さつきの決断
●太平洋上空
日本晴れ。
そんな言葉がぴったり来る雲一つ無い空を飛行するのは、雛鎧。
そのコクピットに収まるのは美奈代だ。
どこまでも、永遠に広がっているかの如き蒼穹の空が世界を包む。
メサイアに搭乗して以来、最も難しいが、一番楽しみなのが、この飛行訓練だ。
高いところは苦手だが、ここまで高くなれば勝手が違う。
海軍の航空隊にでも志願しておけばよかったな。
美奈代は、ふと、身勝手なことを考えた。
「景色に見取れている場合じゃありませんよ?」
MCの牧野中尉は言った。
「飛行訓練中です」
「……よくわかりますね」
「まぁ、不幸中の幸いは」
牧野中尉は言った。
「都築候補生が釈放されることですか」
「……そうですね」
美奈代は、牧野中尉の言葉に、昨晩のちょっとした騒ぎを思い出した。
深夜、二宮が突然ミーティングを行うと言い出し、美奈代達を集めたが、何故かさつきが出てこなかった。
部屋はものけの空。トイレにもいない。
他に行くところはない。
どこへ行った?と皆が首を傾げていた時、ブリーフィングルームのインターフォンが鳴った。
二宮宛の内線。
呼び出したのは、憲兵隊だ。
―――お宅の教え子を捕まえたから引き取りに来てくれ。
さつきが何故捕まったか?
憲兵隊取調室で、廊下にいても聞こえるほどの大音声で二宮に怒鳴られたさつきが白状したところによれば、都築に差し入れをしたかったというのだ。
深夜、灯火管制もあるから、闇夜に紛れて動けばばれないだろうと決行に及んだが、まさかその直後に自分に出頭命令が下り、結果、士官一名所在不明で憲兵隊が動くとは予想さえ出来なかったという。
さつきの不運としか言い様がない。
新潟の家族全員が“死者の樹”のオゾン被害で死んだ。
さつきによれば、傷心の自分を親身になって心配してくれた。
上官に、仇討ちの機会を求めてもくれた。
それが都築だ。
しかも、都築はその結果として、営倉送りになった。
何とか、せめてお礼だけでも言いたい。
さつきはその一心で営倉にむかい、捕まったのだ。
―――反逆、その他危険はなし。
憲兵隊にかなり頭を下げた二宮と長野のおかげで、事態はもみ消されることになったが、さつきは一晩、自室で謹慎処分になった。
目の辺りを真っ赤にして俯くさつきが、美奈代達の前を二宮に付き添われて部屋に向かう。
そんなさつきに、美奈代はかけるべき言葉さえ思い浮かべることが出来なかった。
「―――ま、女心だな」
騒ぎが一段落した後、美奈代相手に宗像が言った。
場所は宗像に割り当てられた個室。
何故かダブルベッドなのが気になるが、美奈代は奨められたパイプ椅子に腰を下ろし、コーヒーをもらった。
「そうだな」
コーヒーをすすりながら、美奈代は頷いた。
あまりのことに眠気が吹き飛んでいた。
このまま部屋に戻っても眠れそうになかった。
「惚れた弱みだな」
ブッ!
その言葉に、美奈代は思わずコーヒーを吹き出し、激しくむせた。
「熱くなかったか?」
吹き出したせいでカップから派手に飛び散ったコーヒーを顔や腕に派手に浴びた美奈代がその場でのたうち回る。
「キープ君にライバル出現でパニックになるのはわかるが」
タオルを渡しながら、あきれ顔の宗像が言った。
「そこまで派手に反応することもあるまい」
「誰がだ!」
美奈代がタオルで顔を拭いながら言った。
「な……何?早瀬って、都築のこと」
「気づかなかったのか?」
宗像は信じられない。という顔で美奈代の顔を見た。
「あれほど都築にモーションかけていながら」
「……かけていたのか?」
美奈代は記憶を探したが、心当たりがなかった。
「……ああ、すまん」
宗像が軽く片手で拝むような仕草をした。
「よく考えれば、お前が知らないのは当然だ。さつきはお前に遠慮して、お前のいないところでいろいろと」
「……何していたんだ?」
「都築に差し入れとしてにぎり飯作っていったり」
「ど……どこで材料を手にれたんだ?」
美奈代には、全く想像がつかない。
食事がちゃんととれるのは、食堂だけだ。
はっきり、飲み物以外、間食が出来る環境はない。
自分の飯を確保するだけで精一杯なのに、一体、どうやって?
その疑問に、宗像が答えた。
「最初は、自分の分をこっそりさらしに隠していたが、食堂のオバちゃんが気づいて、それ以来、オバちゃんにわけてもらっていたんだ」
「それを都築が?」
「あいつも大食らいだからな。疲れた。か、腹減った。があいつの定番の文句だろうが」
「……」
「自分の食事を削ってまで、あるいは危険を冒してまで……」
「で、でも……都築もよく」
「さつきも、あの性格だ。“自分も食べるから、あんたも食べなよ”と誘っていたんだよ」
「……」
「女として負けた。と思ったろ?」
「うっ!」
「マッサージまでしていたからな」
「マッサージ?」
「……」
「……」
「どういうマッサージを連想した?」
「宗像っ!」
それが前日のこと。
おかげで寝不足で眠い。
さつきなんて一睡も出来なかったろう。
朝食の時には「ドジっちゃった♪」と普段通りのサバサバした顔をしていた。
二宮もあえて昨晩のことに触れようとしない。
それが、美奈代には有り難かった。
「1000からは模擬演習訓練です。模擬戦の相手は」
牧野中尉が言った。
「早瀬候補生です」
●近衛軍演習場
二宮に言わせると“落とし前”。
それが、この模擬戦だ。
一人一人と3回戦勝負。
全員から3回の勝ちをとるまで終わらせない。
それを聞いた時、美奈代は、“ちょっと待て”と本気で思った。
一対一の勝負を一回やるだけでも、かなり体力と精神力を消耗する。
ジョイスティックを動かして終わりのゲームではない。
演習弾やレーザーで命中判定を行うのではない。
実際に殴れば装甲が凹むどころでは済まない模擬刀を使用しての戦闘だ。
下手すれば、死人も出る。
それがメサイアの模擬戦だ。
美奈代・宗像・美晴・山崎……1人3セットで12回渡り合えというのか?
演習場に移動した美奈代は、すこし離れた場所に停車している指揮車両を見た。
中には二宮達が乗って演習の様子を見守っているのだ。
―――教官は、事故に見せかけて早瀬を殺そうとしているんじゃないか?
美奈代はそう思った。
疲労のあまり発生した事故は、丁度良い言い逃れだろう。
―――冗談じゃない。
美奈代はそう思った。
さつきの演習相手一番手は宗像だった。
演習用の長刀と楯を装備した宗像騎と対峙するさつき騎。
しかし、その騎は、演習用の槍を装備しているが、楯を装備していない。
槍一本しか、さつき騎は装備していない。
―――正気か?
槍の穂先をゆったりと下げた姿勢のさつき騎は、美奈代の目には驚くほど自然体に写る。
気負いもなにもない。
まるでその辺を散歩しているような錯覚を受けるほど、落ち着き払っている。
「いいのか?早瀬」
「いつでもおいで」
宗像とさつきの間で、そんなやりとりが交わされている。
「攻撃が命中した方が負け。そういうことだよね?」
「ああ」
「ねえ宗像」
さつきは楽しげに言った。
「カケしない?」
「賭け?」
「私が勝ったら言うこと聞く」
「負けたら私にどんなこと要求されるかわかってるんだろうな?」
宗像は、どこか楽しげにそう訊ねた。
「おっけ♪」
「―――のった」
ダンッ!
美奈代達の前で、長刀と楯を構えた宗像騎が突撃。阻止すべく、さつき騎が鋭い槍の一撃を繰り出す。
宗像騎が、即座に槍の穂先を弾き、さつき騎の懐に飛び込もうとする。
すくい上げるように振られた刀が槍を弾き、槍が上に跳ね上げられる。
宗像騎は、すでに槍の内側に入り込んでいた。
―――宗像の勝ちだ。
美奈代はそう思った。
ガンッ!
その音で、勝負がついた。
「判定 胸部大破―――勝者、早瀬」
二宮の声が通信装置に入った。
「―――え?」
美奈代には、何が起きたかわからなかった。
槍は弾かれ、楯を持たないさつき騎に宗像騎を阻止することは出来ないはずだ。
「って……な、何が?」
通信モニター上の宗像も、信じられないと言う顔になっていた。
「どう?宗像」
さつきはむしろ楽しげに訊ねた。
「もう終わり?」
「―――まだだ!」
宗像は頭に血が上っていることを自覚していた。
はっきり言う。
宗像は、さつきを自分より格下の弱い存在と見なしていた。
その弱い存在に、一矢報いることもなく倒されたことは、宗像のプライドをかなり傷つけた。
自分より格下に、例え演習でも敗北することは、宗像にとって耐えられることではない。
弾かれた槍を即座にひっこめ、突き技で来たことはすぐにわかった。
ただ、その速度に速さに、体が反応しきれなかっただけだ。
「二回目―――いくぞっ!」
「あいよ」
間合いを取り直し、再び突撃する宗像。
その宗像騎を槍の突き技が襲う。
「くっ!」
紙一重でかわし、懐を目指す宗像騎を接近させまいとするさつき騎からは、弾丸のような突きの連続技が繰り出される。
槍の穂先が弾丸のように回転して見える。
その手数の多さに、宗像は接近することが出来ない。
楯を前面に出しそうとすれば、足を狙ってくる。
足を守ろうと楯を下げれば、頭部を槍がかすめていく。
接近すれば接近したで、遠ざかれば遠ざかったで、決して槍の突きが鈍ることはない。
距離を完全に無視した格好で、宗像は槍に翻弄されていく。
致命傷ではないという理由なんだろう。
槍がかする度に、宗像の騎体に傷が付く。
その瞬間の鈍い音が、宗像の神経を逆撫でする。
「このおっ!」
完全に熱くなった宗像は、突き出された槍めがけてシールドで殴りかかった。
ガンッ!
シールドが槍に命中。そのショックはかなり大きかったらしい。
真横に飛ばされそうになった槍を抑えようと踏ん張ったため、さつき騎のバランスが大きく崩れた。
「―――そこっ!」
ついに剣のリーチにさつき騎をとらえた。
槍は宗像騎から見て真横を向いている。
槍を引っ込めて繰り出すより先に仕留められる!
宗像は必殺の念を込め、長刀を振り下ろそうとして―――
ブンッ!
真横から襲ってきた一撃をかろうじてかわした。
「なっ!?」
槍の柄の一撃だ。
さつきは、槍を一回転させて宗像を襲った。
攻撃のタイミングを失った宗像騎を、再び槍の一撃が襲った。
●研修センター食堂
「全戦全勝♪」
せしめたデザートをほおばりながら、さつきは楽しげにVサインを出した。
「……」
「何?」
さつきが覗き込むような仕草で、目の前の宗像を見た。
「負けたのが、そんなに悔しい?」
「……別に」
宗像は額に青筋を立てながら、そっぽをむいた。
その仕草が、宗像の今の心情を語っている。
「ふぅん?」
さすがに気分がいいんだろう。
ニマニマとした顔でさつきが何度も頷いた。
「さすがですねぇ」
美晴は感心した声をあげた。
「宝蔵院流槍術―――噂には聞いていましたけど」
「美晴の鈴鹿流薙刀術もかなりだよ」
さつきは言った。
「三度目は正直、ヤバかった」
「それにしても」
何故かげんなりしているのは、美奈代だ。
実際、さつきに勝ったのは美奈代だけといっていい。
だが、
「教官から勝ち星取り上げられたの、そんなに残念だった?」
「……いや」
何故か美奈代はしきりに足を押さえていた。
「装甲板の上に正座させられて説教じゃ、さすがに……」
「あの装甲って三角形の木を並べたようなものですから、正座なんてしたら……痛いでしょう」
「山崎君の言うとおりだよ。いくらそこに正座しろっていわれたからって、あんな所に正座するなんて」
「すぐ終わると思ったんだ……」
美奈代が怒られた理由。
それは、美奈代の戦い方にあった。
一回戦で、美奈代は、即座に突き出された槍を腋に挟み込んで突き技でさつき騎を仕留めた。
二回戦、美奈代は足を狙った槍をシールドで地面に叩き付け、タックルする要領でさつき騎に襲いかかり、居合いの一撃で仕留めた。
三回戦、突き出された槍を掴むと、そのまま後ろに引っ張り、バランスを崩したさつき騎を逆袈裟切りに斬って仕留めた。
脇に挟まれた際に変形し、或いは地面に叩き付けられてへしゃげ、力任せに握りしめたせいで潰れたりと、美奈代がメサイアのパワーを省みないことをしでかしたそのおかげで、模擬槍三本が使い物にならなくなった。
美奈代は、これで怒られたのだ。
演習前に渡された交戦規則には、しっかりと書かれていた。
・相手の武器を掴むなどして武器を使用不能にすることは禁止する。
・武器破壊攻撃は、これを禁止する。
「書類をよく読めと、何度言ったらわかるっ!って、二宮教官、カンカンでしたもんね」
「柏……知っていたら止めてくれ」
「実戦なら絶対勝っていたと思うけどさ……まぁ、とにかく」
早瀬は宗像に言った。
「カケは私の勝ち。いいわね?」
宗像は憮然としてそれに頷いた。
「―――女に二言はない」
●研修センター 宗像の部屋
宗像に呼び出された美奈代は、宗像の部屋に入った。
「来たか」
「どうした?」
何度か来ているので、慣れていることもあるんだろう。
美奈代はパイプ椅子に勝手に座った。
時間は午後8時。
美奈代は何故か、しきりに時計を気にしている。
「飲むか?」
宗像は、ベッドの下からポケット瓶を取り出した。
「ち、ちょっと待て!」
美奈代はびっくりして止めた。
「お前、未成年だろうが!」
「固いこと言うな。寝酒は子供でも飲むだろう?」
「訳ないだろうが!兵営内は禁酒だ!教官にバレたら大目玉だぞ!?」
「こっちのブランデーは二宮教官、こっちのウイスキーは長野教官からまきあげた」
「―――は?」
「二宮教官達と、カケをしたんだ」
「お、お前」
「乗ったのは向こうだぞ」
「……何を賭けたんだ」
「さつき相手にお前が勝つ方にさ」
「―――へ?」
「相手は宝蔵院流槍術の使い手。いいか?槍術使いってのは、剣術より遙かに実戦では強い。しかもあいつ……さつきは小学校から数えて10年連続で全国大会一位の伝説を作った女槍術使いだ」
「……お前」
「私も……立ち会った時点で、負けは覚悟していた」
二宮はポケット瓶のふたを開けると、まるで舐めるように飲んだ。
「……さすがにいい酒を飲むな。内親王護衛隊のうわばみの異名を持つだけはある」
「だが、私は負けたんだぞ?」
「実戦なら、勝っていたのはお前だ」
宗像は言った。
「私は教官とのカケに条件をつけた。“メサイア乗りとして、実戦の視点から見て、和泉が勝てるか賭けませんか?”とな」
「……あの二人は?」
「負けに賭けた」
「……っ」
「ストレートよりロックが似合うな……そう怒るな」
冷蔵庫を開けながら宗像は言った。
「二宮教官達は、そっちに賭けるしかなかったんだ」
「え?」
「入営前、スカウトで二宮教官と長野教官はさつきを訊ねたことがある。さつきの家の道場でさつきの槍術を確かめるためにな。そこでボロ負けしたんだ」
「……早瀬が?」
「柏の薙刀も同じだ。あっちも全国大会出場回数は5回以上だ」
宗像は、冷蔵庫の中にあった氷を入れたグラスに注意深くウィスキーを入れる。
「自分達が負けた相手だ。ここでお前が勝つ方に賭けたとなれば、二人はお前より弱いと宣言するのと同じだ」
「……」
「ま、無論、剣同士の勝負なら、私は絶対に誰にも負けないが」
「否定しないさ―――で?」
「ん?」
「その話をするために、私を呼んだのか?」
「都築が8時に営倉から出されたのは知っているな?」
「―――ああ」
「どうする?」
「とりあえず、様子を見に行こうかと」
「それでそんなにソワソワしているのか?」
「……っ」
「すまないが」
宗像は言った。
「今晩は、諦めてくれ」
「え?」
「……」
「……」
きょとんとして、宗像の顔を見た美奈代は、宗像が何を言いたいのか、察しをつけた。
「……早瀬が行っているのか?」
「約束させられたんだ」
宗像は言った。
「ここで美奈代を足止めするとな」
「っ!」
「怒るな」
宗像は言った。
「お前には染谷がいるだろうが」
「―――うっ」
「今頃、解放された都築にさつきが告ってる頃だ」
「わ、私……ちょっと用事が」
「だから待てというに」
宗像は美奈代の腕を掴んだ。
「野暮なマネはするな」
「……うっ」
「二股かけるのは、やめた方がいい。傷つける相手を増やすことになる」
「……そんなつもりはない」
「じゃあ」
「……」
「染谷も好き。都築も嫌いじゃないってのは、どういうつもりだ?」
「……」
「……」
「……」
「……自分でも」
「……」
「よくわからない」
「……和泉らしい答えだ」
●翌日 研修センター
夜、美奈代が図書室に呼び出された。
呼び出したのはさつきだ。
図書室への道すがら、美奈代はその日一日のことを思い浮かべていた。
さつきと都築の様子はあからさまにおかしかった。
さつきはチラチラと都築を見ては頬を赤く染め、都築もどこか落ち着かない。
昨晩、二人に何かがあった。
女として、それは何となくわかる。
わからないのは、自分の気持ちだ。
参考資料を収めた図書室は、夜間でも希望者が資料を閲覧出来るように開放されている。
「ご、ごめんね?」
本棚にもたれかかるようにして待っていたさつきは、美奈代の姿を見ると弾かれたように立った。
「いい。どうした?」
「あ……あのさ」
さつきはどもりながら、まるで言葉を探すように言った。
「つ、都築のことなんだけど―――さ」
「……うん」
「い、和泉は、つきあってるんじゃないよね?」
「……うん」
「……そっか」
さつきは言った。
「……惜しいことしたかな」
「ん?」
「あのね?願をかけてみたんだ。槍に」
「槍に?」
「そう。昼間の演習で、全員に勝てたら、都築とつきあってみようって」
「……」
美奈代は青くなった。
それがもし、さつきの願掛けなら、それを破ったのは自分になる。
「でも、ダメだった」
「……すまん」
「ああ!いいのよ!」
さつきはサバサバした顔で言った。
「自分でもさ」
さつきは窓の外に顔を向けた。
青白い月の光が、さつきをスポットライトのように照らし出す。
「―――よく、わかんなかったんだ。都築のこと」
「……えっ?」
その横顔が、美しいと、美奈代は思った。
「で、でも、好きだったんだろう?都築のこと。だから、いろいろと」
「……美奈代は」
優しい笑みを浮かべながら、さつきは訊ねた。
「男の子とつきあった経験は、ある?」
「……いや」
「男の子を、好きになったことも?」
「たぶん……ない」
考えてみれば、女としてはかなりさみしい人生だ。
「でしょうね」
さつきは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「もし、あったら、その質問は出なかったかもしれない。そう思う」
「……」
「私ね?好きだった人と、あいつが似てたから、それでそいつと、都築を重ね合わせてただけかもしれない」
「そ、それは」
「つまり、私は都築に、好きだった人を重ね合わせて、都築に熱を入れてただけかもしれないって、そう思うんだ。
ほら、都築にはいろいろ親切にしてもらったし、それは感謝している。
でもね?
それは同期としての話。
女としては別。
なんか、ずっと違和感感じてたんだ。
それに―――」
「それに?」
「都築、好きな人いるって、はっきり言ってたし」
「……」
ハァッ。
さつきはため息をついた。
「何だか、それ聞いたら、私も誰を好きになっているのかわかんなくなっちゃってさ」
「早瀬なら」
美奈代は言った。
「都築なんてもったいない。もっと早瀬につりあう、素敵な男性は、それこそ掃いて捨てる程いる。私が保証できる」
「……プッ。なにそれ」
「本気で言ってるんだぞ?その、年収とか、いろいろと」
「そっか」
さつきは笑いながら頷いた。
「私も、さっさといい男みつけるように頑張るか」
「そうした方が良い。私も応援するよ」
「……ありがと。それでさ」
「ん?」
「頼みがあるんだ。聞いてくれる?」
「ん?」
さつきの眼は本気だった。
「近いうちに」
その背中から、オーラのような殺気が出ているのを、美奈代は確かに感じ取った。
「―――もう一回、勝負して」
「し、勝負?」
「そう。槍で三連敗したのは、どうしても許せないの。だから、もう一度」
「……わかった」
「約束だよ?」
さつきが伸ばした手を、美奈代は優しく握りしめた。




