように、我々が先陣を勤めます。背中はお任せします」
「そういうこった!」
戦隊長騎が斬艦刀を抜いた。
「特務隊各騎、斬艦刀抜刀!戦隊陣形、楔!」
ちっ!
二宮の舌打ちを残して、特務隊が正面突撃に最も適した楔形陣形を組む。
「各騎、特務隊の後ろにつき、砲撃支援を実施する。火器は残弾終了次第、放棄してかまわん。斬艦刀他、適宜、武器の使用を許可」
「り、了解」
とはいえ、先程の強襲で残弾はかなり心許ない。
撃ちすぎた。
美奈代は内心で舌打ちした。
「各騎、ホバー移動。歩くなんて考えるな!速度が全てに勝る!突破が目的だ!」
「はいっ!」
八八特務隊戦隊長騎の右斜め後方、二番騎の位置についたのは、D-SEED。
祷子の騎だ。
動きには微塵の躊躇さえない。
「特務隊、花火を咲かせろ!」
背面に武装を持たないD-SEED以外の騎から、白煙と共に盛大な炎があがった。
30連サーモバリック弾頭ロケット弾発射筒が火を噴いたのだ。
包囲する敵陣、メサイア達の作り上げた楔の先で炎の壁が生まれた。
「続けぇっ!」
八八特務隊のメサイア角龍達が、その壁めがけて一斉に斬り込む。
「小隊、続けっ!」
二宮の号令にはじかれたように、美奈代は征龍改を前進させる。
「一体、ロケット弾の残弾がまだあんなに!」
「とっておきは最後までとっておくのが俺達の流儀だ!」
八八特務隊の誰かはわからないが、そんな怒鳴り声が美奈代の耳に入った。
「撤退も考えず、あんなにバカスカ使いやがって!」
「も、申し訳……」
「和泉、謝るな」二宮が冷たい口調で言った。
「我々に撃たせて、自分達の分を節約しただけだ」
「真理ちゃんは全てお見通しか」
戦隊長は、そう言って喉の奥で笑う。
敵は美奈代達の突撃に一瞬、ひるんだ様子だったが、すぐに防御陣形を作り上げた。
先頭は装甲に勝る大型妖魔。
その後方に弓兵を中心とする射撃部隊。
それを突破しても、同じように大型妖魔と弓兵の陣が待ちかまえる数段重ねの構えだ。
一陣を突破しても、安堵は出来ない。
移動速度が、時速に換算して数百キロに達した征龍改の前で、角龍達が四つ足の大型妖魔の頭部を斬艦刀で粉砕、その背を蹴って後陣へと躍り込む。
「なっ!?」
全く無駄のない機動に、美奈代は目を見張った。
速度が、まるで落ちていないのだ。
何もなかったように敵第一陣を乗り越えていく角龍達の機動はマネの出来る代物ではない。。
「こ、これがベテラン!?」
最前線たる第一陣を突破する特務隊に続く形で、美奈代達も大型妖魔を乗り越え、いまだもがくその背に火線を叩き付ける。
一瞬だけ、火線に砕かれる大型妖魔に視線を動かし、再び前を見た時―――
「うそっ!」
さつきが驚きの声を上げたのも無理はない。
特務隊はすでに第三陣まで食い込んでいたのだ。
「置いていかれる!」
美晴が悲鳴をあげた。
「なんて機動なの!?」
「各騎!」
二宮が怒鳴る。
「特務隊は、我々にパンくずだけ残してくれる!家にたどり着きたかったら、小鳥に食べられるなよ?」
「あれが小鳥ですか?」
「モノのたとえだ」
「道はすぐにふさがれる。パンくずが食べられたら、ふさがれるんだ!家に戻れないぞ!?」
Voooom!
二宮騎が機銃を乱射して、後方左右から襲う敵を阻止する。
「都築と和泉、前面に出ろ、早瀬と宗像は側面、柏、山崎は上空からの攻撃に備えろ。我々は殿をとる!」
「了解!」
美奈代は第二陣に開いた穴を埋めようとする妖魔達を次々とロックオンすると、トリガーを引いた。
「柏、山崎!上は任せた!」
「了解!榊少尉、移動はすべて任せます!FCSはすべて私に!―――山崎君!」
「はいっ!」
ギィンッ!
都築と美奈代、そして宗像が前面の敵にかかるべく、三騎で楔形の陣形をとるその背後で、美晴と山崎の騎が、突如、背後を向いた。
その腕が持つ銃口は、空を向く。
「―――墜ちろっ!」
ドドンッ!
美晴は、空に向けた散弾砲のトリガーを引いた。
散弾の破壊力はそう高くない。
面で敵を叩くだけが狙いの武器にすぎないが、上空を飛来する妖魔達には十分な効果があった。
ギャァァァァッ!
密集して襲いかかろうとした妖魔達は、襲い来る散弾に挽肉にされ、次々と地面へと落下していく。
ギャッ!?
上空から襲おうとした他の妖魔達も、突如、仲間に起きた出来事にひるんだ様子で、上空からの攻撃を一瞬、止めた。
美晴にとって、それで十分だった。
残弾は決して多くない。
だから、襲い来る敵を的確に殺すか、敵に攻撃そのものをやめさせられれば、それで良いのだ。
「山崎君っ!」
視線を空から移すことなく、怒鳴った美晴に、
「はいっ!」
山崎が短く答え、機体を旋回させる。
狙いは美奈代達の斜め前方。
何の躊躇もなく、山崎はトリガーを引いた。
ドンッ!
狙いを外さず、妖魔達が砕かれる。
「やる……」
美奈代が驚きを通り越してあきれた様な声になった。
「あいつら……いつの間に」
「感心している場合か!」
都築の怒鳴り声。
「前見てるか!?しゃんとしろっ!敵陣は目の前だぞ!」
「くっ!」
「山崎や柏だって、やるべきことやって、ここまで生き延びてきたんだ!努力が自分の専売特許だなんてタカくくってたんじゃないだろうな!?」
「―――ちっ!このバカにそこまで言われるとは!」
「何だとぉっ!?」
美奈代達が前面に出た大型妖魔を次々と火砲で吹き飛ばし、側面を宗像達が固め、そこを山崎と美晴が通る。
背後から追いすがる敵は全て二宮達が蹴散らす。
八騎が一体と化し、敵陣を突き破ろうとしている。
先行する特務隊の背後がようやく見えた。
家へと導いてくれる水先案内人にさえ見えるその背が、見えたのだ。
だが―――
「くそっ!」




