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鳥井峠防衛戦 第二話

 美奈代は残弾を確認した。

 残り二千発。

 すでに半分を使い果たしている。

 使い果たし終えれば―――白兵戦だ。


 メサイアとは全く勝手の違う敵。


 その敵を、今は砲撃で止めている。


 止められている。


 だが、弾薬が尽きれば―――


 美奈代は、射撃スピードを半分に落とし、弾薬の節約に入った。


『長野大尉!まだか!』

『山崎です。電圧がやっとあがりました!システム正常、射撃開始まで120秒!カウント、開始します!長野大尉、先に戻ってくださいっ!』

『わかった!編隊副長より各騎、敵の先陣はすでに距離500!白兵戦に備えろっ!』

「和泉了解!」

 目の前の敵に35ミリ砲弾が有効なのもそろそろ限界だ。

 斜面を登って攻めているせいか、敵は軽量な小型妖魔が先陣に出ている。

 重装甲を誇る大型妖魔は後陣。

 美奈代達は、その先陣を叩いているだけなのだ。

 先陣を全滅させた所で、大型妖魔達の分厚い皮膚に35ミリ砲弾は冗談でも有効とは思えない。


「11時方向!下から来るっ!」

「ちいっ!」

 美奈代は、斜面をはい上がってくる人間サイズの妖魔に照準を定め、トリガーを引いた。

 近くをかすめるだけで無事では済まない35ミリ砲弾が、妖魔達を肉塊へと変えてゆく。


 ピーッ!


 コクピットに被弾警告が響き渡ったのは、美奈代が新たな敵に向け、照準を定めようとした、まさにその時だ。

「くそっ!」

 美奈代は、とっさに騎体を伏せた。


 ドドンッ!!


 光のシャワーが伏せた美奈代の騎体の上空を通過していった。


 かつて、ステラ達が見たあの攻撃だ。


 メサイアすら蒸発させるほどの威力を誇る魔法攻撃―――。


 伏せるのが遅ければ、美奈代は体の一部さえ残すことが出来ずに消え去ったろう。

 かなり離れた場所を通過したのに、騎体表面の異常加熱警告が出た。


 ―――勝てるのか?


 美奈代は震える体を励起しつつ、それでも疑問に思わずにはいられない。


 ―――あんな、バケモノ相手に、勝てるのか?


『各騎、被害報告!』

『柏、無事です!』

『早瀬、被害無し!』

『和泉!』

「ぶ、無事ですっ!」

 美奈代は怒鳴ると同時に、機関砲を構え直した。


 残弾1500


 考えてもしかたないのだ。


 今は、やるしかない。


 やらなければ、勝つ負けるじゃなくて―――死ぬんだ!


 死にたくない!


 死にたくないっ!


 美奈代は機関砲で近づく敵を薙ぎ払い続ける。

 腰にマウントした手榴弾を投擲、敵を吹き飛ばすことにだけ専念する。

 前線の兵隊として、当然のことだけに専念する。


 残弾1000


『143号線に敵が集結中!』

『峠を越させるな!突破されたらアウトだぞ!』

『美奈代!敵がそっちにいく!』

「まかせろっ!」


 残弾500


『増援がそろそろだ!』二宮が怒鳴る。

『よくもたせた!』

 すでに敵はモニターを埋めつくばかりの勢いで、美奈代達を半分包囲下に置いていた。

 敵は引きつけた。


 後は―――


 『41式、射撃開始!』


 美奈代がその声を聞いたのは、機関砲の残弾が0になった、まさにその時だ。

 

 『よしっ!全騎、増援が弾薬を持ってくる!機関砲を排除パージするな!』


 あやうく、パージのレバーを引くところだった美奈代は、すんでの所でレバーを引かずに済んだ。


 キィィィィィィィッッッ!!


 山崎の騎体が構える長大な砲身から、そんな音が聞こえてくる。

 砲身が回転を開始した音だ。


 敵は面前だ。


 ―――間に合うのか?


 美奈代は、祈るような気持ちで山崎騎を見た。


 そして、


 DooooooM!!


 41式127ミリ機動多砲身重機関砲が火を吹いた。



 圧倒的


 その言葉がしっくり来ると、美奈代はそう思った。


 迫り来る妖魔達は、その火線に砕かれ、吹き飛ばされる。

 小型妖魔達を、その衝撃波で砕き、大型妖魔達に直撃して粉砕する。

 

 ―――勝てるか?


 否。


 妖魔達が文字通り粉砕される光景を前に、美奈代はすぐにそう結論づけた。


 モニター上の敵は射撃開始からすでに半数近くが反応を消している。


 ―――まだ、半分だ。


 敵は、損害を全く省みない様子で、斜面を登り続けてくる。


『各騎、接近する小型妖魔をMLマジックレーザーで仕留めろ!山崎、撃ち続けろっ!』

 二宮が山崎を叱咤する。

『大型妖魔だけでも潰せっ!―――各騎、砲撃支援が早まった!後、300秒だ!』

『増援が来た!』長野の声に、美奈代は思わず振り返った。


 スクリーンに映し出されたのは、斜面すれすれで接近する飛行艇。

 そして、それを護衛するように飛行する2騎のメサイアだった。


「味方?」

 美奈代は、その2騎共に、見覚えがなかった。



『こちらアエカ01、チックリーダー、スマン!遅れた!』

『よく来てくれた!』

 美奈代達の前で、飛行艇のコンテナベイが解放され、パラシュートのついた何かが落下を開始した。

 落下物の四辺に設置されたライトの弱々しい点滅だけが、落下ポイントを教えてくれる。

『荷物はこれだけだ。幸運を!』

『感謝する―――和泉、補給コンテナの回収急げっ!柏、早瀬はそのまま!』

「はっ、はいっ!」

 美奈代は、敵に背を向け、落下物、つまり、補給物質の詰まったコンテナの落下ポイントに向けて駆け出した。

『了解っ!』

『41式の弾薬はないんですかっ!?』

『そいつで終わりだっ!』

 二宮がそう怒鳴り終える直前、二宮騎は手にした速射砲を放棄。

 抜く手も見せずに抜きはなった刀で上空からの敵を一刀の元に斬り捨てた。

『くそっ!弾幕が薄ければこうなる!―――覚えておきなさいっ!敵は地面を這ってばかりは来ない!』

「はいっ!」

 返事をしつつ、美奈代は背後から敵が襲ってこないことだけを願って、コンテナに迫る。

 その横を、二騎のメサイアがすり抜けていった。

 共に白いメサイアが、敵に向かって進んでいく。

「穴を埋めてくれるのか!?」

『任せろ!』

 教官騎を含む編隊所属騎を駆る騎士とは違う声が、美奈代の耳に届いた。

『和泉、コンテナ開放の仕方、知っているな!?』

「都築!それに―――宗像!?」

 そう。

 つい数時間前に別れたはずの仲間の声だった。

『俺達じゃご不満かよ!』

『キャンセルは出来んぞ!?―――教官、宗像です!』

『二宮だ!よく戻ってきた!―――ま、待て!』

 二宮騎の真横に着陸した白い騎体。

 その背に背負われたタンクと、巨大なホースでつながれた長いノズル。

 丁度、巨大な掃除機を背負ったような騎体は、二宮にとって、嫌でも思い出のある存在だった。

『って言って、お前、その騎体はどうした!?それは親王護衛隊レイナ・ガーズ専用の』

『はい、“S3”です』


 MDIJα-015-S3「幻龍改 アリア」

 別名・S3(エススリー)。

 指揮官騎兼特別部隊向け専用騎であり、戦場に出ることが多い麗菜殿下の護衛部隊(別名レイナ・ガーズ)向けに開発された特殊騎だ。

 今、二宮が駆る幻龍をさらにパワーアップさせた幻龍改をさらに強化した、この時点で一般騎士の駆ることが出来る最強の騎と言える。


 ……つまり、候補生にすぎない宗像の駆ることが許される騎ではない。


『どうしてそれに乗っている?』

『餞別にもらってきました―――ってのは冗談で』

 宗像騎が、掃除機のノズルにあたる部分を敵に向けた。

『麗菜殿下直々に命令されました。この騎を貸してやるから、実戦における二宮教官のお墨付きと、折り紙と、のし紙つけて出直してこいと―――都築、用意出来ているな!?広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムだ!』

『殿下が!?っていうか、各騎!対閃光防御!』


 二宮が怒鳴った途端、ノズルから閃光に近い光が放出された。


 シュワッ!


 背筋の寒くなるような音と共にはき出された音。そして、辺りを真っ白に照らし出す閃光―――そして、灼熱の炎が、敵を襲った。


 山間部の斜面を登り、接近戦を挑みかけていた妖魔達は、メサイアの作り出した地獄の炎に、ある者は焼き尽くされ、ある者は火だるまになって転げ回った。


『41式の射撃手、山崎だな!?残弾は!?』

 火炎を操る宗像の問いに、山崎が即座に答える。

『あと―――500発!』

『後方の重装備をやれ!前衛には我々が片づける!』

 それまで、近づく敵にまんべんなく展開していた火線が、かなり離れた場所めがけて移動したのを確認した宗像は、そこで思い出したように言った。

『教官、それでいいですね?』


『文句はないと、言いたいが―――』


 ズンッ!


 二宮騎が、宗像騎の頭上に襲いかかってきた敵を剣の一撃で切り倒し、

『礼にとっておけ!―――頭上がおろそか過ぎる!これでは、折り紙どころか、のし紙もやれん!』

 あくまで教官としての態度を崩しはしない。


 その二宮に、宗像は、舌打ちしながら答えた。

『チッ……感謝―――します』





「やっ、やっと着いた……」

 コンテナを担いだ美奈代騎が皆とようやく合流した。

 パラシュートは何の意味もなさず、加えて斜面に落下したものだから、そのまま斜面を転げ落ちていった以上、美奈代が関節への負荷を覚悟の上でコンテナを担いで斜面を登りきるハメになったのだ。

「関節への負担は?」

「軽微」

「了解―――ったく、何よ」

 美奈代は、二宮達の後ろでコンテナを下ろし、そのハッチを開放しながらぼやいた。

「肝心なところで役に立たないなんて―――まるで都築じゃないか」

『なんだとぉっ!?』

 宗像騎の横で火炎を操っていた都築騎から怒鳴り声が届いた。

『和泉、てめぇ!今、何つった!?』

「っていうか、二人とも」

 美奈代は、前面で仁王立ちになって広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムを操る宗像達に言った。

「そんなに仁王立ちになると―――危ないぞ?」


 ドンッ!


 美奈代の言葉を証明するといわんばかりのマジックレーザー攻撃が、二騎をかすめた。


 いや、一発が都築騎のシールド表面を融解させながらかすり、その衝撃で都築騎は大きくバランスを崩した。

『痛ぇ!熱ちぃっ!くそぉっ!―――うわっ、たたたっ!』

 二宮騎と長野騎に支えられて、ようやく転倒を避けた都築騎が広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムを構え直して敵に立ちはだかった。

『くそっ、やりやがったなぁ!?』

『都築!熱くなるな!』という二宮の警告も、どうやら都築には聞こえていない。

『くたばれ!この○○共っ!』

『ちょっ!都築っ、止めてよ!』

 美奈代騎の投げた弾薬ケースを片手で受け取ったさつきの言葉に、美奈代は小さくため息をついた。

「教官、35ミリです。早瀬、放っておけ」

『そんなそっけない!』

「トリガーハッピーの単細胞に、落ち着くなんて言葉、最初から知らないんだから」

『い……言いやがったな!?』

「本当のことだろうが―――悔しかったら、冷静沈着な行動ってのをとってみろ」

『や……やってやろうじゃねぇか』

 都築の声が怒りに震えているのが、美奈代には手に取るようにわかる。

「出来もしないことを出来るなんて言うな」

『やれるさ!』

 都築はムキになって答え、騎体をなるべく低い体勢に移した。

『見てろよ!?』

「ああ―――せいぜい、やってみろ」

『ゴ○ゴ13並の俺の冷静さ、見せてやらぁっ!』

「……言ってる時点で熱すぎるって」



 全騎に35ミリ機関砲の弾帯を渡し終えた美奈代は、自騎の機関砲に35ミリの弾帯を装填、チャージングを開始した。

『和泉』

 その美奈代に、心底感心した様子の二宮からの通信が入った。

『参考にさせてもらう―――いろんな意味で』

「それはどうも」

 チャージングの完了を示すランプを確認した美奈代は、騎の体勢を低くして前面に移動を開始する。

『……和泉』

 その美奈代に、さつき達からも賞賛の声が上がるが、

『負けないからね』という、さつきの声は、正直、素直に喜べない。


 一方、肝心都築は、シールドを楯として地面に突き刺し、それを二脚代わりにして広域火焔掃射装置スイーパーズフレイムを操作しつつ、メサイアに装備された火砲で敵を掃討しつつあった。

 マジックレーザーの攻撃は、即座に伏せることで対応。上空からの攻撃でさえ、シールドを巧みに使いこなすことで巧みに回避している。


「大型、来るぞ!和泉、予備タンクをくれっ!」

『ええいっ!指揮官は私だ!編隊各騎、大型でも動きは鋭い!突撃ラッシュに注意!受け止めようなんて考えるな!?いくらメサイアでももたんぞ!』

「了解っ!」

 すでに大型妖魔達が美奈代達に向かって突撃しつつある。

 その振動だけで足下が揺れ、照準が狂う。


 ―――す、すごい。


 美奈代は、心底、そう思った。


 醜悪な姿とは思う。

 だが、その醜悪な存在が群れとなって突撃する姿は、むしろ壮観でさえある。


 恐らく、人類の誰も見たことのない、この光景。


 それを、自分は見ているのだ。


『和泉っ!』

 さつきの怒鳴り声がなければ、和泉は死ぬまでその光景に魅入っていたかもしれない。

『撃って!撃ってよ!』

『ただでさえ、弾幕薄いんだからぁっ!』

「り、了解っ!」

「照準は3番から!」

「あれか―――当たれっ!」

 ドンッ!

 35ミリ砲とは異なる重い衝撃が、肩部を疑似感覚として襲う。

 それに耐えながら、美奈代は着弾を確認した。

 サイのバケモノの眉間に当たった、完璧に近い直撃。

 それなのに―――

「ダメか!?」

「一発じゃ無理!」

 MCメサイアコントローラーからの怒鳴り声に、美奈代は慌てて照準を取り直し、トリガーを引き直す。

 3発目を受けた目標が、ようやくその動きを止めた。


「3発も必要なの!?」

 127ミリ砲弾の直撃なんて、戦車でも無事では済まない。

 それでようやく仕留められたのだ。


「なんて奴だ!」

「相手はバケモノなんですよ!?」

「次、照準は!」

『編隊指揮官より編隊各騎!後方の砲撃が開始された!』

『砲撃規模はどのくらいですか!?』

『砲兵4個大隊だ。かなりのが来るぞ!砲撃支援 着弾30秒前!』

 戦況を示す映像には、砲撃ポイントがグリーンの点滅で表されている。

 自分達は、その範囲に含まれているのだ。


 つまり、砲撃は、自分達さえ巻き添えにする恐れがある。


 美奈代は、教えられた体勢をとるべく、騎体を動かし始めた。


『各騎、防御態勢とりつつ応戦!』

「了解!」

 二宮の命令に答えつつ、美奈代は騎体を寝そべらせ、伏射姿勢をとりつつ、シールドを背に回す。

 砲弾の破片、最悪、直撃からメサイアを守るためだ。


 敵は自分達に向けて進撃をやめようとしない。


 1個大隊で155ミリ砲が約20門として、約80門。


 ―――何とかなるかな。


 美奈代は、祈るような気持ちで、目の前のカウントが0になるのを待った。



 そして―――



 激震が、美奈代達を襲った。




 空気が壁となって襲いかかる感覚。


 美奈代はメサイアのコクピットで、それがどういう感覚かを知った。


 演習で味わった、あの155ミリ砲の至近弾の着弾の衝撃と変わることはない。

 だから、砲撃なんて平気だ。

 美奈代は、最初こそ、そう思ってタカをくくっていたのだが―――。


「な、何よこれっ!?」

 舌を噛まないように苦心しつつ、思わず言わずにはいられない。

 砲撃によるノイズが酷すぎて、無線から入ってくる二宮達の声も、何を言っているのかわからないが、それでも明らかに狼狽だけは伝わってくる。


 二宮教官でさえ知らない何かが、敵に襲いかかってきていることは確かだ。

 美奈代はそう判断した。


 では何だ?


 美奈代の目の前で、柏美晴の騎が頭を上げようとするのを、横にいた長野教官騎が引き倒した。

 二宮教官騎は、しきりに左手を前に倒しては起こす、“伏せろ”の指示を繰り返している。


「少尉、聞こえますか?」

 美奈代は、MCメサイアコントローラーに問いかけた。

「情報を下さい」

「了解」

 数瞬の後、目前に表された情報に、美奈代は刮目した。

「155ミリ砲に加えて―――2800ミリと4000ミリ!?」

「そうです」

「そんなモノ、どこに据え付けられているんですか?艦砲の口径ですよ?」

「列車砲です」

「列車砲?」

「そうです。鉄道の車体に搭載された砲―――ご存じありません?」

「欧州の沿岸防衛砲として若干残っていると聞いていましたが」

「―――まぁ、今はこの砲撃が去るのを待つしかないから、教えてあげます。

 帝國では、未だに配備が続いています。

 理由?

 ここまで発展した鉄道網を利用しない手はない。

 まさにその一点につきます。

 ですから、新幹線規格からローカル鉄道の規格まで、各種砲が全国で300門以上配備されています」

「そう、何ですか?」

「……和泉候補生?」

「はい?」

「座学で習っているはずです―――説明、私が担当しましたから」

「え゛っ!?」

「―――和泉候補生の居眠り発覚につき、評価減点の必要あり。っと」

「少尉ぃぃぃっ!」

「冗談はさておき」

「どこまで冗談なんですか?」

「下手なツッコミは命取りですよ?」

「黙りますけど、どこから撃ってるんですか?」

「安中榛名あたりかしら?弾道からすればそっちから。三式―――つまり、一般規格は、吾妻線にでも入っていますね」

「弾種は?」

「着弾音から判断して榴弾と、一部徹甲弾まで使われてます―――陸軍の鉄道砲兵隊、かなり頑張ってますね」

「あと、どれくらい続くんですか?」

「音が消えれば、終わったと思ってください」




 155ミリ砲

 28センチ列車砲

 40センチ列車砲

 これらによる深夜3時間に及ぶ砲撃の結果。

 国鉄には、数知れない抗議の電話がひっきりなしにかかり、鳥井峠周辺は地形が変わった。



 敵は壊滅的損害を被り、撤収。

 美奈代達が自分達の勝利を知ったのは、午前7時を回ってからだった。


 一面の雪化粧だったろう山々は今や黒こげの山肌をさらし、木々は砕かれ、煙をくすぶらせている。


『状況グリーン。全騎、戦闘態勢解除、警戒シフトへ移行』

 二宮からの指示を、砲撃の悪影響で耳が痛む美奈代は、やっと聞き取れた。

「和泉了解。教官、それで碓氷峠方面は?」

『作戦は成功。米軍主力はもう少しで佐久市内に入る。碓氷峠を突破して以来、満足な抵抗を受けていないそうだ』

 ほうっ。

 美奈代は無意識に安堵のため息をついた。

 喉が張り付いたように痛むのに気づいたのは、その時だ。

 コクピットの空気が肺を腐らせるような錯覚さえ覚えてしまう。

「教官、外気吸っても良いですか?」

『許可する―――ただし』

「えっ?」

『全騎担当MC、近隣僚騎をサーチ。各関節部等に妖魔が潜んでいる可能性がある。サーチ完了騎から外気を吸って良し』

 美奈代は感心した様子で頷き、MCの言葉を待った。

「和泉候補生―――大丈夫です」

「ありがとうございます」

 美奈代はハッチを開けた。

 

 スクリーン越しと同じはずなのに、実際に見るとどこか違う光景を、美奈代はただ、じっと見つめた。


 あの暗闇。


 無数の妖魔達。


 そして―――この光景。


 これが、戦場なんだ。


 そう思うしかない。


 ただ、納得出来ないのは、ここが自分の祖国だということだ。


 昨晩は、あちこちで戦闘が開始された。

 碓氷峠は勝ち戦。


 みんな、無事なのか?


 美奈代は、コクピットに戻り、二宮との通信を開いた。



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